西田昌司の発言 (決算委員会)
⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。
詳細は利用規約をご確認ください。
○西田昌司君 自民党の西田昌司でございます。
本日は、決算の、全大臣出席で質疑をさせていただきますが、この平成最後の決算委員会ということで、平成の時代全体を総括するような、私、質問したいと思いますので、よろしくお願いします。
まず、平成の時代なんですけれども、昭和から始まったわけですけれども、昭和の時代というのは、考えてみると、前半は戦争そして占領の時代、そして後半は復興と繁栄の時代と言えると思いますが、その後の平成はバブルに始まりデフレに終わったと、そういう感があるわけであります。次の新しい時代は令和と決まったわけでありますけれども、この新しい時代には、完全にこのデフレからも脱却し、国民が再び昭和の時代のように希望が持てる、そういう時代になっていただきたいと思っています。
そこで、このデフレなんですけれども、デフレの原因は、私は何度も申し上げてきましたけれども、これは冷戦が崩壊したことと新自由主義が台頭してきたこと、これはセットなんですけれども、それにプラス、グローバル主義と、こういうことが重なってデフレになったと思っています。
元々、第二次大戦後ですけれども、先進国は皆、ほとんどの国が、いわゆるケインズ政策ですね、財政と金融を調整しながら、景気が悪いときには財政出動しながら、金利を調整しながら、そして福祉にも力を入れながらという形で非常に安定して社会は成長してきたわけです。しかし、これがオイルショックという事態に見舞われまして、その後は労働組合の力も強くなり、賃金値上げが、過度にどんどん上がってくる、業績が上がらないのに賃金が上げられてくると。それから、いわゆるオイルショックによるコスト高ですよね。こういうことから、その後はこのケインズ政策がある種行き詰まって、スタグフレーションという時代になってきたわけです。
この時代に登場したのがまさにサッチャーとレーガン、彼らが掲げる新自由主義の経済政策だったと思います。また、硬直した社会の象徴であったソビエトが冷戦により崩壊しまして、そのことが新自由主義がますます世界中を席巻すると、そういうことになりました。
日本もバブルの後、経済の立て直しをするんですけれども、その行った政策は概して新自由主義に属する経済政策だったと思います。そして、グローバル主義ということになってきたと。冷戦後、これは今までは西側諸国だけの取引だったのが、これは東側も含め市場が拡大し、企業は海外進出にどんどん拍車が掛かってくると。それから、バブルの後の不良債権処理がありましたから、不良債権処理をしなければならない。そのために、今、ゴーンさんの事件がありますけれども、各会社、もう大幅なリストラ、コストカットを行ってきたと。これだけにとどまらず、この時代、民間企業はそういう身の丈に合った経営だと言い出しますから、これに合わせて政府も地方自治体も予算を削減して、小さな政府路線、それが叫ばれてしまったわけですね。さらに、地方分権という流れがあり、地方分権の中で地方間競争をしていくと。そのためには財源を国からそれぞれ自治体に移転するということがなり、しかし、その結果が、地方、東京という名前の地方にどんどん財源が移転され、東京一極集中が進むと。こういうことがずっと続いてきたわけです。
結果的に何が起こったかというと、この結果、いわゆる就職氷河期の世代を生み出してしまいました。結婚したくてもできない、経済的理由から、子供さんを産みたくても経済的理由から産めないと、こういう方が出てきたのが、まさに少子化、この私は根本的な原因はこういう経済のデフレ化にあったと思っております。
企業の経済合理性が追求する、その経済性を追求する結果が新自由主義という形で市場原理主義になるんですけれども、それを追求し過ぎると結局経済をデフレ化させてしまって、経済そのものを私は崩壊させてしまったと思います。今、次の時代には、もう一度、経済の語源である経世済民ですよね、世の中を治めて民を救うという、そういう原点に戻るべきだと思っております。
以上が簡略した私の平成の概観なんですけれども、まず、安倍総理に、私の今の平成の総括につきましての総理の御所見をお伺いしたいと思います。