白波瀬佐和子の発言 (国民生活・経済に関する調査会)
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○参考人(白波瀬佐和子君) ありがとうございます。
最初にしゅしゅっと何か弁解しちゃったんですけれども、その結果については分析がこれからですということなんですけれども。でも、ちょっと今、阿部参考人への質問とも関連して、やっぱりこういう意識調査の結果をどう読むかというのは非常に重要だと思います。特に、日本では意識調査の結果をまるで政策評価かのように御活用されるわけですよね。それについてはやっぱり若干距離がある。
今先生おっしゃったように、幸せかどうかということを言語的に、あなた幸せですかと、ううんと言うのが大体日本人で、ハッピーと言われたらイエスと言うのがアメリカ人。つまり、その言語的な大きなコンテクストの中で解釈をするということは、完全に多様な言語が標準化されていませんから、そういう意味で、今、吉川先生のということもあったんですけれども、この答え方も女性の方が悲観的で、男性の方が結構、悲観的というか、努力したら何とかなるよと思っているみたいで、でも、それは多分平均的なスコアだけを見ているのでその中身というのはちょっと精査する必要があるんですけれども、そこは、何というのか、どう受け答えているかの中身についてはかなりやっぱり深掘りしないと、その解釈においては、社会学者といえども、ちょっとやっぱり注意した方がいいかなと、ごめんなさい、思うこともあります。
それは、やっぱり判断基準が無意識のうちに画一的になっている。つまり、我々の世代だったら、うまくいけば外車だよなと。でも、逆に言えば、そういう、ある意味で、何というんだろう、目標値が画一的だったからそれに追っかけられたんですけれども、今の結婚行動もそうなんですけど、何歳までにという圧力が減っている分、自分で決めなきゃいけないんですよ。これ、物すごく大変なんですね。この人が私といいかしらなんというのは分からないわけですけど、何か親に言われて、もう行くぞみたいな形で結婚するということもありますし。ですから、そういう意味では、判断が非常に個人に委ねられているという点では今の方がそうですし、昔のように外車でなくてもいいという価値観で何で悪いのかと一回見てもらわないと、何か今の若者たちって元気ないよなと、そこで最初に入ってしまうと、彼らのポテンシャルを過小評価することになりますからと私は思います。
今の一人一人の子供たちは、昔に比べてそんなに元気がないわけでも悲観的でもなく、やっぱりポテンシャルという点では同じ程度持っていると思うんですけれども、そのポテンシャルをどう開花させてあげるのかという、我々の大人世代の方がどっちかというと準備ができていないのかなという。
済みません、越境しちゃったんですけど、以上です。