財務金融委員会

2021-02-24 衆議院 全338発言

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会議録情報#0
令和三年二月二十四日(水曜日)
    午前八時四十五分開議
 出席委員
   委員長 越智 隆雄君
   理事 井林 辰憲君 理事 うえの賢一郎君
   理事 神田 憲次君 理事 鈴木 馨祐君
   理事 藤丸  敏君 理事 末松 義規君
   理事 日吉 雄太君 理事 太田 昌孝君
      青山 周平君    井野 俊郎君
      井上 貴博君    池田 佳隆君
      今枝宗一郎君    上野 宏史君
      鬼木  誠君    加藤 鮎子君
      勝俣 孝明君    門山 宏哲君
      金子万寿夫君    城内  実君
      工藤 彰三君    小泉 龍司君
      斎藤 洋明君    田中 良生君
      武井 俊輔君    津島  淳君
      中山 展宏君    野中  厚君
      船橋 利実君    古川 禎久君
      本田 太郎君    牧島かれん君
      宮澤 博行君    八木 哲也君
      山田 賢司君    山田 美樹君
      海江田万里君    櫻井  周君
      階   猛君    野田 佳彦君
      長谷川嘉一君    古本伸一郎君
      斉藤 鉄夫君    清水 忠史君
      青山 雅幸君    前原 誠司君
      田野瀬太道君
    …………………………………
   財務大臣
   国務大臣
   (金融担当)       麻生 太郎君
   内閣府副大臣       赤澤 亮正君
   財務副大臣        伊藤  渉君
   経済産業副大臣      長坂 康正君
   内閣府大臣政務官     和田 義明君
   財務大臣政務官      船橋 利実君
   政府参考人
   (内閣官房内閣人事局内閣審議官)         藤田  穣君
   政府参考人
   (内閣府大臣官房審議官) 村山  裕君
   政府参考人
   (総務省大臣官房審議官) 辺見  聡君
   政府参考人
   (総務省自治税務局長)  稲岡 伸哉君
   政府参考人
   (財務省大臣官房長)   茶谷 栄治君
   政府参考人
   (財務省主計局次長)   角田  隆君
   政府参考人
   (財務省主税局長)    住澤  整君
   政府参考人
   (財務省理財局長)    大鹿 行宏君
   政府参考人
   (国税庁次長)      鑓水  洋君
   政府参考人
   (厚生労働省大臣官房年金管理審議官)       日原 知己君
   政府参考人
   (厚生労働省大臣官房審議官)           間 隆一郎君
   政府参考人
   (厚生労働省大臣官房審議官)           宮崎 敦文君
   政府参考人
   (厚生労働省子ども家庭局児童虐待防止等総合対策室長)           岸本 武史君
   政府参考人
   (経済産業省大臣官房サイバーセキュリティ・情報化審議官)         江口 純一君
   政府参考人
   (経済産業省大臣官房審議官)           中原 裕彦君
   政府参考人
   (中小企業庁事業環境部長)            飯田 健太君
   政府参考人
   (中小企業庁経営支援部長)            村上 敬亮君
   政府参考人
   (国土交通省大臣官房審議官)           黒田 昌義君
   参考人
   (日本銀行総裁)     黒田 東彦君
   参考人
   (日本銀行企画局長)   清水 誠一君
   財務金融委員会専門員   鈴木 祥一君
    ―――――――――――――
委員の異動
二月二十四日
 辞任         補欠選任
  穴見 陽一君     武井 俊輔君
  津島  淳君     金子万寿夫君
  中山 展宏君     八木 哲也君
  宮澤 博行君     野中  厚君
  山田 賢司君     斎藤 洋明君
同日
 辞任         補欠選任
  金子万寿夫君     津島  淳君
  斎藤 洋明君     山田 賢司君
  武井 俊輔君     青山 周平君
  野中  厚君     工藤 彰三君
  八木 哲也君     中山 展宏君
同日
 辞任         補欠選任
  青山 周平君     上野 宏史君
  工藤 彰三君     宮澤 博行君
同日
 辞任         補欠選任
  上野 宏史君     池田 佳隆君
同日
 辞任         補欠選任
  池田 佳隆君     穴見 陽一君
    ―――――――――――――
本日の会議に付した案件
 政府参考人出頭要求に関する件
 参考人出頭要求に関する件
 財政運営に必要な財源の確保を図るための公債の発行の特例に関する法律の一部を改正する法律案(内閣提出第四号)
 所得税法等の一部を改正する法律案(内閣提出第七号)
     ――――◇―――――
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越智隆雄#1
○越智委員長 これより会議を開きます。
 内閣提出、財政運営に必要な財源の確保を図るための公債の発行の特例に関する法律の一部を改正する法律案を議題といたします。
 この際、お諮りいたします。
 本案審査のため、本日、参考人として日本銀行総裁黒田東彦君の出席を求め、意見を聴取することとし、また、政府参考人として総務省自治税務局長稲岡伸哉君、財務省大臣官房長茶谷栄治君、主計局次長角田隆君、主税局長住澤整君、理財局長大鹿行宏君、国税庁次長鑓水洋君、厚生労働省大臣官房年金管理審議官日原知己君の出席を求め、説明を聴取いたしたいと存じますが、御異議ありませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
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越智隆雄#2
