田中亘の発言 (地方創生及び消費者問題に関する特別委員会)

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○参考人(田中亘君) 東京大学社会科学研究所の田中亘と申します。
 私は、商法、会社法を専門とする法学者であり、また、今回の法改正に向けた検討のため、平成二十八年に消費者庁に設置された公益通報者保護制度の実効性の向上に関する検討会ワーキング・グループの委員として審議に参加いたしました。
 本日は、このような経験に基づいて、公益通報者保護法の一部を改正する法律案について意見を述べさせていただきます。
 平成十六年の公益通報者保護法制定から十五年がたちました。この間に、大企業を中心として相当数の事業者が内部通報制度を導入するなど、制度への理解は国民の間に徐々に浸透しつつあります。しかし、上場会社における大規模な会計不正に見られるように、通報制度が十分機能していれば防げたと思われる企業不祥事は、なお後を絶ちません。
 また、消費者庁が平成二十八年に実施した労働者における公益通報者保護制度に関する意識等のインターネット調査においても、回答者の半数近くは勤務先の不正を知った場合であっても通報、相談はしないと答えており、さらに、現実に通報、相談をした経験のある回答者のうち約四割が何らかの不利益な取扱いを受けたと回答しています。
 公益通報者の保護によって適切な通報を促し、もって事業者による法令の遵守を図るという公益通報者保護制度の目的を実現するには、制度の更なる改善強化を図る必要性は高いと考えます。
 本法案による改正は、公益通報者保護制度を強化し、より使いやすいものにするものであり、誠に意義深いもののように思われます。とりわけ次の三点の改正が重要であると考えます。
 第一に、改正法案は、一定の事業者に対し、公益通報に応じ適切に対応するために必要な体制、いわゆる内部通報体制の整備を義務付けています。
 現行法においても、会社法上の大会社は、会社の業務が適正に行われることを確保する体制、いわゆる内部統制システムの整備の決定をすべきものとされていますが、整備すべきシステムの内容の中に内部通報体制が含まれるかは解釈に委ねられており、必ずしも明確ではありませんでした。
 今回の改正は、従業員数三百人超の事業者に内部通報体制の整備を義務付けた上、その実効性確保のための行政措置も導入します。また、従業員数三百人以下の事業者についても、努力義務として内部通報体制の整備を求めています。さらに、公益通報対応業務に従事する者の守秘義務をも明定しました。こうした改正により、労働者等が安心して内部通報を行うための環境整備が進むと期待されます。
 第二に、改正法案は、公益通報が保護されるための要件を拡張し、公益通報を行いやすくしています。
 特に、行政機関に対する通報、いわゆる行政通報について、現行法では、これが保護されるためには、通報対象事実が生じ、又はまさに生じようとしていると信じるに足りる相当の理由があること、いわゆる真実相当性要件を必要としています。しかし、改正法案ではこれを改め、通報者が、氏名、住所のほか、通報対象事実の内容及び通報の理由に関して記載した書面を提出した場合には保護されるものとしています。
 真実相当性要件は、現行法上、名誉毀損の違法性が阻却されるための要件としても用いられていますが、行政通報が事業者の名誉を直ちに毀損するとは言えません。むしろ、行政機関が法令違反の有無の調査も含めて適切な対応をするための端緒となるものであります。そのような通報が保護されるために真実相当性まで必要とするのはいささか厳格に過ぎ、公益通報をためらわせる要因になっていたように思われます。
 改正法案が、行政通報について真実相当性を不要とし、氏名等を明示した書面による通報であれば足りるものとしたのは、公益通報者の保護を大幅に強化する画期的なものであると考えます。
 第三に、改正法案は、保護対象となる公益通報者の範囲を拡大し、退職者や役員を保護対象に含めています。
 労働者が在職中に法令違反の通報をすることはためらわれ、退職後に通報しようとする例は少なくないと言われます。また、会社の経営に従事する役員が重要な法令違反の事実を知る機会も多いことでしょう。これらの者をも保護の対象に含めることで公益通報がより促され、事業者による法令遵守が図られると期待されます。
 以上のとおり、本法案は、公益通報者保護制度の強化のため、大きな前進であると考えます。本法案が成立し、早期に施行されることを望みたいと思います。
 このように申し上げた上で、残りの時間では、法案の規定の中で、その解釈、適用に際し注意を要すると思われる点を指摘したいと思います。また、公益通報者保護制度の更なる強化のため、引き続き改正の検討をお願いしたい点を幾つか申し上げたいと思います。
 まず、規定の解釈、適用に際し注意を要すると考えますのは役員の保護要件に関してです。
 改正法案六条二号、三号は、行政通報又は行政通報以外の外部通報を行った役員が保護されるための要件として、調査是正措置をとるように努めたことを必要としています。これは、役員は法令遵守の義務を負い、また、会社の業務の適正を監視、監督する義務をも負っていますので、役員が善良な管理者の注意を尽くしてそれらの職務を行ったことを保護の要件にしようという趣旨と解され、それ自体は合理的なものと思われます。
