宍戸常寿の発言 (内閣委員会)
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○参考人(宍戸常寿君) 御質問ありがとうございます。私の考えを申し上げたいと思います。
まず、何よりも表現の自由は立憲民主制を支える基本的な権利として非常に重要なものであり、また、その際には、その表現が正確であるということを担保する上でも、人間について実名で報道をするということと、あるいは、非常に社会的に批判を浴びそうな、しかし意見を言わなければいけないというときに匿名表現の自由が保障されるということ、これら表現の自由の保障の中で、実名報道であったりあるいは匿名表現の自由というものが保障を受けるということがまず議論の出発点であり、それについてやはり政治あるいは国家権力というものはまず尊重をするというところがまず出発点になるだろうと思います。
その上で、当然ながら表現の自由も絶対無制限のものではございませんので、具体的な法益との調整ということになるわけでございますが、この調整の在り方についても、特に報道の自由が萎縮するという場合あるいは公共的な事柄について匿名の形での表現が萎縮するということは非常に望ましくないという観点からしますと、一つには、ハードローといいますか、直接的な規制を考える場合には、非常に明確で限定した規制ができるかどうかということがその実体的な比較考量に加えて重要な論点になるだろうと考えております。
もしそれがうまくいかなさそうだと考える場合の一つのやり方は、報道機関、メディアと、それから今の例でいいますと、犯罪被害者等の間の調整というものがうまくいっているのかということを見ることだろうと思います。
これまで実名報道をめぐって報道機関と犯罪被害者の方との間でいろいろな問題が起きるというときの一つの在り方は、かつてであればメディアスクラムであったり、報道の在り方というものについて様々な議論があったと。つまり、被害者の方からすると、それは報道機関の側の、いつまでに原稿を出さなければいけないとか、そういったような事情に振り回されるということが、その取材対象者として非常に酷な状況にあるときにそういうふうな取材報道が来るというような問題もあったように思われます。
そういたしますと、その民間の中で、報道機関とそれから犯罪被害者あるいはそれを代表するような方の間での適切な話合いが進むようにすると、そういった環境整備というものを政治、行政の側で御検討いただくというのが一つの建設的なやり方ではないかと考えております。
ひとまず私からは以上でございます。