東日本大震災復興特別委員会
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会
会議録情報#0
令和二年三月十日(火曜日)
午後一時開議
出席委員
委員長 伊藤 達也君
理事 小里 泰弘君 理事 小田原 潔君
理事 高橋ひなこ君 理事 冨樫 博之君
理事 根本 匠君 理事 落合 貴之君
理事 谷田川 元君 理事 浮島 智子君
あべ 俊子君 青山 周平君
安藤 高夫君 安藤 裕君
伊藤信太郎君 池田 佳隆君
上杉謙太郎君 鴨下 一郎君
神田 裕君 木村 次郎君
黄川田仁志君 国光あやの君
小寺 裕雄君 古賀 篤君
高木 啓君 津島 淳君
出畑 実君 中曽根康隆君
長坂 康正君 古川 禎久君
穂坂 泰君 堀内 詔子君
三谷 英弘君 宮澤 博行君
村井 英樹君 阿久津幸彦君
小熊 慎司君 岡本あき子君
金子 恵美君 岸本 周平君
玄葉光一郎君 近藤 和也君
階 猛君 矢上 雅義君
山崎 誠君 國重 徹君
高木美智代君 高橋千鶴子君
杉本 和巳君
…………………………………
国務大臣
(復興大臣) 田中 和徳君
復興副大臣 菅家 一郎君
復興副大臣 横山 信一君
環境副大臣 石原 宏高君
復興大臣政務官 青山 周平君
政府参考人
(内閣官房内閣審議官) 諸戸 修二君
政府参考人
(内閣府大臣官房審議官) 村手 聡君
政府参考人
(復興庁統括官) 石田 優君
政府参考人
(復興庁統括官) 石塚 孝君
政府参考人
(復興庁統括官) 小山 智君
政府参考人
(復興庁審議官) 奥 達雄君
政府参考人
(総務省大臣官房審議官) 谷 史郎君
政府参考人
(総務省大臣官房審議官) 稲岡 伸哉君
政府参考人
(外務省大臣官房審議官) 加野 幸司君
政府参考人
(文部科学省大臣官房審議官) 蝦名 喜之君
政府参考人
(厚生労働省大臣官房審議官) 横幕 章人君
政府参考人
(防衛省大臣官房審議官) 町田 一仁君
衆議院調査局東日本大震災復興特別調査室長 武藤 裕良君
―――――――――――――
委員の異動
三月十日
辞任 補欠選任
津島 淳君 池田 佳隆君
堀内 詔子君 村井 英樹君
本田 太郎君 高木 啓君
同日
辞任 補欠選任
池田 佳隆君 津島 淳君
高木 啓君 出畑 実君
村井 英樹君 堀内 詔子君
同日
辞任 補欠選任
出畑 実君 本田 太郎君
―――――――――――――
本日の会議に付した案件
政府参考人出頭要求に関する件
東日本大震災復興の総合的対策に関する件
――――◇―――――
この発言だけを見る →午後一時開議
出席委員
委員長 伊藤 達也君
理事 小里 泰弘君 理事 小田原 潔君
理事 高橋ひなこ君 理事 冨樫 博之君
理事 根本 匠君 理事 落合 貴之君
理事 谷田川 元君 理事 浮島 智子君
あべ 俊子君 青山 周平君
安藤 高夫君 安藤 裕君
伊藤信太郎君 池田 佳隆君
上杉謙太郎君 鴨下 一郎君
神田 裕君 木村 次郎君
黄川田仁志君 国光あやの君
小寺 裕雄君 古賀 篤君
高木 啓君 津島 淳君
出畑 実君 中曽根康隆君
長坂 康正君 古川 禎久君
穂坂 泰君 堀内 詔子君
三谷 英弘君 宮澤 博行君
村井 英樹君 阿久津幸彦君
小熊 慎司君 岡本あき子君
金子 恵美君 岸本 周平君
玄葉光一郎君 近藤 和也君
階 猛君 矢上 雅義君
山崎 誠君 國重 徹君
高木美智代君 高橋千鶴子君
杉本 和巳君
…………………………………
国務大臣
(復興大臣) 田中 和徳君
復興副大臣 菅家 一郎君
復興副大臣 横山 信一君
環境副大臣 石原 宏高君
復興大臣政務官 青山 周平君
政府参考人
(内閣官房内閣審議官) 諸戸 修二君
政府参考人
(内閣府大臣官房審議官) 村手 聡君
政府参考人
(復興庁統括官) 石田 優君
政府参考人
(復興庁統括官) 石塚 孝君
政府参考人
(復興庁統括官) 小山 智君
政府参考人
(復興庁審議官) 奥 達雄君
政府参考人
(総務省大臣官房審議官) 谷 史郎君
政府参考人
(総務省大臣官房審議官) 稲岡 伸哉君
政府参考人
(外務省大臣官房審議官) 加野 幸司君
政府参考人
(文部科学省大臣官房審議官) 蝦名 喜之君
政府参考人
(厚生労働省大臣官房審議官) 横幕 章人君
政府参考人
(防衛省大臣官房審議官) 町田 一仁君
衆議院調査局東日本大震災復興特別調査室長 武藤 裕良君
―――――――――――――
委員の異動
三月十日
辞任 補欠選任
津島 淳君 池田 佳隆君
堀内 詔子君 村井 英樹君
本田 太郎君 高木 啓君
同日
辞任 補欠選任
池田 佳隆君 津島 淳君
高木 啓君 出畑 実君
村井 英樹君 堀内 詔子君
同日
辞任 補欠選任
出畑 実君 本田 太郎君
―――――――――――――
本日の会議に付した案件
政府参考人出頭要求に関する件
東日本大震災復興の総合的対策に関する件
――――◇―――――
伊
伊藤達也#1
○伊藤委員長 これより会議を開きます。
議事に入るに先立ちまして、委員会を代表して一言申し上げます。
明十一日で東日本大震災の発生から九年を迎えます。改めて、お亡くなりになられた方々とその御遺族に対しまして、深く哀悼の意を表しますとともに、被災地の復興を祈念をいたします。
これより、お亡くなりになられた方々の御冥福をお祈りし、黙祷をささげたいと存じます。
全員の御起立をお願いをいたします。――黙祷。
〔総員起立、黙祷〕
この発言だけを見る →議事に入るに先立ちまして、委員会を代表して一言申し上げます。
明十一日で東日本大震災の発生から九年を迎えます。改めて、お亡くなりになられた方々とその御遺族に対しまして、深く哀悼の意を表しますとともに、被災地の復興を祈念をいたします。
これより、お亡くなりになられた方々の御冥福をお祈りし、黙祷をささげたいと存じます。
全員の御起立をお願いをいたします。――黙祷。
〔総員起立、黙祷〕
伊
伊
伊藤達也#3
○伊藤委員長 東日本大震災復興の総合的対策に関する件について調査を進めます。
この際、お諮りをいたします。
本件調査のため、本日、政府参考人として内閣官房内閣審議官諸戸修二君、内閣府大臣官房審議官村手聡君、復興庁統括官石田優君、復興庁統括官石塚孝君、復興庁統括官小山智君、復興庁審議官奥達雄君、総務省大臣官房審議官谷史郎君、総務省大臣官房審議官稲岡伸哉君、外務省大臣官房審議官加野幸司君、文部科学省大臣官房審議官蝦名喜之君、厚生労働省大臣官房審議官横幕章人君及び防衛省大臣官房審議官町田一仁君の出席を求め、説明を聴取したいと存じますが、御異議ありませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
