高倉慶応の発言 (国際経済・外交に関する調査会)
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○参考人(高倉慶応君) 着席のままでお話しさせていただきます。
本日は、このような立派な調査会にお招きをいただきまして誠にありがとうございます。
一般社団法人イマジンワンワールドという社団法人をつくりまして、今、KIMONOプロジェクトと一般的に皆様には認知をしていただいておりますけれども、活動を取り組ませていただいております高倉と申します。福岡県の出身でございまして、早速でございますけれども、我々の活動について触れながら、いただきました課題についての御意見を述べさせていただければというふうに思います。
まず、KIMONOプロジェクトということでございますので、多少、ちょっと着物業界の現状についても少し前段で触れさせていただきますと、我々が小学校の頃に、明治維新の直後に日本が外貨を稼ぐのに一番輸出していたのが生糸ということを皆さんも御記憶されていると思うんですけれども、現状は、国産の絹糸、そういうものが国内に占める割合は一%を切りまして、八十数%が中国から輸入をしております。
着物はほとんどが絹織物でございまして、中国の次に輸入をしている国がブラジルでございまして、その両か国でほぼ九九%近く。国産糸、本当にもうなくなる寸前のところに今あるという現状だけ御認識いただければと思います。
残念ながら日本の着物に必要な絹を海外からの輸入にもう頼らざるを得ない、若しくはそれが止まった瞬間に絹織物自体が日本からなくなってしまうという現状もこのプロジェクトを始める一つの発端に、私の中ではモチベーションになったということもございます。
それから、海外含めて今非常に、アニメーションも含めていろんな意味で日本ブームが起こっておりまして、たくさんの観光客の皆さんが、日本に来たら結構着物を着て町を歩いていらっしゃる姿をたくさん見られると思います。振り返って、日本人の方が非常にお召しの方が今は逆に少なくて、産業としてはピーク時と比べて大体七%ぐらいの市場規模になっているというふうに経済産業省の方では数値をいただいております。
こういう状況の中で、もしも着物が文化であるならば、やはり生産する方と、それからそれを消費といいましょうか、お召しいただく方、着てこうやって過ごす方がいて初めて文化であり、これが生産が止まり、若しくは着る方がいなくなれば、いわゆる歴史の一つに、一ページになるというその瀬戸際にちょうど今業界が来ているなというのが、このKIMONOプロジェクトというものをやる一つの大きな要因でございました。
もう一つは、残念ながら、着物も工芸的な価値があるとかある意味芸術的な価値があると言われ続けてきたんですけれども、現状、例えば一般的に言う成人式における振り袖の、着装率はほぼ一〇〇%なんですけれども、そのうち、いわゆる手作りで工芸的に作られた着物をお召しの方というか、生産量はもう五%を切っております。それ以外は、一日に大体六十枚ぐらい印刷できるインクジェッターの機械で印刷した着物がするするするする機械から出てきまして、ですから、逆に言うと、最近着物安いなと思われる方がいらっしゃると思うんですけれども、ある意味技術の進歩でもあります。ただ、反面、それによって手仕事の価値も毀損してきつつあるという現状があります。
このプロジェクトは、世界についていろんなことを勉強して、それぞれの国の美しさを描こうと思ったんですが、できれば、それを機械からプリントアウトするのではなく、日本で培った、特に染織、染めたり織ったりする技術、世界中どこを見渡してもこれ以上進歩した国もありませんし、また先進国と言われる国の中で、手仕事のこういう物づくりを残している、特に衣服に関して残している国、若しくは男性の民族衣装を持っている国、ほとんどございません。そういうこともあり、日本人としてもう一度そういうところに思いをはせていただきたいということもありまして、KIMONOプロジェクトというものをスタートいたしました。
おかげさまでというか、おかげさまでもないんですが、始めた当初は絶対にそんなことできるわけないと言われました。というのは、オリンピックに参加する国と地域、今私たちが把握しているだけで二百六及び七と聞いております。日本の伝統的な物づくりで、どこに出しても恥ずかしくない、相手の国の例えば元首の方がお見えになったときに、それを着ていって恥ずかしくない物づくりをしようと思いますと、おおよそ一か国当たり二百万円ぐらいの原価が掛かります。これを二百か国単純に掛けますと、大体四億円のお金が必要になります。これを私たち、もう自分たちで寄附を集めてやろうということでスタートいたしましたので、要は自分たちの力で何とかやってみようということでスタートしたプロジェクトでした。
