津島淳の発言 (東日本大震災復興特別委員会)
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○津島委員 ありがとうございます。
今、石田統括官から答弁ありましたとおり、多くの病院が被災したわけですね。そういった多くの診療所で、医師の皆さんは、壊れた建物の中で必死の思いで医療を提供してきた、あるいは地域の避難所を巡回して、巡回診療を自発的に行ったり、そういったことを行っていたわけです。
実際、また、地域の拠点となる災害拠点病院は三十三、被災三県であるわけですが、そのうち三十一施設が一部損壊という被害を受けたわけであります。
そして、発災後、その地域の医療を支援すべく、災害派遣医療チーム、DMATが入ってまいります。このDMATの活動の課題について、次はお伺いします。
DMATは、三月十一日から二十二日まで、全国から延べ約三百四十隊、千五百人が活動を行ったと記録に残っています。この活動の記録について、内閣府防災あるいは厚生労働省DMAT事務局において検証が行われ、いろいろな課題が指摘をされております。
主なものとすれば、急性期のみならず亜急性期や慢性期の疾患への対応が必要になった、活動期間として想定していた発災後七十二時間を超えての活動が必要であった、広域医療搬送がスムーズに行えなかった、派遣されたDMATの隊員のロジスティックサポートの充実といったことが指摘されております。
こうした課題について、内閣府、きょうは村手さんですか、今後の大規模災害時の医療の提供にどう生かしていかれるでしょうか、お願いします。