国際経済・外交に関する調査会
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会
会議録情報#0
平成三十一年二月二十七日(水曜日)
午後一時開会
─────────────
委員の異動
二月七日
辞任 補欠選任
朝日健太郎君 大野 泰正君
二月二十六日
辞任 補欠選任
伊波 洋一君 糸数 慶子君
─────────────
出席者は左のとおり。
会 長 水落 敏栄君
理 事
小野田紀美君
堀井 巌君
丸山 和也君
古賀 之士君
牧山ひろえ君
三浦 信祐君
石井 苗子君
武田 良介君
委 員
猪口 邦子君
今井絵理子君
岩井 茂樹君
大野 泰正君
上月 良祐君
酒井 庸行君
藤川 政人君
三木 亨君
宮島 喜文君
伊藤 孝恵君
木戸口英司君
小川 勝也君
川田 龍平君
横山 信一君
糸数 慶子君
事務局側
第一特別調査室
長 松井 一彦君
参考人
一般社団法人イ
マジンワンワー
ルド代表理事 高倉 慶応君
近藤文化・外交
研究所代表
元文化庁長官 近藤 誠一君
東京外国語大学
大学院教授 渡邊 啓貴君
─────────────
本日の会議に付した案件
○参考人の出席要求に関する件
○政府参考人の出席要求に関する件
○国際経済・外交に関する調査
(「アジア太平洋における平和の実現、地域協
力及び日本外交の在り方」のうち、文化、人的
交流などのソフトパワーを活用した信頼醸成の
取組の課題について)
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この発言だけを見る →午後一時開会
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委員の異動
二月七日
辞任 補欠選任
朝日健太郎君 大野 泰正君
二月二十六日
辞任 補欠選任
伊波 洋一君 糸数 慶子君
─────────────
出席者は左のとおり。
会 長 水落 敏栄君
理 事
小野田紀美君
堀井 巌君
丸山 和也君
古賀 之士君
牧山ひろえ君
三浦 信祐君
石井 苗子君
武田 良介君
委 員
猪口 邦子君
今井絵理子君
岩井 茂樹君
大野 泰正君
上月 良祐君
酒井 庸行君
藤川 政人君
三木 亨君
宮島 喜文君
伊藤 孝恵君
木戸口英司君
小川 勝也君
川田 龍平君
横山 信一君
糸数 慶子君
事務局側
第一特別調査室
長 松井 一彦君
参考人
一般社団法人イ
マジンワンワー
ルド代表理事 高倉 慶応君
近藤文化・外交
研究所代表
元文化庁長官 近藤 誠一君
東京外国語大学
大学院教授 渡邊 啓貴君
─────────────
本日の会議に付した案件
○参考人の出席要求に関する件
○政府参考人の出席要求に関する件
○国際経済・外交に関する調査
(「アジア太平洋における平和の実現、地域協
力及び日本外交の在り方」のうち、文化、人的
交流などのソフトパワーを活用した信頼醸成の
取組の課題について)
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水
水落敏栄#1
○会長(水落敏栄君) ただいまから国際経済・外交に関する調査会を開会いたします。
委員の異動について御報告いたします。
昨日までに、朝日健太郎君及び伊波洋一君が委員を辞任され、その補欠として大野泰正君及び糸数慶子君が選任されました。
─────────────
この発言だけを見る →委員の異動について御報告いたします。
昨日までに、朝日健太郎君及び伊波洋一君が委員を辞任され、その補欠として大野泰正君及び糸数慶子君が選任されました。
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水
水落敏栄#2
○会長(水落敏栄君) 参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。
国際経済・外交に関する調査のため、今期国会中、必要に応じ参考人の出席を求め、その意見を聴取いたしたいと存じますが、御異議ございませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
この発言だけを見る →国際経済・外交に関する調査のため、今期国会中、必要に応じ参考人の出席を求め、その意見を聴取いたしたいと存じますが、御異議ございませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
水
水落敏栄#3
○会長(水落敏栄君) 御異議ないと認めます。
なお、その日時及び人選等につきましては、これを会長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
この発言だけを見る →なお、その日時及び人選等につきましては、これを会長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
水
水
水落敏栄#5
○会長(水落敏栄君) 政府参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。
国際経済・外交に関する調査のため、今期国会中、必要に応じ政府参考人の出席を求め、その説明を聴取することとし、その手続については、これを会長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
この発言だけを見る →国際経済・外交に関する調査のため、今期国会中、必要に応じ政府参考人の出席を求め、その説明を聴取することとし、その手続については、これを会長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
水
水
水落敏栄#7
○会長(水落敏栄君) 国際経済・外交に関する調査を議題といたします。
本日は、「アジア太平洋における平和の実現、地域協力及び日本外交の在り方」のうち、「文化、人的交流などのソフトパワーを活用した信頼醸成の取組の課題」について参考人から御意見をお伺いした後、質疑を行います。
本日は、一般社団法人イマジンワンワールド代表理事高倉慶応参考人、近藤文化・外交研究所代表・元文化庁長官近藤誠一参考人及び東京外国語大学大学院教授渡邊啓貴参考人に御出席いただいております。
この際、一言御挨拶を申し上げます。
各参考人におかれましては、御多忙のところ本調査会に御出席いただきまして誠にありがとうございます。
本日は、各参考人から忌憚のない御意見を賜りまして、今後の調査の参考にいたしたいと存じますので、何とぞよろしくお願いいたします。
本日の議事の進め方でございますが、まず、高倉参考人、近藤参考人、渡邊参考人の順でお一人二十分程度御意見をお述べいただいた後、午後四時頃までを目途に質疑を行いますので、御協力をよろしくお願いいたします。
なお、御発言は着席のままで結構でございます。
それでは、高倉参考人から御意見をお述べいただきます。高倉参考人。
この発言だけを見る →本日は、「アジア太平洋における平和の実現、地域協力及び日本外交の在り方」のうち、「文化、人的交流などのソフトパワーを活用した信頼醸成の取組の課題」について参考人から御意見をお伺いした後、質疑を行います。
本日は、一般社団法人イマジンワンワールド代表理事高倉慶応参考人、近藤文化・外交研究所代表・元文化庁長官近藤誠一参考人及び東京外国語大学大学院教授渡邊啓貴参考人に御出席いただいております。
この際、一言御挨拶を申し上げます。
各参考人におかれましては、御多忙のところ本調査会に御出席いただきまして誠にありがとうございます。
本日は、各参考人から忌憚のない御意見を賜りまして、今後の調査の参考にいたしたいと存じますので、何とぞよろしくお願いいたします。
本日の議事の進め方でございますが、まず、高倉参考人、近藤参考人、渡邊参考人の順でお一人二十分程度御意見をお述べいただいた後、午後四時頃までを目途に質疑を行いますので、御協力をよろしくお願いいたします。
なお、御発言は着席のままで結構でございます。
それでは、高倉参考人から御意見をお述べいただきます。高倉参考人。
高
高倉慶応#8
○参考人(高倉慶応君) 着席のままでお話しさせていただきます。
本日は、このような立派な調査会にお招きをいただきまして誠にありがとうございます。
一般社団法人イマジンワンワールドという社団法人をつくりまして、今、KIMONOプロジェクトと一般的に皆様には認知をしていただいておりますけれども、活動を取り組ませていただいております高倉と申します。福岡県の出身でございまして、早速でございますけれども、我々の活動について触れながら、いただきました課題についての御意見を述べさせていただければというふうに思います。
まず、KIMONOプロジェクトということでございますので、多少、ちょっと着物業界の現状についても少し前段で触れさせていただきますと、我々が小学校の頃に、明治維新の直後に日本が外貨を稼ぐのに一番輸出していたのが生糸ということを皆さんも御記憶されていると思うんですけれども、現状は、国産の絹糸、そういうものが国内に占める割合は一%を切りまして、八十数%が中国から輸入をしております。
着物はほとんどが絹織物でございまして、中国の次に輸入をしている国がブラジルでございまして、その両か国でほぼ九九%近く。国産糸、本当にもうなくなる寸前のところに今あるという現状だけ御認識いただければと思います。
残念ながら日本の着物に必要な絹を海外からの輸入にもう頼らざるを得ない、若しくはそれが止まった瞬間に絹織物自体が日本からなくなってしまうという現状もこのプロジェクトを始める一つの発端に、私の中ではモチベーションになったということもございます。
それから、海外含めて今非常に、アニメーションも含めていろんな意味で日本ブームが起こっておりまして、たくさんの観光客の皆さんが、日本に来たら結構着物を着て町を歩いていらっしゃる姿をたくさん見られると思います。振り返って、日本人の方が非常にお召しの方が今は逆に少なくて、産業としてはピーク時と比べて大体七%ぐらいの市場規模になっているというふうに経済産業省の方では数値をいただいております。
こういう状況の中で、もしも着物が文化であるならば、やはり生産する方と、それからそれを消費といいましょうか、お召しいただく方、着てこうやって過ごす方がいて初めて文化であり、これが生産が止まり、若しくは着る方がいなくなれば、いわゆる歴史の一つに、一ページになるというその瀬戸際にちょうど今業界が来ているなというのが、このKIMONOプロジェクトというものをやる一つの大きな要因でございました。
もう一つは、残念ながら、着物も工芸的な価値があるとかある意味芸術的な価値があると言われ続けてきたんですけれども、現状、例えば一般的に言う成人式における振り袖の、着装率はほぼ一〇〇%なんですけれども、そのうち、いわゆる手作りで工芸的に作られた着物をお召しの方というか、生産量はもう五%を切っております。それ以外は、一日に大体六十枚ぐらい印刷できるインクジェッターの機械で印刷した着物がするするするする機械から出てきまして、ですから、逆に言うと、最近着物安いなと思われる方がいらっしゃると思うんですけれども、ある意味技術の進歩でもあります。ただ、反面、それによって手仕事の価値も毀損してきつつあるという現状があります。
このプロジェクトは、世界についていろんなことを勉強して、それぞれの国の美しさを描こうと思ったんですが、できれば、それを機械からプリントアウトするのではなく、日本で培った、特に染織、染めたり織ったりする技術、世界中どこを見渡してもこれ以上進歩した国もありませんし、また先進国と言われる国の中で、手仕事のこういう物づくりを残している、特に衣服に関して残している国、若しくは男性の民族衣装を持っている国、ほとんどございません。そういうこともあり、日本人としてもう一度そういうところに思いをはせていただきたいということもありまして、KIMONOプロジェクトというものをスタートいたしました。
おかげさまでというか、おかげさまでもないんですが、始めた当初は絶対にそんなことできるわけないと言われました。というのは、オリンピックに参加する国と地域、今私たちが把握しているだけで二百六及び七と聞いております。日本の伝統的な物づくりで、どこに出しても恥ずかしくない、相手の国の例えば元首の方がお見えになったときに、それを着ていって恥ずかしくない物づくりをしようと思いますと、おおよそ一か国当たり二百万円ぐらいの原価が掛かります。これを二百か国単純に掛けますと、大体四億円のお金が必要になります。これを私たち、もう自分たちで寄附を集めてやろうということでスタートいたしましたので、要は自分たちの力で何とかやってみようということでスタートしたプロジェクトでした。
当然、業界の中には冷ややかな声と、そんなのできるわけないやろと、どこか補助金でもないのかとか、そういう意見もたくさんありましたけれども、どれだけの日本の国民の方が自分のものにならないものに対してそういったこの思いに賛同してくださるかということも今から先のこの文化の継承にとっても大事なことだろうと思いましたので、本当にこつこつと活動を続けてきたわけでございます。
あともう一つ大切なことがこのプロジェクトにありまして、理念がこの社団の名前でございます。イマジンワンワールド、もうべたな名前で申し訳ないんですが、イマジンはジョン・レノンの「イマジン」という曲にある理念から取らせていただきました。そしてワンワールド、当然ながら世界は一つしかありません。そういうことをもう一度想起していただく、いろいろ言ったって一つしか世界ないんだよねということを平和と友好のあかしのシンボルとして、その思いを、メッセージを伝える手法に一つ、一か国一か国の着物を作り、最後は、このテーブルをこういうふうに囲んでいるように、それぞれの国の着物を着た、日本人で構いませんけれども、みんなで手をつなごうと。そして、そこが世界が一つになるという瞬間を日本から発信しようと。そして、できればその一つ一つの着物に相手の国の美しさが描かれているとおもてなしとして最高じゃないだろうかと、そんなことによってプロジェクトの物づくりが進んできております。
実際、それぞれの着物を作る上でやっぱり分からないことがたくさんございまして、国内に、日本に大使館を置いていただいている国と名誉領事館その他がある国は全て行かせていただきまして、デザインの打合せも大使館の皆さんと一緒にやってまいりました。非常に協力的でした。えっ、私たちの国の着物を作ってくれるのかということが単純にうれしかったというふうに言われまして、逆に、私たちが思った以上に、外から見ると、我々が着ているいわゆる和服と言われているものも憧れと非常にいいイメージをお持ちなんだなということも実感いたしました。
また一方、非常に文化的なそごを感じたこともたくさんございました。国によっては、例えば、一番最後の方の資料にあるんですけれども、お手元の資料五ページで合っているんでしょうか、ミャンマーという国がございまして、ミャンマーという国の着物を作るときに大使館の方に行きましたところ、やはり描いてはいけない花が幾つもございました。それは神聖なものであるからいけないと。それから、仏像はもってのほか。できればそういう神聖なものは足下ではなく上の高い位置に描いてくれというふうな御要望もございました。
同じようなことがその次のカンボジアにもございまして、多少お着物が御理解されると、留め袖と言われているものは裾に大きく柄を広げて描くことによって、日本の着物は大体そこに大きな、重要な位置なんですけれども、これを、アンコールワットはもう一番上のてっぺんのところに描かせて、見えますでしょうか、これ元々裾に描いていたんです。すばらしい柄だと私は思ったんですが、大使は、いや、どうかなとおっしゃって、本国の文化庁まで問合せをいただいて、一度は、いや、やっぱり足下に描くのは困るということで、上に上げてくれと言われて、ただ、日本の文化としては、裾に描くというふうに思うかもしれないけれども、そこが一番いい場所なんだと、できればこの形のものはそこに描きたいというふうにちょっと反論をしてみましたが、もうクメール人の名に懸けて許せないというふうに言われまして、作者には本当大変申し訳なかったんですけれども、その代わりアンコールワットを描くことを特別に許してあげるというふうに言われました。
こういうことは、本当にそれぞれの国の人と直接、しかもこういう具体的なテーマを元に話をしてみないと分からないことでもありましたし、また一方、そういった中から出てきた作品については、非常にやっぱり向こうの、先方の国の方が自分たちの、本当にいい物ができたというように喜んでくださっております。
今日は実物の中国の着物もここに掛けていますから、もし委員会の後でもお時間があれば実物も見ていただきたいと思います。先日、程大使の方にも運よく御覧いただくことができまして、大変喜んでいただきました。
この中国に関することにつきましてはちょっとエピソードがありまして、日本にある、たしか化学系の会社に研究員としてお勤めの中国の方が、ウェイボーという中国のネットの中にこの着物について詳しく書かれまして、投稿されたんですね。で、ちょっと失礼な言い方かもしれませんけど、ああ、これはちょっと困ったなと、もしもネットで大きくたたかれちゃったら、もうちょっとこれ相手が相手だけに大変なことになるなというふうに思ったところ、全く逆でした。要するに、二日間で六百数十万のページビューをいただき、その中で一万件ぐらいシェアされていて、シェアというのかな、コメントも一万件以上来ていたんですけど、大体九割五分賛同の意見でした。
ただし、もしもこの着物が赤と黄色で染められていたら、その逆になっていたと思います。そういう点は非常にやはり難しいものだなということも感じました。中国の方たちが言うには、どうせ赤と黄色で作るんだろうと思っていたそうです。ところが、地色が黒だった。古代の中国からいう、いわゆる何というんでしょうか、高貴な色であったということと、真ん中に万里の長城が描かれているんですけれども、実はこれが竜にも見えるように、それから、青海波と言うんですけど、うろこのようにも見えますが、これは波の模様でして、これを川にも例えているんです。要は、万里の長城と、それから竜と、それから中国にある大きな川ですね、これを三つを一つのデザインにしている。これ、このアイデアが出るまで作者と一年ぐらいいろいろ議論しましたけど、これで実際もうばちっと決まりまして、あとはちょっとかわいらしいパンダを描いてみたりとか、松竹梅とかボタンの花とかを描いています。
何が申し上げたかったかというと、文化的な信用を醸成するために一番大事なことは、徹底的に相手のことをやっぱり知ることなんじゃないかなと。それから、具体的な一つの物を作る、例えば今回中国の着物を作るということで出向いたので、向こうも具体的に、これよりもこっちがいい、あっちがいいということを言ってくださいました。その結果、通常であれば日本に対するテーマに関しては、非常にやっぱりネットの中、つらい意見が多いのにかかわらず、この着物に関してだけでしか私は存じ上げませんけれども、非常にポジティブな反応が来た。今の中国人よりも日本人は中国を理解しているというコメントとか、これはまあ中国らしいですが、一体幾らで買えるのかとか、そういうコメントもあり、いや、済みません、ちょっと売り物ではないので、申し訳ないんですが、ちょっとこれは日本の国内に日中友好のあかしとして長く残していこうと思っていますと。
まさに、この一つ一つの作品を二〇二〇年の日本のレガシーにしたいということで考えております。作者もそのつもりで、もう乾坤一擲というんでしょうか、ここに一つの、自分の全てを出すということで、一人一人の作品がおります。
