藤丸敏の発言 (財務金融委員会)
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○藤丸委員 おはようございます。
本日は、複雑な話ではございませんので、麻生大臣というよりも、和田政務官、赤澤副大臣に対応をお願いしたいと思います。
先日、IMFの成長率の改訂がありました。年末にはコロナ前に戻るというふうにIMFは言っております。しかし、日本は今、コロナ変異ウイルスで大変な状況であります。でも、何とかワクチンを進めて、そういうふうに年末に経済が戻れるように皆さんで努力しなければならないと思っております。
早速本題に入らせていただきます。
この国が豊かになるために、何とか金融市場を成長させたいと思っております。本来的には心の豊かさが問われるところでありますが、資産的にも少し豊かになればいいなと考えるところでございます。
配付資料一ページ。この四十年間で、米国のこの赤い太線、時価総額は三十九・三倍に伸びております。S&P株価が二十七・七倍。日本の青の太線、時価総額が五・一倍、日経平均が三・九倍でございます。
そして、この端っこの一九八〇年のところを見てみますと、日本は一九六〇年頃に皆保険、皆年金ができておりますが、アメリカは公的年金が十分ではないので、一九八一年に、民間に依存した形で、税制優遇の歳入法四百一条k項の確定個人拠出年金ができ、老後に備えた貯蓄が始まりました。これが四〇一kでございます。その四〇一kの資金が毎月毎月金融市場に流入し、また運用でのリターンも悪くないということで盛んになり、一九九〇年からは勢いがついて、そしてアメリカのパソコンも発達して、マッキントッシュやウィンドウズ、それからインターネットができた環境がそろい、ITバブルというふうになりました。
二ページ目を見てもらいますと、この二ページ目は、念のために、これは米国だけなんですが、一九四六年からの推移であります。
ちょっとまた戻りますと、一ページ目の山がありますが、最初の山が、これはパソコンが普及したITバブルの山であります。次の山が言うまでもなくリーマンの山であります。最後の右肩上がりがGAFAの山であります。
それから三ページ。この三ページ目は、一九八一年から四〇一kがスタートし、資産が毎月毎月流入し始め、それが呼び水となって、一九九〇年から資産流入が増えてきております。
このグリーンと青のところが、基本的に毎月毎月、四〇一k、投資信託からお金が入ってきておりまして、一九八〇年から九〇年ぐらいの間はそろそろという感じでありましたが、一九九〇年になるとインターネットとかパソコンが普及し始めてきます、それでこれが、呼び水が多くなって、この最初の右肩上がりのグラフになるわけであります。そして、上がったところで、ちょうど一九九五年、ウィンドウズ95とか出てきましたが、ここで加速してITバブルというふうにはじけたわけであります。
思い起こせば、パソコンがはやる前は、UNIXとかサン・マイクロシステムズとかそういうものがはやっておりました。
次に四ページ。この四ページは、この紫の太線、これはデリバティブが発達したところであります。二〇〇〇年からは、デリバティブが誘い水となって発達してきております。
このデリバティブが発達する前提として、コンピューターが二〇〇〇年ぐらいから本格的になったというのもありまして、東証においても、一九九九年から、手でこう、手指しサインというか、というのもなくなりまして、インターネットというか、処理になってきておりますので、そしてネットで買えるようになったということでありますので。それと、デスクトップのところで、インテルが入ってるじゃありませんが、相当コンピューターがよくなったので、計算が机の上で相当できるようになったわけであります。ですから、ここでデリバティブが盛んになって、次のリーマンに向かっていくという時代であります。リーマンがはじけたとしても、またすぐ、買いが強いですから、GAFAをつくり上げたというところであります。
まずは一問目に入らせていただきます。
世界の市場について、規模や時価総額、株収益がどういうふうになっているのか、また、日本も金融センター構想を持っておりますので、そのお考えをお聞きしたいと思います。