○越智委員長 御異議なしと認めます。よって、そのように決しました。
    ―――――――――――――
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越智隆雄#3
○越智委員長 質疑の申出がありますので、順次これを許します。野田佳彦君。
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野田佳彦#4
○野田(佳)委員 おはようございます。立憲民主党・無所属の野田佳彦でございます。
 二月、一番国会の中でハードな日程をこなしているのは恐らく財務大臣だというふうに思います。連日の予算委員会、そして時折入るこの財務金融委員会、今日は八時間コースですし、一番大変だと思います。私も、財務大臣経験者としてその御苦労はよく分かるつもりでありますが、お見かけする限り、お元気そうで何よりでございます。
 今日は八時間コースの、私、トップバッターですけれども、特例公債法、余り細かいことは言わずに、少し昔のこともたどりながら質問をさせていただきたいと思いますので、答弁要領でいろいろメモを用意されていると思いますけれども、なるべくそれにかかわらずお話しいただければと思いますし、もしフォローしなければいけないときは主計局次長に補っていただければというふうに思います。
 まずは、初めて特例公債を発行したのは、もう既にこの委員会でも紹介がございましたけれども、昭和四十年、一九六五年だったというふうに思います。そのときの内閣が佐藤内閣、そして大蔵大臣が福田赳夫さんです。これが戦後初の特例公債の発行ですよね。
 そして、その十年後に、これはせんだって清水委員が披露されていました、参考人質疑で取り上げておりましたけれども、大平元総理が大蔵大臣のときに十年ぶりに特例公債の再発行をしています。このときの言葉が、大変私はこの特例公債発行の意味というものを象徴的に表していると思うんです。異例の措置であればその年度限り、その特定の目的のためにこれだけのものをお願いするというふうに限定しなければならないと。
 福田赳夫さんも、そしてこのときの大平さんも財務省の幹部だった方、大蔵省の幹部だった方でありますから、財政法のたてつけというのはよく分かっていらっしゃる。だから、赤字国債を発行することに対しては特別の考えというものがあったと思うんですが、この大平元総理の、一九七五年当時の、特例公債を再発行せざるを得なくなったときのこの心境と言葉について、今、財務大臣はどのように捉えていらっしゃいますか。
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麻生太郎#5
○麻生国務大臣 財務大臣の体力について御心配いただきまして、ありがとうございました。この会議が終わったら終わりかとお思いでしょうが、今晩は夜の十時、イタリアとの電話会談とかいうのが続いておりますので、一番働かされている財務大臣というのは多分日本じゃないかなと思ってはいるんですけれども。
 いずれにいたしましても、予算というこの時期というのはいろいろなものが重なって起きておりますので、なかなか難しいということはもう野田先生よく御存じのとおりなので、感謝を申し上げます。
 さて、今、特例公債の話が出ておりましたけれども、今おっしゃるとおりに、昭和五十年度、大平内閣等々で、この話が出て、実際には五十一年にスタートしておりますけれども、これは財政法第四条の特例でありまして、できる限りその発行を抑制するというのが望ましいというのは、もう間違いなく、この大平大蔵大臣の御指摘、今、野田先生が言われたとおりの話なんですが、特例公債の発行というのを始めるに当たりましては、こういった基本的な考え方というのは極めて大事なところであって、これは重く受け止めないかぬところだ、私どももそう思っております。
 今の厳しい財政状況、コロナ等々もありましたので、そういう状況を踏まえますと、当面、特例公債を全く発行せずに財政を行うということは困難、そう思っております。したがいまして、この度の今回の法案では、いわゆる安定的な財政運営を確保するという観点から、これは野田先生のときの、平成二十四年のときの、議員修正をされてあのとき定められた枠組みを踏まえまして、現行法と同様に五年間ということで、特例公債発行の根拠として設けさせていただいております。
 いずれにしても、この新型コロナウイルスというものの危機を乗り越えて、経済再生と財政再建というものの両立をしっかりした上で次の世代にということをやっていくのが我々の責任だと思っておりますので、二〇二五年のプライマリーバランスの黒字化目標等々の目的なり目標というものの達成に向けて、今後、歳出歳入両面においてこの取組をしっかり続けていかねばならぬと思っております。
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野田佳彦#6
○野田(佳)委員 大平さんが異例の措置と言って特例公債を発行して、それは一九七五年と言いましたけれども、その異例の措置が一九七五年から一九九〇年までずっと、歳入欠陥がもう常態化して続くんですよね。そして、例外的に九一年から九三年は特例公債を発行しなくて済んだんです。これはバブルとか何かがありましたので、景気がよかったんですよね。その後、また九四年から今日に至るまで、特例公債の発行は常態化した。
 それで、今大臣に触れていただきましたけれども、二〇一二年に、私が総理のときに、複数年度にわたって特例公債を認める議員修正が行われました。このときも、リーマン・ショックと東日本大震災の直後でございましたので、特例公債を当面は出さざるを得ないという判断もありました。だから複数年度ということもあったんですけれども、特例で認めてきた、それで単年度ごとで特例公債法を審議してきた。これは本当に特例なんですが、複数年度というのは特例の特例なんですよ。
 特例の特例も常態化してしまったということに対して、私は危機を感じなければいけないと思います。その点についての大臣のお考えをお伺いしたいと思います。
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麻生太郎#7
