今井絵理子の発言 (文教科学委員会)
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○今井絵理子君 なぜこういった質問をしたかといいますと、私は大学には行ったことはありません、高卒です。しかし、大学に行った友人、又は大学に行こうとされている学生にいろいろ話を聞いてみると、真剣に大学で勉強をしたという方ということが余りいませんでした。例えば、バイトやサークルに明け暮れたりとか、ほとんど講義に出たことがなくても単位が取れちゃうよとか、大学は遊ぶ時間を作るための場所であるとか、社会に出る前のモラトリアムであるということが聞かれるんですよね。
大学とは何なのかと。大学としてふさわしい高度な教育がやはり実施され、質の高い教育により質の高い学生を育てることができるのかを私たちは真剣に考えて、大学の在り方ということも、また大学の教育の質の在り方も考えなければいけないと思いました。
ちょっと少し角度を変えて、ちょっと指摘したいことがあるんですけれども、私はこれまでこの文部科学委員会で、特別支援学校の教員の、次は質の向上をずっと訴えてきました。特別支援学校における教員の障害種別の免許状保有率がとても低い現状の改善をしてほしいとか、またその教員の養成機関、特別支援教育に関わる教員の養成機関の数を増やしてほしい、また養成機関におけるカリキュラムの内容など様々なことについて充実してほしいということを訴えてきましたが、大学の自主性という言葉を前に、それは大学の判断に委ねるしかないという現状も分かります。しかし、受験生のニーズが小さい学問領域は廃止、縮小されていくのはこれ必然なんですよね。
でも、社会が必要とする人材を育成してくれる大学がなくなれば、困るのは一体誰なのかと。そして、例えば聾学校において、また手話でとか、また聴覚に理解のある教員の、またその専門的な教員を養成される日というのはいつ来るのかなと。やっぱり必要な人材というものは国が率先して、大学の自主性というのは分かりますが、そういった必要な人材確保の観点での大学の在り方、教育の質の在り方というものを今後考えていただけたらなと思っております。
ちょっとまとめに入りますが、今回の法改正に期待することはとても大きいものがあります。しかし、先ほど申したように、それだけでは足りないところ、教育の質であると、大学の質であると、まだ残ると思います。大臣におかれましては、最後に、教育の質の向上に取り組まれることを私は期待しておりますが、最後に大臣のこの高等教育全体の思いというものをお聞かせください。