國場幸之助の発言 (安全保障委員会)

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○國場委員 私がこの質問をしましたのは、一つは、地元の地主会からの長年の要望があったということが一点目でありますけれども、同時に、二〇〇六年五月の日米再編実施のためのロードマップによりますと、キャンプ・ハンセンが陸上自衛隊の訓練に使用されるということが宣言されておりまして、その結果、自衛隊のキャンプ・ハンセンの使用実績が、二〇〇七年には一回、二〇一四年には四十七回、二〇一五年には九十五回、二〇一六年には百回行われております。
 同時に、二〇〇二年の2プラス2、このときにも、これは、当時の那覇基地に駐屯する陸上自衛隊は第一混成団、今の十五旅団の前身なんですけれども、その第一混成団を沖縄県北部のキャンプ・ハンセンに移転ということが行われた。そういう議論があったということを私は資料で見たんですけれども、そういう長年の変遷の中で、米軍基地が返還された後にはさまざまな手厚い支援がある。しかし、沖縄県は二十七年間の米軍統治の時代がありましたから、自衛隊の施設とて、米軍に管理されてきたという歴史的な経緯もあります。
 その部分も加味して、あと三年たちますと沖縄振興特別措置法も期限を迎えますけれども、その根拠法が変わるときに、そういった沖縄の特殊事情を踏まえた上での、さまざまな返還に伴う法整備をしてほしいという地元からの声がありますので、この点も考慮していただきたいと思っております。
 じゃ最後に、あと二分しかないので普天間の跡利用についての答弁をお願いしたいんですけれども、特に普天間の跡地というものは、海抜が七十五メートルあります。那覇空港というものは海抜が三・三メートル、そしてまた、辺野古、キャンプ・シュワブの海抜は八・八メートル、嘉手納基地は四十四メートルでありますけれども、それと比較しても、自然災害が多く、また、津波の被害にも非常に強い場所に普天間基地というものは存在しております。
 そこに対する広大なフロンティア、これははかり知れない魅力があって、もちろん、跡地利用というものは一義的には地元宜野湾市と沖縄県にありますけれども、やはり、普天間跡地の持つさまざまなこの可能性というものに対して、政府としても、英知やさまざまな知恵を受け入れる受皿としての度量、器量を発揮していただきたいと思いますので、これは内閣府からでしょうか、答弁をお願いしたいと思います。

発言情報

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発言者: 國場幸之助

speaker_id: 2621

日付: 2019-11-15

院: 衆議院

会議名: 安全保障委員会