当然、業界の中には冷ややかな声と、そんなのできるわけないやろと、どこか補助金でもないのかとか、そういう意見もたくさんありましたけれども、どれだけの日本の国民の方が自分のものにならないものに対してそういったこの思いに賛同してくださるかということも今から先のこの文化の継承にとっても大事なことだろうと思いましたので、本当にこつこつと活動を続けてきたわけでございます。
あともう一つ大切なことがこのプロジェクトにありまして、理念がこの社団の名前でございます。イマジンワンワールド、もうべたな名前で申し訳ないんですが、イマジンはジョン・レノンの「イマジン」という曲にある理念から取らせていただきました。そしてワンワールド、当然ながら世界は一つしかありません。そういうことをもう一度想起していただく、いろいろ言ったって一つしか世界ないんだよねということを平和と友好のあかしのシンボルとして、その思いを、メッセージを伝える手法に一つ、一か国一か国の着物を作り、最後は、このテーブルをこういうふうに囲んでいるように、それぞれの国の着物を着た、日本人で構いませんけれども、みんなで手をつなごうと。そして、そこが世界が一つになるという瞬間を日本から発信しようと。そして、できればその一つ一つの着物に相手の国の美しさが描かれているとおもてなしとして最高じゃないだろうかと、そんなことによってプロジェクトの物づくりが進んできております。
実際、それぞれの着物を作る上でやっぱり分からないことがたくさんございまして、国内に、日本に大使館を置いていただいている国と名誉領事館その他がある国は全て行かせていただきまして、デザインの打合せも大使館の皆さんと一緒にやってまいりました。非常に協力的でした。えっ、私たちの国の着物を作ってくれるのかということが単純にうれしかったというふうに言われまして、逆に、私たちが思った以上に、外から見ると、我々が着ているいわゆる和服と言われているものも憧れと非常にいいイメージをお持ちなんだなということも実感いたしました。
また一方、非常に文化的なそごを感じたこともたくさんございました。国によっては、例えば、一番最後の方の資料にあるんですけれども、お手元の資料五ページで合っているんでしょうか、ミャンマーという国がございまして、ミャンマーという国の着物を作るときに大使館の方に行きましたところ、やはり描いてはいけない花が幾つもございました。それは神聖なものであるからいけないと。それから、仏像はもってのほか。できればそういう神聖なものは足下ではなく上の高い位置に描いてくれというふうな御要望もございました。
同じようなことがその次のカンボジアにもございまして、多少お着物が御理解されると、留め袖と言われているものは裾に大きく柄を広げて描くことによって、日本の着物は大体そこに大きな、重要な位置なんですけれども、これを、アンコールワットはもう一番上のてっぺんのところに描かせて、見えますでしょうか、これ元々裾に描いていたんです。すばらしい柄だと私は思ったんですが、大使は、いや、どうかなとおっしゃって、本国の文化庁まで問合せをいただいて、一度は、いや、やっぱり足下に描くのは困るということで、上に上げてくれと言われて、ただ、日本の文化としては、裾に描くというふうに思うかもしれないけれども、そこが一番いい場所なんだと、できればこの形のものはそこに描きたいというふうにちょっと反論をしてみましたが、もうクメール人の名に懸けて許せないというふうに言われまして、作者には本当大変申し訳なかったんですけれども、その代わりアンコールワットを描くことを特別に許してあげるというふうに言われました。
こういうことは、本当にそれぞれの国の人と直接、しかもこういう具体的なテーマを元に話をしてみないと分からないことでもありましたし、また一方、そういった中から出てきた作品については、非常にやっぱり向こうの、先方の国の方が自分たちの、本当にいい物ができたというように喜んでくださっております。
今日は実物の中国の着物もここに掛けていますから、もし委員会の後でもお時間があれば実物も見ていただきたいと思います。先日、程大使の方にも運よく御覧いただくことができまして、大変喜んでいただきました。
この中国に関することにつきましてはちょっとエピソードがありまして、日本にある、たしか化学系の会社に研究員としてお勤めの中国の方が、ウェイボーという中国のネットの中にこの着物について詳しく書かれまして、投稿されたんですね。で、ちょっと失礼な言い方かもしれませんけど、ああ、これはちょっと困ったなと、もしもネットで大きくたたかれちゃったら、もうちょっとこれ相手が相手だけに大変なことになるなというふうに思ったところ、全く逆でした。要するに、二日間で六百数十万のページビューをいただき、その中で一万件ぐらいシェアされていて、シェアというのかな、コメントも一万件以上来ていたんですけど、大体九割五分賛同の意見でした。