もうお時間が迫ってまいりましたが、北は盛岡にお住まいの先生から、米沢だったり、作者ですね、そして東京ももちろんたくさんいらっしゃいます。関東地区もあります。新潟県の雪深い十日町だったり小千谷だったり、今日は先生もおいでですけど、琉球の紅型だったり、それぞれのその地域にある、私のふるさと久留米にも久留米がすりがあります。久留米がすりで振り袖作ったことはありませんが、今回作っております。鹿児島の大島つむぎだったり、もちろん京友禅、西陣織、博多織、全国の生産者の方にみんな同じ条件で、一か国この金額なのでみんな先生ギャラは同じなんですと、若い先生も年の先生も、よく知らない先生も有名な先生もですね。そうして一個ずつ作品が今でき上がってきて、現在百三十か国ぐらいが完成していまして、今もう残りの国は全てスタートを切りまして、二〇二〇年のどんなに遅くても三月ぐらいには二百七の国と地域の着物が完成するところに来ました。
ここまで来れたのは、本当に私たちも努力はいたしましたけど、本当に運が良かったなというふうに思っています。一つは、我々ボランティア団体ですので、とはいっても、活動が全国にまたがったりします。場合によっては海外まで行かなきゃいけないこともあります。そういうときに、やっぱり自分の時間とお金を、いわゆる身銭を切って支えてきてくださった、今日も傍聴席に来ていますけれども、大勢の仲間たちが全国にいたり、そして、それぞれの国、じゃ、この国は俺がお金出してあげようと、本当に所有するわけでもないのに賛同して出してくださった各企業様や団体様だったりとか、又は個人で出してくださった方もたくさんいて、あと二十、三十か国ぐらいのスポンサーが見付かるともう堂々とゴールができるところまで来ましたけれども、今度のG20、例えば福岡で行われる蔵相、中央銀行総裁の会合ですとか、あと八月に横浜で開催されるTICADにおいても活用していただくことが決まりまして、ひょっとすると、皆様方の前でもそれぞれの各国の首脳をこの私たちのプロジェクトの着物がエスコートをしたり、それから、とにかくいっぱい写真を撮りたがられるので、それぞれの国でまたしてもらいたい。
最終的に二つ、どうしてもやっぱり最後までやり遂げてその後の活動にも結び付けていきたいのが、やはり世界が一つなんだということ。それから、日本という国は、大きな国であっても本当に小さな人口の少ない国であっても同じ予算で作る国なんだと、そういう文化を持っている国なんだ、このことによって、一般的に言う経済合理性とはちょっと違うんですけれども、それが日本人の考え方なので、是非この国と長く付き合う方がいいんじゃないのかと。日本のプレゼンス、それから日本の民度、いわゆる日本の思想、哲学、こういうものを私たちはやはりこういった衣装にも込めて長年この国の中で文化として取り組んできたということが一つは世界に伝わることで日本のイメージが良くなるといいなと、そんなふうに思っています。
それから、できればもうちょっと手で作る文化に対して、やはり皆様たちのしっかりとしたサポートと、そしてやはり褒め言葉が欲しいですね、いい仕事しているねと。それがないと、単に給料があるとか、少しは補助が出ているとか、そういうことじゃ働けません。やはり大変な仕事なんです。ですからできれば、要するに、誇りある仕事としてこれからも、私たちのようなこの着物なり、そういう物を作る先生方、名前は先生ですけど本当にみんな貧しいんです、本当に大変です、そういった方々がやはり堂々と先生と言われ胸を張って生きていけるような、またできればそういった社会的な風潮も是非先生方の力を借りてできてくるといいなと思っております。
まとめにちょっとなりますけれども、やっていて本当に世界にいろんな国があるなということが分かりました。国によっては、政党に全て花のマークが付いているので、きれいな花だけでそれ書かぬ方がいいよと言われたこともありました。例えば、差別的な発言の強い政党は、でもきれいな花をマークにしているんですね。ここはやめた方がいいとかですね。いろんなことがありましたけれども、やっぱり文字情報で得られる、若しくはいわゆるネットで見られるものと違って、実際にそこの国の人と話し合いながら物を作っていく中で生まれてくる信用醸成というのは本当に忘れられないものになるなと。大使とお話しする中でも、また孫の代に、お互いの孫の代にこの着物を見ながらそういう話ができるといいですねということも伝えてきております。
このプロジェクトがもしもこの信用醸成に対する何かお役立ちができるとしたら、それは単にイベントのためにこしらえて、それで一応予算的にはこれで消化しましたねというものではなく、一回作った物が、ずっと年を経るごとに多くの人たちの、また、その国の人たちとの物語に重なっていって、ああ、うちの国の着物はああいうのだったよねというふうになっていける。その背景には、大変多くの努力と一個一個の物を作るために掛かる時間、約一年掛けて物を制作するために大変な時間と労力を掛けてやっていますけれども、ただ、やっぱり掛けた分、相手にも伝わるということもよく分かりました。
そして、もう一度申し上げますと、最後に申し上げますと、相手の国のことを好きになろうと思ったら、やっぱりまずは相手の国のことをよく知ることから始まるんだなということを思いました。
ある国の担当になられた先生が、これリオ・オリンピックのときでしたけど、最初、この国を作ってくれと申し上げました。いや、何でわしにそんな、これは、済みません、変な意味に取らないでください。よく知らない国だったんですね、その先生からいうと。何でわしがその国なんだと、俺は行ったこともなけりゃ聞いたこともないぞと言われましたが、作っている最中にちょうどリオ・オリンピックがやっていまして、先生のところに陣中見舞いに行きましたら、君はこの国の人口は何人か知っておるかとか、もう今度は自慢げに、何かその国の博士みたいになられまして、そして、そのことによってやっぱり急に親近感が湧かれたみたいで、たまたまその国が初めてメダルを取られたんですね、リオのオリンピックで。もう本当に自分のことのように喜んではりました。
こういうことが、いわゆるその一つのきっかけによって、また文化というものを活用した、若しくは我々のような、これがソフトパワーと言えるかどうか分かりませんが、イマジンワンワールドという理念の下にみんなで一緒にやったから、大勢の先生たちと一緒にやったからこそできること、それぞれの国との一つ一つのパイプができること、それが中心が日本であったということ、そして、できればそれを二〇二〇年にここから世界に発信できればということによって、ますます信用醸成ができるんじゃないかなというふうに思っています。
是非、これからの日本人、多くの日本人の方が海外で活躍するためには、やはりその国のイメージが大事だと思います。こういった着物も含めた文化を活用したイメージ戦略というものも、今後皆様の中でも少し御議論いただく機会があると有り難く思います。
以上です。よろしくお願いします。
この発言だけを見る →本日は、このような立派な調査会にお招きをいただきまして誠にありがとうございます。
一般社団法人イマジンワンワールドという社団法人をつくりまして、今、KIMONOプロジェクトと一般的に皆様には認知をしていただいておりますけれども、活動を取り組ませていただいております高倉と申します。福岡県の出身でございまして、早速でございますけれども、我々の活動について触れながら、いただきました課題についての御意見を述べさせていただければというふうに思います。
まず、KIMONOプロジェクトということでございますので、多少、ちょっと着物業界の現状についても少し前段で触れさせていただきますと、我々が小学校の頃に、明治維新の直後に日本が外貨を稼ぐのに一番輸出していたのが生糸ということを皆さんも御記憶されていると思うんですけれども、現状は、国産の絹糸、そういうものが国内に占める割合は一%を切りまして、八十数%が中国から輸入をしております。
着物はほとんどが絹織物でございまして、中国の次に輸入をしている国がブラジルでございまして、その両か国でほぼ九九%近く。国産糸、本当にもうなくなる寸前のところに今あるという現状だけ御認識いただければと思います。
残念ながら日本の着物に必要な絹を海外からの輸入にもう頼らざるを得ない、若しくはそれが止まった瞬間に絹織物自体が日本からなくなってしまうという現状もこのプロジェクトを始める一つの発端に、私の中ではモチベーションになったということもございます。
それから、海外含めて今非常に、アニメーションも含めていろんな意味で日本ブームが起こっておりまして、たくさんの観光客の皆さんが、日本に来たら結構着物を着て町を歩いていらっしゃる姿をたくさん見られると思います。振り返って、日本人の方が非常にお召しの方が今は逆に少なくて、産業としてはピーク時と比べて大体七%ぐらいの市場規模になっているというふうに経済産業省の方では数値をいただいております。
こういう状況の中で、もしも着物が文化であるならば、やはり生産する方と、それからそれを消費といいましょうか、お召しいただく方、着てこうやって過ごす方がいて初めて文化であり、これが生産が止まり、若しくは着る方がいなくなれば、いわゆる歴史の一つに、一ページになるというその瀬戸際にちょうど今業界が来ているなというのが、このKIMONOプロジェクトというものをやる一つの大きな要因でございました。
もう一つは、残念ながら、着物も工芸的な価値があるとかある意味芸術的な価値があると言われ続けてきたんですけれども、現状、例えば一般的に言う成人式における振り袖の、着装率はほぼ一〇〇%なんですけれども、そのうち、いわゆる手作りで工芸的に作られた着物をお召しの方というか、生産量はもう五%を切っております。それ以外は、一日に大体六十枚ぐらい印刷できるインクジェッターの機械で印刷した着物がするするするする機械から出てきまして、ですから、逆に言うと、最近着物安いなと思われる方がいらっしゃると思うんですけれども、ある意味技術の進歩でもあります。ただ、反面、それによって手仕事の価値も毀損してきつつあるという現状があります。
このプロジェクトは、世界についていろんなことを勉強して、それぞれの国の美しさを描こうと思ったんですが、できれば、それを機械からプリントアウトするのではなく、日本で培った、特に染織、染めたり織ったりする技術、世界中どこを見渡してもこれ以上進歩した国もありませんし、また先進国と言われる国の中で、手仕事のこういう物づくりを残している、特に衣服に関して残している国、若しくは男性の民族衣装を持っている国、ほとんどございません。そういうこともあり、日本人としてもう一度そういうところに思いをはせていただきたいということもありまして、KIMONOプロジェクトというものをスタートいたしました。
おかげさまでというか、おかげさまでもないんですが、始めた当初は絶対にそんなことできるわけないと言われました。というのは、オリンピックに参加する国と地域、今私たちが把握しているだけで二百六及び七と聞いております。日本の伝統的な物づくりで、どこに出しても恥ずかしくない、相手の国の例えば元首の方がお見えになったときに、それを着ていって恥ずかしくない物づくりをしようと思いますと、おおよそ一か国当たり二百万円ぐらいの原価が掛かります。これを二百か国単純に掛けますと、大体四億円のお金が必要になります。これを私たち、もう自分たちで寄附を集めてやろうということでスタートいたしましたので、要は自分たちの力で何とかやってみようということでスタートしたプロジェクトでした。
当然、業界の中には冷ややかな声と、そんなのできるわけないやろと、どこか補助金でもないのかとか、そういう意見もたくさんありましたけれども、どれだけの日本の国民の方が自分のものにならないものに対してそういったこの思いに賛同してくださるかということも今から先のこの文化の継承にとっても大事なことだろうと思いましたので、本当にこつこつと活動を続けてきたわけでございます。
あともう一つ大切なことがこのプロジェクトにありまして、理念がこの社団の名前でございます。イマジンワンワールド、もうべたな名前で申し訳ないんですが、イマジンはジョン・レノンの「イマジン」という曲にある理念から取らせていただきました。そしてワンワールド、当然ながら世界は一つしかありません。そういうことをもう一度想起していただく、いろいろ言ったって一つしか世界ないんだよねということを平和と友好のあかしのシンボルとして、その思いを、メッセージを伝える手法に一つ、一か国一か国の着物を作り、最後は、このテーブルをこういうふうに囲んでいるように、それぞれの国の着物を着た、日本人で構いませんけれども、みんなで手をつなごうと。そして、そこが世界が一つになるという瞬間を日本から発信しようと。そして、できればその一つ一つの着物に相手の国の美しさが描かれているとおもてなしとして最高じゃないだろうかと、そんなことによってプロジェクトの物づくりが進んできております。
実際、それぞれの着物を作る上でやっぱり分からないことがたくさんございまして、国内に、日本に大使館を置いていただいている国と名誉領事館その他がある国は全て行かせていただきまして、デザインの打合せも大使館の皆さんと一緒にやってまいりました。非常に協力的でした。えっ、私たちの国の着物を作ってくれるのかということが単純にうれしかったというふうに言われまして、逆に、私たちが思った以上に、外から見ると、我々が着ているいわゆる和服と言われているものも憧れと非常にいいイメージをお持ちなんだなということも実感いたしました。
また一方、非常に文化的なそごを感じたこともたくさんございました。国によっては、例えば、一番最後の方の資料にあるんですけれども、お手元の資料五ページで合っているんでしょうか、ミャンマーという国がございまして、ミャンマーという国の着物を作るときに大使館の方に行きましたところ、やはり描いてはいけない花が幾つもございました。それは神聖なものであるからいけないと。それから、仏像はもってのほか。できればそういう神聖なものは足下ではなく上の高い位置に描いてくれというふうな御要望もございました。
同じようなことがその次のカンボジアにもございまして、多少お着物が御理解されると、留め袖と言われているものは裾に大きく柄を広げて描くことによって、日本の着物は大体そこに大きな、重要な位置なんですけれども、これを、アンコールワットはもう一番上のてっぺんのところに描かせて、見えますでしょうか、これ元々裾に描いていたんです。すばらしい柄だと私は思ったんですが、大使は、いや、どうかなとおっしゃって、本国の文化庁まで問合せをいただいて、一度は、いや、やっぱり足下に描くのは困るということで、上に上げてくれと言われて、ただ、日本の文化としては、裾に描くというふうに思うかもしれないけれども、そこが一番いい場所なんだと、できればこの形のものはそこに描きたいというふうにちょっと反論をしてみましたが、もうクメール人の名に懸けて許せないというふうに言われまして、作者には本当大変申し訳なかったんですけれども、その代わりアンコールワットを描くことを特別に許してあげるというふうに言われました。
こういうことは、本当にそれぞれの国の人と直接、しかもこういう具体的なテーマを元に話をしてみないと分からないことでもありましたし、また一方、そういった中から出てきた作品については、非常にやっぱり向こうの、先方の国の方が自分たちの、本当にいい物ができたというように喜んでくださっております。
今日は実物の中国の着物もここに掛けていますから、もし委員会の後でもお時間があれば実物も見ていただきたいと思います。先日、程大使の方にも運よく御覧いただくことができまして、大変喜んでいただきました。
この中国に関することにつきましてはちょっとエピソードがありまして、日本にある、たしか化学系の会社に研究員としてお勤めの中国の方が、ウェイボーという中国のネットの中にこの着物について詳しく書かれまして、投稿されたんですね。で、ちょっと失礼な言い方かもしれませんけど、ああ、これはちょっと困ったなと、もしもネットで大きくたたかれちゃったら、もうちょっとこれ相手が相手だけに大変なことになるなというふうに思ったところ、全く逆でした。要するに、二日間で六百数十万のページビューをいただき、その中で一万件ぐらいシェアされていて、シェアというのかな、コメントも一万件以上来ていたんですけど、大体九割五分賛同の意見でした。
ただし、もしもこの着物が赤と黄色で染められていたら、その逆になっていたと思います。そういう点は非常にやはり難しいものだなということも感じました。中国の方たちが言うには、どうせ赤と黄色で作るんだろうと思っていたそうです。ところが、地色が黒だった。古代の中国からいう、いわゆる何というんでしょうか、高貴な色であったということと、真ん中に万里の長城が描かれているんですけれども、実はこれが竜にも見えるように、それから、青海波と言うんですけど、うろこのようにも見えますが、これは波の模様でして、これを川にも例えているんです。要は、万里の長城と、それから竜と、それから中国にある大きな川ですね、これを三つを一つのデザインにしている。これ、このアイデアが出るまで作者と一年ぐらいいろいろ議論しましたけど、これで実際もうばちっと決まりまして、あとはちょっとかわいらしいパンダを描いてみたりとか、松竹梅とかボタンの花とかを描いています。
何が申し上げたかったかというと、文化的な信用を醸成するために一番大事なことは、徹底的に相手のことをやっぱり知ることなんじゃないかなと。それから、具体的な一つの物を作る、例えば今回中国の着物を作るということで出向いたので、向こうも具体的に、これよりもこっちがいい、あっちがいいということを言ってくださいました。その結果、通常であれば日本に対するテーマに関しては、非常にやっぱりネットの中、つらい意見が多いのにかかわらず、この着物に関してだけでしか私は存じ上げませんけれども、非常にポジティブな反応が来た。今の中国人よりも日本人は中国を理解しているというコメントとか、これはまあ中国らしいですが、一体幾らで買えるのかとか、そういうコメントもあり、いや、済みません、ちょっと売り物ではないので、申し訳ないんですが、ちょっとこれは日本の国内に日中友好のあかしとして長く残していこうと思っていますと。
まさに、この一つ一つの作品を二〇二〇年の日本のレガシーにしたいということで考えております。作者もそのつもりで、もう乾坤一擲というんでしょうか、ここに一つの、自分の全てを出すということで、一人一人の作品がおります。
もうお時間が迫ってまいりましたが、北は盛岡にお住まいの先生から、米沢だったり、作者ですね、そして東京ももちろんたくさんいらっしゃいます。関東地区もあります。新潟県の雪深い十日町だったり小千谷だったり、今日は先生もおいでですけど、琉球の紅型だったり、それぞれのその地域にある、私のふるさと久留米にも久留米がすりがあります。久留米がすりで振り袖作ったことはありませんが、今回作っております。鹿児島の大島つむぎだったり、もちろん京友禅、西陣織、博多織、全国の生産者の方にみんな同じ条件で、一か国この金額なのでみんな先生ギャラは同じなんですと、若い先生も年の先生も、よく知らない先生も有名な先生もですね。そうして一個ずつ作品が今でき上がってきて、現在百三十か国ぐらいが完成していまして、今もう残りの国は全てスタートを切りまして、二〇二〇年のどんなに遅くても三月ぐらいには二百七の国と地域の着物が完成するところに来ました。
