中西祐介の発言 (国際経済・外交に関する調査会)

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○中西祐介君 自民党の中西祐介です。
 今日は、両先生、海洋教育ということと、そして船員の人材育成ということで大変貴重なお話を伺いました。誠にありがとうございました。
 順次主要なテーマから伺っていきたいというふうに思っておりますが、まず、逸見先生、逸見参考人に伺いたいと思います。
 船員の減少の主要因と現場からの解決策ということでありますが、先生から御紹介あったとおり、この外航船ですね、日本人の船員の方々、少し調べてみましたら、一九七四年頃には五万七千人ぐらいおられたのが、直近では二千数百人にとどまると。特に、私、非常に危機感を持ちますのは、内訳が、七割五分の方々がフィリピンからいらっしゃって、ほかの二割がアジアの方々、日本人は二%にとどまっている現実があります。
 また、内航船に目を移したところ、高齢化率が非常に高いということで、約半数が五十歳を超えている現状があります。ですから、こうした後継者不足というのも大きなテーマなんだろうというふうに思います。
 さらに、この船舶業界を支える造船業の方々でありますが、長崎とか今治、因島にもありますけれども、ぎょう鉄という船を造るための鉄を曲げる技術ですが、そうした高度な技術伝承の必要性というものを考えたときに、非常にこの業界の課題の裾野の深さを感じるところがあります。
 そんな中で、逸見参考人におかれては、外国人材の活用、その国籍を超えた融和というものの取組もなさっておられますし、女性活躍についても言及があったとおりであります。
 実は私、私事でありますが、父親が外国航路の船員だったことがあります。ながえ先生おられますが、弓削商船高専出身で、私も島に住んで、一番印象深いのが、湾岸戦争、九一年の湾岸戦争のときにタンカーに指名をされて、日本からペルシャ湾を越えてクウェートまで油を取りに行って帰ってきた。その船が出港する前に、当時、私、小学校の五年生、六年生ぐらいだったものですが、母親と弟と面会に行って、そして父親を送り出して港に帰ってくるときに、母親が涙を流して、もう、しくしくと泣いている姿が子供心ながら非常に印象深かったわけなんですが。
 やはり船乗りの方々、外航船、内航船問わずですけど、非常に過酷な労働現場、勤務現場があるなと思います。一つは、長期間、外航船ですと十か月船に乗って二か月休みとか、あるいは、閉鎖された空間ですから、二十人、寄せ集められた方々で勤務をしなきゃいけない。危険も当然伴います。それから、職務の重要性、日本の国の総輸出入量の九九・六%がこれ船舶を通じてですから、こうしたことを考えると、やはりこの船員そして船会社の裾野を支える人材が極めて重要なんだろうと。
 こうしたこの労働環境の大変さと引換えに、やはり船員の方々の厚生福利の充実とかあるいは仕事のやりがいということをしっかり正面から捉えないと、根本的な裾野の解決に、私、至らないんじゃないかなと。場合によったら、大陸のある国がフィリピンに圧力を掛けて、日本に船員を出さないとフィリピンにもし働きかけた場合、日本の運航が止まってしまうわけですね。
 ですから、安全保障上のことも考えて、場合によったら、半公務員という言い方がいいかどうか分かりませんが、国がバックアップをしながら確保に努めなきゃいけない局面も出てくるんじゃないかと思いますが、まず最初に、船員の減少の主要因と現場からの解決策について簡潔に伺いたいと思います。

発言情報

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発言者: 中西祐介

speaker_id: 32053

日付: 2021-05-12

院: 参議院

会議名: 国際経済・外交に関する調査会