○麻生国務大臣 これはもう全く野田先生おっしゃるとおりで、あのバブルの、景気のよかった八〇年代だってずっと特例公債ですから、あのとき。そして、バブルがはじけましたのが、一九八九年十二月に株価が三万八千九百十五円つけて、最高値が出たあのときでも特例公債。
 その翌年から特例公債がなくなって、今おっしゃるように、九二年に再発を始めて、実際は九三年からスタートさせていただいたんですが、御存じのように、その後は、階先生が勤めておられた長銀が、九八年でしたかね、倒産。その前の年に北海道拓殖銀行が倒産、三洋信販、山一等々が続いたのが九七年だったかな、ああいったような状況になっていって、金融危機、アジア通貨危機とかいろいろな表現がありましたけれども、そういったものになっていって、今日までずっと。
 それで、その後はリーマンが起きて、まあ、東北の津波等々ありましたので厳しい状況が続いておりましたが、だんだん情勢が変わってきて、それなりには努力をさせていただいておりましたが、最後、野田先生たちのときの公債依存度が五〇%弱だったと思いますけれども、安倍内閣で、今回のこのコロナの前までで公債依存度が三〇%強ぐらいまで落ちていたんですけれども、今回のことで一挙にまた駄目になるということになりますので。そういった意味では、私どもとしては、特例の特例と言われる点はよく分かりますけれども、向こう五年間特例を出さずにやれるという状況には今ない、そう判断をさせていただいた上で、今回こういったような形でやらせていただくということで、財政状況が悪化しているのは事実でありますので。
 そういった意味では、私どもとしては、今から、少なくとも、少子高齢化等々、私どもには避け難い多くの問題を抱えておりますので、そういった問題を考えて、いわゆる給付と負担のバランス等々というものを考えていきますと、少なくとも令和七年ぐらいまでの間、引き続き特例公債を発行せざるを得ないということになるであろうということは明らかでありますので、この間、この発行の許可をということで法案を提出させていただいたということであります。
 これまでの先人というか我々の先輩に倣って、償還に対しては私どもとしてはきちんと対応していくということをしていく姿勢をきちんと保っていかないと、これは少なくとも、今後、金利とかマーケットとかそういったものにいろいろな悪影響を与えるということもありますので、その点を踏まえてしっかり対応していかねばならぬと思っております。
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野田佳彦#8
○野田(佳)委員 特例公債発行が常態化してしまったということは本当に残念なんですが、ただ、常態化しても、かつては予算と特例公債一体で成立をさせてきました。
 特に平成に入ってからはほぼ同時に成立をしているということだったんですが、崩れ始めたのが二〇一一年、菅直人内閣のときでして、私はそのとき財務大臣をしていました。苦労しましたけれども、結局、その特例公債法が成立をしたのが八月だったんですね。財務大臣としては、八月を越えて九月に入ったら予算執行を抑制せざるを得ないなと思っていましたけれども、何とかその前に法律は通ったんです。
 この頃のことを、当時は野党側でいらっしゃったので反対側から見ていたと思いますけれども、なぜこんなに遅れたのか、思い出していただければありがたいと思います。
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麻生太郎#9
○麻生国務大臣 あの頃は与野党がねじれていましたからね、国会。そういった意味では、私どもの中で、いわゆるねじれ国会の中で、いろいろな背景としたものであったとは思うんですけれども。
 二〇一一年度の特例公債法については、これは予算をめぐってかなり意見の立場というか対立がありまして、裏づけとなりますこの特例公債法というものに関しましても、いわゆるねじれ国会の中で、なかなか成立の見通しが立たないという状態がかなり長く続いたというものだと思っておりますので、最終的には、八月の見直し等については、あれは三党合意が成立をして、そして、これを受けてあの月に特例公債法が成立したんじゃなかったかなと、ちょっと、記憶が少しずれているかもしれませんが、八月に最終的にまとまったんだと思っておりますので。
 やはり、あの頃のねじれ国会というのは、非常に、いろいろな法案等々、政策等々に大きな影響を与えた、そのうちの一つがこの特例公債法という、だから、大きな被害というか影響を受けたというものの最たるものの一つではなかったかと。
 あの頃、私、ちょっとこの担当をしていませんので正確な記憶じゃありませんけれども、そのように記憶をいたしております。
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野田佳彦#10
○野田(佳)委員 大体の記憶でしたけれども、私は鮮明に覚えていますが、二〇一一年というのは東日本大震災が発災をした年じゃないですか、二〇一一年三月十一日。その年の特例公債が、ある種、人質になってしまって、予算執行に影響しかねないという状況になってきたんですね。当然、そうなると、政局的には、総理大臣としては何としても特例公債を通さないと、予算執行できないと困りますから。
 六月に当時の菅総理が、記者会見でいわゆる退陣三条件といいますか、自分が辞めるときにはこういう環境を整えなければいけないということで、三つ言っているんです。それは、第二次補正予算案、それから再生可能エネルギーの特別措置法がありました、そして特例公債法案。この三つが通らないと駄目なんですよ、ただ、三つ通ったら辞めますよという退陣三条件を言うんですね。
 当然、補正予算は復興の予算でしたから、これは野党もすぐ協力していただいた記憶があります。特例公債については最後までなかなか与野党の折り合いがつかなくて、結局、あの頃、我々の政策、特に力を入れていたものがばらまき四Kとか言われていましたけれども、そのばらまき四K、いわゆる子ども手当、高校授業料の無償化、それから農家の戸別所得補償制度、高速道路の無料化社会実験、これらを撤回しろ、見直しをしろという要求、それを一部認めてようやく特例公債法が通ったんです。通ったのが八月の二十六日でした。その日に菅さんは辞めたんです、その日に。