ここまで来れたのは、本当に私たちも努力はいたしましたけど、本当に運が良かったなというふうに思っています。一つは、我々ボランティア団体ですので、とはいっても、活動が全国にまたがったりします。場合によっては海外まで行かなきゃいけないこともあります。そういうときに、やっぱり自分の時間とお金を、いわゆる身銭を切って支えてきてくださった、今日も傍聴席に来ていますけれども、大勢の仲間たちが全国にいたり、そして、それぞれの国、じゃ、この国は俺がお金出してあげようと、本当に所有するわけでもないのに賛同して出してくださった各企業様や団体様だったりとか、又は個人で出してくださった方もたくさんいて、あと二十、三十か国ぐらいのスポンサーが見付かるともう堂々とゴールができるところまで来ましたけれども、今度のG20、例えば福岡で行われる蔵相、中央銀行総裁の会合ですとか、あと八月に横浜で開催されるTICADにおいても活用していただくことが決まりまして、ひょっとすると、皆様方の前でもそれぞれの各国の首脳をこの私たちのプロジェクトの着物がエスコートをしたり、それから、とにかくいっぱい写真を撮りたがられるので、それぞれの国でまたしてもらいたい。
最終的に二つ、どうしてもやっぱり最後までやり遂げてその後の活動にも結び付けていきたいのが、やはり世界が一つなんだということ。それから、日本という国は、大きな国であっても本当に小さな人口の少ない国であっても同じ予算で作る国なんだと、そういう文化を持っている国なんだ、このことによって、一般的に言う経済合理性とはちょっと違うんですけれども、それが日本人の考え方なので、是非この国と長く付き合う方がいいんじゃないのかと。日本のプレゼンス、それから日本の民度、いわゆる日本の思想、哲学、こういうものを私たちはやはりこういった衣装にも込めて長年この国の中で文化として取り組んできたということが一つは世界に伝わることで日本のイメージが良くなるといいなと、そんなふうに思っています。
それから、できればもうちょっと手で作る文化に対して、やはり皆様たちのしっかりとしたサポートと、そしてやはり褒め言葉が欲しいですね、いい仕事しているねと。それがないと、単に給料があるとか、少しは補助が出ているとか、そういうことじゃ働けません。やはり大変な仕事なんです。ですからできれば、要するに、誇りある仕事としてこれからも、私たちのようなこの着物なり、そういう物を作る先生方、名前は先生ですけど本当にみんな貧しいんです、本当に大変です、そういった方々がやはり堂々と先生と言われ胸を張って生きていけるような、またできればそういった社会的な風潮も是非先生方の力を借りてできてくるといいなと思っております。
まとめにちょっとなりますけれども、やっていて本当に世界にいろんな国があるなということが分かりました。国によっては、政党に全て花のマークが付いているので、きれいな花だけでそれ書かぬ方がいいよと言われたこともありました。例えば、差別的な発言の強い政党は、でもきれいな花をマークにしているんですね。ここはやめた方がいいとかですね。いろんなことがありましたけれども、やっぱり文字情報で得られる、若しくはいわゆるネットで見られるものと違って、実際にそこの国の人と話し合いながら物を作っていく中で生まれてくる信用醸成というのは本当に忘れられないものになるなと。大使とお話しする中でも、また孫の代に、お互いの孫の代にこの着物を見ながらそういう話ができるといいですねということも伝えてきております。
このプロジェクトがもしもこの信用醸成に対する何かお役立ちができるとしたら、それは単にイベントのためにこしらえて、それで一応予算的にはこれで消化しましたねというものではなく、一回作った物が、ずっと年を経るごとに多くの人たちの、また、その国の人たちとの物語に重なっていって、ああ、うちの国の着物はああいうのだったよねというふうになっていける。その背景には、大変多くの努力と一個一個の物を作るために掛かる時間、約一年掛けて物を制作するために大変な時間と労力を掛けてやっていますけれども、ただ、やっぱり掛けた分、相手にも伝わるということもよく分かりました。
そして、もう一度申し上げますと、最後に申し上げますと、相手の国のことを好きになろうと思ったら、やっぱりまずは相手の国のことをよく知ることから始まるんだなということを思いました。
ある国の担当になられた先生が、これリオ・オリンピックのときでしたけど、最初、この国を作ってくれと申し上げました。いや、何でわしにそんな、これは、済みません、変な意味に取らないでください。よく知らない国だったんですね、その先生からいうと。何でわしがその国なんだと、俺は行ったこともなけりゃ聞いたこともないぞと言われましたが、作っている最中にちょうどリオ・オリンピックがやっていまして、先生のところに陣中見舞いに行きましたら、君はこの国の人口は何人か知っておるかとか、もう今度は自慢げに、何かその国の博士みたいになられまして、そして、そのことによってやっぱり急に親近感が湧かれたみたいで、たまたまその国が初めてメダルを取られたんですね、リオのオリンピックで。もう本当に自分のことのように喜んではりました。
こういうことが、いわゆるその一つのきっかけによって、また文化というものを活用した、若しくは我々のような、これがソフトパワーと言えるかどうか分かりませんが、イマジンワンワールドという理念の下にみんなで一緒にやったから、大勢の先生たちと一緒にやったからこそできること、それぞれの国との一つ一つのパイプができること、それが中心が日本であったということ、そして、できればそれを二〇二〇年にここから世界に発信できればということによって、ますます信用醸成ができるんじゃないかなというふうに思っています。
是非、これからの日本人、多くの日本人の方が海外で活躍するためには、やはりその国のイメージが大事だと思います。こういった着物も含めた文化を活用したイメージ戦略というものも、今後皆様の中でも少し御議論いただく機会があると有り難く思います。
以上です。よろしくお願いします。
水
近
近藤誠一#10
○参考人(近藤誠一君) 近藤でございます。
私は、四十年間外務省に勤めておりまして、最後にユネスコ大使とデンマーク大使をいたしまして、退官後すぐに文化庁の長官を三年間拝命をいたしまして、退官をしてから五年半になります。本日は、そうした経験を踏まえて私の考えているところを述べさせていただく、このようなすばらしい機会をいただきまして誠にありがとうございます。大変光栄に思っております。
お手元にレジュメと書いて、横長の九ページほどの資料がございます。これを適宜参照しながら、最初の二十分間の陳述を行いたいと思います。
本日お話ししたいことは、まず第一に、国際関係というのにはいろいろな行動主体、アクターがおります。国家が最大の力を持っておりますが、それぞれの主体には長所があり、欠点がある。したがって、なかなか安定した秩序というのは継続しない、それが現実だということが第一点でございます。特に、最近はグローバル化、あるいはITがどんどん進んでいるということで、そのリスクがむしろ増幅している感があるように思います。
第二点は、そうした状況を改善していくためには何が大事かということでございますが、それは今日のテーマであります文化、人的な交流というのが、もう語り伝えられていることではございますが、こういうときこそ人間が人間らしく心と心を通じ合うということがやはり一番大事なんだということを申し上げたいと思います。
そして、最後に、国家、企業、個人あるいは市民社会といったいろいろなプレーヤーがこれからも国際関係で活躍をいたしますが、それぞれがどういうことをやればこの極めて難しい国際関係が秩序が保たれ信頼が醸成されていくか、私なりの簡単な意見を申し述べさせていただければと思います。
まず、レジュメの二ページになりますけれども、当然ながら国際関係の主役は国家でございます。世界には国連加盟国百九十三ございます。地球の表面を百九十三の主権国家が完全に分割をしているわけでございます。南極大陸以外は全て国家であるということで、もう国家の存在が当然だという時代になっております。
国家というのは、目的は国を治めること。安全を守り、繁栄を守り、国民の財産を守る、それが第一の目的だということで重要な役割を果たしておりますが、時として組織にありがちな、逆さの論理というんでしょうか、その自分の目的のためにそれ以外のことに十分に配慮が行かなくなる傾向がある。常に計算をしながら、自分の組織、国なら国にとって何が一番プラスかということを考える。それが時として紛争の原因になるということですね。
国際司法裁判所には管轄権がございません。それを受け入れる国に対してしかないということで、国内のような秩序をつくる、立てるシステムが国際関係にはないということがなかなか国際関係が安定しない大きな理由になっていると思います。どうしても対立、排除ということになりがちなのが国家の欠点だろうと思います。
実は、そのことを、一九四五年にできましたユネスコのユネスコ憲章というところにそのことが書いてあるんですね。お手元の資料、恐縮でございます、八ページの一番上にユネスコ憲章からの引用を書いてございます。「政府の政治的及び経済的取極のみに基く平和は、世界の諸人民の、一致した、しかも永続する誠実な支持を確保できる平和ではない。」。政治や経済で幾ら合意しても、それは必ずしも永続的に守られるとは限らないということを、早くも国連ができたその年にユネスコの創始者たちが言っていると。したがって、文化というそういう排除の論理がない組織でそういう仕組みをつくってみんなが協力することが大事なんだと、それが本当に平和をつくっていくんだ、秩序をつくっていくんだということを早くもこの年にユネスコが宣言をしたということが大変重要であると思います。
それから、二つ目のアクターは、当然ながら企業でございますね。企業は、経済力を力の源泉としまして、世界の繁栄そして連帯に役に立っております。しかし、当然ながら利益がどうしても第一になるということで、また再び排除とかそういう対立を招くことがある。と同時に、最近の金融危機に見られますように、思わぬことでコンピューターが勝手にどんどん動き出して、今アルゴリズムと言うようですが、株式市場がとんでもない方向に行ってしまう、そういうリスクがまたどんどん増えている。それもなかなか、企業は利益を追求する余り、悪気はないんですが、結果的にそういうリスクを招いてしまう、そういう存在であると言わざるを得ないと思います。
それから、三ページに行きまして、個人でございます。個人というのは、力は弱いですが、やはり必ず良心というものがあります。国家にも企業にも、そういう組織には心はございません。組織を運営している人には心はありますが、組織には心はないので、どうしても利益とか権力の方向に進み過ぎてしまう。それに対して、個人には良心、心がありますので、一人一人の力は弱いけれども、それがうまくまとまれば大きな力になる。特に民主国家では個人の、選挙により、あるいは市民社会の活動により、その政治、経済にも影響を与えることができる。それが個人のこれからますます期待される役割であり、だからこそ文化交流、人的交流はこれからもっと大事にしなければいけないというのはそこから来るわけでございます。
しかし、もちろん個人にも欠点はございます。個人には感情があります。どうしても恨みが残ったり利己主義になる。それが積もり積もると、最近よく言われるポピュリズムという、本来の社会の在り方とは反するような方向に国や社会を導いてしまう、そういう欠点も個人にはあるということでございます。
その個人が集まった市民社会、これは国とも企業とも違う組織として、良心を代表するものということで、これから更に重要になっていくと思います。しかしながら、ここにもポピュリズムを増幅するというリスクもあると思います。
そういう意味で、国家、企業、個人、市民社会、それぞれ役割があり、それが時代とともに徐々に変化はしておりますが、それぞれ長所があり、欠点がある。どうすればその長所を生かし合って秩序を保っていくか、そこが大事な鍵になると思います。
四ページ目に参りますが、現在、非常にリスクが増していると思いますのは、グローバル化により競争がどんどん激しくなる。そうしますと、国家も企業も、ともかく目の前で領土を守り、あるいは自分の会社の利益を確保する、もうそれにきゅうきゅうとしてしまって、中長期的な、あるいは世界全体のことに必ずしも目が向かない。それが、ますますそのリスクが増幅している。グローバル化はいろいろいい点もありますが、そういうマイナスもあるということ。
あるいは、コンピューターの発達、AIの台頭、登場、これがどういう方向に行くか分かりません。大いにプラスになる面もありますが、逆にそういう各プレーヤーが持っている欠点を増幅してしまう、そういうコンピューターの競争になって、それが結果的に誰もが、にとってマイナスになってしまう、そういうリスクもあるということで、国際関係の秩序のためのリスクはむしろ増しているとさえ言えるかもしれません。おまけに、核兵器、それからサイバー攻撃といったものがどんどん進んで起きます。
そういう意味では、何かあったときの被害の大きさが甚大なものになる、そのようなリスクが高まっているということで、だからこそ、何とか各プレーヤーが協力をして、それぞれの長所を生かしながら秩序、平和を保っていくようにしなければいけない。その鍵となるのが、五ページに入りますが、自由な文化、人的な交流であるというのが私の考えているところでございます。
先ほど申し上げましたように、個人の持っている良心というものを思い切って前面に出し、それが連携をすることで、時として政治や経済が犯しがちな間違い、そういったものを、正すことはできないかもしれませんが、そういったものに影響をされずに、信頼関係を個人ベースで、市民ベースでより確たるものにしていくことによって、何か問題が起きてもそれが大きな危機に発展しない、歯止めにすることができる、そのように考えております。
それから、文化というのは、異なるものにあっても、それを排除、相手を排除することではなくて、一緒に何かやろう、相手からインスピレーションを得、自分もインスピレーションを与えて、お互いに新しいものをつくっていこうという前向きな刺激を与え合うのが文化芸術だと思います。政治、経済が時として、利益が合えば協力しますが、利益が合わなくなると対立、排除に行きがちですが、文化というのは常に異なるものを受け入れ、そして協力の道を探る、そういう力があると思います。
そういう意味で、個人が文化の力で交流を進めるということは、相互の信頼関係を増し、前向きの姿勢をつくる、国民感情をつくるという面で大変重要であろうと思います。
ソフトパワーということも今日のテーマですが、恐らく渡邊先生がより詳しくおっしゃると思います。私も、そのソフトパワーをいかに日本として使うか、あるいは、各国がソフトパワーをうまく使うことによって、その文化を通した個人間の信頼関係をお互いに増していくと。自分だけがいい、自国だけがいいということではなくて、地域で、あるいは世界で、それぞれがソフトパワーを学び合い、感動し合って、仲よくなるという、ちょっとナイーブに聞こえるかもしれませんが、やはりその力をもう少し我々は再認識をして取り戻すべきではないか、そしてそういう仕組みをできるだけつくっていくべきではないかと思います。
アジア太平洋諸国、特に日米中韓、どのようなソフトパワーがあるか。これは、後ほどもし時間がございますれば、御関心があれば私なりの意見は申し上げますし、お手元にございます資料の中で、アジア太平洋の秩序という、私が一論文を書いた本の資料、コピーがございます。御関心があればそれを御参照いただければと思います。
そして、最終的に、じゃ、誰がどのようなことをやればいいかということになりますが、六ページの後半に書いてございます。やはり国家の役割が一番大きいことは間違いございません。しかしながら、この自由な人的交流には余り国家そのものが介入をしない方がいいんではないか。個人が持っている良心、新しいものを見、文化を通して感動をし、一緒に何かやろうという気持ちをなるべく大切にして、それを促進するような環境をつくる。あるいは、それを阻害するような、入国制限とかいろいろな制約がございます、そういう制約を取り払うと。市民を信じて、市民の良心を信じる、それが国家の一つの大事な役割ではないかと思います。もちろん、テロの防止とか安全保障、富の創造、これはもう引き続き大事でございますけれども、事市民交流に関しましては、なるべく道を整備することに徹するべきではないかと思います。それによって市民交流の持つ力がより顕在化してくるんではないかと思います。
そして、特に、実は昨年の夏に、日韓関係は今相当ぎくしゃくをしておりますが、河野外務大臣の御依頼もございまして、日韓の文化・人的交流の促進に関する有識者会合というのが持たれまして、私がその座長を仰せ付かりまして、その結果としての提言もこの資料の中にございますが、この提言で申し上げていることの一番の肝は、政治はどうしても、特に隣国関係では紛争は避けられない、したがって、起こるのを防ぐのは大事ですが、一旦起こってもそれを何とか合理的に処理するとともに、その政治的な対立が国民感情とか市民交流に影響を与えちゃいけないということをはっきりと認識をし、政府としては、今、隣の国とこういう問題がある、これは合理的に処理するから、あなた方は、市民は引き続き民間交流やりなさい、お互いをもっと知りなさい、それが中長期的な友好関係、秩序の基礎になるんだということをはっきりと政府は言うべきだというのがこの提言の一番の肝でございます。
さもないと、どうしても、国の体制にもよりますが、こんなに政治がぎくしゃくしているのに文化交流を続けていいんだろうかとか、あるいはいろいろなヘイトスピーチ的なものが飛び交いますと何となく手控えてしまう。自分自身も何か不愉快に思ってしまう。それは人間だから仕方はありませんが、それはあくまで短期的にはそういう利害が対立することはあり得るんで、もうそれはそれだと。言葉は良くないかもしれませんが、もう主権国家同士のゲームとして問題を扱っているんで、自分たちは関係ないんだと、俺たちは隣の国のキムさんとパクさんと仲いいんだからそれを続けるんだという、それを継続することが大事であるということだろうと思います。これは言うはやすく行うは難しいと思いますが、ここが今後、文化交流、人的交流がその役割を果たしていく上で、国家の役割として、そして市民交流の中心になるものとして大事なことではないかと思います。
七ページに、「「顔の見える」友人関係」という表現が括弧三にございます。何か問題が起きた、政治的な問題がまた復活したと。またかと思って暗い気持ちになりがちですが、いや、でもあの国には何とかちゃんがいる、ああ、あの人はこんなことを考えているはずがない、これはまあメディアがちょっと報じているだけでというふうにすぐに顔が浮かんでくる。そういう関係になればなるほど、そういう時として起こる政治問題は、あるいは歴史問題は、合理的に最小限の労力で処理することができる、国民間の信頼関係は徐々に増していく、そういうことを目指すべきではないかというふうに考えております。
そういうことで、日本の魅力という点で、八ページの注二というところに、二〇〇二年ですが、ダグラス・マグレイというアメリカのジャーナリストがフォーリン・ポリシーというアメリカの外交の雑誌に書いた論文で、グロス・ナショナル・クールというのがございます。もう御案内と思いますが、GDPという、経済で物を測る時代ではもはやない、プロダクションで国力を測る時代ではない、クールであるかどうかが大事なんだという論文で、日本の文化のすばらしさ、それが、ずっと近代主義が来て、今、欧米は近代の次を探し求めている、ポスト近代を求めているときに、それは日本の文化こそポスト近代なんだと。欧米の方々がポスト近代ということを語り始める前から日本はポスト近代だったという面白い言い方をしておりますが、日本がずっと続けてきた日本の文化のすばらしさ、それを、明治のときに西欧からの文明が入って、それをうまく処理、消化しながら維持してきた、その維持してきた日本の文化が実は欧米が今探し求めているものに極めて近いんだという、そういう趣旨のことを言ってくれまして、これは本当に私どもが言いたいことをジャーナリストとしてうまくレトリックを使って言ってくれていると思いましたので、こういう意味で、自信を持って私どもは日本文化のすばらしさを我々自身が認識していくべきではないかと思います。
