国民生活・経済に関する調査会

2019-04-03 参議院 全105発言

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会議録情報#0
平成三十一年四月三日(水曜日)
   午後一時開会
    ─────────────
   委員の異動
 二月二十七日
    辞任         補欠選任
     松川 るい君     井上 義行君
 二月二十八日
    辞任         補欠選任
     佐藤  啓君     中泉 松司君
     神本美恵子君     斎藤 嘉隆君
 四月二日
    辞任         補欠選任
     元榮太一郎君     中西  哲君
 四月三日
    辞任         補欠選任
     井上 義行君     中野 正志君
     中西  哲君     佐藤  啓君
    ─────────────
  出席者は左のとおり。
    会 長         増子 輝彦君
    理 事
                小川 克巳君
                松下 新平君
                山田 修路君
                真山 勇一君
                川合 孝典君
                伊藤 孝江君
                藤巻 健史君
                岩渕  友君
    委 員
                朝日健太郎君
                井上 義行君
                上野 通子君
                こやり隆史君
                佐藤  啓君
                自見はなこ君
                進藤金日子君
                豊田 俊郎君
                中泉 松司君
                中西 健治君
                中西  哲君
                中野 正志君
                森屋  宏君
                斎藤 嘉隆君
                難波 奨二君
                秋野 公造君
                宮崎  勝君
                平山佐知子君
   事務局側
       第二特別調査室
       長        塚本 禎宏君
   参考人
       みずほ総合研究
       所株式会社副理
       事長エグゼクテ
       ィブエコノミス
       ト        高田  創君
       甲南大学教授   阿部 真大君
       東京大学大学院
       人文社会系研究
       科教授     白波瀬佐和子君
    ─────────────
  本日の会議に付した案件
○国民生活・経済に関する調査
 (「あらゆる立場の人々が参画できる社会の構
 築」のうち、豊かな国民生活の実現に向けた環
 境の整備(経済・生活環境をめぐる課題と展望
 )について)
 (「あらゆる立場の人々が参画できる社会の構
 築」のうち、豊かな国民生活の実現に向けた環
 境の整備について)
    ─────────────
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増子輝彦#1
○会長(増子輝彦君) ただいまから国民生活・経済に関する調査会を開会いたします。
 委員の異動について御報告いたします。
 昨日までに、松川るいさん、神本美恵子さん、佐藤啓君及び元榮太一郎君が委員を辞任され、その補欠として井上義行君、斎藤嘉隆君、中泉松司君及び中西哲君が選任されました。
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増子輝彦#2
○会長(増子輝彦君) 国民生活・経済に関する調査を議題といたします。
 本日は、まず、「あらゆる立場の人々が参画できる社会の構築」のうち、「豊かな国民生活の実現に向けた環境の整備」に関し、「経済・生活環境をめぐる課題と展望」について参考人から御意見をお伺いした後、質疑を行います。
 御出席をいただいております参考人は、みずほ総合研究所株式会社副理事長エグゼクティブエコノミスト高田創参考人、甲南大学教授阿部真大参考人及び東京大学大学院人文社会系研究科教授白波瀬佐和子参考人でございます。
 この際、参考人の方々に一言御挨拶を申し上げます。
 御多忙のところ本調査会に御出席いただきまして誠にありがとうございます。
 本日は、皆様方から忌憚のない御意見を賜りまして、今後の調査の参考にいたしたいと存じますので、よろしくお願いを申し上げます。
 議事の進め方でございますが、まず高田参考人、阿部参考人、白波瀬参考人の順でお一人二十分程度御意見をお述べいただいた後、午後四時頃までを目途に質疑を行いますので、御協力をよろしくお願いいたします。
 なお、御発言は着席のままで結構でございます。
 それでは、高田参考人からお願いいたします。高田参考人。
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高田創#3
○参考人(高田創君) 初めまして。私、みずほ総合研究所の高田と申します。今回は、大変貴重な機会をいただきまして、どうもありがとうございました。
 それでは、こちらにございます格差から見た日本経済ということでお話をさせていただければと思います。(資料映写)
 一言で格差と申し上げますけれども、実は様々な視点があるのではないかというふうに我々感じている次第でございます。たまたまこちら、今御覧になっておられるところでございますけれども、ちょうど私、今手元に持っている本がございまして、ちょうど二年前に出した本なんですが、「データブック 格差で読む日本経済」という岩波書店から出したものがあるんですけれども、実はここで格差に関わる八つの通説を取り上げまして、なかなか実態と異なる部分があるんじゃないかというようなことをここに書かせていただいているということでございます。
 ここにございますような幾つかの論点、欧米とは違うんだということもございますし、また、不況になると格差が広がるかというような見方もありますが、実際、必ずしもそうではないのではないかという点、この辺のところの論点につきまして、今日は幾つか解きほぐさせていただければなというふうに思う次第でございます。
 それでは、まず最初に、まず全般的にグローバルな格差ということをちょっとお話をさせていただこうかなと思います。
 実は、この格差の問題は日本にとどまるわけではございませんで、今や世界に共通として流れる潮流と言ってもいいのかもしれません。この辺をちょっと見てみたいと思います。
 例えば、今から三年前でございますけれども、非常に、何というんでしょうかね、想定外といいましょうか、というようなことが起こりました。これがちょうど三年前、六月のブレグジットであり、またトランプ大統領が登場するということだったわけでありますけれども、実はこうしたものの背景にも格差というものが存在したんではないかということでございます。すなわち、世界各地で近年格差問題が非常に問題化しておりまして、政治、社会の不安定化、またその排外的な思潮の広がりというようなもの、こうしたものが、イギリスにおいてはブレグジットということでもございましたし、またアメリカでは事前の予想を覆してトランプ氏が大統領になるというようなこともあったわけであります。
 こうした潮流でございますけれども、ちょっと絵で示させていただきましたのがこちらのところということでございます。ちょうど国際的な格差問題、先進国においても新興国においても格差が拡大をしている、その構造をちょっと絵にしたのがこちらの絵ということになるわけであります。すなわち、冷戦の終結、また経済グローバル化、また新興国が台頭する中で、どうしても所得や資産が偏在が進行したということであります。
 上のところにあります先進国におきましては、一握りの富裕者層に富が集中するというような状況で、その結果として中間層の没落、縮小が起きた。トランプ現象なんというのはまさにそういったことだったわけですね。また一方で、この下のところにあります新興国といったところにつきましては、経済発展の影響が富裕層が出てくるということでありまして、中間層は拡大するわけでありますが、なかなか貧困から抜け出せない底辺層というものもできてしまうと。こういう二極化的なところが今動いているということであります。
 また、歴史的に考えたのが次の五ページ目ということになるわけでございますけれども、こちらにありますこの五十年間といいましょうか、七〇年代以降の金融の時代という中でやはり大きな格差が出たのではないかというのがここでの問題意識であります。
 中でも、七〇年代以降、変動相場制になる中で非常に市場化をしていくということ、そして八〇年代の後半にはベルリンの壁が崩れ、二〇〇〇年代以降、新興国も加わると。みんなが、いわゆる従来の東と言われたところも、また東西南北の南側と言われたところも市場化する中で、どんどんと世界的な格差が金融を中心とした潮流の中で拡大したというふうに考えることができるのではないかと思うわけであります。
 これをちょっと具体的に見たのが次のページということになるんですけれども、こちらは金融資産と世界全体の経済というものとを比較したものということなんですが、最近よく金融の世界で尻尾が犬を振り回してしまう時代というふうに言われることがございます。すなわち、金融資産が実物資産を大幅に超える世界が生じてしまったというふうに考えることもできるわけであります。
 先ほど、七〇年代以降、この五十年間と申しましたが、その起点となる八〇年代までというのは、ここにあります絵で見ていただきましても、金融資産と実物経済、ここではGDPにしておりますが、ほぼ一対一だったわけですね。これが二〇〇〇年代になってまいりますと、金融資産の方が実物資産よりも三倍多い一対三の状況になる。特に二〇〇〇年代の後半には一対三・五まで金融資産が大きくなるというような状況になったわけでありまして、こうした問題が十年前、百年に一度と言われたリーマン・ショック等につながったわけでもありますし、また、こうした中での世界的な格差問題というのが広がったというふうに考えることもできるわけであります。
 皆さんもよく覚えておられますのは、五年前でございますけれども、ピケティという人の本が、こんな分厚い本だったんです、結構有名になった時期がございました。この本自体は、「二十一世紀の資本」という本だったわけでありますけれども、資本主義がその中で格差の拡大のメカニズムを内包するんだというような絵でございまして、こちらにあります絵はこのトーマス・ピケティのものから取ったものなのでありますけれども、ちょうどこの格差が拡大するのがトレンドとして描かれているんではないかと、そんなことが言われたわけであります。
 こうした状況の中で、このグローバル化、それから格差、貧困の拡大の中で、いわゆるポピュリズムでありますとか地政学リスクというものが生じたということであります。
