麻生太郎の発言 (予算委員会)
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○麻生国務大臣 一九五一年、朝鮮事変勃発、そのときにこの日米安保条約というのは結ばれたのが最初だと思いますが、そのときに、サンフランシスコの講和条約、まあ、あのころみんながちゃがちゃと始まったんですけれども。
記憶にあるのは、あのときは、単独講和か全面講和かという言葉がえらく新聞に躍っていましたけれども、日本の加盟に賛成したのは四十三カ国が単独で、反対したのはソ連、ポーランド、ハンガリーだったかな、その三カ国は反対ということで、これは、四十三対三だったら、単独講和じゃなくて多数講和か全面講和かの違いなんじゃないのと、子供心にそう思った記憶がありますけれども。
あの時代から七十年近くがたちまして、今は、米ソ冷戦というのは、三十年前、八九年に終わっております。ベルリンの壁崩壊とともに終わっておりますので。
今は、新たに、米中みたいな形になってきて、間違いなく、日本の周辺水域や何かにおいても、北の守りよりは、むしろ、我々の方の南のところで、南シナ海の話とか東シナ海の話とか北朝鮮の話になってきて、状況は随分変わってきたと思いますが、この日米安全保障条約というものが日本の防衛、安保、外交等々の中において非常に大きな役割を果たしておりますので、今後ともこの日米安全保障条約というものが日本の防衛、外交上極めて重要なものであり続けるであろうというのは、この間の六十周年に行って、改めてそう感じたところです。