それから、一番最後に、言論NPOというNPOがございまして、そこが毎年やっている日韓、日中の世論調査の中から一つ取ってまいりました。
人間交流が大事だという一つの証拠としまして、日本においても韓国においても、相手の国に行ったことがある人とない人とではこれだけ相手に対する好感度が違うということ。一度でも行っておけば、その国を知る、メディアとかステレオタイプ的な伝聞のイメージとは違う。やっぱり現実を見、実際に人と会うことが大事だと。そういう意味で、人的交流というのはそういう意味でも大事なんだということを示す一つの証左ではないかということで、最後に付け加えておきます。
以上でございます。ありがとうございました。
この発言だけを見る →私は、四十年間外務省に勤めておりまして、最後にユネスコ大使とデンマーク大使をいたしまして、退官後すぐに文化庁の長官を三年間拝命をいたしまして、退官をしてから五年半になります。本日は、そうした経験を踏まえて私の考えているところを述べさせていただく、このようなすばらしい機会をいただきまして誠にありがとうございます。大変光栄に思っております。
お手元にレジュメと書いて、横長の九ページほどの資料がございます。これを適宜参照しながら、最初の二十分間の陳述を行いたいと思います。
本日お話ししたいことは、まず第一に、国際関係というのにはいろいろな行動主体、アクターがおります。国家が最大の力を持っておりますが、それぞれの主体には長所があり、欠点がある。したがって、なかなか安定した秩序というのは継続しない、それが現実だということが第一点でございます。特に、最近はグローバル化、あるいはITがどんどん進んでいるということで、そのリスクがむしろ増幅している感があるように思います。
第二点は、そうした状況を改善していくためには何が大事かということでございますが、それは今日のテーマであります文化、人的な交流というのが、もう語り伝えられていることではございますが、こういうときこそ人間が人間らしく心と心を通じ合うということがやはり一番大事なんだということを申し上げたいと思います。
そして、最後に、国家、企業、個人あるいは市民社会といったいろいろなプレーヤーがこれからも国際関係で活躍をいたしますが、それぞれがどういうことをやればこの極めて難しい国際関係が秩序が保たれ信頼が醸成されていくか、私なりの簡単な意見を申し述べさせていただければと思います。
まず、レジュメの二ページになりますけれども、当然ながら国際関係の主役は国家でございます。世界には国連加盟国百九十三ございます。地球の表面を百九十三の主権国家が完全に分割をしているわけでございます。南極大陸以外は全て国家であるということで、もう国家の存在が当然だという時代になっております。
国家というのは、目的は国を治めること。安全を守り、繁栄を守り、国民の財産を守る、それが第一の目的だということで重要な役割を果たしておりますが、時として組織にありがちな、逆さの論理というんでしょうか、その自分の目的のためにそれ以外のことに十分に配慮が行かなくなる傾向がある。常に計算をしながら、自分の組織、国なら国にとって何が一番プラスかということを考える。それが時として紛争の原因になるということですね。
国際司法裁判所には管轄権がございません。それを受け入れる国に対してしかないということで、国内のような秩序をつくる、立てるシステムが国際関係にはないということがなかなか国際関係が安定しない大きな理由になっていると思います。どうしても対立、排除ということになりがちなのが国家の欠点だろうと思います。
実は、そのことを、一九四五年にできましたユネスコのユネスコ憲章というところにそのことが書いてあるんですね。お手元の資料、恐縮でございます、八ページの一番上にユネスコ憲章からの引用を書いてございます。「政府の政治的及び経済的取極のみに基く平和は、世界の諸人民の、一致した、しかも永続する誠実な支持を確保できる平和ではない。」。政治や経済で幾ら合意しても、それは必ずしも永続的に守られるとは限らないということを、早くも国連ができたその年にユネスコの創始者たちが言っていると。したがって、文化というそういう排除の論理がない組織でそういう仕組みをつくってみんなが協力することが大事なんだと、それが本当に平和をつくっていくんだ、秩序をつくっていくんだということを早くもこの年にユネスコが宣言をしたということが大変重要であると思います。
それから、二つ目のアクターは、当然ながら企業でございますね。企業は、経済力を力の源泉としまして、世界の繁栄そして連帯に役に立っております。しかし、当然ながら利益がどうしても第一になるということで、また再び排除とかそういう対立を招くことがある。と同時に、最近の金融危機に見られますように、思わぬことでコンピューターが勝手にどんどん動き出して、今アルゴリズムと言うようですが、株式市場がとんでもない方向に行ってしまう、そういうリスクがまたどんどん増えている。それもなかなか、企業は利益を追求する余り、悪気はないんですが、結果的にそういうリスクを招いてしまう、そういう存在であると言わざるを得ないと思います。
それから、三ページに行きまして、個人でございます。個人というのは、力は弱いですが、やはり必ず良心というものがあります。国家にも企業にも、そういう組織には心はございません。組織を運営している人には心はありますが、組織には心はないので、どうしても利益とか権力の方向に進み過ぎてしまう。それに対して、個人には良心、心がありますので、一人一人の力は弱いけれども、それがうまくまとまれば大きな力になる。特に民主国家では個人の、選挙により、あるいは市民社会の活動により、その政治、経済にも影響を与えることができる。それが個人のこれからますます期待される役割であり、だからこそ文化交流、人的交流はこれからもっと大事にしなければいけないというのはそこから来るわけでございます。
しかし、もちろん個人にも欠点はございます。個人には感情があります。どうしても恨みが残ったり利己主義になる。それが積もり積もると、最近よく言われるポピュリズムという、本来の社会の在り方とは反するような方向に国や社会を導いてしまう、そういう欠点も個人にはあるということでございます。
その個人が集まった市民社会、これは国とも企業とも違う組織として、良心を代表するものということで、これから更に重要になっていくと思います。しかしながら、ここにもポピュリズムを増幅するというリスクもあると思います。
そういう意味で、国家、企業、個人、市民社会、それぞれ役割があり、それが時代とともに徐々に変化はしておりますが、それぞれ長所があり、欠点がある。どうすればその長所を生かし合って秩序を保っていくか、そこが大事な鍵になると思います。
四ページ目に参りますが、現在、非常にリスクが増していると思いますのは、グローバル化により競争がどんどん激しくなる。そうしますと、国家も企業も、ともかく目の前で領土を守り、あるいは自分の会社の利益を確保する、もうそれにきゅうきゅうとしてしまって、中長期的な、あるいは世界全体のことに必ずしも目が向かない。それが、ますますそのリスクが増幅している。グローバル化はいろいろいい点もありますが、そういうマイナスもあるということ。
あるいは、コンピューターの発達、AIの台頭、登場、これがどういう方向に行くか分かりません。大いにプラスになる面もありますが、逆にそういう各プレーヤーが持っている欠点を増幅してしまう、そういうコンピューターの競争になって、それが結果的に誰もが、にとってマイナスになってしまう、そういうリスクもあるということで、国際関係の秩序のためのリスクはむしろ増しているとさえ言えるかもしれません。おまけに、核兵器、それからサイバー攻撃といったものがどんどん進んで起きます。
そういう意味では、何かあったときの被害の大きさが甚大なものになる、そのようなリスクが高まっているということで、だからこそ、何とか各プレーヤーが協力をして、それぞれの長所を生かしながら秩序、平和を保っていくようにしなければいけない。その鍵となるのが、五ページに入りますが、自由な文化、人的な交流であるというのが私の考えているところでございます。
先ほど申し上げましたように、個人の持っている良心というものを思い切って前面に出し、それが連携をすることで、時として政治や経済が犯しがちな間違い、そういったものを、正すことはできないかもしれませんが、そういったものに影響をされずに、信頼関係を個人ベースで、市民ベースでより確たるものにしていくことによって、何か問題が起きてもそれが大きな危機に発展しない、歯止めにすることができる、そのように考えております。
それから、文化というのは、異なるものにあっても、それを排除、相手を排除することではなくて、一緒に何かやろう、相手からインスピレーションを得、自分もインスピレーションを与えて、お互いに新しいものをつくっていこうという前向きな刺激を与え合うのが文化芸術だと思います。政治、経済が時として、利益が合えば協力しますが、利益が合わなくなると対立、排除に行きがちですが、文化というのは常に異なるものを受け入れ、そして協力の道を探る、そういう力があると思います。
そういう意味で、個人が文化の力で交流を進めるということは、相互の信頼関係を増し、前向きの姿勢をつくる、国民感情をつくるという面で大変重要であろうと思います。
ソフトパワーということも今日のテーマですが、恐らく渡邊先生がより詳しくおっしゃると思います。私も、そのソフトパワーをいかに日本として使うか、あるいは、各国がソフトパワーをうまく使うことによって、その文化を通した個人間の信頼関係をお互いに増していくと。自分だけがいい、自国だけがいいということではなくて、地域で、あるいは世界で、それぞれがソフトパワーを学び合い、感動し合って、仲よくなるという、ちょっとナイーブに聞こえるかもしれませんが、やはりその力をもう少し我々は再認識をして取り戻すべきではないか、そしてそういう仕組みをできるだけつくっていくべきではないかと思います。
アジア太平洋諸国、特に日米中韓、どのようなソフトパワーがあるか。これは、後ほどもし時間がございますれば、御関心があれば私なりの意見は申し上げますし、お手元にございます資料の中で、アジア太平洋の秩序という、私が一論文を書いた本の資料、コピーがございます。御関心があればそれを御参照いただければと思います。
そして、最終的に、じゃ、誰がどのようなことをやればいいかということになりますが、六ページの後半に書いてございます。やはり国家の役割が一番大きいことは間違いございません。しかしながら、この自由な人的交流には余り国家そのものが介入をしない方がいいんではないか。個人が持っている良心、新しいものを見、文化を通して感動をし、一緒に何かやろうという気持ちをなるべく大切にして、それを促進するような環境をつくる。あるいは、それを阻害するような、入国制限とかいろいろな制約がございます、そういう制約を取り払うと。市民を信じて、市民の良心を信じる、それが国家の一つの大事な役割ではないかと思います。もちろん、テロの防止とか安全保障、富の創造、これはもう引き続き大事でございますけれども、事市民交流に関しましては、なるべく道を整備することに徹するべきではないかと思います。それによって市民交流の持つ力がより顕在化してくるんではないかと思います。
そして、特に、実は昨年の夏に、日韓関係は今相当ぎくしゃくをしておりますが、河野外務大臣の御依頼もございまして、日韓の文化・人的交流の促進に関する有識者会合というのが持たれまして、私がその座長を仰せ付かりまして、その結果としての提言もこの資料の中にございますが、この提言で申し上げていることの一番の肝は、政治はどうしても、特に隣国関係では紛争は避けられない、したがって、起こるのを防ぐのは大事ですが、一旦起こってもそれを何とか合理的に処理するとともに、その政治的な対立が国民感情とか市民交流に影響を与えちゃいけないということをはっきりと認識をし、政府としては、今、隣の国とこういう問題がある、これは合理的に処理するから、あなた方は、市民は引き続き民間交流やりなさい、お互いをもっと知りなさい、それが中長期的な友好関係、秩序の基礎になるんだということをはっきりと政府は言うべきだというのがこの提言の一番の肝でございます。
さもないと、どうしても、国の体制にもよりますが、こんなに政治がぎくしゃくしているのに文化交流を続けていいんだろうかとか、あるいはいろいろなヘイトスピーチ的なものが飛び交いますと何となく手控えてしまう。自分自身も何か不愉快に思ってしまう。それは人間だから仕方はありませんが、それはあくまで短期的にはそういう利害が対立することはあり得るんで、もうそれはそれだと。言葉は良くないかもしれませんが、もう主権国家同士のゲームとして問題を扱っているんで、自分たちは関係ないんだと、俺たちは隣の国のキムさんとパクさんと仲いいんだからそれを続けるんだという、それを継続することが大事であるということだろうと思います。これは言うはやすく行うは難しいと思いますが、ここが今後、文化交流、人的交流がその役割を果たしていく上で、国家の役割として、そして市民交流の中心になるものとして大事なことではないかと思います。
七ページに、「「顔の見える」友人関係」という表現が括弧三にございます。何か問題が起きた、政治的な問題がまた復活したと。またかと思って暗い気持ちになりがちですが、いや、でもあの国には何とかちゃんがいる、ああ、あの人はこんなことを考えているはずがない、これはまあメディアがちょっと報じているだけでというふうにすぐに顔が浮かんでくる。そういう関係になればなるほど、そういう時として起こる政治問題は、あるいは歴史問題は、合理的に最小限の労力で処理することができる、国民間の信頼関係は徐々に増していく、そういうことを目指すべきではないかというふうに考えております。
そういうことで、日本の魅力という点で、八ページの注二というところに、二〇〇二年ですが、ダグラス・マグレイというアメリカのジャーナリストがフォーリン・ポリシーというアメリカの外交の雑誌に書いた論文で、グロス・ナショナル・クールというのがございます。もう御案内と思いますが、GDPという、経済で物を測る時代ではもはやない、プロダクションで国力を測る時代ではない、クールであるかどうかが大事なんだという論文で、日本の文化のすばらしさ、それが、ずっと近代主義が来て、今、欧米は近代の次を探し求めている、ポスト近代を求めているときに、それは日本の文化こそポスト近代なんだと。欧米の方々がポスト近代ということを語り始める前から日本はポスト近代だったという面白い言い方をしておりますが、日本がずっと続けてきた日本の文化のすばらしさ、それを、明治のときに西欧からの文明が入って、それをうまく処理、消化しながら維持してきた、その維持してきた日本の文化が実は欧米が今探し求めているものに極めて近いんだという、そういう趣旨のことを言ってくれまして、これは本当に私どもが言いたいことをジャーナリストとしてうまくレトリックを使って言ってくれていると思いましたので、こういう意味で、自信を持って私どもは日本文化のすばらしさを我々自身が認識していくべきではないかと思います。
それから、一番最後に、言論NPOというNPOがございまして、そこが毎年やっている日韓、日中の世論調査の中から一つ取ってまいりました。
人間交流が大事だという一つの証拠としまして、日本においても韓国においても、相手の国に行ったことがある人とない人とではこれだけ相手に対する好感度が違うということ。一度でも行っておけば、その国を知る、メディアとかステレオタイプ的な伝聞のイメージとは違う。やっぱり現実を見、実際に人と会うことが大事だと。そういう意味で、人的交流というのはそういう意味でも大事なんだということを示す一つの証左ではないかということで、最後に付け加えておきます。
以上でございます。ありがとうございました。
水
渡
渡邊啓貴#12
○参考人(渡邊啓貴君) 東京外国語大学の渡邊でございます。
本日は、お招きにあずかりまして、大変光栄に思っております。
今日は、私の方から、お二方の意見を、お話を踏まえながら、私の考える、あえて申し上げますけど、文化外交についてお話しさせていただきたいと思います。
レジュメを少し、幾つかの点についてレジュメを作っておきました。それを御覧になっていただきながら説明させていただきたいと思いますが、今日の私のお話のポイントは、実は私、今から十年ほど前、在外公館で文化交流担当をしたことがあります。日仏百五十周年記念、外交百五十周年記念の時期でございまして、今年は百六十周年ということです。あの百五十周年で、二〇〇八年から九年にかけて七百五十六の大使館の登録の文化行事がございました。平均一日二回何かやっていたわけですけれども、その頃ちょうど、お隣にいらっしゃる近藤、当時は大使でございましたけれども、ユネスコ大使でございまして、よくオフィスに行っていろいろお知恵を拝借したり、長いときには二時間ぐらい昼間から話し込んでいたりということがございました。そういうことでございますので、今日も近藤大使の後にお話しさせていただいて、大変うれしく思っております。
それで、そういう意味では、お二方お話しされたことと私もほとんどいろいろな点で共通の認識を持っておりまして、反対することは何もございませんし、サポートする立場でありますけれども、ちょっと私は、今日、あえて申し上げれば、文化外交戦略と申しますか、そういう観点からちょっとお話しさせていただきたいと思います。
すなわち、国際交流あるいは文化交流が進んでいけば、いずれ日本のことは理解できるし、それから相手のことも分かるし、親しくなっていくだろうと。そのとおりではございますけれども、現場におりましていろんな日本のイベントをやっておりまして、あるいはお付き合いさせていただいておりまして、それこそ着物の行事にも私も幾つか出させていただいたんですけれども、さて、大変ここの場所では盛り上がっているけれども、これは一体今後どうなるんだろうと。十年ぐらいそういう行事が行われなかったら、さっぱり日本のことは忘れられてしまう。あるいは、着物の話にしても何の話にしても、数年たってまた来ましたら、久しぶりに来ましたよというところから始まっちゃいます。
じゃ、日本のイメージはといいますと、そのときに参加した人は何となく日本のことが分かったような気になる、イメージを持つ。ああ、あるいは、日本には歴史があったんだ、漫画、アニメで忍者の話しか知らなかったけど、実はすごい武士の歴史、社会の歴史がある、日本語ちょっと勉強してみようか、ここまで行けば御の字でございまして、そこまでなかなか行かない。
さて、外交の立場から見ると、ちょっとせっかちであります。文化交流というのは、十年や二十年、三十年、五十年ぐらいのタイムスパンで考えるべきことではないのかもしれません。百年単位で考えて、交流していくうちにだんだん理解できるような話なのかもしれませんが、いや、さはさりながら、やっぱりそこの場所に集まって、日本のことをいいねと思って来た人たちにもう少し継続して日本のことを知ってほしいじゃないか。できるならば、ジャパン・エキスポというものがありますけれども、アニメやDVDというポップカルチャーの祭典で、三日ぐらいで二十数万人のにぎわいがあります。よく外務省が主催していると思われておりますけど、実は現地のフランス人、オタッキーのフランス人がやっております。彼は最近日本人と結婚しましたんで、文化交流の成果であるかと思いますけれども、日仏交流のとてもいい形だと思いますが、そういうケースはなかなか珍しいわけでございます。