 先ほど、ブレグジットであり、トランプ現象といったことも申し上げたわけでありますけれども、先ほどから一貫して言えるのは、このグローバル化、テクノロジーの発展の中で、先進国の中で中間層が担っていたところがなくなってしまう。また一方で、貧困を背景として、移民それから難民というもの、こうしたものと先進国の中間層の没落と重なりまして、政治、社会の不安定化、そしてポピュリズムな動きが出てきていますし、また地政学的なリスクというものも広がったんだということになるわけであります。
 こうした状況の中、低所得者層や貧困層にも恩恵が及ぶいわゆる包括的な成長、インクルーシブグロースというものへの関心が結構高まっておりまして、今年はちょうどG20が日本でも開かれるわけでありますけれども、こうした中でも重要なテーマになり得ることになるんではないかと私は思う次第でございます。
 そういう意味で申し上げますと、実は世界的にこの格差の問題は大きな潮流の中にあるんだと、そういう中で、じゃ、日本はどうかということを次に考えてみたいと思います。
 ここでは、データの意味で、日本はどんな状況になっているのかというのをちょっとフェアに確認してみたいなということでございます。
 まず、格差ということを考える上でよく使われる指標がございます。これがよくジニ係数というふうに言われるわけでございますけれども、こちらジニ係数で見た場合はどうなんだということでございます。日本の所得格差というのは、全体的に見ると先進国の中ではやや大きめというんでしょうか、ここの絵にございますように、OECDの二十六か国の平均よりもちょっと大きいというくらいの状況になっているということでございます。
 また、次の絵で、一人当たりの所得格差がどうなのかというのをちょっと見てみたいと思います。
 左側のところにありますように、一人当たりの所得格差、当初の所得格差は、実はここの、今から二十年ぐらいでも結構拡大をしているというのがお分かりいただけると思います。ただ、再配分をしたもの、例えば税でありますとか社会保障ということを考えますと、再配分後の格差というものは縮小しているというようなところにつながっているということでございまして、必ずしも大きな所得格差が出てきているというわけでは、少なくともこの絵からは見えないということでございます。
 ただ一方で、いろんな角度から見る必要があるわけでありまして、次の絵のところにございますように、年齢階級別に見ておりますと、高齢者の所得格差が大きいということが、例えば左側、年齢が上がると格差が拡大するということでお分かりいただけるのではないかと思うわけであります。また一方で、この二十年間で現役世代は格差が拡大をし、これ右側の絵になるわけでありますが、六十歳以上は逆に、この所得再配分効果がありますので、拡大から格差が縮小しているような状況になっているという部分があるわけであります。
 また一方で、この資産の格差、所得に比べてどうなのかということが次の絵ということになるわけでございますけれども、資産格差は所得格差よりも大きいということがお分かりいただけるのではないかと思います。これは、資産、いろんなものがあるわけでありますけれども、例えば住宅とか宅地の場合は、例えばバブル期辺りは実は随分格差と言われたわけでありますが、バブル崩壊とともにその部分は意外と縮小してまいりましたが、一方で、貯蓄格差の方は拡大をしてきておりまして、特に高齢者の世帯の割合の増加から、こうした貯蓄格差の拡大がよく出てきているということでございます。
 また一方、正社員と非正規のところの格差というものも見ておく必要があるわけであります。こちらの左の絵でございますけれども、非正規雇用の比率は高止まりをした状況でございます。足下やや拡大は止まったような状況になってまいりますが、一方で、右側のところでございますが、年齢の上昇とともに正社員とそれから非正規雇用の賃金格差が非常に大きくなっているということがお分かりいただけるわけでありまして、これ私は、やっぱり重要な論点ではないかと思うわけであります。特に、この非正規雇用の社会保険、退職金、賞与の適用率というのは、どうしても正社員よりも低くなっておりますので、賃金以外の格差も大きいんだということ、特にこの右側のところの、年が進めば進むほど格差が大きいというのは今後も重要な点として考えるべきところだと思います。
 それから、次の絵でございますけれども、こちらが地域別というようなことでございまして、こちらにありますように、大都市の集中、それから地方のところの減少といったところがお分かりいただけるわけでございます。
 それでは次に、日本における格差問題、何が問題かということをちょっと考えてみたいと思います。
 こちらにございますのが、まず見ていただきたいところが格差に関する一般的な認識ということでございまして、ここでは格差と格差感というものをちょっとキーワードに使わせていただいているわけであります。
 どうしてもやはり格差に関する認識と実態との差というものがあるのではないかというところ、それから、どうしてもやっぱり一面的な見方、例えば非正規の雇用はネガティブであるとか、一方で、ばらつきという中で地方の問題、それから変化のテンポが拡大する中での富の集中でありますとか、こうしたようなところというものは、やや現実のものとやや過大に見られている部分というものもあると。それだけに、先ほどから申し上げておりますような、多面的に様々なデータを見て、いろんな角度から見る必要があるんだということだろうと思います。
 そういう状況の中で、日本においてはどの部分が格差として重要なのか、次の十八ページのところで御覧いただきたいと思います。
 ここでのキーワードは何かといいますと、縮小する中間層、特に低所得世帯が増加をしているというところでございます。これ、左側で見ていただきましても、年収五百万未満の世帯、いわゆる低所得者世帯といったところが拡大しているわけでございまして、特にこの右側のところで、勤労者世帯で見ても、この辺のところがやはり大きくなっているということでございます。もちろん、現在、一億総中流と言われた意識というものがもう大きく変化しているわけではございませんが、この中流の基準がずり落ちている可能性はあるというのは重要な点ではないかと思います。
 それから、次のページでございますけれども、年齢階級別の、これ、ここでは男性正社員にしておりますけれども、四十歳代の男性正社員の賃金水準が低下をしている。特にこれは景気後退期に三十代を迎えたといった部分は大きかったかと思いますが、後ほど申します、これ非正規のところも実は非常に重要だというところでもございます。
 それから、次の絵でございますけれども、いわゆる貧困ラインという議論がございます。これは一人当たりの所得の中央値の半分ということなんでございますけれども、こちらがやはり共に低下をしているというような状況が出てきているということでございます。
 それから、次のところでございますけれども、高齢者の格差の問題でございますが、高齢者の世帯は所得格差が大きいといったところも一つの特徴になっているということでございます。ただ、再配分による改善度は大きいということではございますが、この右側にございますように、高齢者の世帯の場合は有業であるかどうか、要は職業があるかどうかでかなり収入差が大きいんだということも重要なところということでございます。
 それから、特に高齢者のところでございますけれども、次のページにございますように、高齢の単独世帯が貧困リスクが高いというのも特徴でございます。特にこの単独世帯は所得が低いということになるわけでありますが、特に女性の単独世帯の場合は貧困リスク、これ右側のところになっておりますが、五〇%超と極めて高い状況になっているわけであります。
 すなわち、今、非正規雇用の比率が上昇している中で、将来、高齢期に貧困に陥る人が増える可能性があるということでございまして、特に就職氷河期に増加した非正規雇用者、この世代の方々が四十代に差しかかっているわけでございまして、この部分が非常に重要なところになるのではないかと思います。
 それから、今申しました単独ということでございますけれども、その背景にあるのが次の二十三ページでございまして、こちらにありますように、左側、生涯未婚率という概念なんでございますけれども、特に就職氷河期と言われた九〇年代に男性のところが急速に増えているというのがお分かりいただけると思います。右側にありますように、様々な課題が起きやすいといった点は重要かと思います。
 それから、次の絵ということでございますが、子供の貧困の問題でございまして、こちらのところ、親の所得水準が子供の教育水準にも影響する。ここにもありますように、両親の年収が高いほど大学の進学率が高い、いわゆる貧困の世代継承が進むリスクというものがあるという点でございます。
 四番目に、こちらに、今後の課題というものを考えてみたいと思います。日本の課題の処方箋は何かというのをちょっと考えてまとめにしたいと思います。
 一般的に言われますのは、不況になると格差がと言われるんですが、実際には景気拡大期に高まる格差問題でございます。例えば、一つは八〇年代後半のバブル期、また十年前のミニバブル期ということでございますし、また、足下もアベノミクス推進以降の中で高まっているというのは、実はこうした拡大期、資産格差が拡大する期というところに当たっているということでございます。
 こうした格差の固定化というのは確かに経済にマイナス部分というのはもちろんあるわけであります。やはり固定化というものは、消費の減退、それから少子化、また社会の活力の低下を通じて経済にマイナスが起こるわけでございますが、一方で、完全にフラット化するといいのかということになりますと、これもまた様々な勤労意欲というところにもなるわけでありまして、この均衡若しくはバランス、許容範囲がどこかというのを探るということもやっぱり今後重要な課題になるんだろうと思います。
 そういう意味では、ここ何年間につきましても様々な部分で対応が実施されてきたということでございまして、その部分を簡単に具体的に見てみたいと思います。
 まず一つは、こちらの二十九ページにございますような賃金のところでございまして、政策的に一つは最低賃金の引上げ幅というものもやはり重要なところになってきているということでございます。確かに賃金こうやって上がってきているわけでございますけれども、やはり一つターゲットに置く千円というにはまだまだ先という部分もあるわけでございます。
 また、国際比較で見たものが次のところということになるわけでございますけれども、最低賃金を設けている国と比べてやはり日本は低いというのがこの左側でございますし、また一方で、フルタイム労働者に対するパートの賃金というものは、日本の場合、この右側にありますように六割程度と非常に低いわけでありますね。ですから、引上げとともに、また非正規の方々の能力開発、また正社員への移行というものも重要だということでございます。
 また、こうした状況の中で最近話題になってまいりましたのがベーシックインカムという議論でございます。先ほどの議論の中の関連でもあるわけでありますけれども、低所得者を支える普遍的な社会の仕組みをどうするのかということで、グローバルにもこうした最低限の対応をしていこうではないかという議論が出てきている。また一方で、こうしたものを余りに平準化し過ぎるのがどうなんだという見方もあるということで、ただ、この辺はグローバルにもいろんな見方が出てきているというところは注目すべき点ではないかと思う次第でございます。
 それから次に、教育の問題でございますけれども、こちらの絵にございますように、日本は教育費は高いんですけど支援のところは意外と脆弱だというのがこのグラフのところに表れるわけであります。そういう意味では、高等教育に進学するまでの経済的な負担の軽減をどうしていくのかというのも重要な点ということになろうかと思います。
