白波瀬佐和子の発言 (国民生活・経済に関する調査会)
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○参考人(白波瀬佐和子君) ありがとうございます。
ここは何かちょっと誤解を招かないようにとは思ったんですけれども、やはりその目標を一つ定めるということは、そこに向かっていけという点で寛容でない。つまり、皆一緒にという意味での、短時間で目標達成というところであれば例外関係なく目標第一と、あるいは昔でいう成長第一主義みたいなイメージで、寛容でないことは目標達成に対して無駄なくいくという環境設定にもなり得るという意味で使いました。
それで、寛容でないことの負の意味がということになると、実はこれだけ急激に高齢化したということは、結局、人々の人生設計ということだと、子供が少なくなって、兄弟が少なくなってという、あるいは婚期が遅れて、結婚しない人が遅れてという一人一人の人生の歩み方に変化ができているということなんですね。
この一人一人の人生の歩み方に変化ができているということは、今まで日本は、特に社会保障制度であれば、年齢を中心に整然と設計された人生を想定して制度ができていたと、しかしながら、その前提となるその整然と設定されたタイムスケジュールがみんな合わなくなってきたという事実が、やっぱりいろんな意味で、正道としては落ちこぼれが目立ってきたんじゃないかというふうに考えていて、そういう意味で、まあ正道というのは、逆に本当は先行かなきゃいけないんですけど、後手後手になるんですけど、そこの部分でやっぱり寛容であるという、つまり少数派で落ちこぼれている人がいる。
ですから、そういう意味では、多数派はまだ一応面倒見られると思うんですけど、人数としては少ないけれども、少数派だけれども、落ちこぼれている人たちをいち早くキャッチして、次なる将来を見据えて制度設計をいつ英断としてできるかというのがやっぱり重要なんじゃないか。
そのときの英断は、恐らく亀裂があると思います。なぜならば、人数としての多数派はそのメリットを得ている人たちが多いので、そこの中で、一見自分たちのメリットにならないような制度変更をしなくてはいけないという状況を社会の中の合意形成としてどうつくっていくかというのが難しい。ただ、そこにやっぱり寛容であるべき負の効果というのは、恐らく一年遅れれば十年後大きくなっていくということになると思っていますので、そういう意味で負の意味というふうに書きました。