そういう意味では、やはり、文化外交戦略とあえて今日申し上げますけれども、そういったものを考えた方がいいのではないかと思いまして、今日お話しさせていただこうと思います。
パブリックディプロマシーという言葉がよくあります。レジュメから申し上げますと、飛ばし飛ばしお話ししますので、それは、今日お二方のお話に出ましたように、市民社会に訴える、あるいは相手国のことを知り相手の国民に訴えかけるというふうな、ちょっと図を描いておきましたけれども、そんなところでございます。
ただし、これはプロパガンダ、歴史的にはプロパガンダでございます。文化外交というのは、実は、ずっと先になります、この皆さんのレジュメの三ページ目の下にちょっと御紹介しておきました。右下の方ですけれども、五ポツというところで、日本も文化外交がないわけではありませんで、歴史的にアジアの大国として、戦前、文化外交を展開して、皆さん御案内かと思います、満鉄の映画がどのくらい見られたかというのは、最近の調査では余り見られていなかったということも統計で出ておりますけれども、そういう映画を作ったわけですね。
ちょっとちなみに一言申し上げますと、文化外交という言葉って日本人で初めて誰が使い出したんだろうということでございます。物の本でございまして、私の調べたものではありませんけど、言われているのは、吉田茂総理がイタリア大使をやっていたときに使ったのが初めじゃないかと言われております。
それから、来年は東京オリンピックですけれども、実は、皆さん御案内のように、一九四〇年に東京オリンピックが開かれる予定になっておりました。実はローマがなるだろうというのが有力であったんですけれども、それを差しおいて東京に決まったわけですけど、幻のオリンピックですけれども、このとき大活躍というかサポートした外交官に杉村陽太郎という人がいらっしゃいます。フランス大使をやりまして、それから国際連盟の事務次長、新渡戸稲造の後を継いだ方でございます。彼がムッソリーニに引き合わせた当時イタリア大使でした。彼はスポーツ選手だったので、文化外交、スポーツ外交ということを既にもう言っておりました。
ただし、問題は、文化外交の場合、目的は何かということでございます。文化外交、どういうふうなスタンスを取っていくって、分かりやすいのは目的がはっきりしている場合です。イギリス、フランスに倣って植民地をイギリス、フランス化していく、同化政策化していく、同化政策を導入していく、こういうときには文化政策って非常に目的がはっきりしてございます。今日の文化外交、そういう観点ではございません。民主的に、いわゆるパブリックディプロマシーと言われるような言葉で表されるような、民主的に双方向的に市民交流を通じてやっていくんだということでございます。
その上で、私がよく考えているちょっとソフトパワーについて、三ページ目の上にあります四ポツのところでございますけれども、近藤大使が、長官がさっきおっしゃられていたことでございますけど、私なりの言葉で、さっきマグレイの話をされておりました。ジョゼフ・ナイという人が、一九九〇年代、ソフトパワーという言葉を使って有名になりましたけれども、自国の望むことを強制的ではなくて自発的に相手にサポートしてもらうこと、支持してもらったり協力してもらうこと、だからソフトなんだということであります。私なりの言い方をすれば、そこはちょっと太文字で囲っております、書きましたけれども、日本の良いイメージをメッセージとして相手に伝えて、そして日本の味方になってもらうようにすること、味方と言うと変ですけれども、親近感を持ってもらうということ。先ほどから出ている言葉で言えば、私、ナショナルブランディングという言葉を使っておりまして、良いイメージの日本のブランド化すると、ナショナルなブランド化するということであるかと思います。これが今日のお話のポイントでございます。
それで、行ったり来たりで大変恐縮でございますけれども、レジュメの二ページ目の右上の二ポツ、それからその下のところをちょっとざっと御覧になっていただきながらお聞きいただければと思います。少し狭く文化外交というふうに定義しました。
と申しますのは、文化国際交流っていろんな形でございまして、文化的な行事を何でもかんでも外国でやったり外国人を連れてくれば、これは交流であることは確かですけれども、外交という立場からいうと、どういう目的があり、どういう成果が上がったのかということが大変分かりにくい。実は、国際的な、アメリカでこういう研究は比較的よく進んでいるんですが、それでも、エバリュエーションですね、文化外交というのは評価をどうするのかと。人が集まったからそれで評価、長い目で見ればもちろんいいことですけれども、何をもって成功とみなすのか、とっても難しいことだということで、いろんな実験が行われております。
そこで、ここではちょっと狭く文化外交を定義しまして、というよりも、これ日本外交の現場の形ですけれども、政策広報、これはもちろん重要ですね。最近でいえば、TICADで幾ら日本がお金を出してアフリカ、世界に貢献しているんだ、もちろん外交の一義的な目的です。
ただ、日本って何なの、どういう国なの。これは私、よく自分自身も感激して使う例ですけれども、中東の紛争の現場は水がないと、給水車を持っていった。その給水車の塗装の、外の部分に「キャプテン翼」の漫画が描いてある。少年たちが水を取りに来る。日本の命の水で救われた、「キャプテン翼」が救いに来たと、一生忘れないんじゃないかなと思いますけれども。これ、イメージ戦略である、ブランド戦略であるかもしれませんけど、こういうところにいかに外交レベルでタッチできていくかということであろうかと思います。
そういう意味では、そういった政策広報を支える部分、教育文化・一般教育広報、これが、私、現場におり、僅かな間ですけれども、近藤大使を前に、四十年のベテランの外交官の前に言うのは恐縮なんですけれども、日々仕事をしていたときに考えたことです。とってもいいことなんだけど、さて、次にどういうことになるんだろうということがなかなか見えない、そんなことをつらつらずっと考えてまいりました。そういう意味では、狭義の文化外交というふうに、その下の、二ページ目の下の左の図に今申し上げたようなことが、ちょっと言葉でカバーしておきましたので、お時間のあるときにお読みいただければと思います。
もちろん双方向なものですけれども、結局、文化交流、外交というのは、ちょっと抽象的な言葉遣いになりますけれども、文化の交流というのは価値の交流だと思います。違った人間が交流するということは、それ自体が価値の交換だと思います。そういう意味では、外交の出発点というのは対話であり、そして価値観の違いをいかに克服していくかということであるんではないかと思います。そういう意味では、後で申し上げますけど、結論になりますけど、人的交流ということに行き着く先はなっていくというふうに考えております。
さて、そうしたところで、ちょっと進んでいただきまして、四ページ目の三角形を御覧いただければと思います。日頃私が考えていることでございますし、別に三角形見なくても皆さんお考えのことだと思います。
外交の分野、政治の分野と、あるいは政策目的と、それからビジネスと、それから、純粋な文化活動というものが本当にあるのかどうかあれですけれども、文化活動というふうに、三点でこう考えています。三つ三角形を考えた、こう書いてあるのは、どこから議論をしていくかという意味であります。政治・外交から議論をしていくのか、経済・ビジネスを目的とした議論をしていくのか、文化の議論を中心にほかのことを考えていくのか。
四ページ目の下の図に移りますと、文化外交というのは、今日私のお話ししているスタンスというのは、政治・外交でいかに日本を世界にプレゼンスを示していくのか、そういうこと、立場から考えると、政治・外交を中心とした経済・ビジネス、文化活動というつながりになるのではないかと思います。三つの領域で考えているだけでございますけれども。
次のページ、ちょっと行ったり来たりして申し訳ありませんけど、五ページ目の左上の図でございます。パソコンの使い方がうまくないので、もう少しいい三角形が描ければよかったんですけれども、経済・ビジネスのところをもう少し内側に引っ込んだ図に本当はしたかったんですけれども、何が言いたいかというと、政治・外交とビジネスのつながりに比べて、外交と文化のつながりは非常に遠いと思います、今の段階では。それから、経済・ビジネスと文化のつながり、もう少し近づけたかったんですけど、三角形がうまく描けませんで、これはもう少し近いとは思いますけれども、外交、文化のつながりに比べればビジネスの方が、ここで指しているのはコンテンツビジネスの話ですけれども、こういった分野の方が近いと思います。正三角形になる必要はありませんけれども、今の日本の外交の現状はこういうことではないかと思います。
だとすれば、この外交や文化のところにもっと力を入れよう、お金を掛けてくれということが結論になります。それから、ここの外交、文化の、外交と文化活動の三角形のこの辺を強くする、近くするということは、これはお金の問題と知的交流をいかに盛んにしていくかということにつながっていくんだと思います。
こんなことを私は日頃からちょっと考えてございまして、一つ、五ページ目の下の左の図を御覧になってください。日本の国家ブランド戦略ということでございます。御案内の方もいらっしゃると思いますけれども、アンフォルトという、今はイギリス政府に、あっ、今はブリュッセル、EUの方に行っていますかね、EUの方に行っていると思いますけれども、ブランド指数というのを考えた方がいます、大分前の話なんですけれども。そこに書いてございます輸出とかガバナンスとか文化とか人とか観光とか、こういったものを数字化しまして、指標化しまして、そしてそれを合わせたポイントでいかに日本が世界の国々でブランド力が高いのかどうかというふうなことを議論しております。言うまでもなく、経済力があって工業力があるところはやっぱり高くなるんですね、どうしても。
ただ、日本は、このブランド指数でいけば決して悪くないというか、大変いいところでございます。ちょっと二〇一一年以降、五位以下に下がってしまいましたけれども、二〇一七年からはちょっと挽回してございまして、ベストフォー、ベストファイブに入っております。
それから、BBCの方でよくやるもの、それからワールドサービスのものをちょっと紹介しました。
また、外務省でも数年に一回やっておりまして、ただし、このどういうイメージかということをするときに、高倉参考人が最初におっしゃったように、国によって受け止め方が違うというふうなことをおっしゃっています。だから、アジアでこういうイメージの受け止め方と、ヨーロッパ、アメリカでの受け止め方が違うということで、そういう意味からも、漠然とした交流だけではなくて、文化交流戦略といいますか文化戦略というのはやっぱり考えていった方がいいかと常に思います。
例えば、御案内と思いますけど、「ドラえもん」はアジア、中国にとても受けますけれども、ヨーロッパに行きますとまるで知らないですね。共通なのは「NARUTO」とか「ワンピース」とか、これは万国共通でございますけれども、そこにどういう作品に込められた普遍性があるのかどうかという、そういうこともちゃんと考えていく必要があろうかと思います。
時間がないので最後の方に行きますけれども、六ページを御覧になっていただきたいと思います。六ページの九、それからその横の辺りをお話しして終えたいと思います。
そういう意味では、ブランド、いろいろあります。それこそ東京オリンピックで出てきたおもてなしとか、いろんなやさしいコンセプトがあって、経産省なんかも、商品を持っていって実際に見せて、展示をして、そしてそれにコメントを付けて、実はこの商品はこういう文脈、意味があるんだよということを伝えながら展覧会をやると大変受けます、たくさん人が入ってきますけれども。そういった日本的な伝統の文化と同時に、文化外交が成立するには、やっぱり信頼感とそれから敬意、相手の文化に対する敬意ですね。面白くて慣れ親しんでいるけれども、やっぱり尊敬できないというものが文化であれば余り長続きしないと思いますけど、こういう点では日本は、皇室外交ではないですけれども、これほど長い歴史を持った国はないわけですから、とってもそういう点では有利な立場にあると思います。
そして、一般的な普遍性を伴いながら個性を出す。普遍性というのは、民主主義であるとか平和な国であるとか、安定した、今の内閣でいえば民主、デモクラシーと市場経済ということになりますけど、その上に日本という国の個性をどう伝えていくかということになろうかと思います。価値外交はその先にもう一つあるんではないかと私は日頃から思っています。
そういう意味では、その右の最後のところでございますけれども、やっぱり文化外交を考える上で、何をどう伝えたい、どういう意味を持たせるかという概念化、コンセプチュアライゼーションというのはとても重要だと思います。
次は、これも私たち余り得意じゃないんですけれども、来てもらったら日本の良さが分かるよというだけではなくて、来て、何を見て、何を感じてほしい、強制的ではありませんけれども、ある程度そういうことを伝える必要があろうかと思います。
それから、物事には流れがあって、ストーリーがないと意味付けができません。これは日本人は余りうまくありません。コンテクストをつくるコンテクスチュアライゼーション。私、フランスを専門にしておりますけど、フランス人は得意ですね。何にもないところからいろんな話が出てきて、気が付いたらとても感動しているということがよくあります。
そして、ネットワークです。ネットワークは、ただつくってしまえばいいというものではなくて、組織と活動の継続性がとても重要だと思います。この継続性について強調しておきたいと思います。
以上のようなところから、ナショナルブランディングをどう考えていくのか、日本のイメージとしては安定した平和国家のイメージ、これをどうコンテクストをつくって広めていくかということに文化外交の戦略の基本のところがあろうかと思います。
そういう意味では、自分もやっておりますけれども、知的交流の重要性。ちょっとお手元に、数が十分ではないのであれですけれども、(資料提示)ちょうどこういう、日仏の知的交流って、私この十年ぐらいやってございまして、去年はジャポニズム二〇一八ということで、随分国際交流基金からお金をいただいて、例の黄色ベストの騒動の真っ最中、私はパリにおりまして、一体開けるのかどうなのかと言いながらカルチエ・ラタンの学生街のカフェでシンポジウムをやりました。そして、ちょっとおととしやったものについては、こちらの方ですけど、ここには実は近藤大使も一緒に出ていただいてやってございます。御興味のある方、御覧いただいて、こういったことで、こういったところにも力を入れられる、そういうことがよかろうかと思います。
ポイントについて幾つかお話ししました。
どうも御清聴ありがとうございます。
この発言だけを見る →本日は、お招きにあずかりまして、大変光栄に思っております。
今日は、私の方から、お二方の意見を、お話を踏まえながら、私の考える、あえて申し上げますけど、文化外交についてお話しさせていただきたいと思います。
レジュメを少し、幾つかの点についてレジュメを作っておきました。それを御覧になっていただきながら説明させていただきたいと思いますが、今日の私のお話のポイントは、実は私、今から十年ほど前、在外公館で文化交流担当をしたことがあります。日仏百五十周年記念、外交百五十周年記念の時期でございまして、今年は百六十周年ということです。あの百五十周年で、二〇〇八年から九年にかけて七百五十六の大使館の登録の文化行事がございました。平均一日二回何かやっていたわけですけれども、その頃ちょうど、お隣にいらっしゃる近藤、当時は大使でございましたけれども、ユネスコ大使でございまして、よくオフィスに行っていろいろお知恵を拝借したり、長いときには二時間ぐらい昼間から話し込んでいたりということがございました。そういうことでございますので、今日も近藤大使の後にお話しさせていただいて、大変うれしく思っております。
それで、そういう意味では、お二方お話しされたことと私もほとんどいろいろな点で共通の認識を持っておりまして、反対することは何もございませんし、サポートする立場でありますけれども、ちょっと私は、今日、あえて申し上げれば、文化外交戦略と申しますか、そういう観点からちょっとお話しさせていただきたいと思います。
すなわち、国際交流あるいは文化交流が進んでいけば、いずれ日本のことは理解できるし、それから相手のことも分かるし、親しくなっていくだろうと。そのとおりではございますけれども、現場におりましていろんな日本のイベントをやっておりまして、あるいはお付き合いさせていただいておりまして、それこそ着物の行事にも私も幾つか出させていただいたんですけれども、さて、大変ここの場所では盛り上がっているけれども、これは一体今後どうなるんだろうと。十年ぐらいそういう行事が行われなかったら、さっぱり日本のことは忘れられてしまう。あるいは、着物の話にしても何の話にしても、数年たってまた来ましたら、久しぶりに来ましたよというところから始まっちゃいます。
じゃ、日本のイメージはといいますと、そのときに参加した人は何となく日本のことが分かったような気になる、イメージを持つ。ああ、あるいは、日本には歴史があったんだ、漫画、アニメで忍者の話しか知らなかったけど、実はすごい武士の歴史、社会の歴史がある、日本語ちょっと勉強してみようか、ここまで行けば御の字でございまして、そこまでなかなか行かない。
さて、外交の立場から見ると、ちょっとせっかちであります。文化交流というのは、十年や二十年、三十年、五十年ぐらいのタイムスパンで考えるべきことではないのかもしれません。百年単位で考えて、交流していくうちにだんだん理解できるような話なのかもしれませんが、いや、さはさりながら、やっぱりそこの場所に集まって、日本のことをいいねと思って来た人たちにもう少し継続して日本のことを知ってほしいじゃないか。できるならば、ジャパン・エキスポというものがありますけれども、アニメやDVDというポップカルチャーの祭典で、三日ぐらいで二十数万人のにぎわいがあります。よく外務省が主催していると思われておりますけど、実は現地のフランス人、オタッキーのフランス人がやっております。彼は最近日本人と結婚しましたんで、文化交流の成果であるかと思いますけれども、日仏交流のとてもいい形だと思いますが、そういうケースはなかなか珍しいわけでございます。
そういう意味では、やはり、文化外交戦略とあえて今日申し上げますけれども、そういったものを考えた方がいいのではないかと思いまして、今日お話しさせていただこうと思います。
パブリックディプロマシーという言葉がよくあります。レジュメから申し上げますと、飛ばし飛ばしお話ししますので、それは、今日お二方のお話に出ましたように、市民社会に訴える、あるいは相手国のことを知り相手の国民に訴えかけるというふうな、ちょっと図を描いておきましたけれども、そんなところでございます。
ただし、これはプロパガンダ、歴史的にはプロパガンダでございます。文化外交というのは、実は、ずっと先になります、この皆さんのレジュメの三ページ目の下にちょっと御紹介しておきました。右下の方ですけれども、五ポツというところで、日本も文化外交がないわけではありませんで、歴史的にアジアの大国として、戦前、文化外交を展開して、皆さん御案内かと思います、満鉄の映画がどのくらい見られたかというのは、最近の調査では余り見られていなかったということも統計で出ておりますけれども、そういう映画を作ったわけですね。
