和氣みち子の発言 (法務委員会)
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○和氣参考人 ただいま御紹介いただきました和氣みち子でございます。
私は、二〇〇〇年七月三十一日に、娘の由佳、十九歳と八カ月の大切な命を悪質交通事犯で奪われた犯罪被害者です。被害後、犯罪被害者として日本の社会で生きていく中で、かなりのリスクを抱えながら生活をしなければなりませんでしたし、二次的被害を受けてしまった経験から、犯罪被害者には支援が必要であると強く感じましたので、現在は、公益社団法人被害者支援センターとちぎの事務局長として被害者支援活動をさせていただいております。また、公益社団法人全国被害者ネットワークの理事としても活動しております。
本日は、このような機会をいただき、大変ありがたく思っております。私は、今回のテーマである危険運転、あおり運転の当事者ではございませんが、私と同じような心情ではないかと思いまして代弁をさせていただきたいと思います。
本日は、時間に限りがありますので、全国被害者ネットワークのパンフレット、当センターのリーフレット、冊子、手記などをお手元に配付させていただきましたので、被害者支援の重要性についても御参考にしていただきたいと思います。
まず初めに、私が犯罪被害者となってからの心情、現状をお伝えしたいと思いますので、あおり運転の被害者の方に置きかえて受けとめていただきたいと思います。まず、私の心情、現状をお伝えしたいと思います。
行ってきます、私たち家族が最後に聞いた娘、由佳の声でした。あれから二十年が間もなく七月三十一日でたちますが、ただいまという声はもう二度と聞くことができません。とてもつらいことですが、葛藤しながら生きています。
平成十二年、二〇〇〇年七月三十一日、真夏の非常に暑い日でした。午後七時ごろ、病院での老人介護の仕事を終え、家族の待つ自宅に帰宅途中、栃木県さくら市蒲須坂の国道四号線で、泥酔した飲酒、居眠り運転の大型トラックに正面衝突され、命を奪われました。人生の希望に燃えていた、わずか十九歳と八カ月でした。私たちの手元で生活をした期間よりも、由佳が亡くなってからの方が長い年月が過ぎようとしています。とても複雑な思いです。
あの悪夢のような日から生活は一変し、家庭もばらばらになり、私は魂が抜けた状態が続き、食事も喉を通らず、会社の仕事も手につかなくなり、由佳が傷だらけで横たわる姿を思い出すと体が固まり、動かなくなるPTSDにも悩まされました。毎年来る命日の一カ月前ぐらいになると、あの日に戻され、心身ともに不安定になります。
皆様にわかっていただきたいことは、犯罪被害者になると犯罪被害者をやめることができません。やめることができたらどんなに幸せかと思います。
加害者は、仕事中に立ち寄った栃木県西那須野町のドライブインで、別のトラックで来ていた同僚とビール大瓶を四本ずつ飲み干し、五分ほど仮眠しただけで、百五十キロも離れた千葉県にある運送会社に戻るために運転を始めました。十八キロ以上も公道を蛇行運転で走り続け、同僚が、危ないからとまれ、とまれと携帯電話で警告しましたが、大丈夫、大丈夫と意に介さず走り続けました。そのうち仮眠状態に陥り、ガードレールに車体をぶつけて目が覚め、慌ててハンドルを右に切ったために、対向車線を走ってきた由佳と車をめちゃくちゃに潰し、民家に突っ込んでようやくとまりました。
大型トラックを鉄の塊の凶器にかえ、公道を走る行為は、無差別殺人同等だと思います。しかし、業務上過失致死、道路交通法違反、酒酔い運転の罪で起訴されましたが、求刑は、たった業務上過失致死三年半でした。判決も、業務上過失致死三年半でした。その当時の法律は、どんなに危険な運転でも業務上過失でしか裁かれなかった時代でした。裁判長は未必の殺意と断言しましたが、命の重みを全く反映していませんでした。