 今申し上げた点が幾つかの論点をいろいろな角度から議論させていただいたということになるんですけれども、最後に若干幾つかの提言みたいなところをさせていただいて、まとめにしたいなと思います。
 一つは、ここにございます、家族類型が随分変わってきたという論点ではないかと思うわけであります。
 よく、標準世帯という概念は、夫婦と子供、若しくは夫婦と子供二人と言われております。ここにありますように、ちょうど真ん中のところに夫婦と子供というところがあるんですけれども、従来はこれが一番多く、左側のところでは四二%であるわけでありますが、現在は三割を割り、いずれ二割、そして、いずれ単独世帯が最大になってしまうと。もう既にそういう状況になっているということになるわけでありますけれども。
 となってまいりますと、この単独世帯に、増加した、様々な対応というものが重要になってくるのではないかという点でございます。もちろん、ここにございますような住宅の問題、様々な対応ということもあるわけでありますが、これに関連いたしまして、この単独に対応した対応というものもグローバルにも出てきたということでございます。
 たまたま、ちょうど一年前でございますが、イギリスでは、ここに左側にありますように孤独問題担当大臣というようなものもできてきたというような状況でございまして、私は、日本においてもこうしたシングル社会担当大臣的なものも必要になってくるのではないかと。いわゆる家族というものが非常にベースとなる支えであったわけでありますけれども、こうしたものを社会としてどう対応していくかというようなものも一つこの格差の中では非常に重要な点なのではないかという点。
 最後の論点になりますが、最後の三十五ページでございますが、日本の場合、この格差の問題というのは、ここにもございますように、中間格差が拡大するだけではなく、中間層がずり落ち、また全階層がシフトダウンするような、ここでいうA、B、Cが合成的に進行している可能性が高いと。
 というふうになってまいりますと、日本においては所得の底上げをどのような形で対応していくのかというようなこともやっぱり重要なわけでございまして、こうした日本における特定の、特有の問題というようなところも含めた様々な議論、またそのベースとなるような把握というものも私は必要なのではないかという問題提起をさせていただいた上でまとめさせていただければと思います。
 今回は大変に貴重な機会をいただきまして、どうもありがとうございました。今後とも御指導のほどよろしくお願いいたします。
 失礼いたしました。
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増子輝彦#4
○会長(増子輝彦君) 高田参考人、ありがとうございました。
 次に、阿部参考人にお願いいたします。阿部参考人。
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阿部真大#5
○参考人(阿部真大君) 甲南大学の阿部真大と申します。本日はどうもありがとうございます。よろしくお願いします。
 私の方からは、地方の格差を考えるというタイトルでお話しさせていただければと思います。(資料映写)
 先ほど高田参考人の方から指摘がありましたとおり、現在、いわゆるグローバライゼーションというものに伴う資本と労働力、金と人ですね、の流動化によって国内の製造業、空洞化しております。いわゆる戦後日本を支えていた分厚い中間層というものが衰退、没落しつつあるという現状認識の方、先ほど高田さんの方からお話しされたと思います。
 そんな中、二〇一四年に、今からもう五年も前なんですけど、マイルドヤンキーという言葉が流行語大賞の候補となって注目を集めました。この言葉、当時、博報堂におられた原田曜平さんという人が付けた言葉なんですけど、この言葉をめぐる様々な言説とかイメージ、表象というものが、特に地方の若い人々の格差の問題について考える際、とても興味深い話だと思いましたので、本日はこのマイルドヤンキーというものの表象とその実態についてお話ししつつ、地方の格差ですね、特に地方の若者の格差の問題について考えていきたいと思います。
 このマイルドヤンキーという言葉は、マイルドになったヤンキー、ヤンキーって不良少年という意味なんですけれども、まあマイルドになってしまったら不良少年も何もないと思うんですけれども、地方都市に住んでいて、低学歴、低収入ながら地元が大好きで、人間関係を大切にして独特の消費文化を育んでいる若者たちのことを指すわけです。
 私が注目したいのは、この言葉がすごくはやっていろんな人に使われたことで、彼らの、マイルドヤンキーは幸せだということを強調するような言説であるとか言葉がインターネットを始めとしたメディア上に氾濫したことなんですね。原田さん自身は、マーケッターとして、彼らが幸せかどうかという話については慎重なんですね。だから、余りそのことについては語っていないんですけれども。ただし、この言葉が流行語になった途端に人々の間で、いわゆる市民の間でそういった彼らは幸せだという言葉が生まれてきたということにまず注目したいわけです。
 具体的には参考資料の方に配らせていただいたものの中で幾つか紹介されているんですけれども、ここでは紹介していないんですけど、まあ簡単に言うと、都会に住んでいて高学歴ながら競争社会にもまれながら生きている自分たちよりも、地方で、学歴が低くて貧しいながらも、子だくさんで趣味を楽しんでいて家族と仲のいいマイルドヤンキーの方はひょっとして幸せなんじゃないかというような、そんなような言説ですね。そんなようなものがすごく氾濫したということに注目したいわけです。具体的にはちょっと参考資料の方を見ていただきたいと思うんですけれども、ここではちょっと紹介しません。
 私、社会学をふだん教えているんですけど、社会学では、やっぱり幸せというものをすごく大切な指標として見ていくわけですね。人々の主観的な幸せというものは、その人の所属する、準拠集団というんですけど、準拠集団の中で測られるとされているわけですね。つまり、問題というものは、もちろんこれ相対的なもので、誰かに比べて私は奪われている、誰かに比べて自分は損しているという、相対的剥奪感というんですけれども、それこそが重要であるとされているわけです。
 となると、同じような村的な世界、まあ僕も地方出身なので何となく地方のリアリティー分かるんですけど、すごくよく似たもの同士で集まって生きるような、そういう村的な世界に住んでいるマイルドヤンキーである彼らは、例えば、大都会に出てきた大卒の若者のように、外の世界を知らない、東京を知らないため、いわゆる同じ生活水準の仲間同士、相対的剥奪感を感じることなく仲よくできるというわけですね。だから、この話自体は、僕がふだん学生に話していても何となく理解できるようで、確かに彼ら幸せそうだよね、こういった言説が流行するのも分かるような気がするわけです。ただしかし、これ格差に関する問題で、このことが本当にそうだとしたら、ある意味社会学の常識をひっくり返すような画期的な発見になるんですね。
 ここで一つ皆さんに知っていただきたいのは、アメリカの社会学者のマートンという人の唱えたアノミーという概念です。
 ちょっと説明させてもらいますと、マートンは、メディア等を通して、目指すべきリッチなライフスタイル、これは文化的目標というんですけど、こうなりたい、ああなりたいというライフスタイルは喧伝されているが、格差の下にいる貧しい人々にはそれをかなえるすべ、これは制度的手段というんですけれども、がない。にもかかわらず、常に成功せよ、上に上がれという圧力が掛かり続ける状態が続いていると、これ、いわゆるアメリカンドリームというものなんですけど、この状態をマートンはアノミーと名付けたんですね。要するに、ああなりたいけれども手段がない状況、これが問題であると。そうすると、彼らはどうするかというと、合法的でない手段、非合法な手段、制度にない手段で目的をかなえようとするわけですね。マートンはこのようにして、アメリカにおける犯罪発生率の高さを説明したんですね。
 ここで、先ほど御紹介したようなマイルドヤンキーはお金がなくても幸せだよというような、そんなような議論が本当だとしたら、日本というのはアノミー論の例外と考えられるわけなんですね。そうだとすると、これ社会学的には大発見なわけです。要するに、格差はある、でも彼ら格差気にしない、なぜなら貧しい者同士生きているから。そうなると、問題の深刻さもアメリカと比べて日本かなり変わってくるわけですね。
 まず最初にちょっとこのお話をした上で、社会学ではそういったイメージだけじゃなくて実態を見ていくというのが、これが社会学者の仕事なわけですね。
 最初に紹介したいのがこの本なんですけど、「日本の分断 切り離される非大卒若者(レッグス)たち」という本なんですね。これ、吉川徹先生という方が、二〇一八年、光文社の方から出された本なんですが、レッグスというのはライトリー・エデュケーテッド・ガイズということで、低学歴な人々ということですね。
 この本では、階層帰属意識、自分がどの階層に属していると感じているか、あと生活満足度、あと幸福感、あと主観的自由というこの四つの指標から成るポジティブ感情のスコアが、二〇一五年に行われた階層と社会意識全国調査を基に示されているわけですね。となると、吉川先生の分析によりますと、ポジティブ感情は若年大卒女性が一番高い、その次に若年大卒男性、若年非大卒女性、若年非大卒男性の順に並んでいることが示されているわけですね。
 最終的に吉川先生はこう言います。彼ら、いわゆる非大卒者のポジティブ感情は、比較的幸福、まあ若年層は比較的幸福度は高いんですけれども、中にあっても最も低く、社会的活動については総じて活動頻度が低いと。政治的な理解や関心は弱くて、選挙への参加にも消極的だと。他方で、留学や海外旅行など海外には目を向けない内向き志向が強く、教養や文化的活動への志向も希薄だというわけです。大学進学への志向も当然予想されることながら強くはない。その上、喫煙、飲酒の嗜好が強くて、自らの健康についての日常的な配慮も十分ではないということがこの二〇一五年の調査から分かったということを言うわけですね。
 この調査は全国調査でありますので、じゃ地方はどうなっているかということで、続いて、轡田竜蔵さんという、現在同志社の先生をやっているんですけれども、彼が吉備国際大学という岡山の大学にいたときに、広島県三次市と府中町というところで調査をして、その調査をベースにした本の中からちょっとこの点について見ていきたいと思います。
 この本でもやっぱり学歴による格差というものは言われていまして、現在の生活水準が一般的家庭と比べて高い方である、又は自分の将来に明るい希望を持っている、今までの人生を振り返って達成感がある、自分は幸せだと思う、毎日の生活が楽しいと感じられると答えた人が、大卒以上が高卒を上回っていることが示されているわけですね。
 轡田さんいわく、こういうことを言いますね。学歴による満足度格差は、単に経済的な意味だけでなく、これ先ほどの吉川さんも指摘していますが、もちろん経済的な格差は学歴格差とともにあるわけです、それだけでなく、収入やそういった生涯年収だけでなく、経験値や人間関係などの存在論的な価値を含む格差を意味していると考えられると轡田さんはおっしゃっています。
