野田佳彦の発言 (財務金融委員会)

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○野田(佳)委員 大体の記憶でしたけれども、私は鮮明に覚えていますが、二〇一一年というのは東日本大震災が発災をした年じゃないですか、二〇一一年三月十一日。その年の特例公債が、ある種、人質になってしまって、予算執行に影響しかねないという状況になってきたんですね。当然、そうなると、政局的には、総理大臣としては何としても特例公債を通さないと、予算執行できないと困りますから。
 六月に当時の菅総理が、記者会見でいわゆる退陣三条件といいますか、自分が辞めるときにはこういう環境を整えなければいけないということで、三つ言っているんです。それは、第二次補正予算案、それから再生可能エネルギーの特別措置法がありました、そして特例公債法案。この三つが通らないと駄目なんですよ、ただ、三つ通ったら辞めますよという退陣三条件を言うんですね。
 当然、補正予算は復興の予算でしたから、これは野党もすぐ協力していただいた記憶があります。特例公債については最後までなかなか与野党の折り合いがつかなくて、結局、あの頃、我々の政策、特に力を入れていたものがばらまき四Kとか言われていましたけれども、そのばらまき四K、いわゆる子ども手当、高校授業料の無償化、それから農家の戸別所得補償制度、高速道路の無料化社会実験、これらを撤回しろ、見直しをしろという要求、それを一部認めてようやく特例公債法が通ったんです。通ったのが八月の二十六日でした。その日に菅さんは辞めたんです、その日に。
 それで、菅さんが辞めたので民主党代表選挙になって、今日、たまたま海江田さんも、前原さんもさっきまでいらっしゃったんですね、と五人出まして、勝たせていただいたのが私だったものですから、八月の末に、民主党代表選挙を経て、首班指名選挙を経て、私が総理になるということだったんです。
 ということで、特例公債というのはどうしても私にとっては忘れられない法案なんですが、そして、多分、自分が総理になったときにもこの特例公債は大変大きなネックになるんじゃないかという嫌な予感をしながら総理になりましたら、やはりなったんです、やはり。菅さんは八月で済んだんですけれども、私の場合は十一月までもつれ込みました。二〇一二年の十一月十六日に、特例公債、これは改正しましたね。さっき冒頭で大臣から御説明がありましたとおり、多年度にわたって特例公債を発行できるという議員修正、これが成立したのが二〇一二年の十一月十六日なんですね。
 その意義というものを改めて大臣に確認をさせていただきたいというふうに思います。

発言情報

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発言者: 野田佳彦

speaker_id: 5804

日付: 2021-02-24

院: 衆議院

会議名: 財務金融委員会