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本件調査のため、本日、政府参考人として内閣官房内閣審議官諸戸修二君、内閣府大臣官房審議官村手聡君、復興庁統括官石田優君、復興庁統括官石塚孝君、復興庁統括官小山智君、復興庁審議官奥達雄君、総務省大臣官房審議官谷史郎君、総務省大臣官房審議官稲岡伸哉君、外務省大臣官房審議官加野幸司君、文部科学省大臣官房審議官蝦名喜之君、厚生労働省大臣官房審議官横幕章人君及び防衛省大臣官房審議官町田一仁君の出席を求め、説明を聴取したいと存じますが、御異議ありませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
伊
伊
小
小田原潔#6
○小田原委員 自由民主党の小田原潔であります。
質問の機会をいただき、ありがとうございます。
あれから九年がたとうとしております。平成二十三年の三月十一日、私は、落選中で、永田町を歩いておりました。経験をしたことのない激しい揺れに青ざめ、そのときは、とうとう関東大震災が来たと思いました。数日間不安で、ACのコマーシャルが続くテレビを消せなかったのを思い出します。
二週間が経過するころ、五体満足な健康な成人男子が、職もなく、テレビを見ているだけでいいのかという思いも募り、東北自動車道が再開通した翌日、単身、車でボランティアをしに行きました。一年以上、テント生活をしながら、宮城県七ケ浜町で、ヘドロをかき出したり、だめになった家財道具を出したりといった作業を続ける日々でありました。
たどり着いたときの光景は、余りの悲惨さで、これが本当に人の力でもとに戻せるのか、途方もない思いになりました。ボランティアセンターでは、後日わかりましたが、町会議員の方々が、御自身の立場を語ることなく黙々と働いていらっしゃいました。
一年一緒に働いて、初めて自分のことを語る青年もいました。車ごと流され、観念をしたけれども、奇跡的に、高速道路の土手にぶつかって車のドアをあけることができて、生き長らえた、そう言った青年が一緒に働いてくれていました。彼は今、七ケ浜町で、柔道整復師の資格を取り、元気に開業し、町の人たちに心の安らぎを与えてくれています。
初めての慰霊祭の日は、ボランティアセンターの仲間で、作業車で浜に行き、海に向かって黙祷をし、帰りの車中で慰霊式典の様子を聞きました。御遺族の方のお言葉に、車内全員が泣きながら聞いたのを覚えています。今でも心の戦友であります。
野外で私が活動している様子を、当時、町の地域福祉課長として見回りでごらんになっていたのが、今の寺沢町長であります。七ケ浜町は、私の同志で先輩の伊藤信太郎衆議院議員の選挙区でありますが、七ケ浜町の今を通じて全被災地の課題と取組について伺います。
まず、子供の心のケアの継続ときめ細かい寄り添いについて、心のケアの取組についての現状を文科省からお伺いしたいと思います。
この発言だけを見る →質問の機会をいただき、ありがとうございます。
あれから九年がたとうとしております。平成二十三年の三月十一日、私は、落選中で、永田町を歩いておりました。経験をしたことのない激しい揺れに青ざめ、そのときは、とうとう関東大震災が来たと思いました。数日間不安で、ACのコマーシャルが続くテレビを消せなかったのを思い出します。
二週間が経過するころ、五体満足な健康な成人男子が、職もなく、テレビを見ているだけでいいのかという思いも募り、東北自動車道が再開通した翌日、単身、車でボランティアをしに行きました。一年以上、テント生活をしながら、宮城県七ケ浜町で、ヘドロをかき出したり、だめになった家財道具を出したりといった作業を続ける日々でありました。
たどり着いたときの光景は、余りの悲惨さで、これが本当に人の力でもとに戻せるのか、途方もない思いになりました。ボランティアセンターでは、後日わかりましたが、町会議員の方々が、御自身の立場を語ることなく黙々と働いていらっしゃいました。
一年一緒に働いて、初めて自分のことを語る青年もいました。車ごと流され、観念をしたけれども、奇跡的に、高速道路の土手にぶつかって車のドアをあけることができて、生き長らえた、そう言った青年が一緒に働いてくれていました。彼は今、七ケ浜町で、柔道整復師の資格を取り、元気に開業し、町の人たちに心の安らぎを与えてくれています。
初めての慰霊祭の日は、ボランティアセンターの仲間で、作業車で浜に行き、海に向かって黙祷をし、帰りの車中で慰霊式典の様子を聞きました。御遺族の方のお言葉に、車内全員が泣きながら聞いたのを覚えています。今でも心の戦友であります。
野外で私が活動している様子を、当時、町の地域福祉課長として見回りでごらんになっていたのが、今の寺沢町長であります。七ケ浜町は、私の同志で先輩の伊藤信太郎衆議院議員の選挙区でありますが、七ケ浜町の今を通じて全被災地の課題と取組について伺います。
まず、子供の心のケアの継続ときめ細かい寄り添いについて、心のケアの取組についての現状を文科省からお伺いしたいと思います。
蝦
蝦名喜之#7
○蝦名政府参考人 お答え申し上げます。
震災から九年が経過する中で、現在でも、震災を突然思い出し、気持ちが落ちつかなくなることがある児童生徒でありますとか、避難先での生活を余儀なくされている児童生徒が、今でもおります。被災児童生徒に対するきめ細かな心のケアなどの支援については、継続的に取り組んでいくことが大変重要であるというふうに考えているところでございます。
こうした認識のもとで、スクールカウンセラーなど子供の心のケアの専門家の配置につきましては、震災直後の平成二十三年度から現在まで、全額国庫補助にて配置をし、現場を支援しているという状況でございます。令和二年度の政府予算案におきましても、被災自治体の要望を踏まえまして、配置に必要な経費を計上いたしているところでございます。
文部科学省といたしましては、引き続き、被災自治体との丁寧な情報交換を行いながら、復興庁とも連携しながら、心のケアを含めた必要な支援に努めてまいりたいと考えているところでございます。
この発言だけを見る →震災から九年が経過する中で、現在でも、震災を突然思い出し、気持ちが落ちつかなくなることがある児童生徒でありますとか、避難先での生活を余儀なくされている児童生徒が、今でもおります。被災児童生徒に対するきめ細かな心のケアなどの支援については、継続的に取り組んでいくことが大変重要であるというふうに考えているところでございます。