 ここまでは人のしてきたデータを使いながらちょっと話させてもらったんですけれども、私が今研究会のメンバーに入っています、トランスローカリティ研究会というのを今やっているんですけれども、そこで青森二十代—三十代住民意識調査というものをやりまして、これつい最近、公益財団法人マツダ財団寄附研究で行わせていただいて、むつ市とおいらせ町で調査を行ったんですね。こちらの方でも余り若い人に絞った住民意識調査というのをやられていないのでやったんですけれども、岩田考さんという桃山学院大学の先生の書いた第六章「「自身の人生」「日本社会・政治」「学歴・年収」から見たむつ市・おいらせ町の若者」というところの分析で、自分の人生に対する評価が、六項目中二項目、これどの項目かといいますと、自分と異なる世界の人たちと出会う機会に恵まれ、視野を広げられていると思う、あと自分は人の役に立っていると思うという、その二項目において、いわゆる非大卒が大卒に劣っていることが示されている。一方で、大卒が非大卒の人たちに劣っている部分は一つもスコアとしてはなかったということが示されます。
 要するに、どういうことを言いたいかといいますと、こういった実際の統計調査の結果からは、いわゆる低収入、低学歴のマイルドヤンキーの人たちは幸せということは言えないということが分かるわけですね。物すごく分かりやすく言うと、やっぱり学歴であるとか階層というものと幸福度、人生の満足度というものは完全に比例関係にあるということが分かるということが言えると思います。
 ここまでがいわゆる実態ということなんですけれども、では、なぜそうでありながらこんなようなマイルドヤンキーは幸せだ論というのが流行したのかということをちょっと考えてみたいと思うんですね。
 これには、大都市の人々の事情、いわゆる都会に住む人たちの事情と当の地方に住む若者の事情、両方があると思います。
 大都市に住む人々の事情としては、事彼らが地方の姿みたいなものに自らの願望を投影してしまうということが考えられるわけですね。これは社会学ではよく使う議論で、オリエンタリズムと呼ばれるんですけれども、オリエンタリズムというのは、要するに、東洋の人を西洋の人が見るときに、西洋にない美しいものを東洋に見ようとするわけですね。そうすると、例えば、すごく分かりやすく言うと、日本人の女性は家庭的だとかという、そういうすごく分かりやすいオリエンタリズムだと思うんですけど、要するに、自分たちにない何か願望をその地方に投影するというのはよく言われることなんですね。
 それはまさしく東京と地方の間でも起きていまして、私、これを押し付け地方論と呼んでいるんですね。去年出させていただいた本で、「「地方ならお金がなくても幸せでしょ」とか言うな!」という本があるんですけど、これは物すごい分かりやすい単刀直入なタイトルだと思うんですけれども。どうしても、地方の人たちというのは人間関係もすごく分厚いし、コミュニティーもあるから、格差問題深刻と言われるけど、彼らは何となく幸せにやっているんじゃないとついつい東京にいると思ってしまいがちであると。でも、実際東京を見てみると、全然そんなことはないということなわけですね。
 つまり、地方というのは実際はグローバライゼーションの最前線なんですね。僕の出身である岐阜市の近郊に行っても、物すごく外国人の方増えていますし、実際は東京とか大阪以上にグローバライゼーションの最前線であり、そういった厳しい格差にさらされているにもかかわらず、そこがグローバライゼーションの影響を受けていない昔ながらの田舎、桃源郷のように語られるという、そういった問題は、一方で都会から地方を見る人の視点の側にはあると思います。
 一方で、実際に地方の若者たちの事情もあると思うんですね。それがいわゆる犯罪率の低さというものなんですけれども、ここで、地方の若者の格差はこれだけあるわけなので、犯罪率、マートンが言うようにこれだけ高いですよというようなデータをお見せできれば話はきれいにまとまったと思うんですけど、どれだけ調べてもそういうデータは出てこないわけですね。むしろ、現在、犯罪率というと高齢者の犯罪率の増加ということが特に犯罪白書等では強調されているわけですね。若い人に関しては、いわゆる犯罪率というのはそれほどは高まっていないということです。
 これがどうしてかということを考えたいわけですね。実際に格差はある。不満は抱えているし、幸福度に関しても格差はあると。しかし、彼らは幸せそうに見えるし、犯罪率も低い。彼らはアメリカの若者たちに比べて真面目なのかということをちょっと考えてみたいんです。
 実際に、これもデータを見てみると真面目だということが分かるわけですね。そのヒントを、再び吉川先生の「日本の分断」という本の中にこのヒントを求めたいと思うんですけれども、吉川先生、現代日本のレッグス、いわゆる低学歴の若者たちの取っておきの長所として、努力主義のエートス、エートスって社会学の用語なんですけど、心性、メンタリティーというものを挙げているわけですね。
 これ、大きな資産を持てるようになるかどうかは本人の努力次第だという努力主義のスコアですね。頑張れば何とかなる、頑張れば階層上昇がかなうというスコアは、若年非大卒男性で一番高いと。そこから若年大卒男性、若年非大卒女性、若年大卒女性の順になるんですけれども、そういうデータを示すわけですね。
 また、先ほどの私も参加しております青森調査の方でも、岩田さんが挙げている分析だと、今後の人生では無理をしてでも高い目標を立ててチャレンジしようと思っているという問いに対して、学歴で余り差が出ないですね。これ、普通に考えると大卒の方が多分高くなるはずなんですけれども、彼らの方がチャンスを与えられているわけなので、でもそれ差が出ないわけです。
 これ、まあマイナス方向で捉えると、いわゆる自己責任論というのが低学歴の人々にも浸透していると考えることができるんですけれども、あえてここではちょっとプラスの方向で考えさせてもらうと、吉川先生も言っているとおり、いわゆる、彼らは実際、現状は結構厳しいんだけど、何かその文化的目標をかなえるための制度的手段がまだあると信じられているということが考えられると思うんですね。それはまさしく、総中流社会であった戦後日本社会の強みがまだ彼らの中のメンタリティーに残っているとも言えるわけですね。
 ただ、このままほっておいていいのかと。このままほっておいて、格差がどんどん広がっていって分断状況が長引いていくと、いわゆるこの努力主義というもの、それも失われてしまうと思うんですね。吉川先生は、今から取り組めば、彼らの心が折れてしまう前に、近未来の社会の軌道修正をすることが可能ですと言っています。
 というわけで、最後に、この問題前にして何をすればよいのかという政策的な課題について見ていきたいと思うんですね。
 ポイントは、個人を強くする就労支援というものとキャリアラダーの整備、この二つです。これが政策的な提言に当たると思うんですけれども、順に見ていきます。
 まず、個人を強くする就労支援ということなんですけれども、なぜ個人というものを強調するのかというと、地方の若者の支援というと、特に地域経済を強くするというような話が出てきやすいわけですね。そうすると、地域先行の議論になってしまうわけです。もちろんそれも大切なんですけれども、やっぱり大切なのは、地域の幸せじゃなくて彼ら一人一人の個人の幸せだと思うんですね。
 先ほども紹介した轡田竜蔵さん、広島県での調査結果について、経済学者のアマルティア・センの潜在能力アプローチというものに注目しつつ、こう言っています。これ、実際のデータに出ていることなんですけれども、地元外での生活経験があって活動の範囲が居住地域を越えて広がっている人は、生活や人生の自己評価が高い傾向があることが分かったと。地元外の生活経験がない、ずっと地元層について言うと、居住地域以外に世界が広がっておらず、そのためにネガティブな自己評価をしている者の比率が高い。個々人の生活や人生の選択肢を広げるためには、地元、地域を越えた多様な他者との豊かな関係性に開けていることが大切であると言えると轡田さんは言っています。
 就労支援ですね、いわゆる積極的労働市場政策、まあ働けない人又は低い地位にいる人をアクティベートして労働市場に包摂していくようなそういった政策なんですけれども、これが重要なのは、個人の潜在能力を高め、地域を越えるトランスローカルな力をその人に与えるからだと思うんですね。さきに挙げたように、自分と異なる世界の人たちと出会う機会に恵まれ、視野を広げられていると思うという点において高卒者が劣っているとしたら、トランスローカルな関係性の構築、これが彼らのポテンシャルを引き出す一つの方法になり得るかもしれないです。
 もう時間になりましたので、最後にちょっと簡単に説明させてもらいます。
 もう一つはキャリアラダーの整備ですね。
 本当はここが一番言いたかったことなんですけど、就労支援を幾ら充実させても、その受皿がないと余り意味がないわけです。例えば、この資格を取れ、こういった就労支援をして実際にもう少しお金が稼げるようになると言っても、その資格がいまいち使えないものだとしたら、それは彼らのやる気というか努力主義をくじけさせるような要因になってしまうということで、私が注目したいのがキャリアラダーという概念ですね。この概念は、低賃金職といわゆるディーセントワーク、そこそこ稼げる仕事の間の、その差の間に、キャリアがないがゆえに実際にキャリアアップすることができないという、そういう問題について考えているものです。
 日本の文脈に引き付けて言いますと、例えば介護と看護の問題があります。看護師足りていません、介護士も足りていません。でも、看護と介護は別建てで資格があるので、介護でどれだけ経験を積んでも看護の方にそのキャリアがつながっていくことがないわけですね。これはほかの国だと問題になっていて、ほぼ看護に関しては介護と看護は一本化されています。
 そこで、その間に細かいキャリアアップの道を付けていって、先ほどもお話にありましたようなシングルマザーの人が働きながらキャリアアップできるような、そういった仕組みが整えられているわけですので、これ私、介護と看護の一元化と言っているんですけれども、そういったキャリアアップと賃金の上昇を伴うような、そういったキャリアシステムの整備というものが必要であり、それに関しては政治の役割というものが極めて重要であるということ、就労支援の充実とキャリアラダーの整備、この二つの政策的重要性についてお話ししたところで、私からの報告を終えたいと思います。
 ありがとうございます。
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増子輝彦#6
○会長(増子輝彦君) 阿部参考人、ありがとうございました。
 次に、白波瀬参考人にお願いいたします。白波瀬参考人。
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白波瀬佐和子#7
○参考人(白波瀬佐和子君) よろしくお願いいたします。
 本日はこのような機会を与えていただきまして、大変ありがとうございます。現在進行形で考えていることを含めて、今日お話をさせていただきたいと思います。(資料映写)
 題は、これからの日本の在り方ということで、最初に会長の方からありましたけれども、あらゆる人々が参加できる社会を目指してどのような具体的な考え方なり政策の展開の仕方があるのかということで、その検討の際の少し参考になればというふうに考えております。
