滝波宏文の発言 (環境委員会)

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○滝波宏文君 よろしくお願いします。
 次に、今年の三月十一日、福島事故から十年に当たっての、更田原子力規制委員会委員長が述べられた規制庁職員に対する訓示についてただします。
 更田委員長は、資料四のとおり、訓示の中で規制のとりこ論について言及されています。規制当局が被規制事業者にとらわれて逆にコントロールされてしまうという規制のとりこ、レギュラトリーキャプチャー論は有名な学説ですし、私も行政学の授業で学生時代に学んだことがありまして、それ自体には異論はございません。
 ところが、訓示の中で更田委員長は、その規制のとりこ論をかざしながら、いつの間にか独自説に勝手に持っていってしまっているところがあります。具体的には、資料の下線部分でありますけれども、事業者の不始末について規制当局が常に一定の責任を負うと考えてしまうと、それこそ規制のとりこです、規制のとりこに陥らないためには、事業者の不始末は事業者の責任として突き放す姿勢が規制当局には必要とし、規制当局が一定の場合に免責されることが規制のとりこ論から導かれるかのように主張しています。
 しかし、私自身、日本行政学会等にも所属してございますが、そんな当局免責の説は聞いたことがない。念のため、この部分に関して国会図書館にも調べてもらいましたが、やはり委員長がおっしゃるような規制のとりこ論から当局の免責を認めるような文献も学説も見当たりませんでした。
 それはそうでしょう。何があっても、規制する業界に問題が起きたら当局が責任を負うのは不可避であります。例えば金融機関が問題を起こしたら、小さなことであっても金融当局は監督責任が生じます。だからこそ、問題が起きないように当局は全力を尽くしていただく必要があるし、何よりしっかりと事業者とコミュニケーションを取る必要があるのです。
 残念ながら、委員長のこの下線の部分は、規制のとりこ論の曲解、拡大解釈と言わざるを得ません。学者の一人として独自論を言われるのは御自由ですが、問題は、委員長、あなたが規制当局の責任者だということであります。責任者が自己免責を勝手に言うというのは責任逃れであり、非常に問題なので、この点、撤回を求めます。更田委員長の見解を伺います。

発言情報

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発言者: 滝波宏文

speaker_id: 4777

日付: 2021-05-27

院: 参議院

会議名: 環境委員会