國重徹の発言 (憲法審査会)

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○國重委員 公明党の國重徹です。
 先日の自由討議を踏まえ、私の見解を申し上げます。
 本日の審査会で、自由討議に引き続いて、ようやく七項目案の質疑に入ることとなりました。会長、両筆頭を始め関係各位の御努力に敬意を表するところでありますが、そもそもこの七項目案は、与野党を問わず、内容的には異論はないものと認識をしております。にもかかわらず、提出、趣旨説明から質疑入りまで約二年半もかかった原因の一つは、定例日に憲法審査会が開かれることの方が珍しいという現実があったことは否定できないと思います。
 今後は、政局に左右されずに、定例日には憲法審査会を開く、そしてCM規制の議論を始めとする国民投票法の議論と憲法改正の中身の議論を精力的に行っていく、この点について合意を形成することが重要であると考えます。
 その上で、七項目案以外のCM規制などの議論のあり方について、私の意見を申し上げます。
 そもそも国民投票法は、国民投票法のルールを定めるものです。憲法改正の中身の議論は期限ありきで行う性質のものではありませんが、国民投票のルールについては、一定の期限を定めて結論を出すことがむしろ当然と考えます。そして、一定の期限内に結論を出すためには、大きく二点、論点整理と共通認識の確立が不可欠と考えます。
 まず、一点目の論点整理の必要性についてであります。
 さきの通常国会の自由討議におきまして、議論があり、それに対する反論があってこそ討議であるという御意見がありました。まさにそのとおりで、合理的な結論を出すためには、課題解決に向けた双方向の議論、かみ合った議論が必要です。率直に言って、今の憲法審査会にはこれが欠けている、そう感じております。議論の的が適切に絞られていないために、一つ一つの発言それ自体は価値が高かったとしても、議論が拡散をしてかみ合ったものとはなりにくい、その結果、討議というより放談会になってしまう、そのように私の目には映っております。
 この状況を打開するためには、会長のリーダーシップのもと、幹事会で論点を洗い出した上で、論点ごとに集中した議論を行い、一つずつ着実に論点を潰し、結論を出していく、こういった議論の進め方を決めることが何より肝要ではないでしょうか。先週の自由討議におきましても、外国人寄附の規制や投票日当日の国民投票運動の禁止など、国民投票法に関する新しい論点の提示もありました。したがいまして、議論を拡散させずに、着実に論点を潰し、結論を出していく姿勢は、今まで以上に重要になっていくと考えます。
 一方で、憲法審査会の所属委員は五十名、詳細を詰めていくような議論をするには、私は多過ぎるようにも感じます。そこで、例えば、会長、幹事会のもとに特別の検討委員会を設けて、論点の整理や深掘りを行い、時宜に応じて審査会にフィードバックをし、議論をまとめていく、そういった仕組みづくりを検討することも重要ではないかと私は考えております。
 次に、共通認識の確立の必要性についてであります。
 例えば、ネット広告の対策のあり方を検討する際には、ネット広告の基本的な仕組みや実態、例えば、広告主の広告がネット上の媒体に掲載されるまでの間に多数のレイヤーが介在し、その中には海外事業者やアウトサイダー事業者もいることなど、議論の土台となる基礎的知識、一定の共通認識を委員の間で確立をする、これなくして、かみ合った議論と合理的な結論はあり得ません。
 憲法審査会の伝統、その根底にある理念は尊重しておりますが、今の憲法審査会の議論の進め方がベストなものだとは思いませんし、よりベターな方法があると思います。改正内容の議論を含め、価値ある議論をするためには、論点整理や共通認識の確立が不可欠です。そのためにも、議論の進め方や仕組みをいま一度抜本的に検討する、このことにまずは最大限の力を入れるべきであると申し述べ、私の意見といたします。

発言情報

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発言者: 國重徹

speaker_id: 6432

日付: 2020-11-26

院: 衆議院

会議名: 憲法審査会