江藤洋一の発言 (情報監視審査会)

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○参考人(江藤洋一君) 大変難しい質問で、私が答えられるかどうか分かりませんけれども。
 先ほど来の話の続きになりますけれども、収集した情報をいかに分析するかという問題と、その情報のどこまでが開示されてどこまでが秘匿されなければならないかという問題というのは似て非なる問題で、ちょっと次元が違う問題なんだろうと思うんですね。だから、そのことの立て付けがまずどうなっているかということが大事であって、私どもの基本的な考え方は、やはりより多くの情報を国民と共有するということが社会的安定につながると、こういう考え方に立っているわけでございます。
 確かに、テロとか安全保障の問題はそう簡単にはいかない問題がございますよ。いかない問題がありますけれども、その二つだけではなくて、いろんな問題を抱えている中でどうなのかということを考えていかなきゃいけないということだろうと思います。枢要な、どうしても必要な安全保障上の問題云々で表にできないことというのは、これはあるだろうと。私どももその秘密があるということを否定しているわけではございませんが、それはあたう限り限られたものでなければならないというふうには思っております。
 他方、他方ですね、情報公開した、その公開された情報は何人もこれを入手することができるというのは民主主義国家の基本的な立て付けでございます。その場合に、その何人もの中に外国のスパイももちろん入っているわけです。そういうことを前提に考えなきゃいけないということは、それは私どもも十分認識した上で申し上げておるつもりでございます。
 ですので、情報をたくさんいっぱい秘匿すればうまくいくかという、そういう問題ではない。むしろ、その解析の問題なのかなと。
 ちょっと大仰な話ですけど、一つ例を挙げさせていただきます。
 あれは千九百四十何年だったでしょうか、四〇年だったでしょうか、アメリカの大統領ルーズベルトは、アメリカの青年を戦場には送らないと言って大統領になりました。そのことの情報は秘密にされておりませんでした。日本の政治家もみんなそれは知り得た情報だった。でも、欠けていたのは、その情報に対する分析だったんだろうと思うんです。もしそうだったら、ああいう戦争の始め方をしない方がという大きなグランドスケジュールの中で考えたら、ほかの選択があったかもしれない。つまり、当時の政治的指導者は民主主義ということを知識としては知っていたけど、民主主義社会の中における情報の意味、これを理解していなかったんではないかというのが私の考え方です。
 先生の御質問に答えたことになるかどうか分かりませんけれども、情報、国民に知らせない秘匿する情報をいかに狭めるかという問題と、その情報、その少ない情報をいかに解析するかというのは、まあちょっとレベルの違う問題かなというふうに認識しております。
 済みません、答えになっておりませんかもしれませんが。

発言情報

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発言者: 江藤洋一

speaker_id: 20785

日付: 2021-04-28

院: 参議院

会議名: 情報監視審査会