角田由紀子の発言 (厚生労働委員会)

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○参考人(角田由紀子君) 私は八九年からセクシュアルハラスメントの裁判に関わってきたんですけれども、最初のうちはただ勝つわけなので悪くはなかったんですけれども、四、五年やっていくうちに、自分の依頼者が、彼女が何を獲得したのかということがとても疑問になってきたわけですね。単なる弁護士的な観点からだと、勝訴判決をもらってそれなりの、数百万円であっても賠償金が入るということは、仕事としては一応うまくいっているということになるんですけれども、そのことを離れて、私の依頼人であるその原告の彼女は一体何を獲得したのかということがだんだん疑問になってきたわけなんですね。それで、私は、その疑問を持ちながら、不法行為というその枠の中でやることの矛盾も考えました。
 それから、やっぱり日本の中では、別にセクシュアルハラスメントじゃなくても、裁判をやるということはとても重大なことというか重荷のことなんですね。特に、セクシュアルハラスメントで会社も含めて訴えたいというふうに思ったときには、これは大変難しいというふうに思います。日本人の意識では、お上に弓を引くという言葉がまだありますけれども、自分の雇主に対して何か要求する、しかもそれを裁判でやるということは非常にやりにくいことで、決意が要るというふうに思うんですね。
 それで、私が考えるんですけれども、大体、裁判に訴える人というのは、とりわけセクシュアルハラスメントについて言えば、裁判に行く前の段階でほとんどエネルギーを使い尽くしている、精も根も尽き果てているという状況が率直なところではないかと思うんですね。それなのに、それにもかかわらず裁判を始めるということは物すごく大きなプレッシャーであると。
 それから、個人相手だけだったらまだいいんですけれども、会社も相手にする。何で会社を相手にするかといいますと、それは、損害賠償金の獲得を容易にするためには、個人だけではなくて、会社があれば会社も訴えた方がいいということになるわけなんですが、そのときに、在職しながら訴えるというのはとても難しいというふうに思うんですね。
 私がそれこそ三十年間に扱った原告の人たちで、在職しながら裁判やった人というのは二人しかいないんです。一人はキャリアのある人ですね。だから、キャリアが中断するということはとても彼女にとっては耐え難いことなので、何とか大変でも守り抜きたいということ。それからもう一人は公務員だった人なんですね。これも、普通の会社に勤めている人よりはまだ立場上ましであったということがありました。それ以外の人はどうしたかというと、ほとんど全員が仕事を辞めてから、それでもやっぱりこの状況に納得できないということで、本当に文字どおり最後の手段として訴訟を起こすということになってきているわけなんですね。
 会社に在職中の人たちは、それでは周りの同僚から支援を得られたかというと、それはほとんど得られないですよね。とにかく何だかトラブルメーカーだというふうに扱われたり、それからいろいろ良くないことを言われる、非難されるということ。それから、場合によっては、証言してやってもいいよという人もいるわけなんですね、証人になってもいいと。そういう人は、実際に会って話を聞いてみて、実際に裁判になると、いや、やっぱり自分の立場が悪いので証人になることはちょっと勘弁してねということになってくるわけなんです。ですから、日本の中で裁判をやるということがどんなに難しいかということなんです。
 それから、性被害では、別にセクハラに限らず刑事事件でもそうなんですけれども、性被害に遭った人に対して、周りは基本的に何と言うか。それは、あんたに落ち度があったんじゃないか、あんたが悪いんだよということが一番最初にやっぱり言われることだと思うんですよね。そうすると、告発するということ、セクシュアルハラスメントであってもそれ以外の性被害であっても、告発をするということは、私にも落ち度がありましたと、その反面で言っているような実際的な結果になってくるわけなんですね。そのことがあるので、非常にいろんなことを考えて、本当にその覚悟を固めて、しかも孤立無援の闘いになってもやり抜けるのかという、途中でやめたって別にいいんですけどね、そういうふうに思ってやらなければいけないということなんです。
 そして、このことは、こういう全体的な状況、裁判をめぐる基本的な状況と、とりわけ性被害に関わる裁判をめぐる特殊な状況とがあるので、日本の中では裁判を選択するということは非常に難しい、消極的なことになるということなんです。
 さっき申し上げたように、私は、在職中の人って二人しか関わったことがないんですね。それ以外の人はみんな辞めているということなんです。裁判で勝った結果、低い賠償金でも入ってくればいいとするのか、あるいは確かに裁判で勝てば彼女はうそを言っていなかったということにはなるわけです、周りに対して。しかし、そのことが証明されたからとして、周りの人が考えを変えるかというと、そんなことは余りないんですね。だから、被害者としてはやっぱり納得できないという思いがずっと残る。
 それから、被害者にしてみれば、重い被害が残っている、PTSDなんかが残っているときは、裁判は二年か三年で終わっても、その後もっともっと長い期間を、自分が受けたその被害の回復というのは大変難しいんですけれども、付き合わなければいけないという不条理もあるわけですね。だから、裁判に勝ったら終わりではないということが、不法行為でやっても、なかなか被害者本人の救済にならないんじゃないかというふうに私は思うようになったわけなんです。
 それから、先ほどから措置義務の話が出ているんですけれども、これ、措置義務だって、会社に対して一体何人がそういうことを言い出せるだろうかということはやっぱり考えてみなければいけないと思うんですね。手続規定としては措置義務を申し立てることができるというふうに言っても、本当にそんなことが会社の中で言えるのかということになったときに大変難しいと思いますし、それは辞めてからだったら意味ないわけですね。
 ですから、不法行為だけを当てにするのではなくて、もっと別の、もっと時間が掛からなくて、しかも煩わせが少ない、それからプレッシャーの少ない、そういう別の法的な救済方法を考えなければいけないと思いますし、それから、外国では、これは禁止規定を持っていることと連動しているんですけれども、もちろん司法的な救済はあるんですけれども、それ以外の、名前はいろいろ、人権委員会とか雇用平等委員会とかいろいろあるんですけれども、いわゆるそういう行政機関での訴訟にない、もっといろんなうまみを持った解決方法ができているということで、それを私、日本でも検討する必要があるというふうに思っております。
 以上です。

発言情報

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発言者: 角田由紀子

speaker_id: 13987

日付: 2019-05-23

院: 参議院

会議名: 厚生労働委員会