 それで、菅さんが辞めたので民主党代表選挙になって、今日、たまたま海江田さんも、前原さんもさっきまでいらっしゃったんですね、と五人出まして、勝たせていただいたのが私だったものですから、八月の末に、民主党代表選挙を経て、首班指名選挙を経て、私が総理になるということだったんです。
 ということで、特例公債というのはどうしても私にとっては忘れられない法案なんですが、そして、多分、自分が総理になったときにもこの特例公債は大変大きなネックになるんじゃないかという嫌な予感をしながら総理になりましたら、やはりなったんです、やはり。菅さんは八月で済んだんですけれども、私の場合は十一月までもつれ込みました。二〇一二年の十一月十六日に、特例公債、これは改正しましたね。さっき冒頭で大臣から御説明がありましたとおり、多年度にわたって特例公債を発行できるという議員修正、これが成立したのが二〇一二年の十一月十六日なんですね。
 その意義というものを改めて大臣に確認をさせていただきたいというふうに思います。
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麻生太郎#11
○麻生国務大臣 これは、今ちょっと思い出しながら、極めてあの頃は厳しい状況にあったことを思い出しながら伺っていたんですけれども。
 これは、当時、二〇一二年の特例公債法というのは、予算の成立の後も、特例公債法というものが国会で成立をしておりませんでしたので、いわゆる地方行政を含みます国民生活等々に影響を与えかねないという状況が生じていたんだというように思いますが、当時、野田先生の御意見を受けて、最初、三党において協議を行って、複数年度にわたる特例公債の発行根拠を設けるとされたんだと記憶をいたしております。
 これは、厳しい財政状況を見ますれば、引き続き翌年度も特例公債の発行というのは避けられないという状況でもありましたので、そんな中で、複数年度にわたりまして特例公債を発行することが可能ということにすることが、いわゆる安定的な財政運営というものの確保につながっていくんだということで、この話合いができ上がったんだと思って、そういうことを考えられての御提案だったというように理解をしておりましたが、なかなか、ああいったときの状況の中において、政局が安定していないとああいったことになる。
 でも、与野党でそれなりの理解をし、次、誰がなってもこの状態はそんな簡単に変わるわけがないだろうがというお話も誠に事実だったと思いますし、事実、そのとおりになりましたし、そういった意味では、あの提案というものに与野党合意ができ上がったということは、それなりに皆見識を持って対応をさせていただいたんだと思っております。
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野田佳彦#12
○野田(佳)委員 まあ、それなりの見識というか、そうせざるを得なかったといいますか、私は葛藤がありましたのは、憲法では予算は衆議院の優越が規定されているにもかかわらず、特例公債法という法律が通らなかったら予算執行できない。だから、事実上、憲法で規定されていることが骨抜きにされちゃうんですよ、参議院で抵抗に遭ったりすると。そんなことが本当にいいのかなとずっと思っていましたので、だから、菅さんよりも引っ張っていたんですよね、引っ張っていた。だから十一月まで行きました。
 十一月まで行くと、これはやはり深刻な影響が出てきまして、九月に入ってから予算執行を抑制し始めたんです。そうすると、例えば一般会計から特別会計への繰入れができなくなったりとか、あるいは補助金の停止みたいなことが出てきました。そして、十一月二日に地方交付税交付金の交付が先送りせざるを得なくなった。地方自治体は困るんですよ。そうすると、短期の借入れをせざるを得なくなる、金利の負担は政府が見ざるを得なくなるという状況になりまして、これは国民生活、地方、経済、いろいろなところに影響が出始めました。
 後から検証すると、二〇一二年の十一月というのは景気の底の一番のボトムなんです。それはそうです、地方とか国民にお金が流れない状況ですから。建設国債とか復興債はもう発行しているんです。赤字国債が発行できないということがこんなにきついことかと。加えて、そうなっちゃうと、多分、十二月からは国債発行停止という状況になりますから、そうなるとマーケットへの影響が出ますよね。これは国際社会も心配してきて、IMFもG20も、日本が世界経済の下方リスクであるという声明を出し始めるんです。
 というような状況があって、十一月にはもうどうしても結論を出さなければいけないということで、複数年度、当面は特例公債に頼らざるを得ないだろうということで複数年度の提案をしたということでございまして、十一月ぎりぎりというのは、この修正が三党間で合意をされたのが十一月十三日なんですね。政調会長間で修正合意がなされて、そして十四日で衆議院の財金でこれは可決をしています。その十四日に党首討論で私と安倍さんで討論をして、議員定数削減を条件に解散をするということを言明しました。十一月十六日、参本でこの特例公債法が成立をします。それを見て、午後に、十一月十六日に解散をするという、本当にぎりぎりの段階だったということなんです。
 これも先ほど大臣触れていただきましたけれども、三党合意に至るプロセスなんですが、元々は、三党の党首会談、二〇一二年の十月十九日にございまして、そのときに自民党の安倍総裁と公明党の山口さんと三人で党首会談があるんです。そのときに、私は、やはりこれは特例公債で何とかしなきゃ、野党から解散要求はありましたけれども、特例公債を何とかしないと解散なんかできませんから、それで提案をしたんですけれども、三つ提案しているんですよ、このときに。
 一つ目の提案は、今般のいわゆる特例法の改正と枠は同じですけれども、法案の本則を修正して、そして多年度にわたる特例公債発行を可能とする案、これが第一案。第二案というのは、翌年度に多年度にわたる特例公債の発行を可能とするということを、提出している法案の附則で変えて位置づけるというのが第二案。第三案が、法案はいじらないで、予算と特例公債法案を一体的に処理することを与野党で覚書をしましょう、覚書を交わしましょうということ。この三つ提案した中で、一番目の提案がいわゆる政党間協議の俎上に上って、そしてようやく成案を得たというプロセスをたどっているんですけれども。
