大串正樹の発言 (文部科学委員会)
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○大串(正)委員 ありがとうございます。
協働という言葉は割とよく使われる言葉で、今、体験型であったり、人々の多様な異なる考えを前提としていろんな形で学んで、学びを深めていただくということであろうかと思いますが、組織論の中では、このキョウドウというのは実はすごくいろんな意味がありまして、日本語だと、同音異義語で共同、コンビネーションという共同。これは、例えば何かをやるときに、一緒にちょっと手伝ってとお願いをすれば、一人で運ぶよりも二人で運んだ方が半分の時間で済むとかという、コンビネーションという意味の共同であります。また、もう一つのキョウドウは、協同組合なんかの協同ですね。英語で言うとコオペレーションだと思いますけれども、一人ではできないけれども、手を貸してもらって一緒にやることによってできなかったことが実現するというのが、こっちの、コオペレーションの協同です。
ここで言っている「協働的な学び」の「協働」といいますのは、この訳語が当てられるときは、組織論の中で議論されるときは、大体コラボレーションという意味で、このコラボレーションには必ずつきものとして創発という概念がありまして、エマージェンスの創発ですね。よく化学反応みたいな言い方をされるんですけれども、異なる能力の人たちが集まってお互いに刺激し合うことによって全く違う新しい能力を発揮するとか新しい発見がある、そういったことを意味する、創造的なプロセスを含む極めて深い意味が込められている協働でございます。
ですから、今回、協働的な学びというのは、恐らく、本質的に深めて理解をするのであれば、単に子供たちの発言が増えたとかそういう表面的なことではなくて、子供たちが少人数の中で、対話とか、あるいは時空間を共有することによってより学習が創造的になって、そして、子供と子供あるいは生徒と教師、そういった関係性の中で生徒が成長していくプロセスを可能にしていかなければならないのではないかなと。
それまで気づかなかったことに気づける、あるいは、お互いを刺激し合うことによって、生徒同士で教え合ったり学び合ったりするような、そういう創造的なプロセスとして位置づけていただければなというふうに思いますので、是非、そういう意味で、この協働という言葉を現場にすぐ投げるのではなくて、その深い意味も実はよく考えて理解をしてもらうような必要があるのではないかなというふうに思います。
一方で、この協働というのが、三十五人という少人数化の効果に加えて、そういう協働的な学びを指導する教師側にも指導の在り方が問われるわけでありまして、例えば、チームティーチングにしても、複数の先生で協働的なチームティーチングをすることによって、より少人数化との相乗効果を期待できるのではないかと考えます。
その辺についての御見識をお伺いしたいと思います。