田野瀬太道の発言 (予算委員会)

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○田野瀬委員 おはようございます。自由民主党の田野瀬でございます。
 本日は、質問の機会をいただきました。感謝、御礼申し上げたいと思います。貴重な時間、三十分ということでございますので、早速質問に移らせていただきたいと考えております。
 ちょっと大きな、マクロの視点で、国益につながるだろうと考えておる政策を三つ、提言とそして質問をさせていただきたいと思っておりますので、どうぞよろしくお願い申し上げたいと思います。
 まずは一点目でございます。お手元の資料の一番目に書いてございますが、国会等移転についてというところにつきまして質問させていただきたいと思っております。
 国会等移転とはどういうことかと申しますと、今、東京に人、物、金、全てのものが一極集中いたしておるわけでございます。私は奈良県なんですけれども、とにかく若者中心にどんどんどんどん大都市、東京を中心に出ていくという、東京に一極は集中するし、それ以外の地方は人口減少であったり過疎に悩む、そういう現象が起きておるわけでございまして、せめて首都機能若しくは国会等を東京から別のところに移転するというのが、国土の均衡ある発展にふさわしいのではないか、そういう議論でございます。
 これは何と荒唐無稽なと、そんなことできるかというふうに考えられる方々もおられるかもわかりませんが、我々、通常国会が召集されて、東京で、今、国会で議論しておりますけれども、この国会議事堂がこの永田町にあらねばならないという根拠法というのは実はなくて、調べさせていただきましたけれども、天皇陛下の国事行為、いわゆる国会の召集の詔書に東京において国会を開会すると書いてあることに基づいて、我々は召集されて東京に来ておる、そういうことでございまして、根拠法はないということなんですね。
 過去、いろいろちょっと調べていただいたんですけれども、一度だけなんですけれども、東京以外で国会を召集していることも実はあったりしているわけでございまして、いつかといいますと、日清戦争中、大分昔なんですけれども、第七回帝国議会、これは、天皇の国事行為によりまして、広島において国会を召集するということで、東京以外のところでも実は国会が召集されているという事実もあるわけでございます。
 そういう議論が実は随分昔からなされております。ちょっとそれをひもとかせていただこうと思うわけでございますが、昭和三十年代から、遷都論であったり分都論、そういう議論が学識経験者やいろいろな研究機関等々で盛んに提言をされるわけでございます。そして、昭和五十年の二月になりますと、そういう民間の動きを受けまして、超党派議連ですね、新首都推進懇談会という、議員もこれでちょっと動き始めるわけでございます。昭和五十年といいましたら私がまだ一歳のころなんですけれども、そんな歴史ある議論でございます。
 議論が進みまして、平成二年、これが大きなちょっとターニングポイントになるわけでございますが、国会におきまして、国会等の移転に関する決議というのが衆参におきましてなされます。
 これがちょっと大きなことなんですけれども、資料に持ってまいりましたが、一枚目を見ていただきたいんです。国会等の移転に関する決議、平成二年十一月七日、これは衆参両院において決議されております。ちょっと読み上げさせていただきます。
  わが国は、明治以来近代化をなしとげ、第二次世界大戦後の荒廃から立ち上がり、今日の繁栄を築きあげてきた。今後の課題は、国民がひとしく豊かさを実感する社会を実現し、世界の人々との友好親善を深め、国際社会に貢献していくことである。
  わが国の現状は、政治、経済、文化等の中枢機能が首都東京へ集中した結果、人口の過密、地価の異常な高騰、良好な生活環境の欠如、災害時における都市機能の麻痺等を生ぜしめるとともに、地域経済の停滞や過疎地域を拡大させるなど、さまざまな問題を発生させている。
  これら国土全般にわたって生じた歪を是正するための基本的対応策として一極集中を排除し、さらに、二十一世紀にふさわしい政治・行政機能を確立するため、国会及び政府機能の移転を行うべきである。
  政府においては、右の趣旨を体し、その実現に努力すべきである。
  右決議する。
ということで、これが大きなターニングポイントになるわけでございます。
 立法府の意思として、国会議事堂並びに行政機関、そういうものは永田町の、首都の、皇居の隣の一等地にある必要はないよねということを我々の先人の議員たちは衆参両院において決議をして、行政にしっかりその実現に努力せよという決議をさせていただいた。これを皮切りに、一気に首都機能移転、国会等移転の議論が加速していきます。