 私は、本当は法案を触りたくはなくて、なるべく与野党合意で覚書を交わしていこうと。というのは、当然、解散した後に我々が勝てる可能性は余りない状況ですから、我々が野党になったときは特例公債法は人質にしないという、ある意味、武装解除するという意味なんですね。何党が政権を取ったって、特例公債を人質にしてしまったら予算執行できない。こんなことをやったら一番困るのは国民ですから、そんなことはやらないようなということをやっていきましょうというのが一番の本意だったんですね。しかも、前提として、当面の間は特例公債を発行せざるを得ないけれども、特例公債の抑制に努めるということが絶対条件だったんです。その辺がまさに魂の中の魂なんですよね。
 先般、与党の本田委員だったでしょうか、質問をされていまして、答弁は伊藤副大臣が答弁されていますけれども、平成二十四年当時、二〇一二年当時の三党合意に基づく枠組みを本法案においても維持しているのかという質問がありました。そのときに副大臣は、三党合意は現在も重要な意味を持つ、三党で決めた枠組みを踏まえ云々と答えられています。枠組みは確かにそのとおりです、多年度にわたる。ただ、魂は忘れられてしまっているのではないかと私は思うんです。
 その点についての大臣の御見解をお伺いしたいと思います。
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麻生太郎#13
○麻生国務大臣 これは、野田先生御指摘の特例公債発行抑制の努力義務ということになるんですが、これにつきましては、平成二十四年の三党の覚書というか確認書を踏まえて特例公債法の規定を設けさせていただいておりますのは御存じのとおりなんです。
 政府としても、現行の特例公債法によりまして、五年にわたりまして、社会保障関係費の義務的な伸びという、あの当時、ほったっておいたら一兆円と言われていたんですけれども、そういったようなものの、高齢化していく、特に二二年度から、団塊の世代が一斉に七十五歳になるというところからいわゆる高齢化が急激に増えてくるんですが、その高齢化が増えてくる増加分以内にとどめて、それ以後のものを、いわゆる厚生労働というか福祉関係のものには歳出を増やさないという目安に沿った予算編成等々をこれ以後行わせてきていただいておりましたり。
 また、歳入面に関しましても、消費税、いろいろありましたけれども、一〇%への引上げということで、後年度の負担というものの、ツケ回しを軽減するというようなことで、財政健全化に取り組み、できるだけ国債発行額というものを控えめに抑えてきて、十一兆七千億ぐらいの、新規特例公債の発行を抑えられてきたのが、過日の当初予算まではやらせていただいたんですが、そのほかにも、当初予算ベースで見ますと、政権交代以降の話ですけれども、コロナ前の、特に令和二年度までの公債発行額、十一兆七千億を減額しておりますし、特例公債でも約十二兆九千億の減額を行ったりさせていただいておるところです。
 いずれにしても、足下では予定外に、コロナ対策ということによって歳出が急激に増加して財政状況が悪化しておりますのは事実でありますが、このコロナの一日でも早い収束等々をやって、国民の生活とか暮らしとか、そういった全体的なものをきちんとやっていくということだと思いますけれども、大きな災害が発生するというのは今後ともあり得る話でありますので、私どもとしては、その時々には当然の対策を打ちつつ、特例公債というものの発行額の絶対量をできる限り抑える、抑制するというようなことを努力していかなければならぬのだと思っております。
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野田佳彦#14
○野田(佳)委員 確かに、前回の二〇一六年の特例法改正のときまでには、二〇一五年度までに、特例公債というか、プライマリーバランスの赤字を半減するという目標は達成をしていました。前半の部分は当たっているんです、今の御説明は、いろいろな意味で。
 ただ、その後をたどると、結局、二〇二〇年度までにPBの黒字化を図るということは先送りされましたよね。ここは決定的にちょっと違いがあって、それの総括をちゃんとしていただかなければ私はいけないと思うんです。
 先般、これは階さんが本会議で質問していました。私、がっかりしたのは、何でPBの黒字化ができなかったかというのは一点だけしか答えていないんですよ、大臣。それは、消費税の引上げ分の使い道の見直しにより困難になった、この一点しか言っていないんです。もうちょっと、歳入においても歳出においても厳しい総括が私は必要だと思います。
 PBの黒字化というのは、これは財政健全化のまさに入口じゃないですか。出発点です。それも国際公約でしょう。それができなかったことは、消費税の使途変更だけではないですよ。これは厳しい総括をしなければいけないんですが、その話をやっているとちょっと時間がなくなってしまいますので、これは飛ばします。きちっと総括ができていないなと思うんです。
 総括ができていない上に、今提出している法案には財政の健全化の目標を具体的に書いてないですね、今までの、PBの黒字化とか。本来ならば、政府がちゃんと方針で掲げているんだったら、公的債務残高対GDP比を減らすとか、そういうことを併せて書くべきだと思います。書いてないというのは、私は、これは財政の健全化を事実上棚上げしているんじゃないかと。
 骨太の方針二〇二〇でもこれはスルーしていますね、同じです。コロナ禍だから多分立ち止まってしまっていると思うんですよ。私は、コロナ禍でも財政規律は必要だと思います。可能な限り計画を立てて、明記して、国民とその目標を共有する努力をするのが政治のあるべき姿だと思います。
 これは、よく似ているなと思うのは、日銀の物価目標二%と同じですよ。言ってはいるけれども本気じゃない、これが一番よくないと思いますよ、財政を考える上で。
 その点についてのお考えがあれば、お聞かせいただきたいと思います。
