寺田学の発言 (安全保障委員会)
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○寺田(学)委員 私は、まさしく激動する安全保障環境であり、もちろん装備品に関しても技術的な部分でかなり動きがあるので、その都度その都度適正な判断というものはあり得るんだと思います。その判断自体が過去の判断と違う場合も私はあり得るんだと思います。
私がきょう申し上げたいのは、難しい言葉で言うと無謬性、行政の無謬性とかよく言われますけれども、一度言ってしまったことを方向転換したり撤回すること自体は、過去を誤りだと決めてしまうので、やめたくてもやめられない、やめたいと思っているけれどもそのまま続けてしまうということを無謬性ということを言われると思います。
今回の判断というのは、私は、過去のされてきた、是非はいろいろありますよ、それは今回割愛しますけれども、各大臣であったり各かなめかなめで判断されてきたこと自体は、そのタイミングにおいてのその御自身の御判断だと思うので、賛否は別として尊重したいと思いますけれども、この行政の無謬性というものをどう打ち破っていくかというのが私は政治の役割そのものだと思うんです。
もちろん、この間二年半、きょう後ろにも座ってくださっていますけれども、防衛省の内部の方ともいろいろ議論しましたし、そしてまた、間接的なことも含めて制服組の方々の内心、いろいろお伺いしていると、やはり本心ではやめたいんだけれども、今やめると言うと過去のものに対して示しがつかないということで、ずるずるずるずる続いてきた、そしてまた、地元に対する説明も、だからこそなかなか説得力があるものが提供できず、反対という気持ちが一層高まるばかりだったと。
私は、その行政の無謬性というか政治の無謬性みたいなものを、今回、大臣自身が今の現状に鑑みて判断をされたんだというふうにきのうの会見を見て思いました。
もちろん、無責任だという批判は起こり得ると思います。ただ、私自身思うのは、だとすれば、無責任だと批判するのであれば、その方自身は、今大臣が述べられた、ブースターが住宅街に落ちるかもしれないということ、そのことがいかに妥当であるかということの説明であったり、また、宇サ電予算と言われていますけれども、宇宙やサイバーや電磁波だ、これからそこに予算をつぎ込みたいんだということを多くの方々が専門家を含めて思っているにもかかわらず、過去決めたことによって多額の予算をアショアに使い続ける妥当性であったり、あとは、町長であったり、秋田の場合であれば、知事、市長、県議会、多くの議会、そしてまた自民党の秋田県連を含めて反対をしている中で、本当にその方々を説得できるのかということの確実性、さまざまなことをしっかりと議論して、反論できて初めて、無責任だと私はその方は言えるんだと思うんです。
私が申し上げたいのは、今回の大きな判断というのは、今まで、わかってはいるけれどもやめられないと続いてきた、そのこと自体を、河野大臣として、その無謬性を打ち破るという意味で判断されたものだと私はきのう思いましたけれども、このことに関して、判断された経緯を含めて、御答弁をいただけたらと思います。