高橋亜美の発言 (厚生労働委員会)

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○参考人(高橋亜美君) 苦しい人ほど声を上げられないということ、二つの観点があるかなと思うんですけど、一つに、苦しい環境で育ってきた人ほど頑張る、まだこれは危険な状態じゃないとか、助けを求めるレベルじゃないというか、そういった、何というか、サバイブして生きてきた状況にあるから、普通に考えたらそれはもうとても一人で対応できるような問題じゃないよ、状況じゃないよと言っても、まだまだ自分でこれはできるというところの、被害を受けてきたがゆえに、自分でこれは危険な状態だとか、もう誰かに助けを求めなきゃという、その察知度がすごく低いと。それは本人のせいではなくて、生い立ちの中で大事にされてこなかったというところで、自分でも危険信号が何か分からないというのが一つあるかなと。
 もう一つに、やっぱり誰かを頼って助けを求めたときに、そこが自分が求める寄り添いだとか対応だとかがしてもらえなかったりだとか、そこの支援を求めたとき又は支援が介入されたときに適切な信頼関係に何かつながったとか適切な支援につながったという経験が何かくじかれていると、もう二度と助けなんて求めるものかという状態になるという人もいますね。
 施設退所した人で生活困窮に陥って仕事もできないというような状況になったときに、自分で生活保護の申請に行ったときに、あなたまだまだ若いんだから頑張れるみたいなことをぱっと言われちゃって、その窓口がもう全く専門性のない人が対応しているとしか言いようがないんですけど、そうすると、勇気を持って、自分がこんな困窮状態で仕事できない状態なんだということを言いに行っても、そこがくじかれてしまうと、もう二度と誰にも相談しない、するもんかという、相談するということが、何か恥も伴う、やっぱり自分のプライドというか、相談しなくて済むのであれば、自分で解決できるなら誰もがそこで解決したいという思いがあると思うんですね。あと、自分を責めちゃうというのもあるので。
 だからこそ、助けを求める人たちが頑張るとかではなくて、それを提供する私たちが、それは社会的養護の支援のみならず、いろんな支援の窓口にいる人たちが、どういった言葉掛けとか、初めに出会ったときにどういった対応ができるかで、ああ、ここに相談して良かった、ああ、勇気を出して行って良かったと思ってもらえる、一番初めの出会いのところってすごく大事だと思うので、そこのまた、何か専門性、専門性としつこいんですけど、そこのスキルをきちんと育てていくことも必要かなと思います。だから、助けてと言えないということにつながると思います。

発言情報

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発言者: 高橋亜美

speaker_id: 10238

日付: 2019-06-13

院: 参議院

会議名: 厚生労働委員会