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角田隆#15
○角田政府参考人 法案の条文関係について、簡単に申し上げたいと思います。
 特例公債法四条の趣旨でございますけれども、これは特例公債の発行抑制の努力義務を課すものでございます。
 そして、取組の方向性をどう示すかということでございますけれども、そこに、具体的な健全化の目標を法律上に書き込む必要はないと考えまして、今回は、財政の健全化という一般的な表現を取らせていただきました。
 このこととは別に、プライマリーバランスの黒字化目標につきましては堅持をいたしているところでございます。
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野田佳彦#16
○野田(佳)委員 いつも答弁はそういう答えですね、最近の。法律に書き込む必要は必ずしもないからという言い方じゃないですか。今まで書いてきたんだから、書いてないのは後退ですよ、どう見たって。理由になっていないんですよ。私は、事あるごとに目標は掲げるべきだと思います。危機感をみんなで共有して、その目標に一緒になって汗をかくというのが筋であって、書かないというのは後退ですということを明確に申し上げたいと思います。
 その上で、この特例法の改正は、改正するたびに、私は、財政規律という観点からすると後退し続けていると思うんですね。
 最初は、特例公債は単年度で審議をして成立をさせた。それが多年度になった、その端緒を開いたのは私ですから、これは痛恨の極みです。その後、単年度から多年度になっても、四年から今度は五年になったんですね、四年から五年。しかも、今のように、財政健全化の目標はより曖昧になってきている。しかも、元々は議員修正なんだけれども、その魂を忘れて、安易に今政府が提案をしている。いろいろなことを含めて、特例公債法の改正のたびに、私は、財政規律が緩んできているし、赤字国債の発行という禁じ手が、ある種、日銀の財政ファイナンスと相まって打ち出の小づちになってきている、そこに危機感を感じます。
 大臣の御見解をお伺いしたいと思います。
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麻生太郎#17
○麻生国務大臣 この特例公債、財政法第四条の特例ですけれども、できる限り発行というのを抑制するのが望ましい、これはもう当然のことだと思っております。
 政府としても、これまでも、いわゆる歳出改革に当たりましては特例公債の発行抑制に努めてきたところであって、少なくとも、平成の二十四年から見ましても間違いなく、四十四兆から三十二兆まで公債発行額のあれが減ってきておりますし、また、特例公債を見ましても、三十八兆が二十五兆まで減ってきておるというところであります。
 現在のところ、こういったものが、少なくとも、マーケットにおいて極めて大量の国債が極めて低金利でかつ安定的に消化をされておるというのは事実でありますが、マーケットは、今大丈夫といってもあしたも大丈夫という保証は全くない世界だと思っていまして、したがいまして、今後とも経済再生といわゆる財政再建というものの両立というものを図らなければならぬところでありまして、財政の健全化というものは、歳入を増やせば足りるという話ではなくて、歳出改革と両方でやっていかぬとなかなか達成できるものではないと考えております。
 したがいまして、特例公債の発行期間というものをいろいろ御心配いただいておりますけれども、これを延長したからといって、私どもは、財政規律というものを緩めるということは全く考えておりませんし、緩ませるというような意識も持っておりません。
 財政の持続可能性の確保というのは、これは極めて重要な課題でありまして、日本のように、債務、財務というか、そういった意味におきますといわゆる借金が多いということでありますので、私ども、そういった借金を次の世代へということに関しましては責任を持たねばならぬところなのであって、引き続き、財政というものにつきましては、その健全化に努めていくという努力、姿勢というものは持ち続けなければならぬ大事なことなのであって、気を引き締めて財政運営に当たっていかねばならぬと思っております。
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野田佳彦#18
○野田(佳)委員 気を引き締めてというお話で、もちろんそうしてほしいんですけれども、でも、特例公債という特例の措置が多年度化という特例の特例、これまた常態化するということで、残念ながら、私は、ますます財政状況が悪化をしてきているというふうに思いますし、しかもコロナ禍が加わりまして、せんだって予算委員会で総理とも質問しましたけれども、ワニの口というよりも、ワニの顎が外れたというか、もうどうしようもない、表現できない状況になってしまったので、一層のこと、これはしばらくは特例公債を発行せざるを得ないと思います。
 しかも、今回、五年ということですが、五年間で特例公債の発行から脱却できる可能性も私はあるとは思えないんですね。だとすると、政府はもちろん引き締めて頑張るとおっしゃいますけれども、国会もしっかり民主的な統制を、原点に戻って、単年度でこの特例公債についてはチェックをして、財政規律の観点からきちっと審議をしていくということが私は大事になってきているのではないかと思います。
 ということで、多年度化ではなくて、また元に戻して単年度ごとに、特例公債を発行するかどうか、その額についてきちっと国会の中で審議する、民主的統制をもう一回図るように元に戻すべきだと私は思いますけれども、大臣のお考えをお伺いしたいと思います。
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麻生太郎#19
○麻生国務大臣 これは、政府としては、平成二十四年度の三党合意の議論を経て議員修正をさせていただいた上で、複数年度の取組というのが定められた経緯を十分に踏まえる必要があると私どもも考えております。