ただし、もしもこの着物が赤と黄色で染められていたら、その逆になっていたと思います。そういう点は非常にやはり難しいものだなということも感じました。中国の方たちが言うには、どうせ赤と黄色で作るんだろうと思っていたそうです。ところが、地色が黒だった。古代の中国からいう、いわゆる何というんでしょうか、高貴な色であったということと、真ん中に万里の長城が描かれているんですけれども、実はこれが竜にも見えるように、それから、青海波と言うんですけど、うろこのようにも見えますが、これは波の模様でして、これを川にも例えているんです。要は、万里の長城と、それから竜と、それから中国にある大きな川ですね、これを三つを一つのデザインにしている。これ、このアイデアが出るまで作者と一年ぐらいいろいろ議論しましたけど、これで実際もうばちっと決まりまして、あとはちょっとかわいらしいパンダを描いてみたりとか、松竹梅とかボタンの花とかを描いています。
何が申し上げたかったかというと、文化的な信用を醸成するために一番大事なことは、徹底的に相手のことをやっぱり知ることなんじゃないかなと。それから、具体的な一つの物を作る、例えば今回中国の着物を作るということで出向いたので、向こうも具体的に、これよりもこっちがいい、あっちがいいということを言ってくださいました。その結果、通常であれば日本に対するテーマに関しては、非常にやっぱりネットの中、つらい意見が多いのにかかわらず、この着物に関してだけでしか私は存じ上げませんけれども、非常にポジティブな反応が来た。今の中国人よりも日本人は中国を理解しているというコメントとか、これはまあ中国らしいですが、一体幾らで買えるのかとか、そういうコメントもあり、いや、済みません、ちょっと売り物ではないので、申し訳ないんですが、ちょっとこれは日本の国内に日中友好のあかしとして長く残していこうと思っていますと。
まさに、この一つ一つの作品を二〇二〇年の日本のレガシーにしたいということで考えております。作者もそのつもりで、もう乾坤一擲というんでしょうか、ここに一つの、自分の全てを出すということで、一人一人の作品がおります。
もうお時間が迫ってまいりましたが、北は盛岡にお住まいの先生から、米沢だったり、作者ですね、そして東京ももちろんたくさんいらっしゃいます。関東地区もあります。新潟県の雪深い十日町だったり小千谷だったり、今日は先生もおいでですけど、琉球の紅型だったり、それぞれのその地域にある、私のふるさと久留米にも久留米がすりがあります。久留米がすりで振り袖作ったことはありませんが、今回作っております。鹿児島の大島つむぎだったり、もちろん京友禅、西陣織、博多織、全国の生産者の方にみんな同じ条件で、一か国この金額なのでみんな先生ギャラは同じなんですと、若い先生も年の先生も、よく知らない先生も有名な先生もですね。そうして一個ずつ作品が今でき上がってきて、現在百三十か国ぐらいが完成していまして、今もう残りの国は全てスタートを切りまして、二〇二〇年のどんなに遅くても三月ぐらいには二百七の国と地域の着物が完成するところに来ました。
ここまで来れたのは、本当に私たちも努力はいたしましたけど、本当に運が良かったなというふうに思っています。一つは、我々ボランティア団体ですので、とはいっても、活動が全国にまたがったりします。場合によっては海外まで行かなきゃいけないこともあります。そういうときに、やっぱり自分の時間とお金を、いわゆる身銭を切って支えてきてくださった、今日も傍聴席に来ていますけれども、大勢の仲間たちが全国にいたり、そして、それぞれの国、じゃ、この国は俺がお金出してあげようと、本当に所有するわけでもないのに賛同して出してくださった各企業様や団体様だったりとか、又は個人で出してくださった方もたくさんいて、あと二十、三十か国ぐらいのスポンサーが見付かるともう堂々とゴールができるところまで来ましたけれども、今度のG20、例えば福岡で行われる蔵相、中央銀行総裁の会合ですとか、あと八月に横浜で開催されるTICADにおいても活用していただくことが決まりまして、ひょっとすると、皆様方の前でもそれぞれの各国の首脳をこの私たちのプロジェクトの着物がエスコートをしたり、それから、とにかくいっぱい写真を撮りたがられるので、それぞれの国でまたしてもらいたい。
