森まさこの発言 (環境委員会)
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○森まさこ君 自民党の森まさこでございます。
本日は三月十四日です。東日本大震災の原発事故、水素爆発二回目が起きた日でございます。三日前の三月十一日には、東日本大震災から八年目を迎えました。
私は、福島県の出身でございまして、選挙区も福島県でございますので、三月十一日は毎年、原発事故のあった近くまで足を運んでおります。三月十日には毎年、仮設住宅に泊まってまいりました。今年の三月十日は復興住宅に泊まりました。いまだにふるさとに帰れない浪江町の皆さんが暮らしている、南相馬市内にある復興住宅です。そして、三月十一日には南相馬市、そして、それから帰還困難区域の中に入りました。
改めて、犠牲となられました皆様、御冥福をお祈りいたしますとともに、御遺族の皆様、いまだ避難生活を続けていらっしゃる皆様、御苦労なさっている皆様にお見舞いを申し上げます。
そして、環境省は、除染や中間貯蔵施設の整備、特定復興再生拠点区域の推進など、被災地の環境再生に向けてますますの御尽力をいただきたいと思います。その上でも、忘れてならないのは、大切な土地をこの間提供していただいた皆様、ふるさとを追われてなお避難生活をされている皆様、そして御遺族を亡くされた方の思いに寄り添いながらこういった事業を進めていただきたいと思います。
私は、三月十一日、今年も、大熊町の最後の行方不明者、汐凪ちゃんのところに行きました。震災当時小学校一年生だった木村汐凪さんとそのお母様、おじい様の合わせて三名が自宅で津波に襲われ、行方不明になりました。当時三メートルという津波の予想でしたが、記録で二十メートルと書かれておりました。
汐凪ちゃんのお父様は、震災当日、土台だけになってしまった自宅周辺や避難所など、夜が明けるまで必死で汐凪ちゃんたちを捜しましたが、この水素爆発を受けて、三月十二日の早朝に避難指示が出されてしまいました、三月十二日に事故があり、その翌日、避難指示が出されてしまいました。汐凪ちゃんのお父さんは、何とか津波を逃れた汐凪ちゃんのお姉様とおばあ様を連れて大熊町を離れ、汐凪ちゃんたちの捜索を断念せざるを得ませんでした。
四月には大熊町の全域を含む四十キロ圏内は警戒区域に指定されましたから、住民ですら許可なく立ち入ることができません。町は閉ざされ、捜索は二か月以上行われませんでした。お父様は、汐凪ちゃんを捜すため、僅かに一時帰宅が許された際に、防護服で全身を覆い、独りで海岸の瓦れきを払いのけたり土を掘り返して捜索を続けてきました。二か月後の五月に自衛隊の捜索が入りましたが、僅か二週間で打ち切られてしまいました。
お父様はその後も、暑い日も雪の日も、一時帰宅の際に許された一日一回五時間を使って粘り強く捜索を続けて、震災から五年後の二〇一六年の十二月のクリスマスの日に、瓦れきの下から汐凪さんが当時身に着けていたディズニーのマフラーが見付かり、そのマフラーに付いていた首の僅かな遺骨が発見され、これで最後の行方不明者が発見されたというふうになっております。しかし、お父様はその後も捜索を続けております。私も、三・一一に行って、その発見現場、そして捜索現場に行ってまいりました。
東日本大震災における悲劇の多くは津波によりこのようにもたらされましたけれども、それと原発事故が複合して起きたことによるその犠牲、悲しいつらい犠牲、ここから私たちは教訓を学び取らなければいけません。その最大のものは、東日本大震災では原発事故の事態を想定していなかったということで、このことが八年前に多くの混乱を招きました。津波についてはまず逃げなければ命がございませんが、原発事故と津波の複合災害により、津波に対する避難行動を優先させることができませんでした。
私は昨日、IAEMの国際資格を取った関係で講演を行いまして、皆様にこの事実をお伝えしたわけでございますが、このIAEMの国際資格は、エマージェンシーマネジャー、大規模な自然災害や原発事故や、そういった化学工場の爆発などの複合災害時にどうやって国民の命を最優先させるか、このことを各箇所にいるリーダーが学ばなければいけないという国際資格で、百か国以上の方が一万人資格を持っておりますが、日本人は誰も資格を持っておりませんでしたので、一年前に私が資格を取得をいたしました。こういったことを国は、連携して行っている過去の災害から学んだこれからの防災の在り方というものを国の施策に生かしていく必要があると思います。
実は、東日本大震災の後、国の防災計画が改定されました。そして、津波の避難についての防災計画、それまで記載がなかったものが新たに記載になりました。そして、複合災害についても、国民をもって避難をさせる、そのことを徹底して啓蒙するということが書いてあります。さらに、原発事故については、実は、原発事故が起きた緊急時の閣僚会議しか記載されていなかったものが、平時から原発事故の会議が設置されることになり、そこに環境大臣が副本部長で入っております。
そこで、この避難計画の策定が国民まで、どこまで反映させなければいけないかという点、そして複合災害についての国民への啓蒙、また原子力防災担当大臣として、平時からのその防災会議副本部長としての環境大臣のお考えを伺いたいと思います。