萩生田光一の発言 (文教科学委員会)
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○国務大臣(萩生田光一君) 学校教育においては、校長の指揮監督の下、児童生徒の教育をつかさどる教師が、子供たち一人一人の日々の様子、体調や理解度を直接確認、判断し、子供たちの理解を高めたり、あるいは生徒指導を行ったりすることが重要です。また、多様な子供たちのきめ細かいケアやけがや急病等の不測のリスクに対応する安全管理の観点からも、受信側に教師を配置することが必要であると考えております。
さらに、中央教育審議会が実施した関係団体ヒアリングでは、遠隔授業の受信側の教室における教師の配置について、PTAや各校長会などから、多様な児童生徒へのきめ細かい指導や合理的配慮、安心、安全の観点からも教室に教師がいないことは考えられないなどの意見が相次いだところです。
新内閣が発足して、デジタル担当大臣、規制改革担当大臣と2プラス1という、まあどこで切って2なのかという疑問も私あったんですけれど、一番最初に出てきたのがこの話題でありまして、確かに、GIGAスクールで一人一台端末を配備することには多くの皆さんが理解していただいています。しかし、それが教員を減らすことにつながるんだというのは考えてもみなかったことでありまして、あくまで教育ツールとして使いこなして、ある意味では、今まで黒板の前に立っていた先生たちが、今度はその教室の中を画面をのぞき込みながら生徒とのやり取りができるようになって、個別最適な教育ができると期待をしていたのに、そこに教師がいないでいいという発想には私は全く理解ができないということをはっきり申し上げました。じゃ、ある程度、近所のスイミングクラブにみんな通っているから、プールの授業も子供たちでやれるんだみたいな話にはならないと思います。
したがって、小学校一年生がタブレットを持つということは、全ての子供たちがスマートフォンを持つのと同じ環境になるわけです。そこには様々なリスクも存在するわけですから、当然、教師が現場にいて、しっかりとした授業の内容や、あるいは時にはそれに関心がない子が違うところへアクセスしてしまうこともあると思います。クリックするだけで何十万円という請求が来る可能性だって否定はできません。だからといって、それを全てをフィルタリングしてそういう機能を全部目隠ししたんではこの将来のICT社会を生き抜く力を付けることはできないので、もちろんそういうリスクにも時には接しながらきちんとその使い方を覚えていくということも極めて重要でありまして、何かいいお話聞くときに、その瞬間だけ別に受け手として誰もいなくてもいいんじゃないかというのは私決して否定しませんけれど、じゃ、その話を聞いて、授業としてそれをどう皆さんで話し合っていくのか、どうまとめていくのかといった段階で教師がいることは当然のことだと思います。
このことは引き続きしっかりと発信をしてまいりたい、そう思っております。