最終的に二つ、どうしてもやっぱり最後までやり遂げてその後の活動にも結び付けていきたいのが、やはり世界が一つなんだということ。それから、日本という国は、大きな国であっても本当に小さな人口の少ない国であっても同じ予算で作る国なんだと、そういう文化を持っている国なんだ、このことによって、一般的に言う経済合理性とはちょっと違うんですけれども、それが日本人の考え方なので、是非この国と長く付き合う方がいいんじゃないのかと。日本のプレゼンス、それから日本の民度、いわゆる日本の思想、哲学、こういうものを私たちはやはりこういった衣装にも込めて長年この国の中で文化として取り組んできたということが一つは世界に伝わることで日本のイメージが良くなるといいなと、そんなふうに思っています。
それから、できればもうちょっと手で作る文化に対して、やはり皆様たちのしっかりとしたサポートと、そしてやはり褒め言葉が欲しいですね、いい仕事しているねと。それがないと、単に給料があるとか、少しは補助が出ているとか、そういうことじゃ働けません。やはり大変な仕事なんです。ですからできれば、要するに、誇りある仕事としてこれからも、私たちのようなこの着物なり、そういう物を作る先生方、名前は先生ですけど本当にみんな貧しいんです、本当に大変です、そういった方々がやはり堂々と先生と言われ胸を張って生きていけるような、またできればそういった社会的な風潮も是非先生方の力を借りてできてくるといいなと思っております。
まとめにちょっとなりますけれども、やっていて本当に世界にいろんな国があるなということが分かりました。国によっては、政党に全て花のマークが付いているので、きれいな花だけでそれ書かぬ方がいいよと言われたこともありました。例えば、差別的な発言の強い政党は、でもきれいな花をマークにしているんですね。ここはやめた方がいいとかですね。いろんなことがありましたけれども、やっぱり文字情報で得られる、若しくはいわゆるネットで見られるものと違って、実際にそこの国の人と話し合いながら物を作っていく中で生まれてくる信用醸成というのは本当に忘れられないものになるなと。大使とお話しする中でも、また孫の代に、お互いの孫の代にこの着物を見ながらそういう話ができるといいですねということも伝えてきております。
このプロジェクトがもしもこの信用醸成に対する何かお役立ちができるとしたら、それは単にイベントのためにこしらえて、それで一応予算的にはこれで消化しましたねというものではなく、一回作った物が、ずっと年を経るごとに多くの人たちの、また、その国の人たちとの物語に重なっていって、ああ、うちの国の着物はああいうのだったよねというふうになっていける。その背景には、大変多くの努力と一個一個の物を作るために掛かる時間、約一年掛けて物を制作するために大変な時間と労力を掛けてやっていますけれども、ただ、やっぱり掛けた分、相手にも伝わるということもよく分かりました。
そして、もう一度申し上げますと、最後に申し上げますと、相手の国のことを好きになろうと思ったら、やっぱりまずは相手の国のことをよく知ることから始まるんだなということを思いました。
ある国の担当になられた先生が、これリオ・オリンピックのときでしたけど、最初、この国を作ってくれと申し上げました。いや、何でわしにそんな、これは、済みません、変な意味に取らないでください。よく知らない国だったんですね、その先生からいうと。何でわしがその国なんだと、俺は行ったこともなけりゃ聞いたこともないぞと言われましたが、作っている最中にちょうどリオ・オリンピックがやっていまして、先生のところに陣中見舞いに行きましたら、君はこの国の人口は何人か知っておるかとか、もう今度は自慢げに、何かその国の博士みたいになられまして、そして、そのことによってやっぱり急に親近感が湧かれたみたいで、たまたまその国が初めてメダルを取られたんですね、リオのオリンピックで。もう本当に自分のことのように喜んではりました。
こういうことが、いわゆるその一つのきっかけによって、また文化というものを活用した、若しくは我々のような、これがソフトパワーと言えるかどうか分かりませんが、イマジンワンワールドという理念の下にみんなで一緒にやったから、大勢の先生たちと一緒にやったからこそできること、それぞれの国との一つ一つのパイプができること、それが中心が日本であったということ、そして、できればそれを二〇二〇年にここから世界に発信できればということによって、ますます信用醸成ができるんじゃないかなというふうに思っています。
是非、これからの日本人、多くの日本人の方が海外で活躍するためには、やはりその国のイメージが大事だと思います。こういった着物も含めた文化を活用したイメージ戦略というものも、今後皆様の中でも少し御議論いただく機会があると有り難く思います。
以上です。よろしくお願いします。