杉尾秀哉の発言 (本会議)
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○杉尾秀哉君 立憲民主党・民友会の杉尾秀哉です。
この度議題となりました原子力損害の賠償に関する法律の一部を改正する法律案につきまして、私は、立憲民主党・民友会を代表して、断固反対の立場から討論を行います。
平成二十三年三月十一日に発生した東日本大震災と、それに伴う東電福島原発事故では、広範囲にわたり未曽有かつ甚大な被害が生じました。
そもそも、皆さんもよく御存じのように、それまで我が国では、いわゆる安全神話の下、原発推進政策が文字どおり国策民営によって進められてきました。ところが、あの忌まわしい事故により、安価でクリーンなエネルギーだったはずの原子力発電が、一たび深刻な事故が起きれば、一体幾らコストが掛かるか分からないダーティーなエネルギーだったということ、そして、そうした原発の安全神話に基づいた原子力損害賠償法、いわゆる原賠法が被害者保護の観点から極めて不備が多いことが白日の下にさらされたのです。
本来であれば、事故後初めてとなる今回の原賠法の見直しは、そうした福島事故の教訓と従来の原子力政策の深刻な反省の上に行われるはずでした。事実、平成二十三年八月に成立した原子力損害賠償支援機構法の附則第六条第一項において、できるだけ早期に原賠法の改正等の抜本的な見直しを始めとする必要な措置を講ずることが明記され、また、同法案に対する衆参の附帯決議においても同様の文言が盛り込まれています。
にもかかわらず、今回の原賠法見直し案では、東電福島原発事故における対応を踏まえ、一般的に実施することが妥当なものとして、損害賠償実施方針の作成、公表の義務付け、仮払い資金の貸付制度の創設など、四項目を柱とする施策が盛り込まれる一方で、法律の目的として原子力事業の健全な発達が維持され、現行の一千二百億円の賠償措置額の引上げが見送られるなど、根幹部分はそのまま維持されました。
また、最近では、被害者への賠償を迅速かつ円滑に進めるために設置された原子力損害賠償紛争解決センター、いわゆるADRセンターが示す和解案を東電が拒否したため、福島県浪江町の集団ADRのように、審理打切りや裁判に持ち込まれるケースが相次いでいます。こうした被害者の救済措置についても、今回の見直し案では実効性のある措置が何らとられないままとなりました。
今回の原賠法改正案については、先週の委員会での参考人からの意見聴取でも、四人中三人の参考人が抜本的見直しには程遠い内容と述べ、失望を禁じ得なかったように、単なる現状追認のお茶濁しにしかすぎません。こうした内容での法改正には断固反対を表明いたします。
では、本来の法改正はいかなる方向でなされるべきなのか。私たち立憲民主党・民友会は、以下の三点を柱とする修正案を委員会に提出しました。
まず、第一の点は、あくまで本法律は、被害者の保護を唯一の目的とし、目的規定から原子力事業の健全な発達を削除することです。
そもそも、一九六一年に制定された原賠法は、被害者の保護を図るとともに、原子力事業の健全な発達に資することが目的とされました。しかし、半世紀以上も前の法制定当時ならまだしも、あの過酷事故を経験した今となっては、この規定自体が誤りだったと言わざるを得ませんし、あえて今なお原子力産業を特別扱いする理由も、またこの規定を維持する必要もありません。
そして、第二の点は、政府が賠償措置額の引上げについて速やかに検討することです。
政府の発表によれば、今回の福島事故に関連して確保すべき資金は二十一・五兆円と、既に当初見込みの十一兆円のおよそ二倍。最終的には最大七十兆円を要するとの民間試算、試みの計算さえあります。このうち、賠償、除染等に係る費用は十三・五兆円に上りますが、これに対して手当てされている賠償措置額は、今回の法改正でも従来どおり千二百億円のまま。何と実際に必要な金額の百分の一以下にすぎません。
政府は、据置きの理由として、これ以上保険会社が引き受けられないことなどを挙げていますが、これでは事実上無保険に近い状態で車を運転するようなもので、そもそも、それほどリスクがあるのなら、原発を使い続けるべきではないのではないでしょうか。
そして、三点目は、原子力事業者は原則として、ADRセンターから提示された和解案について、相手方当事者が和解案を受諾しない場合、一定期間内に訴訟が提起された場合等を除いて、これを受諾しなければならない旨を規定することです。
先ほども述べましたように、ADRに対する東電の姿勢はますます厳しいものとなっています。浪江町の集団ADRのケースでは、申立てから既に五年半が経過し、この間、町民の代理人となった町の町長さんを始め、高齢者など申立人八百五十人が亡くなったと聞きます。
もはや迅速な解決とは名ばかりで、こうした事態が繰り返されれば、制度の意義とADRセンターの存在価値そのものが否定されることにつながりかねません。こうした事態を避け、被害者救済を万全なものとするためにも、ADRに法的強制力、いわゆる裁定機能を持たせる必要があるのではないでしょうか。
以上、ここまで私が述べた以外にも、今回の法改正をめぐっては、国の責任の明確化や原子力事業者以外の株主や銀行などステークホルダーの責任、さらには原子炉メーカーを始めとする原子力産業への求償権の問題など、数多くの論点があります。
しかし、これらに対する十分な議論の時間も確保されず、また、私たち立憲民主党・民友会など野党各会派の修正案についても、ろくに審議されることなく委員会で否決されたのは、極めて遺憾と言わざるを得ません。
あの福島原発事故では、ふるさとを奪われ、平穏な日々の生活をめちゃくちゃにされて、今なお避難所生活を余儀なくされている方々がたくさんいらっしゃいます。
そのうちの一人で、現在も二本松の災害復興公営住宅にお住まいの浪江町民、佐々木茂さんは、先週の委員会の参考人陳述でこのように私たちに切々と訴えかけました。
私のふるさとは、今回の原発事故で全ての住民が避難を強いられ、全国各地に散り散りになりました。そんなに豊かな村ではありませんが、自然の恵みを受け、そこで、小さな幸せかもしれませんが、生活を営んでおりました。私たちは、よもや原発事故が起こるなどとは思ってもいませんでしたし、国も東電も原発は安全であるという神話を私たちに植え付けたはずです。私たちはそれを信じて生活をし、その結果、現在置かれている立場に理不尽さを感じて毎日を過ごしています。どうか皆さん、福島を見に来てください。そして、役人の話を聞くんじゃなくて、住民と対話をして、それを国政に反映してほしい。こうおっしゃいました。これはまさに被害者の魂の叫びだと思います。
私たち国会議員は、こうした全ての被害者の、そして事故の犠牲となられた方々の断腸の思いを正面から受け止めなければなりません。そして、かかる取り返しの付かない事態を招来させた福島原発事故の真摯な反省の上に立ち、再び安易な安全神話に寄りかかってはなりません。
どうか、そうした立法府としての明確な意思を示すためにも、議場にいる全ての議員が、今回の改正案に明確な異議を唱え、改めてより抜本的な見直しのための議論を始めるよう呼びかけまして、私の反対討論とさせていただきます。
御清聴ありがとうございました。(拍手)