こうした認識のもとで、スクールカウンセラーなど子供の心のケアの専門家の配置につきましては、震災直後の平成二十三年度から現在まで、全額国庫補助にて配置をし、現場を支援しているという状況でございます。令和二年度の政府予算案におきましても、被災自治体の要望を踏まえまして、配置に必要な経費を計上いたしているところでございます。
文部科学省といたしましては、引き続き、被災自治体との丁寧な情報交換を行いながら、復興庁とも連携しながら、心のケアを含めた必要な支援に努めてまいりたいと考えているところでございます。
小
小田原潔#8
○小田原委員 ありがとうございます。
現場の声を聞いてみました。そうすると、記憶がないはずの生まれたばかりの子供、今、小学校三年生、四年生に、特に不登校や多動が多いということでありました。
これは震災と関連があるという御認識なのかどうか、お伺いしたいと思います。
この発言だけを見る →現場の声を聞いてみました。そうすると、記憶がないはずの生まれたばかりの子供、今、小学校三年生、四年生に、特に不登校や多動が多いということでありました。
これは震災と関連があるという御認識なのかどうか、お伺いしたいと思います。
蝦
蝦名喜之#9
○蝦名政府参考人 お答えを申し上げます。
不登校等の要因につきましては、児童生徒によってさまざまであると考えてございます。
御指摘の現在の小学校三年生、四年生、震災当時は生まれて間もないころだったと考えますけれども、現在の小学校三年、四年生に震災がどの程度影響を及ぼしているのかというのは、個々の児童生徒の生育の状況等によりますために一概にはなかなか言えないものと考えてございますけれども、他方で、被災自治体における調査などによりますれば、震災から時間が経過した最近になっても、当時の恐怖や喪失感による不安などから新たに不登校となる子供が出てきているといったようなこと、また、今でも突然震災を思い出して授業に集中できなかったり気持ちが落ちつかなくなったりするという子供が存在してございます。
依然として震災のつらい思いをさまざまな形で抱きながら学校生活を送っている児童生徒も、一定数存在するものと承知をしているところでございます。
この発言だけを見る →不登校等の要因につきましては、児童生徒によってさまざまであると考えてございます。
御指摘の現在の小学校三年生、四年生、震災当時は生まれて間もないころだったと考えますけれども、現在の小学校三年、四年生に震災がどの程度影響を及ぼしているのかというのは、個々の児童生徒の生育の状況等によりますために一概にはなかなか言えないものと考えてございますけれども、他方で、被災自治体における調査などによりますれば、震災から時間が経過した最近になっても、当時の恐怖や喪失感による不安などから新たに不登校となる子供が出てきているといったようなこと、また、今でも突然震災を思い出して授業に集中できなかったり気持ちが落ちつかなくなったりするという子供が存在してございます。
依然として震災のつらい思いをさまざまな形で抱きながら学校生活を送っている児童生徒も、一定数存在するものと承知をしているところでございます。
小
小田原潔#10
○小田原委員 確かに、ボランティアセンターには、当時、地元の中学生、高校生も春休みということで、ヘドロだらけになりながら手伝ってくれた子供たちが大勢いました。
さて、現場では、特に昨年、一昨年と、緊急スクールカウンセラー等活用事業というのを実施しています。しかし、本音を言えば、学校に張りつくスクールカウンセラーよりも、未就学児や不登校、親世代のメンタルが子供に及ぼす影響など、家庭からも話を聞くスクールソーシャルワーカーの要望が強いです。
御認識はいかがでしょうか。
この発言だけを見る →さて、現場では、特に昨年、一昨年と、緊急スクールカウンセラー等活用事業というのを実施しています。しかし、本音を言えば、学校に張りつくスクールカウンセラーよりも、未就学児や不登校、親世代のメンタルが子供に及ぼす影響など、家庭からも話を聞くスクールソーシャルワーカーの要望が強いです。
御認識はいかがでしょうか。
蝦
蝦名喜之#11
○蝦名政府参考人 お答え申し上げます。
心理の専門家でありますスクールカウンセラーだけでなく、家庭を含めた子供を取り巻く環境に働きかけながら、福祉の専門家として、例えば福祉機関との間をつないでいくような、支援を行うようなスクールソーシャルワーカーの配置の充実を図っていくということは重要であるというふうに考えてございます。
実際にも、例えば宮城県から要望をいただいてございますが、近年、スクールソーシャルワーカーへの支援ニーズが高まっているということを踏まえて、スクールカウンセラーはもとより、スクールソーシャルワーカーの配置を継続できるよう特段の配慮をお願いしたい、こういったような内容の要望も宮城県からはいただいているところでございます。
こうしたことも踏まえまして、令和二年度の政府予算案におきましても、スクールソーシャルワーカーの配置に必要な経費を計上いたしているところでございます。
いずれにしましても、引き続き、被災自治体と、現場で実際、何が、どういったニーズがあるのかといったことについての丁寧な情報交換を行いながら、スクールソーシャルワーカー等の配置も含めて必要な支援に努めてまいりたいと考えているところでございます。
この発言だけを見る →心理の専門家でありますスクールカウンセラーだけでなく、家庭を含めた子供を取り巻く環境に働きかけながら、福祉の専門家として、例えば福祉機関との間をつないでいくような、支援を行うようなスクールソーシャルワーカーの配置の充実を図っていくということは重要であるというふうに考えてございます。
実際にも、例えば宮城県から要望をいただいてございますが、近年、スクールソーシャルワーカーへの支援ニーズが高まっているということを踏まえて、スクールカウンセラーはもとより、スクールソーシャルワーカーの配置を継続できるよう特段の配慮をお願いしたい、こういったような内容の要望も宮城県からはいただいているところでございます。
こうしたことも踏まえまして、令和二年度の政府予算案におきましても、スクールソーシャルワーカーの配置に必要な経費を計上いたしているところでございます。