 全体の話の流れということなんですけれども、実は、最初の高田先生のデータは、私の、どちらかというとその前提条件というか非常に基礎的なデータで若干重なっていますので、私としては大変有り難いなというふうに考えております。実態把握ということで幾つかデータをお見せして、それはできるだけ早くお見せして、考えていることを中心に話をしたいというふうに思います。
 これまでから、少し、奇跡的と言われた経済成長ということで、六〇年代、高度経済成長、実は若年層の中にもそういう価値観というのがまだ残っているんじゃないかという話もあったんですけれども、平等社会日本という言説ですね、特に七〇年代終わりから八〇年代にかけてということがあったんですけれども、九〇年代に入る頃になって格差議論が出てきます。
 ただ、ここでは大きく二つの流れというか異なる言説がありまして、最初の一億総中流社会の基礎になっているデータは意識調査です。社会を例えば五つに分けるとすると、あなたはどこにいるでしょうかという調査です。その質問に対して大体真ん中ほどという結果をもって、日本の人たちは大体真ん中にいるみたいだというふうに思っていて、不平等を考えていない、感じていないよという、こういう言説が生まれたわけです。
 九〇年代に入る頃、格差議論があったのは、これはジニ係数、いわゆる最初の高田先生からもありましたように、全く平等な社会を想定した場合から実際の世の中はどれだけずれていますかというのがある意味のジニ係数の意味なんですね。そのずれをもって比較をして日本というのはどれぐらい平等ですかといったときに、橘木先生の方から、実はそんなに平等じゃなくてアメリカと同じぐらい、あるいは高い不平等だよと、こういう話です。実は、その背景にあったのが急激な人口変動、特によく聞かれるのが少子高齢化ということです。
 未来の社会の構想ということになりますと、この社会を構成する人々の年齢構成、この年齢構成が人個人のライフステージの位置と連動していますので、六〇年代とは違った多くの人々のライフステージのありようと制度との関係をこれからどういうふうに考えていくかと、こういう議論になってきます。結論から申し上げると、今日強調したいのは、ダイバーシティーという考え方がいかに大切かということであります。
 これもよく授業の方でも見せるんですけれども、急激な人口変動ということで、一九六〇年代と、それから四半世紀近くになった二〇一五年の、いわゆる中間年と言われている国勢調査の結果なんですけれども、高度経済成長、政策がうまくいった、産業政策がうまくいったというような議論もありますけど、足下のところで非常に潤沢な労働者がいたということ、非常に質の高い労働者がいたということと、社会的に面倒を見るべき高齢者層がこういう形で、赤いところなんですけど、非常に少なかった。それがメタボになりまして、これから現役層に入っていく人たちがすごい小さくなって、上の社会的にも支えなきゃいけない人たちがこんなに多くなりましたよということであります。視覚的に見ても、このような形で非常に世の中の人口の構造が変わってきた。
 私も実は社会学なんですね。言っていることはちょっと違うかもしれないんですけど、社会学を専攻しております。この人口変動というのは非常にマクロな話なんですけれども、それを少しミクロな観点から、つまり個人とか家族の観点から解釈しますとどういうことが起こっているか。これも高田先生の方からありましたけれども、世帯構造あるいは家族類型と言われるわけですけれども、三世代世帯とかよく言われると思うんですが、これ世帯構成ですね、世帯構造、これが変化してきて、独り暮らし、夫婦のみ世帯が増えてきたと。
 それは具体的にどういうことかというと、平均的な世帯規模が小さくなってきた。これは単独世帯、独り暮らし世帯ということと連動します。この独り暮らし世帯が増えてきたという背景には、高齢者が一人でも暮らせるようになった経済的な背景があるという側面もあります。ですけれども、例えば少子化という観点からすると、日本というのは、結婚ということを契機に自らの世帯を半永久的に持つわけですから、結婚の時期が遅れますと親との同居期間が長くなるわけですけれども、親も高齢化して、親が亡くなると、結婚しないで独り暮らしになると、こういう形になります。
 そういう場合の家族規模の縮小というのが一体どういう意味を持つのか。これはマクロ的には、もう年金との関係もあるんですけれども、世代間のアンバランスがありますし、異なる世代の社会的な経験の違いですね、親は自分の生活が豊かになると思って大きくなり、仕事をしてきた、将来の構想もできた、しかしながら、自分の子供を見ると、自分と同じようにはどうも豊かにはなってくれない。実は八〇年代の、もうこれも九〇年代、ニューヨーク・タイムズにも出ていたんですけれども、いや、よく考えたら、自分の子供たちって決して自分よりも豊かにならないでしょう、これがやっぱり全体の世の中の将来に対する見方を非常に悲観的にします。これが将来への見通しの悪さということにあります。
 このようなマクロな、まあ社会的な意識というのは基本的には平均値なので、個人一人一人の幸せ感とか一人一人の満足度とはちょっと違うんですけれども、そういうマクロな意識の固まりの傾向が人々の一人一人の生き方の違いと連動しているという、こういうことになります。
 これはジニ係数。これは高田先生からもありましたので、この辺りは、マクロな不平等の違いというのは、八〇年代から見ますと確かに右上がりにはなっているんですけれども、それ以降についてはそんなに大きな、マクロのところで急に大きくなったり下がったりとかというのはなくて、全体の傾向というのはある意味では安定的なんですけれども。
 これを国際比較してみますと、これも高田先生からもありましたように、日本の位置はそんなに低くもないけれども高くもない。これ、右側の下の方にジャパンというのがあるんです、右側に近いところにジャパンというのがあるんですけれども、この縦の棒がジニ係数で、貧困率というのに低い方から高い方でちょっと並べてみたんですけれども、アメリカに近いような形で貧困率もありますねということです。
 ただ、貧困率というのは、これは全体の貧困率ですけれども、子供がいる世帯から子供の貧困率を算出したり、高齢者から貧困率を算出しますと、あるいは若年層で貧困率を算出しますと、それぞれ順位が変わってきて、実は若年層の貧困率、二十代から三十代初めですね、貧困率はOECDの中でも比較的高い位置にあります。高齢層については比較的高いというのは既に言われているんですけれども、若年層も高い。
 これは、実は所得についてはよく高齢化の格差とともに議論されるんですけれども、所得は世帯を中心に見ています。それは、人々の生活が世帯という一つの消費単位の中で営まれているので、一人一人、若者といっても、世帯主、親と同居していたらその家族の中に入っていると、こういう構造です。
 世帯主の年齢分布というのを、向かって先生方の左側なんですけれども、見てみますと、これ九〇年代から二〇一六年ということで、国民生活基礎調査という厚生労働省のデータを研究で貸し出してもらってやった結果なんですけれども、こんな形で非常に世帯の年齢分布が変わっています。
 それで、これとともに世帯階層別にジニ係数を見たのが右側で、これも高田先生の結果と一致しているんですけれども、高齢層でジニ係数が下がっている。これはどういうことかというと、やっぱり大きく貢献しているのは全体の社会保障の底上げです。特に、女性の独り暮らしというか、女性の年金権が出てきていますので、貧困層が上がって、かつては七〇%も高かったんですけれども、それが高いけれども五〇%になっていると。それが全体としては低くなっているという、こういう構造になっています。
 ただ、全体としてはジニ係数上がっているということですね。非常に高いところは、若年層で、二十代のところは上がっているんですけれども、それは少子化とともに、この二十代の世帯を形成している世帯主が、全体の晩婚化に比べると、いわゆる統計的にはセレクションバイアスと言いますけれども、誰がこのデータの中に出ているのかといったら、全体の晩婚化の中では若干早く結婚して自分で世帯を営んでいる人に近い人がここへ出ていると、こういうことになります。これが意識のところで、ちょっと阿部先生からも議論があったんですけれども、一つ強調したい。
 これ、きっと面白いだろうなと思うんですけれども、私は面白いと思いました。国際比較研究でミクロデータがあるんですけれども、そこで自分の父親と自分自身の地位を比べるとどうですかといったときに、大体同じぐらいというのが真ん中ですね。いや、自分の方が地位としては低いよと、対象者は自分自身ですから、自分自身から見てお父さんはということなんですね。この青いラインは、実は日本なんですね。若い人たちは、自分の親よりも自分自身の社会的な地位が低いというふうに言っている人たちが明らかに多くなっていますという。この結果についてはこういうことです。ただ、どういう人たちがこうなのかという細かい分析までは今回は持ってきておりません。
 今、全体の格差ということでは、世帯規模の縮小と貧困率の違いとか、それと未婚化、晩婚化ということで、未婚の子供がどこにいますかということをちょっと持ってきたのが右側なんですけれども、やっぱり年齢が高い未婚子、結婚していない人たちが親と一緒に暮らしているという割合はどんどん増えていますので、特に男性の方で増えていると。実は、高齢層で、その子供も高齢な、もうなっているんだけれども結婚していなくてという人たちは、貧困層というか、経済的な困難度としても非常にリスクは高くなっているという、こういうことです。
 これは、高齢層として、その背景的にどういうことが言われるかというと、これはもう資本ということと連動するんですけれども、全体がやっぱり、自分自身の生活は社会的な移転、代表的には年金ですね、これでもって生活している人がどんどん多くなりますよというのが向かって右側のラインです。ですから、全体の格差なり経済的な不平等度を見るときには、自分の雇用の収入だけではなくて、社会的な移転ということもより考えなくてはいけないということと、資本という点では、これも既に高田先生からも言われているんですけれども、自分の所得だけということになると、働いている人たちがどんどん少なくなりますので高齢層は収入、所得が下がります。
 ただ、蓄積という点では、平均値ですけれどもかなり上がる。ただ、高齢層の中でもゼロ貯蓄という人たちが一割以上、その割合は高くなっておりますので、そういう意味では、資本を入れた形で、ストックを入れた形で全体を見なくてはいけない。ただ、自分の蓄積、貯蓄の額が多ければ大きいほど実は親から遺産を継承したという割合が多くなっているというのが向かって左の調査結果であります。この辺りはもう基本的なところですので、データですので、もう御存じのところであります。
 ですから、特に年金、医療というところで社会的には非常に、これを負担というのかどうかということもありますけれども、社会保障給付費が上がっていると。
 これもライフステージの話なんですけれども、再分配というところでは全体としては若干改善されているんですけれども、それは社会保障制度の再分配効果が高齢層に偏っているので自然増している部分もあるんですけれども、これがより具体的なところで、やはり高齢層の再分配効果にかなり偏った形で社会保障制度が形成されていて、これはその他の福祉というところとよく議論されるんですけれども、若年層を社会保障制度の中でどう入れ込んでいくのか。今までは現役層と高齢層という形で世代間の再分配ということがあったんですけれども、なかなかそれだけでは立ち行かなくなっているよということ。
