阿部知子の発言 (厚生労働委員会)
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○阿部委員 立憲民主党・無所属フォーラムの阿部知子です。
長かった連休が終わって、先日火曜日には障害者問題で参考人のお話も伺いました。それも踏まえた上で、本日は、連休後の初めての質疑ということで、四十分のお時間をいただきましてありがとうございます。
まず、そもそも、障害者問題、根本にある優生思想、あるいは差別、排除などの根幹をお伺いしたいと思います。
先般、ちょうど連休に入る前ですが、四月の二十四日に、旧優生保護法に基づく優生手術を受けた者に対する一時金の支給等に関する法律が全会一致で成立をいたしました。
旧優生保護法が成立されたのは、一九四八年、戦後間もない、三年とたったところで、当時は人口が非常にふえていくところでありました。その時代に、一つは不良な子孫を残すな、あるいは障害のある方が、例えば自分の生理等々をきちんと世話できないではないかなどのさまざまな障害者に対する侮蔑的、排外的な考え方から、不妊手術が強制されて、旧優生保護法が廃止される一九九六年に至るまで、厚生労働行政のもとに、当時、厚生省でしたから、厚生省の指導のもとに、不妊手術が繰り返されていったという事実がございます。
実は、深刻なことに、法が廃止されました平成八年、一九九六年以降も、被害者の救済というのは一切語られることがなく、昨年になりまして、仙台である女性が裁判に訴えるということから国会も動き出しまして、二十三年後の今日、廃止から二十三年たってやっと救済法の成立ということを見たわけであります。
ここにいる一人一人が、あるいは行政、あるいはさまざまな、例えば総理もそうですが、この法律にのっとって、被害を受けた一人一人に対して、国としてあらゆる手段を使って丁寧に対応し、調査はもちろんのこと、全容解明を実行する中でお一人残らず救済につなげていくというのは、皆さん当然の合意だと思います。
さて、皆様のお手元には、同様に、戦後間もなく新憲法のもとでつくられた、人権じゅうりんの著しい法律としてのらい予防法、これも同じ平成八年に廃止をされましたが、廃止の二年後、一九九八年七月に、熊本地裁にらい予防法違憲国家賠償請求訴訟が提訴されまして、翌年には東京、岡山でも提訴が続き、二〇〇一年五月に熊本地裁で原告が勝訴したことをもって、時の小泉総理は控訴を断念されるという英断を下されました。
そして、翌六月には衆参両院でハンセン病問題に関する決議が採択され、ハンセン病問題に関する検証会議が二〇〇二年の十月から約二年半にわたって行われるところとなりました。
この検証事業と申しますのは、厚生労働省が財団法人日弁連法務研究財団に委託されたものであり、きょうお配りしているお手元のものは、その目次でございます。
これをざっと見ていただきましても、なぜらい予防法のような、人権を無視し、なおかつ隔離政策をとり続け、その方の一生を子供を持つことも含めて排除してきたかということに当たる、さまざまな観点からの検証がなされております。
「ハンセン病患者に対する隔離施策が長期間にわたって続けられた原因、それによる人権侵害の実態について、医学的背景、社会的背景、ハンセン病療養所における処置、「らい予防法」などの法令等、多方面から科学的、歴史的に検証を行い、再発防止のための提言を行う」ということで、二〇〇五年三月に最終報告書が作成をされました。
根本大臣にお伺いいたしますが、私は、戦後の新憲法のもとで大きな二つの人権侵害の法律、一つは優生保護法、一つはらい予防法、これは、廃止されたことをもってその全貌が直ちに明らかになるのではなく、すなわち、これを執行してきた省庁としての厚生労働省がみずからその全貌を明らかにする責務があると考えます。
ハンセン病の場合は、厚生労働省が、先ほど申し上げました日弁連の法務研究財団に委託をして、二年半にわたる検証を行いました。今回の優生保護法についても同じような行動を厚生労働省としてとられるべきと考えますが、いかがでしょう。