いずれにしましても、引き続き、被災自治体と、現場で実際、何が、どういったニーズがあるのかといったことについての丁寧な情報交換を行いながら、スクールソーシャルワーカー等の配置も含めて必要な支援に努めてまいりたいと考えているところでございます。
小
小田原潔#12
○小田原委員 ありがとうございます。
予算の御説明をいただいたときに、要求の満額を満たしているという説明をいただきました。しかしながら、現場で話を聞いてみると、そのスクールカウンセラーについては、上限額を守るために時間数を減らしてやりくりをしているという声もありました。
この点、御認識はいかがでしょうか。
この発言だけを見る →予算の御説明をいただいたときに、要求の満額を満たしているという説明をいただきました。しかしながら、現場で話を聞いてみると、そのスクールカウンセラーについては、上限額を守るために時間数を減らしてやりくりをしているという声もありました。
この点、御認識はいかがでしょうか。
蝦
蝦名喜之#13
○蝦名政府参考人 お答えを申し上げます。
現在、政令指定都市を除く市町村におきますスクールカウンセラー等の配置につきましては、原則、その市町村が属する都道府県の配置基準に基づいて配置を行ってございます。文部科学省としては、そうした都道府県からの要望を踏まえて、それに見合う形での予算を措置をしているところでございます。
一方で、学校現場からの声としては、スクールカウンセラーの配置時間が、委員御指摘のように、必ずしも十分ではないといったような指摘があるということを私どもとしても承知をしているところでございます。
文部科学省といたしまして、引き続き、被災自治体との丁寧な情報交換を行うということを通じまして、可能な限り、実際の学校現場を含めた被災地での要望に応えることができるよう、県との調整に努めてまいりたいと考えているところでございます。
この発言だけを見る →現在、政令指定都市を除く市町村におきますスクールカウンセラー等の配置につきましては、原則、その市町村が属する都道府県の配置基準に基づいて配置を行ってございます。文部科学省としては、そうした都道府県からの要望を踏まえて、それに見合う形での予算を措置をしているところでございます。
一方で、学校現場からの声としては、スクールカウンセラーの配置時間が、委員御指摘のように、必ずしも十分ではないといったような指摘があるということを私どもとしても承知をしているところでございます。
文部科学省といたしまして、引き続き、被災自治体との丁寧な情報交換を行うということを通じまして、可能な限り、実際の学校現場を含めた被災地での要望に応えることができるよう、県との調整に努めてまいりたいと考えているところでございます。
小
小田原潔#14
○小田原委員 復興・創生期間が令和二年度で終わります。
先ほど、小学校三年生、四年生に問題を抱える子供がふえている、子供の数は減っているのにそういう子がふえているという現場の切実な懸念があります。小学校三年生、四年生というと九歳、十歳でありますから、まだまだ、しっかりとした心根で元気に成長してもらうためには、寄り添っていただく要望というのが続いて当然であろうと思います。
支援を必要としている子供たちがたくさんいることに鑑み、心の復興事業として継続、延長を求める声が強いのでありますが、復興大臣に今後の意気込みをいただきたいと思います。
この発言だけを見る →先ほど、小学校三年生、四年生に問題を抱える子供がふえている、子供の数は減っているのにそういう子がふえているという現場の切実な懸念があります。小学校三年生、四年生というと九歳、十歳でありますから、まだまだ、しっかりとした心根で元気に成長してもらうためには、寄り添っていただく要望というのが続いて当然であろうと思います。
支援を必要としている子供たちがたくさんいることに鑑み、心の復興事業として継続、延長を求める声が強いのでありますが、復興大臣に今後の意気込みをいただきたいと思います。
田
田中和徳#15
○田中国務大臣 質問者のお許しをいただき、答弁に先立ち、一言申し上げさせていただきたいと思います。
先ほど皆様と一緒に黙祷をさせていただきましたが、あす三月十一日、東日本大震災の発災から丸九年を迎えることになります。予定をしておりました政府主催の東日本大震災追悼式は、コロナウイルスの感染拡大を阻止するために、残念ながら、やむを得ず取りやめとなったところでございます。
私は、震災によって亡くなられた方々に心から哀悼の意を表し、遺族の方々や、今なお仮設住宅でお暮らしをしておられる方々の不自由な状況を鑑みるときに、心からお見舞いを申し上げるとともに、被災地の一日も早い復興再生へ強い決意を持って臨んでまいりたいと思っております。
ただいま、七ケ浜町でとうといボランティアの経験をされた小田原潔委員からお尋ねがあったことについて、お話をしておきたいと思っております。
「復興・創生期間」後における東日本大震災からの復興の基本方針においても、被災した子供に対する支援については、復興・創生期間後も引き続き支援に取り組む旨示しており、引き続き、被災自治体や文部科学省等の関係者としっかりと連携をしながら取り組んでまいりたいと思います。
お話がありましたように、震災によって家族や住居を失った子供たち、特に、震災を突然思い出したり、お話があったように、授業中に集中できなかったり、いろいろなケースがあるわけでございますので、丁寧に対応していくことをお約束を申し上げたいと思います。
この発言だけを見る →先ほど皆様と一緒に黙祷をさせていただきましたが、あす三月十一日、東日本大震災の発災から丸九年を迎えることになります。予定をしておりました政府主催の東日本大震災追悼式は、コロナウイルスの感染拡大を阻止するために、残念ながら、やむを得ず取りやめとなったところでございます。
私は、震災によって亡くなられた方々に心から哀悼の意を表し、遺族の方々や、今なお仮設住宅でお暮らしをしておられる方々の不自由な状況を鑑みるときに、心からお見舞いを申し上げるとともに、被災地の一日も早い復興再生へ強い決意を持って臨んでまいりたいと思っております。
ただいま、七ケ浜町でとうといボランティアの経験をされた小田原潔委員からお尋ねがあったことについて、お話をしておきたいと思っております。
「復興・創生期間」後における東日本大震災からの復興の基本方針においても、被災した子供に対する支援については、復興・創生期間後も引き続き支援に取り組む旨示しており、引き続き、被災自治体や文部科学省等の関係者としっかりと連携をしながら取り組んでまいりたいと思います。