 ただ、裁判所が本規定を解釈、適用するに際しては、役員が調査是正措置をとるように努めたという要件を余り厳しく解した場合、不相当に役員の保護範囲を狭めてしまう懸念があります。この点に関して申し上げたいのは、役員が法令違反の調査、是正のために会社内部でできることは限られている場合も少なくないだろうということです。
 取締役会を設置する株式会社の場合、取締役は、取締役会の構成員としてその意思決定に参加することができるだけであり、取締役会から権限を与えられない限り会社の業務を執行することはできず、また、法令違反の有無を調査したり証拠を収集する権限も持っておりません。したがって、ある取締役が法令違反が行われている疑いがあるとして取締役会で法令違反の調査あるいは是正を求めたとしても、それはないとして多数決で否決されれば、もはや会社内部でできることは残っていないことになります。
 これに対し、監査役は、法律上は単独で業務の調査や是正の権限を持っていますが、これとても、経営者が監査役の求めに応じなければ、監査役が権限を行使するには裁判に訴える以外にはありません。裁判すれば事は公となり、会社内部で処理するということはもはやできません。
 このように、役員といえども、他の役員の多数の支持を得られない状況では、会社内部で調査是正措置をとるといっても、できることは極めて限られています。そのような状況下では、外部への通報、殊に監督権限を持つ行政機関への通報が法令違反を最も迅速かつ実効的に是正する手段であると言える場合も少なくないものと思われます。
 そのような場合に、裁判所が、役員が調査是正措置をとるように努めたかどうかを厳しく検討し、それがないという理由で行政通報は保護されないということになりますと、法令違反を是正する実効的な手段を役員から奪ってしまうことになりかねません。また、役員ぐるみで法令違反が行われているような事案で、一人声を上げた役員のみが不利益を被るといった不公平な事態の発生も懸念されます。
 こうした事態を招かないためには、改正法案六条二号、三号に言う調査是正措置とは、具体的な状況下において、通常の役員であればとることが合理的に期待できるような措置に限られるというように解釈する必要があります。これは、裁判所が法規定を合理的に解釈することにより対応できると思いますが、例えば消費者庁が規定の解釈について見解を示す際にも、役員に無理を強いることのないよう御留意いただきたいと存じます。
 次に、今回の法案では改正事項とされていない事項の中で、公益通報者保護制度の更なる改善強化を図るため、改正に向け積極的な御検討をいただきたい事項がありますので、それについて申し上げます。
 一つは、通報対象事実の範囲についてです。
 現行の公益通報者保護法は、国民の生命、身体、財産その他の利益の保護に関わる法律の中で、特に同法が別表で列挙するものに規定する罪の犯罪行為の事実のみが通報対象事実とされています。改正法案では、通報対象事実を行政罰、過料の対象事実にも広げていますが、法令違反を限定列挙するという方式は変わっていません。
 しかし、およそ法律によってある行為を罰すべきものとしているのは、国民の重要な利益の保護のためにそれが必要であるからこそそうしているはずです。限定列挙方式を改め、罰則の対象となる行為の事実は全て通報対象事実とすることが、事業者による法令の規定の遵守を図るという法の目的に最もかなうように思われます。
 第二に、公益通報者に対し不利益な取扱いをした事業者に対して、行政措置等の適切なサンクション、制裁の措置を設けることを引き続き御検討いただきたいと存じます。
 現行法では、不利益取扱いを受けた通報者は、自ら是正を求め、事業者が応じない場合には裁判を提起し、公益通報による不利益取扱いを受けたことを主張、立証して初めて救済を受けられるにすぎません。しかも、不利益取扱いが認められた場合も、事業者は通報者を不利益取扱いの前の状態に回復することが求められるだけであり、それ以上の制裁は科されません。これでは、不利益取扱いに対する十分な抑止効果が働かないという懸念があります。
 公益通報を促し、事業者による法令遵守を図るため、不利益取扱いに対する適切なサンクションを設けることを御検討いただきたいと存じます。とりわけ、公益通報者保護専門調査会が提案している行政措置、特に不利益取扱いに対する勧告、公表の制度は検討に値すると存じます。
 以上の二点は今回の法改正案にこそ盛り込まれていませんが、法案の附則五条では、法律の施行後三年をめどとして、公益通報者に対する不利益な取扱いの是正に関する措置の在り方を含め新法の規定について検討を加え、その結果に基づいて必要な措置を講ずるものとされています。
 また、衆議院におかれましては、附則第五条の検討に当たっては、行政処分等を含む不利益取扱いに対する行政措置の導入、立証責任の緩和、退職者の期間制限の在り方、通報対象事実の範囲等について検討を加え、その結果に基づいて必要な措置を講ずることを含めた適切な措置を講ずることを政府に求める附帯決議がされたと承知しています。
 今後、政府そして国会において適切な検討が行われ、公益通報制度が一層使いやすいものとなり、ひいては事業者の法令遵守が図られることを通じ、国民の生命、身体、財産その他の利益がより良く保護されるようになることを願ってやみません。
 以上で意見を終わります。

発言情報

speech_id: 120115328X00920200603_011

発言者: 田中亘

speaker_id: 7308

日付: 2020-06-03

院: 参議院

会議名: 地方創生及び消費者問題に関する特別委員会