娘は、老人介護の仕事を熱心にこなし、彼との将来の夢に向かって一生懸命生きていました。私たちも将来を楽しみにしていました。そんな夢を奪った悪質きわまりない行為は、決して許すことはできません。こんなつらい思い、誰にもさせたくはないです。私たちと同じ思いをする被害者を出さないためにも飲酒運転根絶を訴えることが娘からのメッセージではないか、このメッセージをずっと伝え続けることが供養だと思い、活動を始めました。
ちょうどそのころ、全国の同じ痛みを持つ被害者たちが、命の重みを反映していない法律の改正を求めて署名活動を展開していました。私も参加させていただき、歴代の法務大臣に署名簿を手渡した結果、とうとい命の犠牲のもと、刑法に危険運転致死傷罪が平成十三年十一月に新設されました。現在、現行法の平成二十五年自動車運転致死傷行為処罰法第二条です。
その後、危険運転致死傷罪を逃れようとする救護義務違反、ひき逃げがふえました。また十年をかけて全国で署名活動をし、法務大臣に九回手渡しした結果、自動車運転致死傷行為処罰法第四条に過失運転致死傷アルコール等影響発覚免脱罪の新設につなげました。
これらの活動に参加したことで、私自身、達成感が得られ、被害回復につながりました。
現在大きな問題となっている平成二十九年六月に神奈川県東名高速道路上で発生したあおり運転、妨害運転による死傷事案についてですが、今回の改正内容は、妨害目的で相手の車の前で急減速したり停止したり、あおり運転をした結果、死傷させた場合も、危険運転致死傷罪の対象にするものです。
東名高速道路での危険運転致死傷事件では、相手の車の前に停止することが危険運転なのかと、法律解釈をめぐって裁判が長くかかっている。一審でやっと有罪になったのに、二審でも法律解釈をめぐって手続に問題があったとして差戻しになった事案です。
また、私が被害者支援センターとちぎで支援を行った事案の中に、平成二十八年に起こりました危険運転致死傷罪の事件でも、一審判決が二審で破棄され、差し戻されたことがありました。裁判がなかなか決着しないことで、犯罪被害者にとっては長くつらい状況が続くことになります。さらに、被害回復もおくれてしまいます。東名高速道路の事件でも、高速道路で前にとまって相手の車を停車させること自体、どう考えても危険なのに、法律の要件に当たるかどうかの解釈の問題でいつまでも裁判の決着がつかず、加害者が服役しないということは、耐えがたいことだと思います。
こんなことがないように、立法府の国会議員の先生方には、裁判所の解釈に任せておくのではなく、ぜひ、はっきりとした条文に書いて、誰が見ても危険運転だとわかるよう法律改正を実現していただきたいと思っております。
本改正は、私自身、被害者、それから被害者支援の立場として歓迎するものです。迅速な対応をしてもらえたものと認識しております。
被害者遺族、被害者支援の立場から望むことは、今回の改正により悪質、危険な運転行為に対する厳罰化が進めば、警鐘となり、抑止力につながります。コロナ禍のもとではありますが、今般の法整備がおくれれば、意図的な妨害運転があっても危険運転致死傷罪で処罰されないという事態が生じかねません。そのような事態が生じないよう、被害者と遺族のためにも、理不尽に命が奪われたり傷害を受けることがないよう、一日も早い施行を望んでおります。
加害者が生まれなければ、犯罪被害者は生まれません。最大の被害者支援は、犯罪被害者を生まないことです。
施行後は、要件の認定が不確かにならないようにドライブレコーダーを積極的に活用するなど、各ドライバーも自分の身を守るために設置し、証拠を残すよう対応し、捜査を充実してもらい、改正法の積極的な適用をお願いしたいと思います。国民が安全で安心な社会で生活できるよう期待しております。
最後に、あおり運転で被害を受け、大切な命を奪われた御遺族様、御家族様に対しまして、御冥福をお祈りいたします。
以上で私からの参考意見は終了とさせていただきます。
御清聴ありがとうございました。(拍手)