古賀友一郎の発言 (内閣委員会)

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○古賀友一郎君 ありがとうございました。
 今のその河野大臣の御答弁からして、無理やり後で取り戻すぞというようなニュアンスは私受けなかったんです。やっぱりちゃんとその辺の、もちろんマネジメントもしっかりやる、しかし、それでもなおかつというのもやっぱり今の現状の一つじゃないかなと、こう思うわけでありまして、その辺をしっかりこの目配りをしていただいて、定員の配分に当たってはよろしく御高配をいただければと、こういうふうに思っておりますので、お願いを申し上げたいと思います。
 それでは、人事評価についても伺いたいと思います。
 この法案の附則では、法施行日、これは令和五年の四月一日だと思いますけれども、施行日までに人事評価の改善措置を講じることとされておりまして、この三月には政府の人事評価の改善に向けた有識者検討会から報告書が示されております。その中で、いろいろありますけれども、私が今日問題提起しておきたいのは、現行の五段階評価を六段階に更に細分化していくということについてであります。
 これは要するに、現状でいきますと、学校の通信簿でいえば五段階評価の四ぐらいのところですね、四のところに多くの評価が集中してしまっている、これが差が付かなくて問題であると、こういった問題意識の下で、職員の能力、実績をきめ細かく的確に把握するためということで、そういうことを検討会でいろいろ議論されたようでございますけれども、しかし一方で、この細分化、精緻化していけばいくほど、それだけその評価の違いというものを説明、証明する根拠もこれは細かくなってくるわけでありまして、優秀と優良は何が違うのかとか、優良と良好は何が違うのかとか、一応抽象的な基準はそれは設けるはずですけれども、しかし、具体的に、じゃ、それはどういうふうに証明、説明していくのかというと、これは言うほど簡単ではないと、私はそういうふうに思っているわけであります。
 特に、これが職員の処遇と結び付いているというところが私は心配しているところでございまして、評価者は、やはり最終的には裁判になるということも頭の片隅に置きながら、しっかり説明、証明できるようにしておかなければならない。その場合、何十人も抱える課の課長の労力はどれだけになるんだろうか、あるいは、そういう課を幾つも抱える局長はどうなるんだろうか。私は、基本的には、局長、課長というポジションの方々はもっとほかにエネルギーを投入すべき私は仕事があるんだと、今の時代、思っているわけであります。
 そもそも、この通信簿の四に相当する評価に集中するという現象は一般に中心化傾向というふうに言われておりまして、当たり障りのない評価を好みがちな評価者の心理を表したものと、こういうふうに考えられるわけでありますが、実際には大方の公務員は大過なく真面目に仕事をしてくれているということを考えますと、そうなることはある意味自然な現象ではないかと、こういうふうにも言えるわけでありますから、殊更にそれを問題視してですね、そういう必要があるのか私は疑問なのであります。
 もちろん、組織の中には、衆目の一致するような働きのいい人、職場に欠かせない人はおりますし、その逆の人もいることは、これは現実でありますから、そういう両極端な人を特に評価するということは、論功行賞の観点とかあるいは分限処分の実質化という観点から意義あることだとは思いますけれども、しかしそれ以上に、この評価を細分化していくことにいかほどの意味があるのかと私は疑問に思っております。
 そこで、この現行の五段階を細分化していくというよりも、むしろ四段階とか三段階に簡素化していく方が私はいいのではないかと、こういうふうに思っているわけでありますけれども、これは政府のお考えをお聞かせください。

発言情報

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発言者: 古賀友一郎

speaker_id: 3122

日付: 2021-06-03

院: 参議院

会議名: 内閣委員会