お話がありましたように、震災によって家族や住居を失った子供たち、特に、震災を突然思い出したり、お話があったように、授業中に集中できなかったり、いろいろなケースがあるわけでございますので、丁寧に対応していくことをお約束を申し上げたいと思います。
小
小田原潔#16
○小田原委員 ありがとうございます。ぜひ、子供たちに寄り添った国でありたいと私も願います。
ただいま大臣から、とうといボランティアというお言葉をいただきましたが、本音を言うと、ボランティアは、そもそも、黙って行って、黙って働いて、黙って帰ってくるものであろうと思います。私自身も、自分からこの体験を話すことはほとんどありません。むしろ、贖罪の気分とまでは申しませんけれども、この国難の時期に、あなたはあのとき何をしていましたかと聞かれて恥ずかしくない生き方をしたいと思ったその欲求を受け入れてくれた、震災に立ち向かう活動にかかわらせてくれただけでもありがたいと思います。
次の質問に移ります。災害公営住宅の見守り事業についてであります。
子供たちの心もさることながら、ただいま現場では住民の高齢化、単身化が進んでおります。高齢者世帯や単身世帯が六〇%から七〇%を占める七ケ浜町では、社会福祉協議会の臨時職員として四、五名の方が継続して二百八十八世帯を巡回し、月に二回程度、年間延べ四千人程度の見守りをしてくれています。人間関係もできてきて、引き続き事業の継続を望む声が強うございます。
決意のほどをいただきたく存じます。
この発言だけを見る →ただいま大臣から、とうといボランティアというお言葉をいただきましたが、本音を言うと、ボランティアは、そもそも、黙って行って、黙って働いて、黙って帰ってくるものであろうと思います。私自身も、自分からこの体験を話すことはほとんどありません。むしろ、贖罪の気分とまでは申しませんけれども、この国難の時期に、あなたはあのとき何をしていましたかと聞かれて恥ずかしくない生き方をしたいと思ったその欲求を受け入れてくれた、震災に立ち向かう活動にかかわらせてくれただけでもありがたいと思います。
次の質問に移ります。災害公営住宅の見守り事業についてであります。
子供たちの心もさることながら、ただいま現場では住民の高齢化、単身化が進んでおります。高齢者世帯や単身世帯が六〇%から七〇%を占める七ケ浜町では、社会福祉協議会の臨時職員として四、五名の方が継続して二百八十八世帯を巡回し、月に二回程度、年間延べ四千人程度の見守りをしてくれています。人間関係もできてきて、引き続き事業の継続を望む声が強うございます。
決意のほどをいただきたく存じます。
田
田中和徳#17
○田中国務大臣 ただいまのお尋ねについてお答えをいたしたいと思っております。
七ケ浜町においては、災害公営住宅の高齢化率が四三%でございまして、町全体の約三〇%より高い、このようにも伺っておるところでございます。
いろいろと今数字的にもお話があったわけでございますが、復興庁は被災者支援総合交付金によってこの取組を支援をさせていただいておるわけでございます。
このような見守りなどの被災者支援は、昨年取りまとめた復興の基本方針において、復興・創生期間後も事業の進捗に応じて支援を継続するということにもなっております。引き続き、自治体と連携し、丁寧に状況を伺って、被災者に寄り添った支援をいたしてまいりたいと思っております。
この発言だけを見る →七ケ浜町においては、災害公営住宅の高齢化率が四三%でございまして、町全体の約三〇%より高い、このようにも伺っておるところでございます。
いろいろと今数字的にもお話があったわけでございますが、復興庁は被災者支援総合交付金によってこの取組を支援をさせていただいておるわけでございます。
このような見守りなどの被災者支援は、昨年取りまとめた復興の基本方針において、復興・創生期間後も事業の進捗に応じて支援を継続するということにもなっております。引き続き、自治体と連携し、丁寧に状況を伺って、被災者に寄り添った支援をいたしてまいりたいと思っております。
小
小田原潔#18
○小田原委員 ありがとうございます。
現地に行き、初めて悲惨な光景のど真ん中で、ボランティア仲間と、寒く、きついにおいの中、ヘドロで汚れ、危険な場所に重い物を運ぶ、ああいった作業をしたことで、現地の人たちの悲しみ、つらさを少しでも共有したい、そういう思いでありました。
被災地の写真は、とてもじゃないけれども撮れませんでした。その場所は、皆さんが幸せに暮らしていた場所だし、悲劇が起きた場所でもあります。心の中にあんなつらい光景を焼き付けたいという気持ちも全くありませんでした。
今はハード面はほとんど完了したと現場の人たちも言ってくれています。しかしながら、区画整理後の土地利用について頭を抱えていらっしゃいます。
まずは、東日本大震災からの復興に係る土地区画整理事業における宅地の活用状況について教えてください。
この発言だけを見る →現地に行き、初めて悲惨な光景のど真ん中で、ボランティア仲間と、寒く、きついにおいの中、ヘドロで汚れ、危険な場所に重い物を運ぶ、ああいった作業をしたことで、現地の人たちの悲しみ、つらさを少しでも共有したい、そういう思いでありました。
被災地の写真は、とてもじゃないけれども撮れませんでした。その場所は、皆さんが幸せに暮らしていた場所だし、悲劇が起きた場所でもあります。心の中にあんなつらい光景を焼き付けたいという気持ちも全くありませんでした。
今はハード面はほとんど完了したと現場の人たちも言ってくれています。しかしながら、区画整理後の土地利用について頭を抱えていらっしゃいます。
まずは、東日本大震災からの復興に係る土地区画整理事業における宅地の活用状況について教えてください。
石
石塚孝#19
○石塚政府参考人 お答え申し上げます。
住まいの復興工程表に基づき、土地区画整理事業によって整備されました宅地の活用状況は、昨年九月末現在で、全体、約六五%となっております。
この発言だけを見る →住まいの復興工程表に基づき、土地区画整理事業によって整備されました宅地の活用状況は、昨年九月末現在で、全体、約六五%となっております。
小
小田原潔#20
○小田原委員 ありがとうございます。
現場では、区画整理が終わり、町が買い取った土地でありますけれども、何に活用するかというところに悩んでいらっしゃいます。
