松島みどりの発言 (外務委員会)
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○松島委員 私も、いろいろな役所を見ている中で、外務省というのは特に若いときからそれぞれの派遣された国において力を発揮できる、その人の個性を発揮できる役所ではないかと思っております。
ただ、女性にとって働きやすい職場というのは男性にとっても働きやすい職場であります。是非、前回も申し上げましたが、国内における働き方改革と同様、海外の外交官たちにとっても働きやすさ、休みの取りやすさということをよろしくお願いしたいと思います。
さて、コロナ以前、非常時の在留邦人引揚げといえば、内戦やクーデターというのが原因で、中東やアフリカなどで数年に一度起こる程度だったと思います。それに比べ、今回は、いつも茂木大臣がおっしゃいますように、百一か国、一万二千人を超す帰国困難な方を在外公館と本省を挙げて帰国できるよう支援したというわけで、これは世界的な展開、すごいオペレーションだったと思います。
私は、以前も申しましたけれども、十か国ほどの大使や総領事から当時のことをメールで伺いました。州境や県境を軍隊が封鎖しているので、地方に住んでいる邦人が国際空港のある首都まで検問をトラブルなく通過できるように、そのために苦労された話はたくさん伺いました。そうした際に、例えば、現地語のできる大使館員があらかじめ日本人の住む遠隔地に出向いて空港まで同伴した例や、あるいは、大使館に用務がある人なので首都に来なければならないといった文書を送って、それを持って軍隊が守る県境の検問所を無事通過してもらったり、いろいろな例がございます。
テレビを見ておりますと、先進国であっても、欧米諸国ではロックダウンによって武装した警察や軍隊が巡回している、そういう様子を見るわけですけれども、私たち日本人にとりましては、非戦時下で自国の軍隊に一斉検問されるシーンというのは、昭和十一年、一九三六年の二・二六事件、いわゆる雪の帝都、それぐらいしかイメージが湧きません。そういう私たち日本人が外国で暮らしているとしたら、こういうことが起こると本当に非常に不安になる、そう思います。
月刊文芸春秋に、昨年、武漢から八百二十八人の日本人と家族などをチャーター機で帰還させる、その陣頭指揮を執られた、現在国際協力局長を務めている植野篤志さんの詳細な手記が載っていまして、私は感動を持って読みました。彼は当時、中国大使館ナンバーツーの公使をされていたわけです。
私は、世界中の外務省職員が関わった全ての脱出劇、帰国支援について、これは外務省全体として非常に大切な経験、資産でありますから、記録に残して共有すべきだと考えます。
今年度の外交青書にも巻頭特集としてあったんですけれども、ページ数の制限もあったのでしょう、具体的な話はコラムとして「日韓でつないだ 命のバトン」とか「武漢封鎖」とかこの二つがあっただけで、ほかはやはり一般的な例という形、一般的な話であって、実際に起こったであろう各国、各地の苦労話やエピソードは書かれていませんでした。
そこで、是非記録集を作っていただきたいと思います。もちろん、相手の人の、助けた相手の個人情報もありますから、どこまで公開できるかは別としても、外務省内でお互いに見られるように、そして、できれば、やはり責任を持つ立場である私たち国会議員にも部外秘ということで見せていただきたいと思っております。
今だったらある程度落ち着いて昨年のことを振り返ることができますし、そしてまた、人事異動が余りないうちでないとまとめにくくなってしまうと思います。こういう在外公館の職員たちが経験した具体的な事例、その過程で心配したことや悩んだことを含めて書いていただきたい。
もちろん、失敗談も将来の参考になるので、その際に、どんな内容でも、在外公館の職員が書いたことが不利益にならないように、失敗したことも書いてもらえるように、そういうことを明言していろいろな話を集めていただきたいと思います。期限を切らないと作成できませんので、是非今年ということで作っていただく、さらに、在外公館の職員へのいろいろな配慮もした上でということ、いかがでしょうか。