麻生太郎の発言 (財政金融委員会)

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○国務大臣(麻生太郎君) 一九八九年、いわゆる平成が始まった年に消費税入れたんですよ。そして、この年の十二月の二十九日に株価は三万八千九百十五円付けていたんですけど、それが株価の最高値です。それ以後、それを超えたことは一回もありません。
 もう一つ、この年に冷戦という戦争が終わったんですね、これすっかり忘れられていますけれども。そのときに、やっぱりアメリカという国は、世界見て、冷戦の時代に一番銭稼いだの誰やといったら、日本やないかと。そう思いましたよ、僕。アメリカでもそう思ったろうと思いますから。何だと、貿易黒字はアメリカの対外貿易赤字の四八%ぐらい、五〇%近くを占めておるやないかというので、まあソ連という相手もいなくなったことだしというので、せいので方向転換をされて最初がビッグバンで始まったんだと思いますが、それ以後、御存じのようにいろいろなことをやってきたんだと思いますが。
 その間、松川先生、日本というのは大努力をして、結果的には、自動車なんか四百何十万台輸出していた分を百万台代まで落として、残りの三百何十万台はアメリカで造るというような工場の移転をやり、いろんなことをやってきた結果、今日ではアメリカの対外貿易赤字の中に占める日本の割合は九%まで落ちたと。だから、五〇を九まで落としてきているわけですから、そんなすごい勢いでやった分だけ日本の雇用は海外に輸出されて、日本その分だけなくなった。事実ですよ。
 加えて、九二年ぐらいだと思いますけれども、土地のバブルも終わった九〇年、九一年ぐらいから、日本は間違いなくいわゆるデフレーションという名の、我々、昭和二十年、敗戦この方経験したことのない経済状況に突入した。御存じのように、デフレーションによる不況というのは一九三〇年代にやったことが一回あるきりで、それ以後やった経験者はいません。したがって、日本人でそれを経験した人はもちろんいませんし、それに対応策を出した人もいない、皆経験がないんですから。したがって、あの時代に日本は、日本銀行を含め、我々政府含めまして、間違いなく対応を間違えた。私は、それはもう素直に認めにゃいかぬところなんだと思います。
 不況というので、インフレ不況しかやったことないものだから、従来のインフレ不況をデフレ不況に対応したために、結果としてデフレ不況が長引いたという結果を招いたんだというのが一番大きな理由かなと思っておりますので、私どもは、今回の政権に復帰させていただいたのを境に、日本銀行ともお話をさせていただき、共同声明まで出させていただいて金融の緩和を踏み切る。財政も積極財政というような形で、これまで財政緊縮一本では駄目というので、いわゆる経済の再生なくしてということなんかを申し上げたり、財政の再生もありませんよとか、経済発展なくしてというようなことを大方針転換をさせていただいてかれこれ五、六年たつんですけれども、今それが少しずつ効果が現れてきているかなと思いますけれども、その間他国はそうではなかったわけですから、その差が極めて著しく差が付いたということなんだと思って、まあ少し、少々粗っぽい分析かもしれませんけど、何となくそんな感じがしております。

発言情報

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発言者: 麻生太郎

speaker_id: 17218

日付: 2019-03-12

院: 参議院

会議名: 財政金融委員会