 そして、現役層の意識という点では、実は現在の方が苦しいよと言っている人の割合が増えていて、その背景には、例えば自分の子供、成人してうちにいるというケースが増えていますので、その被扶養者が同居するということが結局自らの暮らし向きを悪くしているということです。
 それで、結局、ここまで来て何を言いたいかということなんですけれども、やはり日本というのは、これも議論があったんですけれども、世帯との構造、あるいは家族との関係で形成されてきたという部分がありまして、特にそれは前提条件としてあったんですね。その前提条件として、それが標準型家族とかって言われているんですけれども、ポイントは、前提が崩れたときにその前提を補完するような制度形成になっていない、つまり前提が崩れたらそのまま制度のアクセスがなくなってしまう、これは転げ落ちる社会というふうにおっしゃった方もいますけれども、そういう社会になっていますよということです。様々な家族があり、様々な生き方があるということを制度設計の中で入れなくてはいけない。
 それは、例えばイギリスなんかだと、独り、シングルが増えているからということなんですけれども、さて、このときに、じゃ、どういう意味でダイバーシティーかということなんですが、多様性とか誰も、あらゆる人々ということが一つのキーワードなんですけれども、多様化というのは、全ての人が多様ということをランダムに考えても、それはやっぱり現実的にはならない。やっぱり少数派、マイノリティーの方々がどういうような生活をし、どういうような問題があるのかということを共有して初めて多様化の議論ができるということです。
 ですから、多数派のための多数というわけではなくて、そういう意味では、高齢化しますので、高齢層にとっての議論というのがある意味で自然な流れになると困る。つまり、若年層というのは、全体的に少なくなっている人たちの生活状況なので、この若年層の人たちを未来どういうふうに一緒に良くしていくかということは、少数派というところでの意識的なウエートの掛け方ということで重要になるのではないかということであります。ですから、そういう考え方を持って初めて違うということが、要するに、世の中にとってどれだけ不利でなくするべきなのかという議論ができてくるのではないかと思います。
 ですから、世の中が様々であろうということは自然には分かりません。意識的に知ろうとしないと駄目だということですので、その事実に自らの手を伸ばすということがまず大切になってきて、この手を伸ばすという行動の背景にある考え方なり学術的な背景がいわゆる人文社会的な学問体系であり、まあそれは、科学の必要性というのはここに出てくると思います。
 自分の生活圏というか、社会学の中で社会階層論が専門なんですけれども、そこでの基本は、実際の実体験の生活って物すごくやっぱり限定的だということですね。安易にその一つのイメージで語ろうとしてしまうと。ですから、自らの生活というのが意外と同質的だということを意識的にすることによって、それ以外の生活圏に対して想像力をたくましくするということが非常に重要ではないかと思います。
 やっぱり、貧しかった、国としても貧しいときには目標をある意味で立てやすい環境もありましたし、その目標に向かって走り得たという事実もあるんですけれども、多様であるということに対して寛容である余裕もなかったし、そういう社会ではなかったと思います。過去を否定するつもりはなく、その過去は、やっぱりある意味で他国に達成できないような達成を日本はやってきたという歴史はあると思うんですけれども。
 さて、これから市場も日本の中でグローバル化します。これは学生たちにも言っているんですけれども、競争相手は自分と同じ国籍を持っている人たちだけではないと。そうしたときに、自らの考え方をいかに理解してもらい、その自らの考え方の優位性を説明、納得させるためには何が必要なのかというのがやっぱり考える必要があるのではないかということであります。
 ですから、日本が多様であるということに対して寛容でなかったという事実はやっぱりこれから改めるべきであるし、多分、積極的にこれからの時代を勝ち抜くためには非常に大切なインフラになってくるんじゃないかと思います。
 以上です。
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増子輝彦#8
○会長(増子輝彦君) 白波瀬参考人、ありがとうございました。
 以上で参考人からの意見聴取は終わりました。
 これより質疑を行います。
 本日の質疑はあらかじめ質疑者を定めずに行います。
 まず、各会派一名ずつ指名させていただき、その後は、会派にかかわらず発言いただけるよう整理をしてまいりたいと存じます。
 質疑を希望される方は、挙手の上、会長の指名を待って御発言くださいますようお願いをいたします。
 質疑及び答弁は着席のまま行い、質疑の際はその都度答弁者を明示していただきますようお願いをいたします。
 なお、できるだけ多くの委員が発言の機会を得られますよう、答弁を含めた時間がお一人十分以内となるよう御協力をお願いをいたします。
 それでは、質疑のある方、挙手をお願いいたします。
 朝日健太郎君。
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朝日健太郎#9
○朝日健太郎君 自由民主党の朝日健太郎です。
 本日は、三名の参考人の方々、貴重な御意見をありがとうございました。総じて、様々な階層における格差のお話をいただいたのかなというふうに理解をいたしました。
 それで、非常に今まだ頭の中が混同しているんですけれど、まず、高田参考人にお伺いをしていきたいと思います。
 非常に、数字の裏付けのある御説明をいただいたので、非常に整理をされて理解をしたんですけれども、資料にあります、三十四ページの部分のこのシングル社会担当、シングル社会に向けてというところなんですけれども、日本のこれまでの社会構造を見ると、単一の家族形成であるとかいろんなものから、今すごく大きな転換点において非常に単独世帯がこれから増えていくだろうと、そういった中で更に格差を広げる懸念の材料になるだろうというふうに思うんですけれども、もう少しこの単独世帯に向けた対応であるとか、これからの日本社会におけるこの部分における具体的な何か御意見等があればお聞きをしたいと思うんですけれども、お願いいたします。
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高田創#10
○参考人(高田創君) どうも、先生、御意見いただきまして、ありがとうございました。
 私自身、このシングル社会担当大臣という一つの提案なんでありますけれども、これはそもそもはイギリスにおきましてちょうど一年前に孤独問題担当大臣というのができたということでもあるんですが、もう一つ、私自身、この問題に関しての非常に問題意識を持っておりますのは、従来、こういう家族形成というんでしょうか、世帯というものが非常にある意味でサポートになっていたわけですよね。そういう中で様々なきずなというものができてきたわけなんでありますけれども、この三十三ページの、前のページのところにもございますように、単独世帯がもう最大になってくるというような状況があるわけであります。となりますと、そういう現実を踏まえた上で新たなきずなづくりをどうしていくのかということを考えてまいりますと、こういうきずなというものを社会の中でどういうふうにもう一回構築するのかということを改めて考えていきませんと、従来の前提の中ではなかなかうまくいかなくなってきたということだろうと思うんですね。
 ですから、三番目の白波瀬先生がおっしゃったような論点とも私、後半の部分でおっしゃった点と共通する部分あるんじゃないかと思うんですが、そういう中で、この単独というようなものも含めた、シングル社会というんでしょうか、その多様性というものをいかに今現実問題として受け止めながら、新たなきずなづくりというんでしょうか、社会づくり、いろんな意味でのサポートというものをやっぱりつくっていく必要があるんじゃないかと。
 ですから、新たな前提づくりという、家族だけではないもので考えていくということでいうと、この三十四ページ右側のところに、ポジティブに捉えるというようなことでもあるんですけれども、例えばシングルマザーもありますし、単身赴任という方もあるでしょう、それから一人で残った高齢者という部分もあると思いますし、また、シングルというものの中での様々なLGBTというような部分もあるわけでありますけれども、そういうようなものに対応した社会環境というものを、従来の前提という、若しくは常識というものを超えた対応というものも必要で、そういうものをいかに包括できるかというような多様性もやっぱり必要なんじゃないかと、そんな論点をちょっとここでは含めさせていただいたということでございます。
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朝日健太郎#11
○朝日健太郎君 ありがとうございます。
 今の御説明をお聞きしながら、あるいは白波瀬参考人が終盤で語られた多様性というところに非常に重なるのかなというふうに認識をしました。
 このまま白波瀬参考人に御質問させていただきたいんですけれども、非常に、多様性であるとか、家族の在り方とか個人の生き方という、これまでの前提というものをある程度もう脇に置いてというか考え方を変えて社会の構造をというところだと思うんですけれども、もう少し具体的に、多様性のある社会でいうと、参考人がイメージされる具体例というか、御自身の中でこういう家族モデル、こういうライフスタイルとかというのがあれば御参考までにお聞きをしたいんですけれども。
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白波瀬佐和子#12
○参考人(白波瀬佐和子君) ありがとうございます。具体的にと言われると、なかなか痛いところでもあるんですけれども。
 ただ、やっぱり、ここで例えば例示されている、三十四ページですね、高田先生のところで出てきた、シングルになるといっても、ずっとシングルというか独り暮らしではないんですね。もちろん、最初から施設とかに入って家族という温かさを知らなくて大きくなっている子もいるかもしれないんですけれども、大半は家族と一緒に暮らしていて、そして一人になっていって、あるいは親が亡くなって一人で、あるいは連れ合いがいなくなって一人でという、一人だけという、一ポイントで断面にするとシングルで、そこの割合が多くなっているんですけど、どういう形で一人になっているかということが実はこの方々の社会経済的な状況とも連動していて、その独り暮らしの中で選択肢が多いと。自ら積極的に、例えばシングルマザーのときもそうなんですけれども、アメリカなんかでも、某、何か番組で、非常に高い給与を得て弁護士で活躍してシングルマザーというような議論があったときに、実はそうではないんだと、実際のところはそうじゃない人の方が多いんですよという議論もあったんですけれども。
 ですから、そこはいろんな人たちが同じシングルマザーというところでもあって、でも、子供という観点からすると、今まで子供を親と一緒にしか位置付けられていなかったんですけど、社会の中で。でも、子供は子供ということになると、どんなに貧しい親でも、どんな国籍の親でも、どんなにリッチな親でも、子供という観点から一緒に一つの社会としての次世代の財産として育て上げるという考え方はやっぱり一つありますし、キャリアパスという議論があったんですけれども、そこの中で、自らがなりたいと、投資したいということであれば、優先的に、例えば子供がいてなかなか投資時間がなければ、その投資時間を確保してあげるための優先的な配慮をしてあげるとか。
