角田由紀子の発言 (厚生労働委員会)

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○参考人(角田由紀子君) 二つのお尋ねがあったと思うんですけど、まず一つ、今、日本の中でも何か日本語になってしまったセクハラという言葉があるんですね。
 この言葉は、元々は私たちが一九八九年に福岡で最初に裁判を始めたときには、セクシュアルハラスメントという言葉ではなくて、その当時暫定的にあった日本語訳、性的嫌がらせという言葉を使って始めたんですね。しばらくやっていると、どうも性的嫌がらせという日本語はセクシュアルハラスメントの本来持っている意味と離れているんじゃないかということに気が付いたんですが、残念ながら弁護団で適切な訳を見付け出すことができなかった。そこで、セクシュアルハラスメントという片仮名のままでその後続けていったんです。そうすると、大体、第一号事件のときに、女性が何を生意気なというような反響が周りからたくさんあったものですから、男性週刊誌、多分文春か新潮かどっちかだったと思うんですが、それが、そういうふうにセクシュアルハラスメントの告発を始めた女性を半ばやゆするような感じで、セクハラという言葉を作ったんですね。
 セクシュアルハラスメントという英語そのものは、アメリカではそういう被害を体験している女性たちが編み出した言葉だったんです。でも、日本では、残念ながらセクハラという男性がやゆする表現が作られて、しかも確かにセクシュアルハラスメントよりはセクハラの方が言いやすいですよね、書きやすいということがあって、それが流行語大賞にもなったことがあって、わあっと広がったんです。広がったことはいいことではあるんですけれども、大体セクハラって何なのと、意味が付いていかないわけですね。
 日本で英語を片仮名にして、そして簡略語にする。パーソナルコンピューターがパソコンになるのと同じように、そういうふうになっていくわけですね。でも、まだ物だったら名前の問題だから分かるんですけれども、セクシュアルハラスメントというようなかなり複雑な概念になってくると、セクハラという分かりやすい日本語になった途端に本来持っていた意味がすっかり抜け落ちてしまったと。
 それからもう一つは、片仮名語の持つ宿命といいますか、本来の意味よりは軽くなるということがあって、セクハラという言葉が広がったのは良かったけれども、意味が付いていかないままになってしまったというのが今の問題だと思うんですね。
 それからもう一つ、教育についての問題なんですが、私は、セクシュアルハラスメントをなくすのを、あるいは防止するのをどうするのかということについて、教育をどうするかという議論が欠けているというふうに思っているんですね。その教育というのは何も学校教育だけではないんですけれども、社会あるいは家庭、学校、いろんなところでの人権に対する教育がこの国では非常に弱いということがあると思うんです。
 セクシュアルハラスメントは、先ほど申しましたように、性差別の問題ですから、人権と差別ということをしっかり小さな子供のときから教育していくことができれば、セクハラの裁判をやって三十年、ワンジェネレーションたっているので、本当は最初から教育の大事さが分かっていればかなりの変化があったのではないかと思うんですけれども、何となく曖昧のままで、人権の問題だという認識も薄かったということで、今のような状況になっているんじゃないかと私は思っております。

発言情報

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発言者: 角田由紀子

speaker_id: 13987

日付: 2019-05-23

院: 参議院

会議名: 厚生労働委員会