ちょっとちなみに一言申し上げますと、文化外交という言葉って日本人で初めて誰が使い出したんだろうということでございます。物の本でございまして、私の調べたものではありませんけど、言われているのは、吉田茂総理がイタリア大使をやっていたときに使ったのが初めじゃないかと言われております。
それから、来年は東京オリンピックですけれども、実は、皆さん御案内のように、一九四〇年に東京オリンピックが開かれる予定になっておりました。実はローマがなるだろうというのが有力であったんですけれども、それを差しおいて東京に決まったわけですけど、幻のオリンピックですけれども、このとき大活躍というかサポートした外交官に杉村陽太郎という人がいらっしゃいます。フランス大使をやりまして、それから国際連盟の事務次長、新渡戸稲造の後を継いだ方でございます。彼がムッソリーニに引き合わせた当時イタリア大使でした。彼はスポーツ選手だったので、文化外交、スポーツ外交ということを既にもう言っておりました。
ただし、問題は、文化外交の場合、目的は何かということでございます。文化外交、どういうふうなスタンスを取っていくって、分かりやすいのは目的がはっきりしている場合です。イギリス、フランスに倣って植民地をイギリス、フランス化していく、同化政策化していく、同化政策を導入していく、こういうときには文化政策って非常に目的がはっきりしてございます。今日の文化外交、そういう観点ではございません。民主的に、いわゆるパブリックディプロマシーと言われるような言葉で表されるような、民主的に双方向的に市民交流を通じてやっていくんだということでございます。
その上で、私がよく考えているちょっとソフトパワーについて、三ページ目の上にあります四ポツのところでございますけれども、近藤大使が、長官がさっきおっしゃられていたことでございますけど、私なりの言葉で、さっきマグレイの話をされておりました。ジョゼフ・ナイという人が、一九九〇年代、ソフトパワーという言葉を使って有名になりましたけれども、自国の望むことを強制的ではなくて自発的に相手にサポートしてもらうこと、支持してもらったり協力してもらうこと、だからソフトなんだということであります。私なりの言い方をすれば、そこはちょっと太文字で囲っております、書きましたけれども、日本の良いイメージをメッセージとして相手に伝えて、そして日本の味方になってもらうようにすること、味方と言うと変ですけれども、親近感を持ってもらうということ。先ほどから出ている言葉で言えば、私、ナショナルブランディングという言葉を使っておりまして、良いイメージの日本のブランド化すると、ナショナルなブランド化するということであるかと思います。これが今日のお話のポイントでございます。
それで、行ったり来たりで大変恐縮でございますけれども、レジュメの二ページ目の右上の二ポツ、それからその下のところをちょっとざっと御覧になっていただきながらお聞きいただければと思います。少し狭く文化外交というふうに定義しました。
と申しますのは、文化国際交流っていろんな形でございまして、文化的な行事を何でもかんでも外国でやったり外国人を連れてくれば、これは交流であることは確かですけれども、外交という立場からいうと、どういう目的があり、どういう成果が上がったのかということが大変分かりにくい。実は、国際的な、アメリカでこういう研究は比較的よく進んでいるんですが、それでも、エバリュエーションですね、文化外交というのは評価をどうするのかと。人が集まったからそれで評価、長い目で見ればもちろんいいことですけれども、何をもって成功とみなすのか、とっても難しいことだということで、いろんな実験が行われております。
そこで、ここではちょっと狭く文化外交を定義しまして、というよりも、これ日本外交の現場の形ですけれども、政策広報、これはもちろん重要ですね。最近でいえば、TICADで幾ら日本がお金を出してアフリカ、世界に貢献しているんだ、もちろん外交の一義的な目的です。
ただ、日本って何なの、どういう国なの。これは私、よく自分自身も感激して使う例ですけれども、中東の紛争の現場は水がないと、給水車を持っていった。その給水車の塗装の、外の部分に「キャプテン翼」の漫画が描いてある。少年たちが水を取りに来る。日本の命の水で救われた、「キャプテン翼」が救いに来たと、一生忘れないんじゃないかなと思いますけれども。これ、イメージ戦略である、ブランド戦略であるかもしれませんけど、こういうところにいかに外交レベルでタッチできていくかということであろうかと思います。
そういう意味では、そういった政策広報を支える部分、教育文化・一般教育広報、これが、私、現場におり、僅かな間ですけれども、近藤大使を前に、四十年のベテランの外交官の前に言うのは恐縮なんですけれども、日々仕事をしていたときに考えたことです。とってもいいことなんだけど、さて、次にどういうことになるんだろうということがなかなか見えない、そんなことをつらつらずっと考えてまいりました。そういう意味では、狭義の文化外交というふうに、その下の、二ページ目の下の左の図に今申し上げたようなことが、ちょっと言葉でカバーしておきましたので、お時間のあるときにお読みいただければと思います。
もちろん双方向なものですけれども、結局、文化交流、外交というのは、ちょっと抽象的な言葉遣いになりますけれども、文化の交流というのは価値の交流だと思います。違った人間が交流するということは、それ自体が価値の交換だと思います。そういう意味では、外交の出発点というのは対話であり、そして価値観の違いをいかに克服していくかということであるんではないかと思います。そういう意味では、後で申し上げますけど、結論になりますけど、人的交流ということに行き着く先はなっていくというふうに考えております。
さて、そうしたところで、ちょっと進んでいただきまして、四ページ目の三角形を御覧いただければと思います。日頃私が考えていることでございますし、別に三角形見なくても皆さんお考えのことだと思います。
外交の分野、政治の分野と、あるいは政策目的と、それからビジネスと、それから、純粋な文化活動というものが本当にあるのかどうかあれですけれども、文化活動というふうに、三点でこう考えています。三つ三角形を考えた、こう書いてあるのは、どこから議論をしていくかという意味であります。政治・外交から議論をしていくのか、経済・ビジネスを目的とした議論をしていくのか、文化の議論を中心にほかのことを考えていくのか。
四ページ目の下の図に移りますと、文化外交というのは、今日私のお話ししているスタンスというのは、政治・外交でいかに日本を世界にプレゼンスを示していくのか、そういうこと、立場から考えると、政治・外交を中心とした経済・ビジネス、文化活動というつながりになるのではないかと思います。三つの領域で考えているだけでございますけれども。
次のページ、ちょっと行ったり来たりして申し訳ありませんけど、五ページ目の左上の図でございます。パソコンの使い方がうまくないので、もう少しいい三角形が描ければよかったんですけれども、経済・ビジネスのところをもう少し内側に引っ込んだ図に本当はしたかったんですけれども、何が言いたいかというと、政治・外交とビジネスのつながりに比べて、外交と文化のつながりは非常に遠いと思います、今の段階では。それから、経済・ビジネスと文化のつながり、もう少し近づけたかったんですけど、三角形がうまく描けませんで、これはもう少し近いとは思いますけれども、外交、文化のつながりに比べればビジネスの方が、ここで指しているのはコンテンツビジネスの話ですけれども、こういった分野の方が近いと思います。正三角形になる必要はありませんけれども、今の日本の外交の現状はこういうことではないかと思います。
だとすれば、この外交や文化のところにもっと力を入れよう、お金を掛けてくれということが結論になります。それから、ここの外交、文化の、外交と文化活動の三角形のこの辺を強くする、近くするということは、これはお金の問題と知的交流をいかに盛んにしていくかということにつながっていくんだと思います。
こんなことを私は日頃からちょっと考えてございまして、一つ、五ページ目の下の左の図を御覧になってください。日本の国家ブランド戦略ということでございます。御案内の方もいらっしゃると思いますけれども、アンフォルトという、今はイギリス政府に、あっ、今はブリュッセル、EUの方に行っていますかね、EUの方に行っていると思いますけれども、ブランド指数というのを考えた方がいます、大分前の話なんですけれども。そこに書いてございます輸出とかガバナンスとか文化とか人とか観光とか、こういったものを数字化しまして、指標化しまして、そしてそれを合わせたポイントでいかに日本が世界の国々でブランド力が高いのかどうかというふうなことを議論しております。言うまでもなく、経済力があって工業力があるところはやっぱり高くなるんですね、どうしても。
ただ、日本は、このブランド指数でいけば決して悪くないというか、大変いいところでございます。ちょっと二〇一一年以降、五位以下に下がってしまいましたけれども、二〇一七年からはちょっと挽回してございまして、ベストフォー、ベストファイブに入っております。
それから、BBCの方でよくやるもの、それからワールドサービスのものをちょっと紹介しました。
また、外務省でも数年に一回やっておりまして、ただし、このどういうイメージかということをするときに、高倉参考人が最初におっしゃったように、国によって受け止め方が違うというふうなことをおっしゃっています。だから、アジアでこういうイメージの受け止め方と、ヨーロッパ、アメリカでの受け止め方が違うということで、そういう意味からも、漠然とした交流だけではなくて、文化交流戦略といいますか文化戦略というのはやっぱり考えていった方がいいかと常に思います。
例えば、御案内と思いますけど、「ドラえもん」はアジア、中国にとても受けますけれども、ヨーロッパに行きますとまるで知らないですね。共通なのは「NARUTO」とか「ワンピース」とか、これは万国共通でございますけれども、そこにどういう作品に込められた普遍性があるのかどうかという、そういうこともちゃんと考えていく必要があろうかと思います。
時間がないので最後の方に行きますけれども、六ページを御覧になっていただきたいと思います。六ページの九、それからその横の辺りをお話しして終えたいと思います。
そういう意味では、ブランド、いろいろあります。それこそ東京オリンピックで出てきたおもてなしとか、いろんなやさしいコンセプトがあって、経産省なんかも、商品を持っていって実際に見せて、展示をして、そしてそれにコメントを付けて、実はこの商品はこういう文脈、意味があるんだよということを伝えながら展覧会をやると大変受けます、たくさん人が入ってきますけれども。そういった日本的な伝統の文化と同時に、文化外交が成立するには、やっぱり信頼感とそれから敬意、相手の文化に対する敬意ですね。面白くて慣れ親しんでいるけれども、やっぱり尊敬できないというものが文化であれば余り長続きしないと思いますけど、こういう点では日本は、皇室外交ではないですけれども、これほど長い歴史を持った国はないわけですから、とってもそういう点では有利な立場にあると思います。
そして、一般的な普遍性を伴いながら個性を出す。普遍性というのは、民主主義であるとか平和な国であるとか、安定した、今の内閣でいえば民主、デモクラシーと市場経済ということになりますけど、その上に日本という国の個性をどう伝えていくかということになろうかと思います。価値外交はその先にもう一つあるんではないかと私は日頃から思っています。
そういう意味では、その右の最後のところでございますけれども、やっぱり文化外交を考える上で、何をどう伝えたい、どういう意味を持たせるかという概念化、コンセプチュアライゼーションというのはとても重要だと思います。
次は、これも私たち余り得意じゃないんですけれども、来てもらったら日本の良さが分かるよというだけではなくて、来て、何を見て、何を感じてほしい、強制的ではありませんけれども、ある程度そういうことを伝える必要があろうかと思います。
それから、物事には流れがあって、ストーリーがないと意味付けができません。これは日本人は余りうまくありません。コンテクストをつくるコンテクスチュアライゼーション。私、フランスを専門にしておりますけど、フランス人は得意ですね。何にもないところからいろんな話が出てきて、気が付いたらとても感動しているということがよくあります。
そして、ネットワークです。ネットワークは、ただつくってしまえばいいというものではなくて、組織と活動の継続性がとても重要だと思います。この継続性について強調しておきたいと思います。
以上のようなところから、ナショナルブランディングをどう考えていくのか、日本のイメージとしては安定した平和国家のイメージ、これをどうコンテクストをつくって広めていくかということに文化外交の戦略の基本のところがあろうかと思います。
そういう意味では、自分もやっておりますけれども、知的交流の重要性。ちょっとお手元に、数が十分ではないのであれですけれども、(資料提示)ちょうどこういう、日仏の知的交流って、私この十年ぐらいやってございまして、去年はジャポニズム二〇一八ということで、随分国際交流基金からお金をいただいて、例の黄色ベストの騒動の真っ最中、私はパリにおりまして、一体開けるのかどうなのかと言いながらカルチエ・ラタンの学生街のカフェでシンポジウムをやりました。そして、ちょっとおととしやったものについては、こちらの方ですけど、ここには実は近藤大使も一緒に出ていただいてやってございます。御興味のある方、御覧いただいて、こういったことで、こういったところにも力を入れられる、そういうことがよかろうかと思います。
ポイントについて幾つかお話ししました。
どうも御清聴ありがとうございます。
水
水落敏栄#13
○会長(水落敏栄君) ありがとうございました。
以上で参考人からの意見聴取は終わりました。
これより質疑を行います。
本日の質疑はあらかじめ質疑者を定めずに行います。
質疑及び答弁の際は、挙手の上、会長の指名を受けてから着席のまま御発言いただくようお願いいたします。
まず、各会派一名ずつ指名させていただき、その後は、会派にかかわらず御発言いただきたいと存じます。
委員の一回の発言時間は答弁を含め十分以内となるよう、また、その都度答弁者を明示していただきますよう御協力をお願い申し上げます。
それでは、質疑のある方は挙手を願います。
小野田紀美君。
この発言だけを見る →以上で参考人からの意見聴取は終わりました。
これより質疑を行います。
本日の質疑はあらかじめ質疑者を定めずに行います。
質疑及び答弁の際は、挙手の上、会長の指名を受けてから着席のまま御発言いただくようお願いいたします。
まず、各会派一名ずつ指名させていただき、その後は、会派にかかわらず御発言いただきたいと存じます。
委員の一回の発言時間は答弁を含め十分以内となるよう、また、その都度答弁者を明示していただきますよう御協力をお願い申し上げます。
それでは、質疑のある方は挙手を願います。
小野田紀美君。
小
小野田紀美#14
○小野田紀美君 小野田紀美です。よろしくお願いします。
先生方、本当にありがとうございました。
まず、高倉先生に簡単に三つ、簡単にというかいろいろ含めてお伺いしたいんですが、これ、一個目、単純な疑問で、着物のコラボをするとか各国とやったもののサイズはどうしているのかなというのが、私、百七十ありまして、おはしょりが出ないので、各国の平均身長に合わせて作られるのか、この辺どうされているのかなというのがちょっと気になりました。
あと、二点目なんですけれども、今こうして飾ってくださっているんですが、着る文化を広げていくことと、あと、それを向こうがどう受け取るのか。要は、飾って置物にして装飾という扱いにするという割合はどうなっているのかなというのがちょっと気になりまして、私はポップカルチャーでゲームとかを作っていた会社に以前いたんですが、漫画でいうと、日本みたいにざあっと読むものというよりは、ヨーロッパだと原画を飾って絵画のように集める方も多くいらして、日本が本来持っている、例えば漫画は読み込むものとか着物は着て日常にするものとか、そういう文化丸ごと輸出できるものなのか。果たしてそういうふうに装飾扱いされてしまうことが可なのか否なのかも含めて、先生のお考えをお聞かせいただけたらと思います。
最後に、高倉先生、今、ちょっと最近悲しいニュースがいろいろ私も聞こえてきまして、例えばアメリカの今を時めくアリアナ・グランデさんという女性歌手の方がいらっしゃいまして、大変親日なんです。日本語を勉強して、それをアップされたりとかしているんですけれども、プロモーションビデオで着物風のお洋服を着たりとかする中で、最近アリアナさんに文化の盗用だというような批判が集まってしまって、好きだったけどもう勉強やめるみたいなつぶやきをこの前ツイートでされたりということがありました。
以前も雑誌で日本風の着物を着ていたら、これまた文化の盗用だというバッシングで下ろさなきゃいけなくなったりとか、今よく言われる、私たち日本人にとっては着てくれる、文化を愛してくれる、うれしいことなんですが、それがどうも世界の中では、一部、他国の文化を盗んでいるというようなバッシングを受けることを多々聞くので、この辺の状況とかお考えをお聞かせください。
この発言だけを見る →先生方、本当にありがとうございました。
まず、高倉先生に簡単に三つ、簡単にというかいろいろ含めてお伺いしたいんですが、これ、一個目、単純な疑問で、着物のコラボをするとか各国とやったもののサイズはどうしているのかなというのが、私、百七十ありまして、おはしょりが出ないので、各国の平均身長に合わせて作られるのか、この辺どうされているのかなというのがちょっと気になりました。
あと、二点目なんですけれども、今こうして飾ってくださっているんですが、着る文化を広げていくことと、あと、それを向こうがどう受け取るのか。要は、飾って置物にして装飾という扱いにするという割合はどうなっているのかなというのがちょっと気になりまして、私はポップカルチャーでゲームとかを作っていた会社に以前いたんですが、漫画でいうと、日本みたいにざあっと読むものというよりは、ヨーロッパだと原画を飾って絵画のように集める方も多くいらして、日本が本来持っている、例えば漫画は読み込むものとか着物は着て日常にするものとか、そういう文化丸ごと輸出できるものなのか。果たしてそういうふうに装飾扱いされてしまうことが可なのか否なのかも含めて、先生のお考えをお聞かせいただけたらと思います。
最後に、高倉先生、今、ちょっと最近悲しいニュースがいろいろ私も聞こえてきまして、例えばアメリカの今を時めくアリアナ・グランデさんという女性歌手の方がいらっしゃいまして、大変親日なんです。日本語を勉強して、それをアップされたりとかしているんですけれども、プロモーションビデオで着物風のお洋服を着たりとかする中で、最近アリアナさんに文化の盗用だというような批判が集まってしまって、好きだったけどもう勉強やめるみたいなつぶやきをこの前ツイートでされたりということがありました。
以前も雑誌で日本風の着物を着ていたら、これまた文化の盗用だというバッシングで下ろさなきゃいけなくなったりとか、今よく言われる、私たち日本人にとっては着てくれる、文化を愛してくれる、うれしいことなんですが、それがどうも世界の中では、一部、他国の文化を盗んでいるというようなバッシングを受けることを多々聞くので、この辺の状況とかお考えをお聞かせください。
高
高倉慶応#15
○参考人(高倉慶応君) どう答えようかと今考えておるところでございますが、まずサイズの件は、通常のやつよりも大きく作っています。百七十センチ、十分着れますので、機会があればまたモデルにも挑戦していただけるんじゃないかと思います。