 翌平成三年八月には、立法府におきまして、国会等の移転に関する特別委員会、衆参両院に設置されて、盛んに国会におきましても議論をなされます。
 続いて平成四年です。法律ができます。国会等の移転に関する法律、これは議員立法なんですけれども、資料に持ってまいりました。二枚目でございます。しっかりと行政府は、立法府の意思を受けて、議論を行政府としても加速しろ、そういう議員立法でございますが、法律まで成立をいたしました。
 これをもとに行政府も動きまして、この法律は平成四年にできましたけれども、三年後の平成七年には、国会等移転調査会の報告というものが総理に報告されます。
 それを受けまして、行政と立法府がキャッチボールするんですけれども、平成八年六月には、国会等の移転に関する法律を一部改正をいたしまして、総理のもとに審議会を設置すべきだという法律の改正をいたします。そして、総理のもとに、有識者約三十名ほどの、当時のトップの有識者の皆様方が集まった国会等移転審議会というものが設置されます。平成八年から約三年間、精力的にその審議会が、合計で三十一回、三年で三十一回ですから、一月に一遍ぐらいの形で調査であったり審議を審議会の有識者の皆さんが実施していただきまして、候補地を選定するわけでございます。
 平成八年に審議会ができて、三年後の平成十一年十二月に、その審議会から、あちこち候補地を見て回りましたが、三つに絞らせていただきましたということで、資料三でございますが、国会を移転するならばこの地域がよろしかろうということで、答申が総理になされます。
 それを受けまして、翌平成十二年に、国会の特別委員会におきましてまた決議を採択いたしまして、その三つの候補地から二年を目途に一つに決めるべく進めていくべきだという決議をなされますんですが、ここがピークでございました。
 ここから壮大な誘致合戦が全国で繰り広げられますし、東京近郊の国会議員さんは、東京から国会移転されると困るということで、うわっといろんなバイアスがかかりまして、急に下火になりまして、平成十五年、衆参両院の国会等の移転に関する政党間協議会というのが設置されて、そこで一個に決めましょうとなっていたんですけれども、座長の取りまとめにおきまして、今後も調査、検討を行うという取りまとめにおいて、この国会等移転の議論がなくなってしまう、そういう経緯があります。
 ぜひ、新しい日本をつくっていくという意味におきましても、先ほど、この平成二年の決議におきましても、一極集中を是正する、若しくは、地方に更に活力を生み出す、災害に強い、しなやかで強靱な国土をつくる。ダブルエンジンですね。仮に、東京がもし直下型地震でやられても別のところでこの国を動かすことができるし、そこがやられてもしっかりと東京でできる。
 イメージでいいますと、アメリカのニューヨークとワシントンのようなイメージですね。引き続き東京は、国会機能が移転されても、経済首都は東京でいいと思うんです。だから、ニューヨークのようなイメージですね、アメリカでいうところの。国会機能はアメリカでいうところのワシントン。こういうところで、数百キロ離れているんですけれども、そういうイメージで、日本もダブルエンジンを搭載して、しなやかで強靱で、そして地方にも配慮した、そういう国家観、国家づくりを目指すべきだと私は考えるものでございます。
 立法府におきまして、今ちょっと議論が下火ではあるんですけれども、何らかの前向きな動きが更に今後あった場合、行政府として、これは今までずっと立法府と行政府がキャッチボールしてこの議論を進めてきたわけでございますけれども、立法府において何らかの前向きな動きがあった場合、政府として、動きは、どのような動きをとるのであろうかということが、ちょっと今回の、本日の質問でございます。
 具体的に言いますと、平成のこの審議会から答申された内容というのはいまだに有効なのか。本当に審議会が議論を尽くして三つまで絞り込んでいただいているんですけれども、もう一度白紙から、一から議論しなければならないことなのか。そのあたりをちょっと国交省にお伺いしたいと思っています。
 今後、立法府が前向きな動きを仮にとった場合、行政府としてはどんな動きをとることになるのか、お答えいただきたいと思います。

発言情報

speech_id: 119805261X00720190214_004

発言者: 田野瀬太道

speaker_id: 18820

日付: 2019-02-14

院: 衆議院

会議名: 予算委員会