もともと、とってもにぎやかな場所であったわけではありませんし、かといって、使途のないまま放っておくわけにもいかない、できれば買ってもらったり借りてもらったりして町の負担を軽減させていただきたいという本音があるわけでありますが、土地区画整理事業により造成した宅地の空き区画に対する利活用促進の取組について、大臣からいただきたいと思います。
この発言だけを見る →現場では、区画整理が終わり、町が買い取った土地でありますけれども、何に活用するかというところに悩んでいらっしゃいます。
もともと、とってもにぎやかな場所であったわけではありませんし、かといって、使途のないまま放っておくわけにもいかない、できれば買ってもらったり借りてもらったりして町の負担を軽減させていただきたいという本音があるわけでありますが、土地区画整理事業により造成した宅地の空き区画に対する利活用促進の取組について、大臣からいただきたいと思います。
田
田中和徳#21
○田中国務大臣 御指摘がございましたように、土地区画整理事業実施地区の土地の利活用促進は極めて重要な課題でございます。このため、土地所有者と利用者のマッチング等、土地の利用、活用の促進に向けて各自治体が懸命に努力をしております。
七ケ浜町は仙台の通勤圏でありまして、都市部の土地需要の受皿となる可能性は十分ある、このように私は、現地にもお伺いして、今思っておるところでございます。
復興庁としても、引き続き、職員が現地に出向き助言等を行うとともに、住まいの再建だとか、産業、なりわいの再生など、関係省庁と連携し、あらゆる施策を総動員して被災自治体とともに取り組んでまいりたいと思います。
委員の御指摘を重く受けとめて努力をしてまいります。
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復興庁としても、引き続き、職員が現地に出向き助言等を行うとともに、住まいの再建だとか、産業、なりわいの再生など、関係省庁と連携し、あらゆる施策を総動員して被災自治体とともに取り組んでまいりたいと思います。
委員の御指摘を重く受けとめて努力をしてまいります。
小
小田原潔#22
○小田原委員 ありがとうございます。
きっと、町長を始め七ケ浜の皆さん、この状況をインターネットの中継でごらんになっていると思います。大臣からのお言葉、どれだけ心強く思ったかと察する次第であります。
先輩の選挙区のお話を随分と執着して話をしてしまいましたが、私自身はほかの被災地に行くのは余り気が進みませんでした。というのは、当初、どの自治体も社会福祉協議会の職員が対応に手いっぱいで、来てくれるなというところの方が多かった。それを、このようなよそ者の私の気持ちを受け入れてくれた、そういった七ケ浜の人たちに完全な復興をなし遂げるまで寄り添いたいという思いであります。
これが全ての被災地に共通することとなることを確信して、質問をさせていただきました。
ありがとうございました。
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先輩の選挙区のお話を随分と執着して話をしてしまいましたが、私自身はほかの被災地に行くのは余り気が進みませんでした。というのは、当初、どの自治体も社会福祉協議会の職員が対応に手いっぱいで、来てくれるなというところの方が多かった。それを、このようなよそ者の私の気持ちを受け入れてくれた、そういった七ケ浜の人たちに完全な復興をなし遂げるまで寄り添いたいという思いであります。
これが全ての被災地に共通することとなることを確信して、質問をさせていただきました。
ありがとうございました。
伊
津
津島淳#24
○津島委員 自由民主党の津島淳でございます。
私からも、発災九年を迎えるあすの三月十一日、犠牲になられた方々に心からの哀悼の誠をささげます。
九年がたつわけであります。被災地の復興は進みつつあるといえども、まだまだ道半ばのところはございますので、田中大臣を先頭に、被災地の完全なる復興というものを進めていただくように、ぜひお願いをいたします。
震災の記憶の風化ということが言われております。憂うる声が上がっております。
記憶、つまり、忘れてはいけないということはもちろんなんですが、大事なことは、あの日起こったこと、そしてその後に起こったことをどう次の災害に生かしていくかということではないかと私は思っております。
そういった観点で、きょうは、災害医療の展開について、当時の課題等を一つ一つ見ていきながら議論してまいりたいと思いますので、よろしくお願いします。
東日本大震災では、東北太平洋岸域、多くの自治体が被災したわけであります。被災地域、およそ医療機関は三百八十ある、私なりに調べた結果、あると承知をしております。
まず、復興庁にお伺いしたいんですが、この三百八十あったと言われる医療機関の被災状況を教えていただけますか。
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九年がたつわけであります。被災地の復興は進みつつあるといえども、まだまだ道半ばのところはございますので、田中大臣を先頭に、被災地の完全なる復興というものを進めていただくように、ぜひお願いをいたします。
震災の記憶の風化ということが言われております。憂うる声が上がっております。
記憶、つまり、忘れてはいけないということはもちろんなんですが、大事なことは、あの日起こったこと、そしてその後に起こったことをどう次の災害に生かしていくかということではないかと私は思っております。
そういった観点で、きょうは、災害医療の展開について、当時の課題等を一つ一つ見ていきながら議論してまいりたいと思いますので、よろしくお願いします。
東日本大震災では、東北太平洋岸域、多くの自治体が被災したわけであります。被災地域、およそ医療機関は三百八十ある、私なりに調べた結果、あると承知をしております。
まず、復興庁にお伺いしたいんですが、この三百八十あったと言われる医療機関の被災状況を教えていただけますか。
石
石田優#25
○石田政府参考人 お答え申し上げます。
先生御指摘のとおり、発災当時、被災三県には三百八十の病院が存在しておりました。
現在では、未再開の病院は福島浜通りの六病院のみとなっておりますが、発災当時は約三百の病院が被災し、全壊が十四病院、半壊等の一部損壊が二百八十九病院となりました。
この結果、被災直後の時点で、入院、外来の停止や制限を行った病院が二百以上に上っていたと承知しております。