 ですから、そういう何か細かな助けが実際に制度としてあることによって、やっぱり社会の中で支えられているというのが個人の中で芽生えるし、取り残されていないということは、やっぱり結果としては社会の力になっていくので、家族がなくなるとか、そういうことはきっとないと思います。
 家族というのはある意味で非常に中心だし、これ、特にフランスなんかもそうなんですけれども、イギリスもそうですけれども、やっぱり家族に対する、何というか、こだわりって非常に強い国なんですね、実は。そこの中で、同じジェンダーとかLGBTというところをパートナーシップの中で積極的に入れる。でも、家族ということについては、もう政治的な立ち位置関係なく非常にこだわりがある社会というのが、実は、イギリスはちょっと違うんですけれども、フランスなんかはそういうことになっているんですね。
 そして、そこの何かめり張り感というのか、そこは単に伝統的な家族ではなくて、いろんな家族も家族だというのがいいかなというふうに思っています。
 以上です。
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朝日健太郎#13
○朝日健太郎君 ありがとうございます。
 最後、阿部参考人にお聞きをしたいんですけれども、この地方の格差を考えるという中で、マイルドヤンキーという、まさに私自身の世代でいうと非常にイメージをしやすいキーワードなんですけれども。
 やはりこれからの次世代の若者たち、さらには子供たちにこの日本の社会を引き継いでいくという中で、マイルドヤンキーではない、ないというか、そういった若い世代にしっかりと引き継いでいくために、若い世代向けの政策とか、何か御意見があればお聞きしたいんですけど、ちょっと具体的な質問になっていなくて申し訳ないんですけれども。
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阿部真大#14
○参考人(阿部真大君) 御意見の方、ありがとうございます。
 この中でも最後の方に付けましたとおり、やはり大卒の問題というのが割と社会的には語られやすいんですけど、地方に住んでいる極めて学歴の低い又は収入の低い若い人たちというのは、なかなか、特に男性に関して言うと政策ターゲットにこれまでなりにくかったということがあると思います。そういったものに関しては、先ほど白波瀬参考人の方からもあったとおり、自分は親のようになれないというものを完全に刷り込まれて絶望してしまうという前に、やはりうまく彼ら自身がキャリアをつくっていけるような仕組みというのをつくる必要があると思うんですよね。
 そういった意味で、やはりどうしても日本は新卒というのがすごく重要視されますし、再チャレンジがしにくいキャリアの仕組みになっていると思いますので、やはりもうこれは、まあ使い古された言葉かもしれませんが、やはりその再チャレンジというものは、いま一度、特に政策面できちっと、特に地方の低階層の男性ですね、もちろんシングルマザーの問題も重要ですけれども、そちらの方きちっと手当てしていただけると有り難いと思っております。
 以上です。
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朝日健太郎#15
○朝日健太郎君 ありがとうございます。
 終わります。
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増子輝彦#16
○会長(増子輝彦君) 斎藤嘉隆君。
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斎藤嘉隆#17
○斎藤嘉隆君 立憲民主党の斎藤嘉隆です。
 今日は、お三方、先生方、本当に貴重なお話をありがとうございました。
 先生方に、お一人に一問ずつ御質問させていただきたいと思います。
 まず、高田参考人にお伺いをしたいというふうに思います。
 お話を伺いまして、現役世代の格差というのが大きくなりつつある反面、高齢者の格差が縮小している、その理由として再分配による縮小ということを述べられまして、そこはメカニズムとしては理解をさせていただきました。
 先生が以前、税制調査会に出された資料読ませていただいて、その中にトリクルダウンが格差対策として極めて有効なんだというような、成長力の向上とかパイの拡大という意味で述べられています。
 そこの、先ほど申し上げた高齢層の格差の問題やその縮小の状況、それから現行の、いわゆるアベノミクスの中でトリクルダウン政策というものがいろいろ言われてくる中で、どうそれぞれが関連し合って今の現状が生まれてきているのかというのを少し分かりやすく教えていただけますでしょうか。
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高田創#18
○参考人(高田創君) 御指摘いただきまして、どうもありがとうございました。
 ちょうど私も、今から四年前に政府の税制調査会のところで、参考資料の中にも入れさせていただいております、その中でも確かに、ちょうどアベノミクスの時期でもございましたトリクルダウンの重要性ということも議論させていただきました。そういう観点で申し上げますと、今回のペーパーで申し上げますと一番最後のページですか、私も最後に提言の三番目といたしまして議論をさせていただきました。
 今回、格差ということで申し上げたわけでありますけれども、今、日本で起きているこの格差の問題というのは、この最後のページ、三十五ページになりますけれども、単純な格差というだけではなくて、中間層がやっぱりずり落ちてきたりとか、それで低所得者層になったりとか、若しくは全体がなお底、まあおっこってしまうような、そんな状況がやっぱり大きいんだろうなと思うんですね。そうなってまいりますと、やっぱりそれをいかにこうやって底上げをしていくのかというところはやっぱり重要になるわけであります。
 そういう観点からいえば、やはり全体の経済成長というのは私は非常に重要だというふうに思っておりますし、その部分である程度全体底上げすると。ただ一方で、今回も私も申し上げましたように、その底上げのためには、やっぱりどうしてもなかなか全体の底上げだけではうまくいかない部分、例えば最低賃金をもうちょっと引き上げるとかですね、そうしたものも含めた補完的な対応というものもやっぱり重要なんではないかと。
 それから、どうしてもこの中間層が落ちる中のところに非正規のところ辺りがやっぱり大きくなっているという部分もあるわけでありますから、そういったところをいかに補いながらどう対応できるかという部分がやっぱり大きいのではないかなと。
 ですから、単純に経済成長すればいいというだけの問題ではないと思います。ですから、そこをいかに様々な手を次元から補っていくのかというようなところがやっぱり必要でありまして、その辺を極めていろんな観点から、ここに問題があるのではないかというようなところも含めた非常に視野を広く持った対応というものがやっぱり私は必要なのではないかなと。
 ですから、今回もこの議論の中で、できるだけ幅広く様々な論点から、角度から見て、ここに問題がないのかということをやっぱりいつも見ていく必要があるのではないかなと、そんなふうに我々は思いながら、私も今回このペーパーをまとめさせていただいたということでございます。
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斎藤嘉隆#19
○斎藤嘉隆君 ありがとうございました。
 それでは、阿部参考人にお伺いをしたいというふうに思います。
 これは、私の個人的な印象ではあるんですけど、今の若い人たちは非常につつましやかで余り派手なことを好まない方が非常に多いんじゃないかなと、我々が若い頃に比べてですよ。例えば、高級店で食事をするよりも仲間と家で宅飲みをした方が楽しいというような、堅実なのか、まあちょっと表現がよく分かりませんが。
 これは、若い人たちがもう成熟した社会を生きてきて、ある程度豊かな生活をし、その中で教育を受けてきた、こういうことにその要因があるのか、あるいは、もう夢を見ることがなかなか難しい、かなわない、だからあえてそういう夢を見ようとしないというか大きなことを考えようとしないというか、非正規の問題や低賃金の問題も恐らく絡んで、そういうような社会的な背景が非常に大きくあるのか、自分でもよく分からないんですね。
 先生、この辺りはどのようにお考えになられますか。
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阿部真大#20
○参考人(阿部真大君) ありがとうございます。
 特に社会学者でいうと、最近活躍をしている古市さんが、絶望の国の中でも若い人たちの幸福度は高いというようなことを統計を使って示したというのがあると思うんですけれども、やはり高度成長期の若い人たちというのは、やっぱり先伸びていく日本というのがイメージとしてあって、そこと自分を比べると、どうしても自分の今の位置というのはもっと行けるはずだというような形で幸福度は低くなっていたんだけど、結局、このままで行けばいい、若しくは現状維持で行けばいいというふうになっていると、今が一番いいので今の幸福度は高くなるということだと思うんですけど、やはりこれは社会の問題だと僕自身は思っていまして、やはりどうしても自分のできる範囲で自分の幸せというものを最大化しようとしていきますので、将来自分がこの程度かと思っていれば、やっぱりそこに合わせたようなライフスタイルにどうしてもなっていくと思うんですよね。
 やはりそういった意味では、もちろんこれは成熟して、若い人たちが消費ではなく心の成熟というものを大切にしながら生きていくのだということもできると思うんですけど、やはりいま一度、事地方にいるつつましやかに暮らしている若い人たちにこそ、もっと上に行けるという希望をやはり社会の側が与えていく必要があると思うんですよね。
 やはりそういった意味では、例えば東京にいる、東京の大学に来ている大学生の子たちというのはもっと野心的だし、でも地方にいる低学歴低階層の人たちというのはすごくつつましやかになっているしという意味では、すごく若い人たちの間で二極化がぐっと進んでいるような気がするんですよね。やはり日本全体の活力をもう一回取り戻すためには、その活力を失っている地方の若い人たちをもう一回エンカレッジするような仕組みというのを是非やはりつくっていく必要があると思います。
 その際に、最後に挙げました就労支援というのは、本当、日本全体がかつかつになっていればそれは難しいと思うんですけど、実際中間職で人が足りていない部分というのは結構あるわけですよね。なので、やっぱり急いでそこに外から人を持ってくるという方向に行かずに、下に埋もれてしまっている人たちをある種の職種まで引き上げるような、そういった再チャレンジという、繰り返しになりますが、キャリアパスというのをどの年齢層からでもできるような、そういう仕組みがやはり求められていく。そうすると、やっぱり今の若い人たちの雰囲気も変わってくるのではないかと思います。
 以上です。
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斎藤嘉隆#21
○斎藤嘉隆君 じゃ、最後に白波瀬参考人にちょっと端的に、時間がないので、お伺いします。