 繰り返しになりますけれども、特例公債を発行せざるを得ないというような厳しい財政状況が続いておって、しかもこれが当面続く可能性が高いという状況の中では、安定した経済財政運営というものを確保するという観点から、私どもとしては、引き続き複数年度によります特例公債の発行というものをする根拠としては、この点は非常に、安定という点に関しましては、これは根拠として求めざるを得ないところだと思っております。特例公債の発行というものの期間を仮に延長したからといって、だから財政規律が緩むとは考えておりませんし、また、緩ませようとも考えておるわけではございません。
 したがいまして、今、今後、二〇二五年度のプライマリーバランスというものの黒字化目標の達成というものも私どもは考えておりますし、極めて厳しいとは思いますけれども、そういったものに対する努力、目標というのはきちんと持って取り組んでいかなきゃいかぬものだと思っております。
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野田佳彦#20
○野田(佳)委員 もう時間が来ましたから質問を終わりますけれども、改めて申し上げますが、特例公債の多年度化と予備費の多額計上、この二つは、国会による民主的な統制を形骸化することになっていると思いますので、その動きについては私は強く反対をしていきたいというふうに思います。
 質問を終わります。ありがとうございました。
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越智隆雄#21
○越智委員長 次に、海江田万里君。
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海江田万里#22
○海江田委員 立憲民主党・無所属の海江田万里です。
 ちょっと今、喉が渇いているので水を先に飲ませてください。ちょっと待ってください、私の持ち時間でいいですから。私は重度の花粉症で、花粉症の薬を飲んでおりますと喉が非常に渇きますので。お許しをいただきたいと思います。
 さて、今、野田委員から、野田元総理から、るる、平成二十四年当初の、私どもが特例公債法を四年分まとめてやらなければいけない理由について、そのときの経緯についてお話があったと思います。
 これは、その当時の事情を知らないこの財務金融委員の方々も多いわけでございますが、当時、私はちょうど越智委員長のところに座っておりまして、三党で議員修正して、それが十一月の九日から議論が始まったわけであります。時の財務大臣は安住さんでしたかね。だから、私らは本当によく知っているんですよ、一番、何が原因であったかということを。
 それはやはり一番大きかったのは、その前の、これは野田さんのときじゃなくて、菅総理のときの参議院の選挙で実は勝てなくて、ねじれてしまって。先ほど、経済的安定性を、財政的、財政状況を安定させる、安定した財政状況のためにこの複数年化は必要だというお話、今、麻生大臣からありましたけれども、これは政治的に安定していなかったんですよ。そっちがメインなんですよ。だから、さっきお話があったように、引っ張りに引っ張って、八月に入ってもまだ駄目だ、そして十一月になっていよいよ最後の崖が来て、そして、私どもが幾つかの選択肢の中からこういうことでどうですかといって出したところがこの複数年化という話になったわけですから。
 私は、この二十四年のときの複数年化は本当にやむにやまれない事情があったし、それから、私たちも決して、私も当時は代表選で野田さんとは争いましたけれども、この特例公債法を人質に取ってそしてやるようなことというのは、これはもうあるべきではないし、よもや与党、当時の野党の自民党の方々も、皆さんそれぞれ見識のある方だからそういうことにはならないだろうと思っていたわけでありますけれども、あに図らんや、そういう事態になってしまった。
 そういう事態になってしまいましたけれども、私たちが今度野党になったときは、やはり特例公債の日にちを、本当に、いわゆる日程闘争をやって、そしてこれを成立させないようにするようなことなんかはやっちゃいけないよということは一人一人が肝に銘じているわけですよ、これは。
 そういう政治的な不安定さというのは今はないし、第一、私たちはこの経験を踏まえて、経験をやはり教訓化しているわけですから、特例公債を盾にして、人質にして、そして予算が実質的に執行できないようなことにしちゃいけないとみんな思っているんですよ、これは。そんなことをやったら国民から本当に指弾されますよ、批判されますよ。私たちは、そんなことは誰も、恐らく誰一人としてやろうと思っていない。だから、そういう政治的な安定性ということでいえば、とりわけ特例公債に対しての安定性ということでいえば、私たちはみんなそういう教訓化した中で分かっているわけですから。だから、これをやる必要というのは私はないと思っている、これは。
 その意味で、平成の二十八年のときは、これはまさに五年でやってしまって、それ以来、五年の期日が来たから今度はまた継続をしましょう。そして、今、野田委員の最後の質問のところで、やはりこれから将来も単年度主義に、元に戻すべきじゃないだろうかという提案に対して、それは、麻生大臣は、大変残念でありますけれども、単年度に戻すということはおっしゃらなかった。
 私は、これは本当に残念。これからもやはり複数の、一つ、今五年というのが相場になっているんですよ、何で五年かということは私は分かりませんけれどもね。五年ということが一つの相場になっていますけれども、これからもやはり五年なりで、複数年化でやるつもりですか、どうですか。
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麻生太郎#23
○麻生国務大臣 これは特例公債の話に限りませんで、やはり与野党が衆参でねじれますと、なかなか今言われたような話で我々は考えませんよ、そういう見識の高い方ばかりがいつも選ばれているという保証はありませんから。事実でしょうが。私たちもそうじゃなかったんだから、俺たちも自分のことを言えた立場にありませんから。それが歴史ですよ。