基本的には、現地の方がお召しになる可能性も考えて、通常の着物よりもより、ゆきと言うんですが、幅ですね、生地の幅が少し広いめの生地を使い、大体どうしても腰回りとかそういったものが日本人とまた体型が違う民族の方が大変多いので、ある程度広いサイズで仕立てもしております。そういったことにこのプロジェクトの場合は心掛けてきました。
それから、装飾なのかどうなのかということなんですけれども、これは基本的には着たいという方が今多いように思います。私も昨年、ジャパン・エキスポも行きましたし、それ自分でどうやって着たのとかということも尋ねてみたんですけど、一言で言うと、海外の方の方が着付けに関しては熱心ですね。日本の方の方が何回教室に行っても覚えない。これが何かちょっと今、いわゆる、何となく逆行性なところを感じてしまっています。やっぱり我々が洋楽が好きだったりとか、例えば「ボヘミアン・ラプソディ」聞いて熱狂するのと同じように、彼女たちから見れば日本のカルチャーにそういった神秘性を感じたりとかいうことが、単純に異国のものとして捉えるところに神秘性があるやもしれないと思っています。
装飾に関しては、これ昔からやっていまして、結局どう使っていいか分からないから飾るしかなかったというのが歴史の事実ではなかろうかというふうに思うのと、最後にちょっとおっしゃったところと関係があるかどうかは分からないんですけど、それこそ私よりも専門家の先生がいらっしゃるのであれなんですが、ジャポニズムの時代というのは、いわゆる自由にドレス化してみたりとか、有名な絵画とかもありますけれども、やっぱりファブリックとして日本の着物をドレスの材料に使ったりとかいろいろしてきたというふうに思うので、日本人が言うのはおかしいんですけど、日本の固有のデザインってほとんどないんですよね。例えば我々が帯に締めている家紋柄とか、あれはペルシャで発祥されたデザインですし、要は、日本の文化ってほとんど、まあそれを言ったら全部盗用じゃねえのというような話になるんです。胸が男女ともに左側が前に来るとか、例えば袖というものがロングスリーブになっているとか、こういうのは日本で生まれた形ではあるんですけれども、元々ほとんどの日本に伝わっているデザインというのはどこかに発祥があります。青海波でも、これたしかギリシャだったと思います。
なので、昔から文化でいうと世界はつながっていて、これを盗用とかという考え方自体が非常にある意味例えば人と人を隔てようとする考え方なので、もうこれ、私、あくまで個人的な意見ですけれども、それはもう一笑に付せばいいのではないかと。そのような器量ではいかぬのじゃないかという、元々シェアしてきたはずだということで、先ほど出た歌手の方、私よく存じ上げないので何とも言えないんですけれども、それを盗用という考え方自体が世知辛い話だなというふうに思っているので、堂々と盗用して、盗用というか、どんどん好きになってもらっていいと思います。そのうち彼らが、やっぱりこの格好、ちょっと日本の本当と違うかもって気が付くときが来ると思うので、初めはかなり自由にやらせてあげないと、最初から日本人が今やっているような着付けを押し付けても、ちょっとこれは、日本人でも今嫌がられる方が多いので、難しいところがあると思います。
この発言だけを見る →基本的には、現地の方がお召しになる可能性も考えて、通常の着物よりもより、ゆきと言うんですが、幅ですね、生地の幅が少し広いめの生地を使い、大体どうしても腰回りとかそういったものが日本人とまた体型が違う民族の方が大変多いので、ある程度広いサイズで仕立てもしております。そういったことにこのプロジェクトの場合は心掛けてきました。
それから、装飾なのかどうなのかということなんですけれども、これは基本的には着たいという方が今多いように思います。私も昨年、ジャパン・エキスポも行きましたし、それ自分でどうやって着たのとかということも尋ねてみたんですけど、一言で言うと、海外の方の方が着付けに関しては熱心ですね。日本の方の方が何回教室に行っても覚えない。これが何かちょっと今、いわゆる、何となく逆行性なところを感じてしまっています。やっぱり我々が洋楽が好きだったりとか、例えば「ボヘミアン・ラプソディ」聞いて熱狂するのと同じように、彼女たちから見れば日本のカルチャーにそういった神秘性を感じたりとかいうことが、単純に異国のものとして捉えるところに神秘性があるやもしれないと思っています。
装飾に関しては、これ昔からやっていまして、結局どう使っていいか分からないから飾るしかなかったというのが歴史の事実ではなかろうかというふうに思うのと、最後にちょっとおっしゃったところと関係があるかどうかは分からないんですけど、それこそ私よりも専門家の先生がいらっしゃるのであれなんですが、ジャポニズムの時代というのは、いわゆる自由にドレス化してみたりとか、有名な絵画とかもありますけれども、やっぱりファブリックとして日本の着物をドレスの材料に使ったりとかいろいろしてきたというふうに思うので、日本人が言うのはおかしいんですけど、日本の固有のデザインってほとんどないんですよね。例えば我々が帯に締めている家紋柄とか、あれはペルシャで発祥されたデザインですし、要は、日本の文化ってほとんど、まあそれを言ったら全部盗用じゃねえのというような話になるんです。胸が男女ともに左側が前に来るとか、例えば袖というものがロングスリーブになっているとか、こういうのは日本で生まれた形ではあるんですけれども、元々ほとんどの日本に伝わっているデザインというのはどこかに発祥があります。青海波でも、これたしかギリシャだったと思います。
なので、昔から文化でいうと世界はつながっていて、これを盗用とかという考え方自体が非常にある意味例えば人と人を隔てようとする考え方なので、もうこれ、私、あくまで個人的な意見ですけれども、それはもう一笑に付せばいいのではないかと。そのような器量ではいかぬのじゃないかという、元々シェアしてきたはずだということで、先ほど出た歌手の方、私よく存じ上げないので何とも言えないんですけれども、それを盗用という考え方自体が世知辛い話だなというふうに思っているので、堂々と盗用して、盗用というか、どんどん好きになってもらっていいと思います。そのうち彼らが、やっぱりこの格好、ちょっと日本の本当と違うかもって気が付くときが来ると思うので、初めはかなり自由にやらせてあげないと、最初から日本人が今やっているような着付けを押し付けても、ちょっとこれは、日本人でも今嫌がられる方が多いので、難しいところがあると思います。
小
小野田紀美#16
○小野田紀美君 ありがとうございます。
せっかく文化交流をしようとしたときに、それを受けてくれた側がバッシングをされるような土壌じゃちょっと嫌だなと思ったので、是非これは先生も、これは世界は一つだという気持ちで、そういうバッシングはやめようよというふうに是非啓発を一緒にお願いできたらうれしいなと思います。
近藤先生、渡邊先生、それぞれに一点お伺いしたいんですけれども、近藤先生のところで、ハードは金の切れ目が縁の切れ目だけどソフトパワーは続くというような、青色の資料の中に書いていただいておりまして、実は昨日、日本国際漫画祭というのが飯倉公館で開かれまして、三百以上の作品が世界から寄せられて、日本の評価を受けるというような祭典がありまして、すごく今、本当に日本のポップカルチャーは、お二方から出ましたけど、コンテンツ力あるんですが、これが文化を外に出して文化交流をしようとしたときに、それぞれの文化のやっぱりタブーとかがあったりする中で日本のものを出していったときに逆に責められたりしないのかがちょっと心配で、今、国連の人が、日本の若く見える女の子の創作物も全部児童ポルノだ、やめろというようなバッシングをしたりしている中で、文化交流の中で気を付けなくてはいけないこと、譲ってはいけないところ、それを簡単にお話しいただけるとうれしいです。
この発言だけを見る →せっかく文化交流をしようとしたときに、それを受けてくれた側がバッシングをされるような土壌じゃちょっと嫌だなと思ったので、是非これは先生も、これは世界は一つだという気持ちで、そういうバッシングはやめようよというふうに是非啓発を一緒にお願いできたらうれしいなと思います。
近藤先生、渡邊先生、それぞれに一点お伺いしたいんですけれども、近藤先生のところで、ハードは金の切れ目が縁の切れ目だけどソフトパワーは続くというような、青色の資料の中に書いていただいておりまして、実は昨日、日本国際漫画祭というのが飯倉公館で開かれまして、三百以上の作品が世界から寄せられて、日本の評価を受けるというような祭典がありまして、すごく今、本当に日本のポップカルチャーは、お二方から出ましたけど、コンテンツ力あるんですが、これが文化を外に出して文化交流をしようとしたときに、それぞれの文化のやっぱりタブーとかがあったりする中で日本のものを出していったときに逆に責められたりしないのかがちょっと心配で、今、国連の人が、日本の若く見える女の子の創作物も全部児童ポルノだ、やめろというようなバッシングをしたりしている中で、文化交流の中で気を付けなくてはいけないこと、譲ってはいけないところ、それを簡単にお話しいただけるとうれしいです。
近
近藤誠一#17
○参考人(近藤誠一君) 昔、一昔前、日本の漫画がアメリカにどっと流れたときに、そこの描写が暴力、それから性的な描写が強いということで反感を受けたことがございました。いろいろやり取りをしているうちに、漫画家の方も気が付いてその辺を控えるとか、そういう工夫をしてお互いに納得のいく漫画の交流ができたということですから、最初は間違いはあってもいいんだと思います。
もちろん、余り強い宗教的な反発を受けるようなことをやってはいけないけれども、いろいろやっているうちにだんだんならされてきて、ああ、これはこういう国ではいけないんだなということが作り手にも分かる、お互いに学び合うということで、さっき渡邊先生おっしゃいましたように、相互交流進むことによってお互いに理解が深まり熟してきて、どこまでは言っていいのか、どういうことを相手は嫌うのかが分かってくる。それが文化交流のプラスですから、余り一回一回で否定的な反応があったとか批判があったということでひるむ必要はないのではないかと思います。
この発言だけを見る →もちろん、余り強い宗教的な反発を受けるようなことをやってはいけないけれども、いろいろやっているうちにだんだんならされてきて、ああ、これはこういう国ではいけないんだなということが作り手にも分かる、お互いに学び合うということで、さっき渡邊先生おっしゃいましたように、相互交流進むことによってお互いに理解が深まり熟してきて、どこまでは言っていいのか、どういうことを相手は嫌うのかが分かってくる。それが文化交流のプラスですから、余り一回一回で否定的な反応があったとか批判があったということでひるむ必要はないのではないかと思います。
渡
渡邊啓貴#18
○参考人(渡邊啓貴君) 私、先ほどページ数をちょっと、手元の資料とは違っていたので、皆さんのレジュメとページ数が違うことを私は言っておりました。ちょっと失礼いたしました。
それから、今のお話ですけれども、おっしゃるとおりで、そんなに極端に考えることも実はないと思います。というよりも、むしろポジティブに捉えた方がいいのではないかと思います。
例えば、今、漫画の話が出ましたのでそれだけ申し上げますと、少女漫画というのは世界で余りなかったんですね。コミックというのは皆さん御存じだと思いますけれども、「バットマン」とか「スーパーマン」とかという話で、男性が読むんですね、主に。人類の半分を読者にしちゃった、「セーラームーン」とか「ベルサイユのばら」とか。しかも、そこに歴史があり、日本の例えば「神の雫」というワインの漫画がございますけれども、イタリアとフランスのワインの説明をしていますけれども、それは日本語で説明して、それがフランス語になって行き渡っております。フランス人がフランス語で「神の雫」を見て、フランスのワインの勉強をしていたりするということもありますので。
試行錯誤ではございますけれども、そんなにひどくない限りは時間の問題だと思いますけれども。
この発言だけを見る →それから、今のお話ですけれども、おっしゃるとおりで、そんなに極端に考えることも実はないと思います。というよりも、むしろポジティブに捉えた方がいいのではないかと思います。
例えば、今、漫画の話が出ましたのでそれだけ申し上げますと、少女漫画というのは世界で余りなかったんですね。コミックというのは皆さん御存じだと思いますけれども、「バットマン」とか「スーパーマン」とかという話で、男性が読むんですね、主に。人類の半分を読者にしちゃった、「セーラームーン」とか「ベルサイユのばら」とか。しかも、そこに歴史があり、日本の例えば「神の雫」というワインの漫画がございますけれども、イタリアとフランスのワインの説明をしていますけれども、それは日本語で説明して、それがフランス語になって行き渡っております。フランス人がフランス語で「神の雫」を見て、フランスのワインの勉強をしていたりするということもありますので。
試行錯誤ではございますけれども、そんなにひどくない限りは時間の問題だと思いますけれども。
小
水
古
古賀之士#21
○古賀之士君 では、早速三人の参考人の皆様方に御質問させていただきます。
まず、高倉参考人に、一点の着物二百万円という御予算を伺いましたが、これは並みいる日本を代表する作家さんたちをどうやって説得されてこの二百万円で収めることができているのか、これをお知らせください。
また、いよいよトゥエンティー・トゥエンティーで、オリンピック・パラリンピック、東京で開催されます。これに向けてどのような夢や希望、そしてまたオリンピック・パラリンピックが終わってからの夢や希望、それぞれおありでしたらお知らせ願います。
それから、渡邊参考人には、漫画のお話が今出ました。「NARUTO」のお話、ヨーロッパでも聞かせていただきました。御専門のフランスに関してで様々な尽力をされていることは今この場でも重々承ったところなんですが、特にそのフランスで、例えばスポーツ文化、食文化あるいは芸術文化、例えば日本よりも柔道人口密度が高いとか、あるいは食文化でもラーメンがヒットしているとか、芸術文化では北斎や、それから先ほどおっしゃった「NARUTO」、これは私、パリに行ったときに、居酒屋のお兄ちゃんから、日本人か、俺、「NARUTO」を読んでいるんだというぐらい非常に身近なところまで日本の文化が、これは特にフランスに関して、これまでの御尽力含めて何か秘密や秘策があったのか、こういったことがもし具体的に専門家としてお分かりなら教えてください。
それから、近藤参考人には、そういったことも含めて、先ほどお話しいただいたソフトパワーの再認識、仕組み、これについて総論でより具体的な私見をお持ちでしたらお聞かせ願えないでしょうか。
以上です。
この発言だけを見る →まず、高倉参考人に、一点の着物二百万円という御予算を伺いましたが、これは並みいる日本を代表する作家さんたちをどうやって説得されてこの二百万円で収めることができているのか、これをお知らせください。
また、いよいよトゥエンティー・トゥエンティーで、オリンピック・パラリンピック、東京で開催されます。これに向けてどのような夢や希望、そしてまたオリンピック・パラリンピックが終わってからの夢や希望、それぞれおありでしたらお知らせ願います。
それから、渡邊参考人には、漫画のお話が今出ました。「NARUTO」のお話、ヨーロッパでも聞かせていただきました。御専門のフランスに関してで様々な尽力をされていることは今この場でも重々承ったところなんですが、特にそのフランスで、例えばスポーツ文化、食文化あるいは芸術文化、例えば日本よりも柔道人口密度が高いとか、あるいは食文化でもラーメンがヒットしているとか、芸術文化では北斎や、それから先ほどおっしゃった「NARUTO」、これは私、パリに行ったときに、居酒屋のお兄ちゃんから、日本人か、俺、「NARUTO」を読んでいるんだというぐらい非常に身近なところまで日本の文化が、これは特にフランスに関して、これまでの御尽力含めて何か秘密や秘策があったのか、こういったことがもし具体的に専門家としてお分かりなら教えてください。
それから、近藤参考人には、そういったことも含めて、先ほどお話しいただいたソフトパワーの再認識、仕組み、これについて総論でより具体的な私見をお持ちでしたらお聞かせ願えないでしょうか。
以上です。
水
高
高倉慶応#23
○参考人(高倉慶応君) 手短にお話しします。
作者の皆様には、直接全部お会いしに行きました。今こういうことを考えているので先生よかったら参加してもらえませんかということを、当初は一軒一軒全部回りまして、口説いて回ったというのが本当です。
その金額的な問題というのは、私はそんな少ないとは思わないんですけれども、でもまた十分でもないと思っています。ちょうどいいぐらい。これはもう、私の本業の仕事で長年経験してきた、大体このぐらいの仕入価格でいいものが手に入るんじゃないかと、本当にいいものがですね、という経験値を基にその金額を指しましたので、向こうとしても断りにくいし、逆に、だからといってそれで大もうけができるとかということではないと思います。
ただ、言えることは、その差し上げた価値以上の着物を実際に作られているので、やはり日本人というのは本当に言われた以上のお仕事をなさるんだなというのと、全員同じ金額と分かって以降はやっぱり皆さん競争が始まりまして、正直言うと負けられない、あいつには負けられない、こいつには負けられないという、いい意味での競争意識が、着物のオリンピックみたいになっちゃったのかななんて感じに感じています。
最後に、オリンピックに向けて、その後ということなんですけれども、できれば、これは、済みません、夢物語で、決まってもいないので、こういうふうに公式に残っちゃうのはどうかなとか思うんですが、できたら、開会式、それぞれの選手団の前を日本人が先導しますよね、各国。そのときにこの着物たちを着ていただくことができると、それぞれの選手とその国をまたリプレゼントした着物を着ている方が一緒に歩いていけるというのは、これは日本人が務める、こういう演出がもしもあるとすれば、そういうところで使ってもらったり、若しくは、全員着物を着た方が最後どこか出てきて、やっぱり手をつないで世界が一つになるというシーンこそオリンピックの精神、平和の祭典であり文化の祭典であるというところにも合致するので。ただ、これは私たちもこうなるといいなぐらいの話で、なかなかどういうふうな演出の中で、また若しくは果たして採用していただけるのかどうかもまだ私たちには分かりませんので、是非よろしければ皆様からも御推薦いただければと。
その後といいますと、万博が決まりましたので、できればそこまでぐらいは私たちも頑張って活動を続けたいというのと、このプロジェクトそのもので海外に出向いていって、各地の主要な美術館であったりとか若しくはそういったイベントに丸ごと日本のPRの意味でも参加していければ、イマジンワンワールドという理念を世界に広める活動もやれればと思っています。
以上です。
この発言だけを見る →作者の皆様には、直接全部お会いしに行きました。今こういうことを考えているので先生よかったら参加してもらえませんかということを、当初は一軒一軒全部回りまして、口説いて回ったというのが本当です。
その金額的な問題というのは、私はそんな少ないとは思わないんですけれども、でもまた十分でもないと思っています。ちょうどいいぐらい。これはもう、私の本業の仕事で長年経験してきた、大体このぐらいの仕入価格でいいものが手に入るんじゃないかと、本当にいいものがですね、という経験値を基にその金額を指しましたので、向こうとしても断りにくいし、逆に、だからといってそれで大もうけができるとかということではないと思います。
