海江田万里の発言 (財務金融委員会)
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○海江田委員 立憲民主党・無所属の海江田万里です。
ちょっと今、喉が渇いているので水を先に飲ませてください。ちょっと待ってください、私の持ち時間でいいですから。私は重度の花粉症で、花粉症の薬を飲んでおりますと喉が非常に渇きますので。お許しをいただきたいと思います。
さて、今、野田委員から、野田元総理から、るる、平成二十四年当初の、私どもが特例公債法を四年分まとめてやらなければいけない理由について、そのときの経緯についてお話があったと思います。
これは、その当時の事情を知らないこの財務金融委員の方々も多いわけでございますが、当時、私はちょうど越智委員長のところに座っておりまして、三党で議員修正して、それが十一月の九日から議論が始まったわけであります。時の財務大臣は安住さんでしたかね。だから、私らは本当によく知っているんですよ、一番、何が原因であったかということを。
それはやはり一番大きかったのは、その前の、これは野田さんのときじゃなくて、菅総理のときの参議院の選挙で実は勝てなくて、ねじれてしまって。先ほど、経済的安定性を、財政的、財政状況を安定させる、安定した財政状況のためにこの複数年化は必要だというお話、今、麻生大臣からありましたけれども、これは政治的に安定していなかったんですよ。そっちがメインなんですよ。だから、さっきお話があったように、引っ張りに引っ張って、八月に入ってもまだ駄目だ、そして十一月になっていよいよ最後の崖が来て、そして、私どもが幾つかの選択肢の中からこういうことでどうですかといって出したところがこの複数年化という話になったわけですから。
私は、この二十四年のときの複数年化は本当にやむにやまれない事情があったし、それから、私たちも決して、私も当時は代表選で野田さんとは争いましたけれども、この特例公債法を人質に取ってそしてやるようなことというのは、これはもうあるべきではないし、よもや与党、当時の野党の自民党の方々も、皆さんそれぞれ見識のある方だからそういうことにはならないだろうと思っていたわけでありますけれども、あに図らんや、そういう事態になってしまった。
そういう事態になってしまいましたけれども、私たちが今度野党になったときは、やはり特例公債の日にちを、本当に、いわゆる日程闘争をやって、そしてこれを成立させないようにするようなことなんかはやっちゃいけないよということは一人一人が肝に銘じているわけですよ、これは。
そういう政治的な不安定さというのは今はないし、第一、私たちはこの経験を踏まえて、経験をやはり教訓化しているわけですから、特例公債を盾にして、人質にして、そして予算が実質的に執行できないようなことにしちゃいけないとみんな思っているんですよ、これは。そんなことをやったら国民から本当に指弾されますよ、批判されますよ。私たちは、そんなことは誰も、恐らく誰一人としてやろうと思っていない。だから、そういう政治的な安定性ということでいえば、とりわけ特例公債に対しての安定性ということでいえば、私たちはみんなそういう教訓化した中で分かっているわけですから。だから、これをやる必要というのは私はないと思っている、これは。
その意味で、平成の二十八年のときは、これはまさに五年でやってしまって、それ以来、五年の期日が来たから今度はまた継続をしましょう。そして、今、野田委員の最後の質問のところで、やはりこれから将来も単年度主義に、元に戻すべきじゃないだろうかという提案に対して、それは、麻生大臣は、大変残念でありますけれども、単年度に戻すということはおっしゃらなかった。
私は、これは本当に残念。これからもやはり複数の、一つ、今五年というのが相場になっているんですよ、何で五年かということは私は分かりませんけれどもね。五年ということが一つの相場になっていますけれども、これからもやはり五年なりで、複数年化でやるつもりですか、どうですか。