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現在では、未再開の病院は福島浜通りの六病院のみとなっておりますが、発災当時は約三百の病院が被災し、全壊が十四病院、半壊等の一部損壊が二百八十九病院となりました。
この結果、被災直後の時点で、入院、外来の停止や制限を行った病院が二百以上に上っていたと承知しております。
津
津島淳#26
○津島委員 ありがとうございます。
今、石田統括官から答弁ありましたとおり、多くの病院が被災したわけですね。そういった多くの診療所で、医師の皆さんは、壊れた建物の中で必死の思いで医療を提供してきた、あるいは地域の避難所を巡回して、巡回診療を自発的に行ったり、そういったことを行っていたわけです。
実際、また、地域の拠点となる災害拠点病院は三十三、被災三県であるわけですが、そのうち三十一施設が一部損壊という被害を受けたわけであります。
そして、発災後、その地域の医療を支援すべく、災害派遣医療チーム、DMATが入ってまいります。このDMATの活動の課題について、次はお伺いします。
DMATは、三月十一日から二十二日まで、全国から延べ約三百四十隊、千五百人が活動を行ったと記録に残っています。この活動の記録について、内閣府防災あるいは厚生労働省DMAT事務局において検証が行われ、いろいろな課題が指摘をされております。
主なものとすれば、急性期のみならず亜急性期や慢性期の疾患への対応が必要になった、活動期間として想定していた発災後七十二時間を超えての活動が必要であった、広域医療搬送がスムーズに行えなかった、派遣されたDMATの隊員のロジスティックサポートの充実といったことが指摘されております。
こうした課題について、内閣府、きょうは村手さんですか、今後の大規模災害時の医療の提供にどう生かしていかれるでしょうか、お願いします。
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実際、また、地域の拠点となる災害拠点病院は三十三、被災三県であるわけですが、そのうち三十一施設が一部損壊という被害を受けたわけであります。
そして、発災後、その地域の医療を支援すべく、災害派遣医療チーム、DMATが入ってまいります。このDMATの活動の課題について、次はお伺いします。
DMATは、三月十一日から二十二日まで、全国から延べ約三百四十隊、千五百人が活動を行ったと記録に残っています。この活動の記録について、内閣府防災あるいは厚生労働省DMAT事務局において検証が行われ、いろいろな課題が指摘をされております。
主なものとすれば、急性期のみならず亜急性期や慢性期の疾患への対応が必要になった、活動期間として想定していた発災後七十二時間を超えての活動が必要であった、広域医療搬送がスムーズに行えなかった、派遣されたDMATの隊員のロジスティックサポートの充実といったことが指摘されております。
こうした課題について、内閣府、きょうは村手さんですか、今後の大規模災害時の医療の提供にどう生かしていかれるでしょうか、お願いします。
村
村手聡#27
○村手政府参考人 お答え申し上げます。
災害医療を含め、東日本大震災における災害応急対策の課題につきましては、東日本大震災における災害応急対策に関する検討会において検証され、平成二十三年十一月の中間取りまとめにおいて整理されてございます。
その中で、委員御指摘のとおり、災害医療については、他の医療チームへの引継ぎも含めまして、発災後中長期医療に至る対応ですとか、また慢性疾患等の入院患者や避難所の患者の広域医療搬送を含めた対応などが課題として挙げられていたところでございます。
これらの課題を踏まえまして、政府では、防災基本計画を改定いたしまして、DMATが中長期的にも医療活動を展開できる体制の確立や円滑な引継ぎ、また傷病者や慢性疾患患者の広域搬送体制の確保などの取組を追加いたしました。また、この改定を受けまして、具体的に、厚労省におきましては、DMAT活動要領の改定を行って、DMAT活動が長期間に及ぶ場合の追加派遣やDMATロジスティックチームの創設などについて対応を行っていただいたところでございます。
こうしたことを踏まえまして、さきの熊本地震において、DMATにおける二週間にわたる継続的な医療活動が行われるなど、東日本大震災の教訓を生かした取組が進められているところでございます。
今後も引き続き関係省庁と連携いたしまして、大規模災害時における災害医療の確保に向けて、しっかりと取組を進めてまいりたいと考えてございます。
以上でございます。
この発言だけを見る →災害医療を含め、東日本大震災における災害応急対策の課題につきましては、東日本大震災における災害応急対策に関する検討会において検証され、平成二十三年十一月の中間取りまとめにおいて整理されてございます。
その中で、委員御指摘のとおり、災害医療については、他の医療チームへの引継ぎも含めまして、発災後中長期医療に至る対応ですとか、また慢性疾患等の入院患者や避難所の患者の広域医療搬送を含めた対応などが課題として挙げられていたところでございます。
これらの課題を踏まえまして、政府では、防災基本計画を改定いたしまして、DMATが中長期的にも医療活動を展開できる体制の確立や円滑な引継ぎ、また傷病者や慢性疾患患者の広域搬送体制の確保などの取組を追加いたしました。また、この改定を受けまして、具体的に、厚労省におきましては、DMAT活動要領の改定を行って、DMAT活動が長期間に及ぶ場合の追加派遣やDMATロジスティックチームの創設などについて対応を行っていただいたところでございます。
こうしたことを踏まえまして、さきの熊本地震において、DMATにおける二週間にわたる継続的な医療活動が行われるなど、東日本大震災の教訓を生かした取組が進められているところでございます。
今後も引き続き関係省庁と連携いたしまして、大規模災害時における災害医療の確保に向けて、しっかりと取組を進めてまいりたいと考えてございます。
以上でございます。
津
津島淳#28
○津島委員 ありがとうございました。
DMATの活動が発災後七十二時間以上を超えて中長期の活動になるということを想定したものとしている、そしてそれを支えるロジスティクスについても検討されているというお答えでございました。
