斎藤縣三の発言 (厚生労働委員会)
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○参考人(斎藤縣三君) お手元に私の今日の委員会の発言をまとめた資料を配付させていただいておりますので、A4四枚のホッチキス留めの資料ですので、そちらを御覧になりながらお聞きいただければと思います。
私の紹介をしますと、私は特定非営利活動法人共同連の事務局長をしておりますが、共同連というのは、一般就労でもなく福祉的就労でもない第三の就労ということで、共に働く、障害ある人もない人も対等に働く、そういった働き方を目指すネットワークをつくっております。今日は、ここの立場ではなく、私が名古屋で五十年前からつくってまいりました特定非営利活動法人わっぱの会の活動に基づいた思いを語らせていただきたいと思います。
今日は、雇用促進法の改正の内容一つ一つではなく、その前提となった、昨年の八月以来明らかとなった雇用率の問題、政府における雇用率水増しと言われた問題、そういったことへの思い、これからどうあるべきかといったところを中心に語らせていただきたいと思います。
二ページ目を開いていただきたいと思いますが、私自身、内部障害者一級でありまして、今回政府が実際に雇っている障害者の中の本当に大半は内部障害の方なんですね。そういう意味で、内部障害の方であるならば、本当にそういう人たちだけででも雇用率は幾らでも満たそうと思えば満たせられたと思いますし、それどころか、今日お見えになっています他の参考人の方々、それぞれ違った障害をお持ちの方もみんなお力を持った方々であって、私なんかたとえ国家公務員試験には通らないかもしれませんけれども、十分公務員としての力は持っていると思っております。ほかの方も同様だと思います。どうしてこういった方々をしっかり雇って雇用率を満たさないのか、私にはそれが全く不思議でなりません。
それで、私自身の活動を御紹介させていただきます。ここに書いていますように、一九六〇年代末に、学生時代に大人の障害者の収容施設、当時はそういう言い方をしました、にボランティア活動に参加しまして、障害ある人が当時、人里離れた山の中に閉じ込められ、仕事らしい仕事にも就くこともなく、ずっとその中で生活し続けなくてはならないということに大きなショックを受けました。そこから、町の中でみんなと一緒になって共に働き生活することのできる場所をつくろうと思って、それ以来、五十年間活動を続けてまいりました。
次のところはちょっと間違っていますので、訂正していただければと思います。一九七〇年ではなく七一年、名古屋市でわっぱの会を始め、当時全く制度も何もない状態の中で、障害ある人、ない人が一緒になって働く場や生活する場を始めました。そして、一九八〇年代半ばには、全国のどこよりも先駆けて、無添加のパンわっぱんを作り、多くの市民に買ってもらうことができたことで、事業、活動は大きく発展をいたしました。
今日、名古屋の町の中で、たくさんの場所に分かれ、障害のない人たち大勢と一緒に障害のある人百二十名が共に働き、また、障害のある人六十名が家族から独立して生活をする場をつくっております。
また同時に、一九九〇年代半ばには、障害のある人がもっと一般企業などで就職できるように、これも全く独自の自主的な障害者就労援助センターをつくりました。当時は、少し障害が重かったり知的障害の人は、全く職安、ハローワークでも相手にしてもらえませんでした。ですから、会社を一軒一軒回って障害のある人のことを知ってもらい、働く機会を持てるようとお願いしたものです。そして、今日、複数の就労支援機関をつくり、そこで、名古屋の中におきまして年間二百人を超える障害者が働く、就職できるような実績を毎年上げ続けております。
そこで、昨年八月に起きました政府機関における障害者雇用率の水増しという報道を受けまして、私は本当に大きなショックを受けました。それは五十年前に初めて障害者施設を訪れたときのショックに並ぶようなものでございました。
私どもは、企業と一緒になって、ハローワークでは簡単に就職できない障害のある人たちを企業の中で働けるようにひたすら努力をし続けております。そして、私は、七〇年以降ずっと、政府だけではなくて民間も含めた雇用率というものがどう変動しているのかということを絶えず気に掛けておりました。そこで、政府は民間の模範となるように雇用率は守っているというふうに全く信じ切っておりました。それが全くそうではなかった。ですから、私はこれを単なる水増し問題というものとは思いません。意図的な、明らかに政府による障害者雇用率の大偽装だというふうに考えております。