ただ、言えることは、その差し上げた価値以上の着物を実際に作られているので、やはり日本人というのは本当に言われた以上のお仕事をなさるんだなというのと、全員同じ金額と分かって以降はやっぱり皆さん競争が始まりまして、正直言うと負けられない、あいつには負けられない、こいつには負けられないという、いい意味での競争意識が、着物のオリンピックみたいになっちゃったのかななんて感じに感じています。
最後に、オリンピックに向けて、その後ということなんですけれども、できれば、これは、済みません、夢物語で、決まってもいないので、こういうふうに公式に残っちゃうのはどうかなとか思うんですが、できたら、開会式、それぞれの選手団の前を日本人が先導しますよね、各国。そのときにこの着物たちを着ていただくことができると、それぞれの選手とその国をまたリプレゼントした着物を着ている方が一緒に歩いていけるというのは、これは日本人が務める、こういう演出がもしもあるとすれば、そういうところで使ってもらったり、若しくは、全員着物を着た方が最後どこか出てきて、やっぱり手をつないで世界が一つになるというシーンこそオリンピックの精神、平和の祭典であり文化の祭典であるというところにも合致するので。ただ、これは私たちもこうなるといいなぐらいの話で、なかなかどういうふうな演出の中で、また若しくは果たして採用していただけるのかどうかもまだ私たちには分かりませんので、是非よろしければ皆様からも御推薦いただければと。
その後といいますと、万博が決まりましたので、できればそこまでぐらいは私たちも頑張って活動を続けたいというのと、このプロジェクトそのもので海外に出向いていって、各地の主要な美術館であったりとか若しくはそういったイベントに丸ごと日本のPRの意味でも参加していければ、イマジンワンワールドという理念を世界に広める活動もやれればと思っています。
以上です。
渡
渡邊啓貴#24
○参考人(渡邊啓貴君) 御質問ありがとうございます。
一つポジティブなことからいえば、フランス人は日本的なデリカシーといいますか、柔軟さというか、これを理解するんですね。同じように理解してくれます。そういう意味では、よく言われるヌーベル・キュイジーヌなんかは日本料理をかなり取り入れていると、そういうことになろうかと思います。
ただし、ちょっと私も気が付くんですけれども、それ大変いいことなんだけれども、じゃ、その日本のブランドとか魅力というものは彼らの中で、これはフランスに限らずアメリカ人でもいいんですけれども、どのくらいの位置付けができているのかなというふうに思います。例えば、中国と比べて日本文化、どういう位置付けなんだろうと思います。中国ってやっぱり大きくて、お金を使ってダイナミックで、十九世紀のパリの万博のときに日本のパビリオンと中国のパビリオンはお隣同士にあったんですが、片方は派手で、日本はもう物すごく質素な感じ。これは逆に受けたんですけれども。
ただ、それを考えると、ちょっとこれ水を差すような話になるんですけれども、日本の漫画ってとても売れているんですけど、実は向こうのコミックに比べれば安いです。向こうのコミックが例えば二千円とか三千円の棚に、普通の本棚に入っている。日本の漫画は、日本でいえば文庫本みたいな扱いです。駅のキヨスクでも売っています。だから、流布はしているけれども、どういう値段が付いているのか、ありていに言えばですね。
これは万博のときに、十九世紀のジャポニズムの万博のときに、日本製品、全部売れました。売れた商品は何かというと、竹細工、紙細工、日本の伝統工芸です。このことが、日本の文化発信のときの、日本の文化の本当に親しみやすくて、伝統的で、自然に即して、そして親しみやすい、とってもいいコンセプトなんですけれども、彼らのうちで日本の文化あるいは日本という国のグレードがどういうふうに扱われているのかということに関係してこようかと思います。
そういう意味で、今日、文化外交戦略と申し上げたのは、そういう意味できめ細かく、ターゲットは何だろうか、評価はどういうことにあるんだろうか、それからどういう分野でどういう反応が来るんだろうか、こういうことをそろそろきめ細かく考えながらやっていく必要があるのかなということでございます。
御質問に答えての私の感想でございます。
この発言だけを見る →一つポジティブなことからいえば、フランス人は日本的なデリカシーといいますか、柔軟さというか、これを理解するんですね。同じように理解してくれます。そういう意味では、よく言われるヌーベル・キュイジーヌなんかは日本料理をかなり取り入れていると、そういうことになろうかと思います。
ただし、ちょっと私も気が付くんですけれども、それ大変いいことなんだけれども、じゃ、その日本のブランドとか魅力というものは彼らの中で、これはフランスに限らずアメリカ人でもいいんですけれども、どのくらいの位置付けができているのかなというふうに思います。例えば、中国と比べて日本文化、どういう位置付けなんだろうと思います。中国ってやっぱり大きくて、お金を使ってダイナミックで、十九世紀のパリの万博のときに日本のパビリオンと中国のパビリオンはお隣同士にあったんですが、片方は派手で、日本はもう物すごく質素な感じ。これは逆に受けたんですけれども。
ただ、それを考えると、ちょっとこれ水を差すような話になるんですけれども、日本の漫画ってとても売れているんですけど、実は向こうのコミックに比べれば安いです。向こうのコミックが例えば二千円とか三千円の棚に、普通の本棚に入っている。日本の漫画は、日本でいえば文庫本みたいな扱いです。駅のキヨスクでも売っています。だから、流布はしているけれども、どういう値段が付いているのか、ありていに言えばですね。
これは万博のときに、十九世紀のジャポニズムの万博のときに、日本製品、全部売れました。売れた商品は何かというと、竹細工、紙細工、日本の伝統工芸です。このことが、日本の文化発信のときの、日本の文化の本当に親しみやすくて、伝統的で、自然に即して、そして親しみやすい、とってもいいコンセプトなんですけれども、彼らのうちで日本の文化あるいは日本という国のグレードがどういうふうに扱われているのかということに関係してこようかと思います。
そういう意味で、今日、文化外交戦略と申し上げたのは、そういう意味できめ細かく、ターゲットは何だろうか、評価はどういうことにあるんだろうか、それからどういう分野でどういう反応が来るんだろうか、こういうことをそろそろきめ細かく考えながらやっていく必要があるのかなということでございます。
御質問に答えての私の感想でございます。
近
近藤誠一#25
○参考人(近藤誠一君) 古賀先生の御質問は、ソフトパワーを再認識する仕組みとおっしゃいましたが、日本人がということでございましょうか。はい。
人間は、全て自分自身を客観的に評価することがなかなか難しゅうございます。自分で自分の魅力と思っているものが必ずしも相手にはそう取られていないこともあるし、自分の気付かぬところが実は大変な魅力に感じられることもある。そういう意味で、日本の文化というのは、日本人自身の非常に奥ゆかしい性格もあって、なかなかこれが日本の文化だと言って、我々は、あるいはソフトパワーの源泉だと理解しにくいんですが、やはり外国に行って日本を見る、あるいはいろいろな文化的なイベントで外国人から日本の価値について聞くということで、次第に自分の認識も増してくる。私も二十年海外で暮らしたこともあって、日本の魅力というものをその経験である程度認識をしているつもりでございます。
今パリで行われておりますジャポニズム二〇一八、それから来年のオリンピック・パラリンピックを契機に日本博というのを大々的に総理の御指示もあって文化庁がやるようですが、こういったことで外国人にいろいろなものを見せて評価をしてもらう。それを反応を見ることで、あっ、こういうものが実は自分は気が付かなかったけれども魅力なんだなということが分かってくる。そうすれば、それをうまく料理をして、それとなく示すことで日本の魅力が伝わる。
そういうやはりやり取りがずっと続くことで、我々日本人自身の日本のソフトパワーに対する認識も高まるし、それをどうすればより効率的に相手に使えるかも分かってくる。そういう意味で、できるだけ、各、多くの分野の交流、文化交流ということを積極的にやっていく。それを政府が後押しをし、民間企業もいろいろ経済的なサポートをする。そういうことで次第に日本人自身も日本の魅力が分かってくると思います。
特に、最近は禅とか高野山が大変な人気だということは、これはちょっと日本人はびっくりするわけですけれども、そういう精神性、日本人の持っているそういう自然を愛する気持ち、ああ、そういうものが非常にソフトパワーになっているんだなということを我々は今感じ始めたところでございます。
この発言だけを見る →人間は、全て自分自身を客観的に評価することがなかなか難しゅうございます。自分で自分の魅力と思っているものが必ずしも相手にはそう取られていないこともあるし、自分の気付かぬところが実は大変な魅力に感じられることもある。そういう意味で、日本の文化というのは、日本人自身の非常に奥ゆかしい性格もあって、なかなかこれが日本の文化だと言って、我々は、あるいはソフトパワーの源泉だと理解しにくいんですが、やはり外国に行って日本を見る、あるいはいろいろな文化的なイベントで外国人から日本の価値について聞くということで、次第に自分の認識も増してくる。私も二十年海外で暮らしたこともあって、日本の魅力というものをその経験である程度認識をしているつもりでございます。
今パリで行われておりますジャポニズム二〇一八、それから来年のオリンピック・パラリンピックを契機に日本博というのを大々的に総理の御指示もあって文化庁がやるようですが、こういったことで外国人にいろいろなものを見せて評価をしてもらう。それを反応を見ることで、あっ、こういうものが実は自分は気が付かなかったけれども魅力なんだなということが分かってくる。そうすれば、それをうまく料理をして、それとなく示すことで日本の魅力が伝わる。
そういうやはりやり取りがずっと続くことで、我々日本人自身の日本のソフトパワーに対する認識も高まるし、それをどうすればより効率的に相手に使えるかも分かってくる。そういう意味で、できるだけ、各、多くの分野の交流、文化交流ということを積極的にやっていく。それを政府が後押しをし、民間企業もいろいろ経済的なサポートをする。そういうことで次第に日本人自身も日本の魅力が分かってくると思います。
特に、最近は禅とか高野山が大変な人気だということは、これはちょっと日本人はびっくりするわけですけれども、そういう精神性、日本人の持っているそういう自然を愛する気持ち、ああ、そういうものが非常にソフトパワーになっているんだなということを我々は今感じ始めたところでございます。
古
水
牧
牧山ひろえ#28
○牧山ひろえ君 立憲民主党の牧山ひろえです。
本日は、参考人の皆様、大変お忙しい中、「文化、人的交流などのソフトパワーを活用した信頼醸成の取組の課題」、このテーマに沿った大変ためになるお話、参考になるお話、本当にありがとうございました。まずは厚く御礼を申し上げたいと思います。
その上で、まず高倉参考人にお伺いしたいと思いますけれども、先ほどの陳述でのお話でもありましたとおり、高倉様は一般社団法人イマジンワンワールドの代表理事として二〇二〇年に向けてのKIMONOプロジェクトを進めていらっしゃる。これは、世界百九十六か国それぞれの歴史や文化のすばらしさを表現した着物を日本を代表する着物作家の皆様方の卓越した伝統染色や織りの技術によって制作され、世界をおもてなししようとされておられます。着物を通して、日本のすばらしい文化と技、和を重んじる精神性、「世界はきっと、ひとつになれる」というイメージを世界へ伝えていく、このことを狙いとされていらっしゃると聞いております。
それに関して御質問なんですけれども、このようなプロジェクトが成り立ち、日本そのもののソフトパワーとなっていただいていることについては、日本の着物というものに文化としての深みや魅力があることが大前提となっていると考えておりますが、日本の文化や特産品などで、着物で成立したような、海外でも認められる魅力のポテンシャルを持ちながらも、現状ではその魅力が十分に発揮されていない、国際的に評価を得られていないようなものというものはあるんでしょうか。もしそのようなもののお心当たりがございましたら、是非教えていただけましたらと思います。
そしてまた、そのような日本の隠れた魅力を再発見する方法ですとかあるいは視点などについて、何か思うところなどございましたら是非教えていただければと思います。
この発言だけを見る →本日は、参考人の皆様、大変お忙しい中、「文化、人的交流などのソフトパワーを活用した信頼醸成の取組の課題」、このテーマに沿った大変ためになるお話、参考になるお話、本当にありがとうございました。まずは厚く御礼を申し上げたいと思います。
その上で、まず高倉参考人にお伺いしたいと思いますけれども、先ほどの陳述でのお話でもありましたとおり、高倉様は一般社団法人イマジンワンワールドの代表理事として二〇二〇年に向けてのKIMONOプロジェクトを進めていらっしゃる。これは、世界百九十六か国それぞれの歴史や文化のすばらしさを表現した着物を日本を代表する着物作家の皆様方の卓越した伝統染色や織りの技術によって制作され、世界をおもてなししようとされておられます。着物を通して、日本のすばらしい文化と技、和を重んじる精神性、「世界はきっと、ひとつになれる」というイメージを世界へ伝えていく、このことを狙いとされていらっしゃると聞いております。
それに関して御質問なんですけれども、このようなプロジェクトが成り立ち、日本そのもののソフトパワーとなっていただいていることについては、日本の着物というものに文化としての深みや魅力があることが大前提となっていると考えておりますが、日本の文化や特産品などで、着物で成立したような、海外でも認められる魅力のポテンシャルを持ちながらも、現状ではその魅力が十分に発揮されていない、国際的に評価を得られていないようなものというものはあるんでしょうか。もしそのようなもののお心当たりがございましたら、是非教えていただけましたらと思います。
そしてまた、そのような日本の隠れた魅力を再発見する方法ですとかあるいは視点などについて、何か思うところなどございましたら是非教えていただければと思います。
高
高倉慶応#29
○参考人(高倉慶応君) 今ちょっと私の専門外のことにお答えすることもなかなかできないので、ただ、私の目に見て、海外から高く評価されているにもかかわらず、一番国内で評価されていないものの最優先が着物文化ではないかなと、そんなふうに実際考えています。
これを解決するのというのは、三、四十年掛けてやっぱり斜陽してきた産業であり、私は戒めを込めて申し上げれば、自分たち自身にも問題があるのではないかというふうに経済産業省の会議でも発言はさせていただきました。要は、自分たちが自分たちの首を絞めてきた、産業としてですね。だからこういう状況に至っているということはあるにしろ、失うには少しもったいない気がしております。
ですので、このプロジェクトも、世界に向けて、発信というのも押し付けではいけないので、やはり向こうのすばらしさをリスペクトするということを、じゃ、気持ちを形にするということが着物にするということだと思っております。これは確実に伝わりました。例えば、デンマークから皇太子御夫妻が見えたときも、ふだんであれば我々が招かれることはありませんが、私たち、着物を見せていって、大変喜ばれました。昨年の天皇誕生日には、四か国の大使夫人並びに女性大使が着物を着て両陛下の前に行きたいとおっしゃいました。これは、まさにそのリスペクトというものを感じてくださり、それに何か応えてあげようということの行動だと思います。
やはりそのリスペクトから始まったことに対する反応というのは非常に素直なもので、でも、そうはいっても着て大変だったんじゃないですかと聞いたら、いやあ、やっぱり動きにくいわねと。それがいわゆる素直な文化のやり取りの中から来てくるもの。でも、やっぱり一度着たらすごいとりこになったから、またそういうものがあったら着てみたいわというようなことを、これ各国の大使館から今もう毎日のように連絡が来て、今度国賓が来るから。残念ながら、これは内部からの要請ではないです。ほとんど海外からの、大使館からの要請がほとんどだというのが、まあ推して知るべしという部分ではないかなというふうに思っています。
是非、それこそゴールデンウイーク、今度十連休あるので、皆様方も多分外国に行かれる方も多いと思うんですけど、皆様方こそソフトパワーとなっていただいて、海外に行くときだけでいいんです、着物を着ていっていただければ。それがある意味、我々からすると、是非、ちょっとこういうことを言うと大変失礼だと思うんですけれども、よかったら海外に行くときだけでいいので着物を着ていっていただきたい。そして、何かしら、また向こうの感じ方とか、また質問が来ると思います。それで、答えられなくて困って、じゃ、またそのことを家で、家というか日本に帰ってきてちょっと学んでいただく、そういったことの繰り返しでやっていただければと思っています。
ちょっと質問の答えになっていませんが、済みません、これでお許しください。
この発言だけを見る →これを解決するのというのは、三、四十年掛けてやっぱり斜陽してきた産業であり、私は戒めを込めて申し上げれば、自分たち自身にも問題があるのではないかというふうに経済産業省の会議でも発言はさせていただきました。要は、自分たちが自分たちの首を絞めてきた、産業としてですね。だからこういう状況に至っているということはあるにしろ、失うには少しもったいない気がしております。
ですので、このプロジェクトも、世界に向けて、発信というのも押し付けではいけないので、やはり向こうのすばらしさをリスペクトするということを、じゃ、気持ちを形にするということが着物にするということだと思っております。これは確実に伝わりました。例えば、デンマークから皇太子御夫妻が見えたときも、ふだんであれば我々が招かれることはありませんが、私たち、着物を見せていって、大変喜ばれました。昨年の天皇誕生日には、四か国の大使夫人並びに女性大使が着物を着て両陛下の前に行きたいとおっしゃいました。これは、まさにそのリスペクトというものを感じてくださり、それに何か応えてあげようということの行動だと思います。
やはりそのリスペクトから始まったことに対する反応というのは非常に素直なもので、でも、そうはいっても着て大変だったんじゃないですかと聞いたら、いやあ、やっぱり動きにくいわねと。それがいわゆる素直な文化のやり取りの中から来てくるもの。でも、やっぱり一度着たらすごいとりこになったから、またそういうものがあったら着てみたいわというようなことを、これ各国の大使館から今もう毎日のように連絡が来て、今度国賓が来るから。残念ながら、これは内部からの要請ではないです。ほとんど海外からの、大使館からの要請がほとんどだというのが、まあ推して知るべしという部分ではないかなというふうに思っています。
是非、それこそゴールデンウイーク、今度十連休あるので、皆様方も多分外国に行かれる方も多いと思うんですけど、皆様方こそソフトパワーとなっていただいて、海外に行くときだけでいいんです、着物を着ていっていただければ。それがある意味、我々からすると、是非、ちょっとこういうことを言うと大変失礼だと思うんですけれども、よかったら海外に行くときだけでいいので着物を着ていっていただきたい。そして、何かしら、また向こうの感じ方とか、また質問が来ると思います。それで、答えられなくて困って、じゃ、またそのことを家で、家というか日本に帰ってきてちょっと学んでいただく、そういったことの繰り返しでやっていただければと思っています。
ちょっと質問の答えになっていませんが、済みません、これでお許しください。