野田佳彦の発言 (財務金融委員会)
⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。
詳細は利用規約をご確認ください。
○野田(佳)委員 おはようございます。立憲民主党・無所属の野田佳彦でございます。
二月、一番国会の中でハードな日程をこなしているのは恐らく財務大臣だというふうに思います。連日の予算委員会、そして時折入るこの財務金融委員会、今日は八時間コースですし、一番大変だと思います。私も、財務大臣経験者としてその御苦労はよく分かるつもりでありますが、お見かけする限り、お元気そうで何よりでございます。
今日は八時間コースの、私、トップバッターですけれども、特例公債法、余り細かいことは言わずに、少し昔のこともたどりながら質問をさせていただきたいと思いますので、答弁要領でいろいろメモを用意されていると思いますけれども、なるべくそれにかかわらずお話しいただければと思いますし、もしフォローしなければいけないときは主計局次長に補っていただければというふうに思います。
まずは、初めて特例公債を発行したのは、もう既にこの委員会でも紹介がございましたけれども、昭和四十年、一九六五年だったというふうに思います。そのときの内閣が佐藤内閣、そして大蔵大臣が福田赳夫さんです。これが戦後初の特例公債の発行ですよね。
そして、その十年後に、これはせんだって清水委員が披露されていました、参考人質疑で取り上げておりましたけれども、大平元総理が大蔵大臣のときに十年ぶりに特例公債の再発行をしています。このときの言葉が、大変私はこの特例公債発行の意味というものを象徴的に表していると思うんです。異例の措置であればその年度限り、その特定の目的のためにこれだけのものをお願いするというふうに限定しなければならないと。
福田赳夫さんも、そしてこのときの大平さんも財務省の幹部だった方、大蔵省の幹部だった方でありますから、財政法のたてつけというのはよく分かっていらっしゃる。だから、赤字国債を発行することに対しては特別の考えというものがあったと思うんですが、この大平元総理の、一九七五年当時の、特例公債を再発行せざるを得なくなったときのこの心境と言葉について、今、財務大臣はどのように捉えていらっしゃいますか。