このロジスティクスということが極めてやはり重要であって、東日本大震災のとき、特に空路で全国から入ったDMATの隊員さんは、入ったはいいが、衣食住、彼らみずからの衣食住の問題というのがネックになったということがございました。
そこで、私から、ある意味提案ということになるんですが、船の活用ということを今後検討すべきだということ、このことについてちょっと議論をしてみたいと思います。
きょう、委員の皆様には資料を配らせていただいておるかと思います。三月四日付の日本経済新聞、「病院船導入 機運再び」ということで、この場では、病院船建造についての議論はまたとしたいと思っております。
私が主に論じたいのは、今ある船舶の活用ということであります。自衛隊には、医療設備を持った艦船が現に存在しています。あるいは、民間船舶でも、医療設備を持った船が存在しています。これらを活用すること、それを検討すべきではないかという点を論じていきたいわけであります。
災害時に船舶を活用するメリットを私なりに整理をしますと、大量の人員、物資をまず被災地に運ぶことができる、それから、船舶自体に燃料、水等があり、一定期間自立ができる、さらに、居住空間がある船舶では、それを避難所として活用できるのではないか、さらに、医療設備があれば、臨時広域搬送拠点、いわゆるSCUとしてそれを使うことができるといったメリットがありますが、まだまだ、どのように活用するのか、そしてスタッフをどのように参集していただくのか、陸との連携はどうするのか、さまざま課題があると私は認識しております。
いずれにしても、船舶を活用するということはやはり私は有用であって、政府においてぜひこれは検討していただきたいと思うんですが、きょうは横山副大臣においでいただいております。実は、病院船についてはいろいろと語り合う仲でもございますので、特別に御指名をするような形なんですが、横山副大臣、ぜひ思いをお答えいただきたいと思います。
この発言だけを見る →DMATの活動が発災後七十二時間以上を超えて中長期の活動になるということを想定したものとしている、そしてそれを支えるロジスティクスについても検討されているというお答えでございました。
このロジスティクスということが極めてやはり重要であって、東日本大震災のとき、特に空路で全国から入ったDMATの隊員さんは、入ったはいいが、衣食住、彼らみずからの衣食住の問題というのがネックになったということがございました。
そこで、私から、ある意味提案ということになるんですが、船の活用ということを今後検討すべきだということ、このことについてちょっと議論をしてみたいと思います。
きょう、委員の皆様には資料を配らせていただいておるかと思います。三月四日付の日本経済新聞、「病院船導入 機運再び」ということで、この場では、病院船建造についての議論はまたとしたいと思っております。
私が主に論じたいのは、今ある船舶の活用ということであります。自衛隊には、医療設備を持った艦船が現に存在しています。あるいは、民間船舶でも、医療設備を持った船が存在しています。これらを活用すること、それを検討すべきではないかという点を論じていきたいわけであります。
災害時に船舶を活用するメリットを私なりに整理をしますと、大量の人員、物資をまず被災地に運ぶことができる、それから、船舶自体に燃料、水等があり、一定期間自立ができる、さらに、居住空間がある船舶では、それを避難所として活用できるのではないか、さらに、医療設備があれば、臨時広域搬送拠点、いわゆるSCUとしてそれを使うことができるといったメリットがありますが、まだまだ、どのように活用するのか、そしてスタッフをどのように参集していただくのか、陸との連携はどうするのか、さまざま課題があると私は認識しております。
いずれにしても、船舶を活用するということはやはり私は有用であって、政府においてぜひこれは検討していただきたいと思うんですが、きょうは横山副大臣においでいただいております。実は、病院船についてはいろいろと語り合う仲でもございますので、特別に御指名をするような形なんですが、横山副大臣、ぜひ思いをお答えいただきたいと思います。
横
横山信一#29
○横山副大臣 お答えいたします。
津島先生には、議連を通しまして一緒に、病院船又は災害時多目的船についての利活用について、終始議論をリードされてきていることに敬意を表するものでございます。
東日本大震災におきましても、沿岸地域の医療機関が多く被災したことを鑑みると、大規模災害時の医療ニーズに対応する多様な手段を確保しておくということは重要なことと考えております。
委員御指摘のいわゆる病院船の活用につきましては、これまでも、内閣府を始めとする関係省庁が実証実験等を通じた検討を進めてきたところでもございます。厚生労働大臣からも、課題の解決を関係省庁とも探りながら、病院船の配備のあり方について加速的に検討を進めていきたい旨の発言があったと承知をしております。
また、一方で、東日本大震災では、医療機能だけでなく、自衛隊艦船による入浴支援、あるいは訓練所練習船等による炊き出しの支援なども実際に行われておりました。
こういう観点を見ますと、被災者の支援にも船舶が活用された、活躍したという事実がございます。その点において、復興庁といたしましても、災害時多目的船という観点も今後注視をしてまいりたいと考えているところでございます。
この発言だけを見る →津島先生には、議連を通しまして一緒に、病院船又は災害時多目的船についての利活用について、終始議論をリードされてきていることに敬意を表するものでございます。
東日本大震災におきましても、沿岸地域の医療機関が多く被災したことを鑑みると、大規模災害時の医療ニーズに対応する多様な手段を確保しておくということは重要なことと考えております。
委員御指摘のいわゆる病院船の活用につきましては、これまでも、内閣府を始めとする関係省庁が実証実験等を通じた検討を進めてきたところでもございます。厚生労働大臣からも、課題の解決を関係省庁とも探りながら、病院船の配備のあり方について加速的に検討を進めていきたい旨の発言があったと承知をしております。
また、一方で、東日本大震災では、医療機能だけでなく、自衛隊艦船による入浴支援、あるいは訓練所練習船等による炊き出しの支援なども実際に行われておりました。
こういう観点を見ますと、被災者の支援にも船舶が活用された、活躍したという事実がございます。その点において、復興庁といたしましても、災害時多目的船という観点も今後注視をしてまいりたいと考えているところでございます。