 社会保障制度の枠組みの中で、対象として若い若年層を重視をするということの重要性を述べられたというふうに認識をしましたけれども、私の中で若い人たち向けの社会保障制度というと、一個は教育というのが非常に重要視されるのではないかなと、されるべきではないかなと思いますが、この点についていかがでしょうか。
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白波瀬佐和子#22
○参考人(白波瀬佐和子君) ありがとうございます。
 伝統的なというか、正統派の社会保障制度の教科書になりますと、雇用もちょっと横、要するにこぶとして位置付けられていますし、教育といったらもう少し外れたところで正統としては位置付けられていると思うんですけれども、もちろん教育というのも、学術的な教育だけではなくて、職業教育ということで考えるともちろん近くなりますし、あと、おっしゃっていただいたように、やっぱり個々人の生活のベースにある力を持つという点では非常に教育は重要だと思います。
 特に、不平等というところになりますと、これも古典なんですけど、日本では、急に子供の貧困とかがあって、貧困の再生産で教育という焦点の当てられ方なんですけれども、伝統的には、社会学における不平等の中の家族背景の中で教育の持つ位置付けの重要さというのは、もう本当に六〇年代の古典の実証研究では言われているところなんですね。
 そこで、早い時期から貧しい子供たちに教育を提供しても、結果、その親から受けた背景的な不利さを挽回することができないと。なぜそれが挽回することができないのかというのは、社会的な議論として、アメリカでも二大政党の中で政権が替わりつつ、ずっと議論されているということがあります。
 ですから、そういう意味で、チャンスをいろんなところで与えてあげるところの一つとしては、今まで高校を卒業してからすぐ大学ということなんですけれども、教育の中身についても学術ともう少し職業教育ということも入れて、それを支援、今までは企業の中で提供されていたんですけれども、特定企業を超えたところで教育機会を提供するということは、やっぱり社会保障のところで財源を投与して設計していただくことかなというふうには思っています。
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斎藤嘉隆#23
○斎藤嘉隆君 終わります。
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増子輝彦#24
○会長(増子輝彦君) 川合孝典君。
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川合孝典#25
○川合孝典君 国民民主党の川合孝典と申します。
 参考人の皆様には、大変興味深い、参考になるお話を頂戴しまして、ありがとうございました。
 私自身、雇用労働政策を厚生労働委員として長年取り組んでまいりましたので、興味深く話を聞かせていただきました。今後格差問題を議論していく上で幾つか私自身も疑問に感じていることがお話の中にもございましたので、参考人の皆様に時間の許す限り御質問させていただきたいと思います。
 まず、阿部参考人にもう少し補足で御説明いただきたいのが、参考人の資料の中にレッグスと努力主義の残存という資料がございました。この中で、いわゆる若年非大卒男性ほどいわゆる努力主義のスコアが高いということの御説明を頂戴しましたけれども、こういった傾向というのはそもそもなぜ出ているのかということについて、もう少し詳しく御説明いただけますでしょうか。
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阿部真大#26
○参考人(阿部真大君) 御質問ありがとうございます。
 まず最初に申しておきますと、僕自身の発見ではなく、吉川先生がこの本の中で発見されたことなんですけど、それを吉川先生はレッグスたちの取っておきの宝だと言っているんですけれども、これは、いわゆる、例えばここに橋本先生であるとか橘木先生がおられましたら、いや、こんなに実際はそのチャンスはすごい少ないのに、自己責任論に侵されてしまっているからこれは良くないとひょっとして見られるかもしれないんですよね。
 でも、僕自身は余りそういうふうには解釈していなくて、やはり戦後日本の中間層の持つ強みというのは、例えば僕の同級生、ちょっと先輩とかを見てみましても、例えば途中で学校から外れても、地元に帰って親の後を継いで自営業で頑張ればいいやとか、そういったある種の、何というのかな、学歴が低くても自分たちの努力で何とかサラリーマンと同じだけの生活ができるという、そういう規範ってやっぱり戦後日本社会にはあったと思うんですよね。だから、これすごく驚くようなデータなんですけど、実際は彼らはチャンスはとても与えられていないんだけど、でも努力すれば何とかなると信じているというのは、やはりある種の総中流社会の幻想みたいなものがいい意味で残っているのかなと思うんですよね。
 そこで、いやいや、もうこれも、でも長く続くと、この下の世代、更に下の世代になっちゃうと、いや、もう努力しても駄目なんだというような形で、これがある種の諦めにつながっていってしまうのではないかと吉川先生も危惧されていて、その危惧を僕自身も共有するんですけど、やはりそうなる前に、そうなると本当にマートンの言うような、もうまともな手段では上に上がれないから何かむちゃなことしなきゃいけないというような形で、それはすごく社会的な不安感としては広がっていくと思うんですね。だから、そうなる前にやはりチャンスを彼らに与えるような政策というものがやはり求められているのかなというような気がします。
 済みません、あくまでこの部分は推測なんですけれども、私自身はこう思っております。ありがとうございます。
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川合孝典#27
○川合孝典君 ありがとうございます。
 私がこの質問をさせていただきましたのは、実はかねてから不思議に思っていたことの一つに、国別の幸福度ランキングですね、これを見てみますと、日本なんかは世界でも豊かな国であるにもかかわらず幸福度が極めて低いんですね。で、世界で幸福度が高い国というのは決して豊かな国ではないといったような結果が結局これまでも出ているということを考えたときに、何か別のスケールというか価値観がそこに働いているんではないのかなということをちょっと感じたものですから、それでちょっと御質問させていただいたということでありました。参考になりました。ありがとうございました。
 次に、白波瀬参考人に是非お伺いしたいことがございます。
 説明の時間があって少しはしょられたところについてもう少し丁寧に御説明いただければと思うんですが、八ページのところ、父階層的地位との比較というところで大変興味深いデータが出ているということで、父よりも階層が低いと感じる子供が日本は欧米に比べて多いというこのデータが出て、グラフでございますが、こうした傾向が出る理由はどこにあると先生は分析していらっしゃいますでしょうか。
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白波瀬佐和子#28
○参考人(白波瀬佐和子君) ありがとうございます。
 最初にしゅしゅっと何か弁解しちゃったんですけれども、その結果については分析がこれからですということなんですけれども。でも、ちょっと今、阿部参考人への質問とも関連して、やっぱりこういう意識調査の結果をどう読むかというのは非常に重要だと思います。特に、日本では意識調査の結果をまるで政策評価かのように御活用されるわけですよね。それについてはやっぱり若干距離がある。
 今先生おっしゃったように、幸せかどうかということを言語的に、あなた幸せですかと、ううんと言うのが大体日本人で、ハッピーと言われたらイエスと言うのがアメリカ人。つまり、その言語的な大きなコンテクストの中で解釈をするということは、完全に多様な言語が標準化されていませんから、そういう意味で、今、吉川先生のということもあったんですけれども、この答え方も女性の方が悲観的で、男性の方が結構、悲観的というか、努力したら何とかなるよと思っているみたいで、でも、それは多分平均的なスコアだけを見ているのでその中身というのはちょっと精査する必要があるんですけれども、そこは、何というのか、どう受け答えているかの中身についてはかなりやっぱり深掘りしないと、その解釈においては、社会学者といえども、ちょっとやっぱり注意した方がいいかなと、ごめんなさい、思うこともあります。
 それは、やっぱり判断基準が無意識のうちに画一的になっている。つまり、我々の世代だったら、うまくいけば外車だよなと。でも、逆に言えば、そういう、ある意味で、何というんだろう、目標値が画一的だったからそれに追っかけられたんですけれども、今の結婚行動もそうなんですけど、何歳までにという圧力が減っている分、自分で決めなきゃいけないんですよ。これ、物すごく大変なんですね。この人が私といいかしらなんというのは分からないわけですけど、何か親に言われて、もう行くぞみたいな形で結婚するということもありますし。ですから、そういう意味では、判断が非常に個人に委ねられているという点では今の方がそうですし、昔のように外車でなくてもいいという価値観で何で悪いのかと一回見てもらわないと、何か今の若者たちって元気ないよなと、そこで最初に入ってしまうと、彼らのポテンシャルを過小評価することになりますからと私は思います。
 今の一人一人の子供たちは、昔に比べてそんなに元気がないわけでも悲観的でもなく、やっぱりポテンシャルという点では同じ程度持っていると思うんですけれども、そのポテンシャルをどう開花させてあげるのかという、我々の大人世代の方がどっちかというと準備ができていないのかなという。
 済みません、越境しちゃったんですけど、以上です。
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川合孝典#29
○川合孝典君 ありがとうございます。貴重な御講義を頂戴しまして、勉強になりました。
 時間がなくなってまいりましたので、一点だけ、申し訳ございません、高田参考人にお伺いしたいことがございます。
 先ほど、トリクルダウンの話を少し触れていらっしゃいましたけれども、過去と今と、過去をいつと捉えるかということは別として、昔と今とを比較したときに、いわゆるこのトリクルダウンの、日本におけるトリクルダウンの機能というのが随分落ちてきているということを私自身は感じているわけでありまして、この点について、いわゆる政府は、総理もそうですけれども、景気が良くなれば要はトリクルダウン効果が出るんだということをしきりとおっしゃるんですけれども、過去であれば通用したこの理論が今の社会ではなかなか通用しなくなってきている。まあ経済構造ということなんでしょうが。
 この今の状況の中でトリクルダウン効果というものを期待することで、景気が果たして良くなるのか、ずり落ちた中間層をすくい上げることができるのかということについて、そこがテーマだということを先ほどちらっと触れられたわけでありますけど、この点についてもう少し詳しく、どうすればずり落ちた中間層をすくい上げることができるのかとお考えなのかをお聞かせいただきたいと思います。
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