 その前のときから、この世界にもう四十年もいますので、こういったねじれなんというのは何回も知っていますので、小渕内閣のときもありましたし。あのときだって、銀行が潰れた最大の理由は何だったんですか、あのとき、さっさとやっておけばよかったじゃないですかと、言いたいことはいっぱいありますよ。それでも、あのときは、どんどん潰れてもいいと言う方もいらしたわけですよ。現に潰れましたから。昔の名前で出ている銀行なんか今ほとんど、三井、三菱、住友ぐらいで、あとはパソナかりそなか分からぬようなものになったでしょうが。本当にそうなっております。えらい話になった、あのときだって。
 だから、そういった意味で、やはり、ねじれれば、そのときの政権を獲得するためにとかやるために何でもあり得る可能性があるんだ、私どもはそう思って、今の皆さん方のように見識が高い方ばかりが選ばれるということは限らないというのが私どもの体験として分かりますので、なかなか今の話は、おっしゃっている意味はよく分かりますけれども。
 少なくとも、私ども、毎年でやるべきだという御説には決して反対ではありません。反対ではありませんけれども、現実問題として、今政権が安定しているというのが、これがずっと安定している保証は全くありませんから、そういった意味では、私どもとしては、毎年というのになった途端に政権が、若しくは衆参がねじれた場合にはまた同じことが起こり得る可能性は十分にある。あのときに、十一月までなってしまったようなことも十分に起こり得る。
 そういったことは歴史の教訓として覚えておかないかぬと思いますので、私どもとしては五年間とさせていただいてきましたけれども、少なくとも向こう五年間、直ちに特例公債を出さなくていいという状況になるほど景気が、経済が、税収が回復するとはとても思えていないということだと思っております。
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海江田万里#24
○海江田委員 やはり財政の運営については、もう言うまでもありませんけれども、財政法という法律があるわけですよ。私たちの国というのは法治国家ですから、やはりまずその法律に基づいて事を進めていかなければいけないということで。せんだって当委員会では、決算の剰余金を国債の償還に充てませんで、そしてまた新たな、それだけ発行を減らすという形での法改正、改正法をやりましたね、ここで。ついこの間やったばかりです。
 それから、この財政法の歴史というのは、実は、これは昭和二十二年ということで、もう麻生大臣はお生まれになって、私はその翌々年でありますけれども誕生したということで。当初はいろんな考え方がありました。戦争の原因は公債の発行だから、だから公債は発行しないでおこうという、非常に厳密な、ストリクトといいますか、ということでああいう法律になってきた。だけれども、その中には守っていかなきゃいけない大きな原則というものもやはり残っているわけですよ。
 そういうものを一つ一つやはり覆していって、もちろん法律を決めますけれども、だけれども、その法律が今度のように五年間の発行を許すでありますとか、むしろ、毎年毎年この議論をしなきゃいけないのを怠ることになっているんじゃないだろうかということで。
 私、ずっと、かねてから不思議に思っていたのは、十五か月予算という言葉、麻生大臣も時々お使いになりますけれども、財政法を見ますと、財政法の第十一条で、「国の会計年度は、毎年四月一日に始まり、翌年三月三十一日に終るものとする。」と。四月一日から三月三十一日は十二か月ですよね。一年というのは十二か月に決まっているんですよ、昔から、古今東西を問わず。何で十五か月の予算だなんということを言うんですか、これは。
 しかも、これは、十五か月予算でと、口でいろいろ説明するとき、いや、これは十五か月予算と考えていただければいいんですとか、そういうことを私は否定をするものじゃありませんよ。だけれども、国の、閣議決定された令和三年度予算編成の基本方針の中にも、いわゆると書いてございますけれども、十五か月予算なんて文字が書かれちゃっているんですよ。私はおかしいと思いますよ、これは。一年は十二か月でしょう。いつから十五か月になったんですか。
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麻生太郎#25
○麻生国務大臣 第三次補正予算と来年度の令和三年度の本予算について、いわゆる十五か月予算と申し上げておりますのは、これらの予算を、三か月と十二か月合わせまして切れ目なく諸課題に当たっていくという趣旨であります。したがいまして、国の会計年度を四月一日から十二月三十一日までと規定している財政法というものに関しまして、違反をするものではございません。
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海江田万里#26
○海江田委員 いやいや、今、十二月三十一日と言い間違えたんじゃないですか。三月三十一日ですよね、これは。
 それは一年で、やはり閣議決定するところで十五か月予算なんというのは、これはこれまでも書いていましたかね。私、ちょっと今回初めてじゃないかなというような気もしているんですけれども。ただ、毎年のを調べているわけじゃありませんけれども、閣議決定の中に、予算は十五か月だ、十五か月の予算を組むというようなことを言うというのは、これは明らかに財政法をないがしろにするものですし、第一、一年は十二か月しかないのに十五か月だなんと言うのは、これは、何といいますか、天然自然の摂理に反しますよ。
 これは、もう書かないということを言ってくれますか。
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麻生太郎#27
○麻生国務大臣 書かないというのは、閣議決定で書かないということを言っておられるんですか。
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海江田万里#28
○海江田委員 そういうことです。
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麻生太郎#29
○麻生国務大臣 検討させていただきます。
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