当然、民間企業などを指導する立場にある政府は、しっかりと障害者雇用率を守るように指導しているわけです。そして、二〇〇〇年代以降、厚生労働省は、雇用率が少しも伸びない大企業に対し厳しい指導を行いました。結果として、大企業はそれ以来、飛躍的に雇用率を伸ばしてきたわけであります。
その次に参ります。時間がないのでちょっと急いで行きますけれども。
以下の私の思いでありますけれども、一九六〇年、身体障害者雇用促進法というのができたときに、これ民間は努力目標だったんですけど、この時点から政府は義務が、雇用義務が課せられておりました。その当時の最初の雇用率というのは、非現業で一・四%、現業で一・五%だったんですね。今回明らかになった八月のときに示された一・一九%というのは、この一九六〇年に義務付けられた雇用率をはるかに下回っているんです。ですから、一九六〇年以来、実に六十年近い歳月ずっと偽装が続けられてきたということはもう間違いのない事実です。
そしてまた、実際に知的障害者は全く雇われていないのですから、そしてまた、精神障害者のカウントは二〇〇六年からしか始まっていません。それは、身体障害者だけでの偽装がずっと続けられていたということになります。民間では、一九八〇年以来、知的障害者が雇用率にカウントされるようになり、一生懸命、知的障害者の採用にも努力をし続けております。
そして、今回、もう二千数百人の方が新たに採用されたというふうに聞いております。先ほど、百三十一名が離職というお話はもう既にありましたけれども、愛知県における状態をちょっと申し上げますと、二月二十二日の発表で、選考試験からの採用者が二十四名でありました。ですから、早速、愛知労働局に、どうなっているかということを四月の頭に聞きに行きました。そうしましたら、愛知労働局は、愛知県のどの部署に働いているかも、どういう仕事をしているかも、何も把握していませんでした。どうしてなんですかというふうに聞いたら、全く何も教えられていないということだったんです。だったらすぐに聞いてくださいということで、早速、愛知労働局の方は本庁の方に問い合わせました。でも、翌日の掛かってきた電話は、本庁の方でもすぐには答えられないということだったのでまだ分からないという御返事でした。
それから約一か月後、五月七日に愛知労働局から連絡が入りました。そうしましたら、ここに書いていますように、正規採用五十三名、非正規採用二十六名のほぼ八十名が雇われている。そのうち、就労支援を受けている者は十六名。これらのうち、有償での支援を受けている者はいない。ただ、今後、ジョブコーチを自分たちの職員の中で資格を取らせて支援すると答えているところが一か所だけありました。
仕事の内容につきましても、私たちがいろいろ把握している範囲におきましては、内部における郵便の区分けなりシュレッダー掛けといった仕事でしかありませんでした。これは、ずっと従来から始まっていましたチャレンジ雇用においてもそうであります。
もう時間がないので、五番のところは申し上げる時間がありませんので、是非読んでください。ここが重要だったと思いますけれども、本当にいろんな点で、今回の法改正だけでは足らない、いっぱい問題が私はあると思っております。
最後に申し上げます。六番のところです。
これは、一九六一年に当時の職業安定局長が、ある本の中でこの新しくできた雇用促進法の解説において書かれた言葉です。義務を掛ける、障害者にも雇用義務を掛けることについて、国などと一般雇用主とを区別し、別個の方法によることとしたのは、国などが一般の雇用主に率先して身体障害者を雇用すべきという考えに基づくものである、国が望ましいと思って決定した施策を、国自ら、あるいは国と密接につながりのある機関でまず実行していくのは当然のことであるというふうに断言されております。
改めて、政府の皆さん、そして議員の皆さんは、この六十年近い前の言葉をかみしめて、これから様々な施策に取り組んでいただきたいと心からお願いする次第です。
本日はありがとうございました。