萩生田光一の発言 (文教科学委員会)
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○国務大臣(萩生田光一君) 高輪築堤跡につきましては、歴史の教科書にあるように、明治五年、工部省が新橋―横浜間に鉄道を敷設しており、当時の様子は、今先生から御披露いただいた浮世絵、錦絵にも描かれています。
私自身、現地を視察し、錦絵に出てくる橋梁が良好な状態で残っている状況を見て、明治日本の近代化を体感できる、かけがえのないすばらしい文化遺産であると感じました。御指摘のように、わくわくしました。
といいますのは、今、海の中を電車が走っているということを上野先生おっしゃっていただいたんですが、何で海の中を走っているかといいますと、当時、明治の政府といいますか、議会ができる前の状態で、合議制で国の方向を決めていたときに、非常に発言力のあった西郷隆盛は、これはもう軍備を強化するべきだということを強調して、一方、伊藤博文や大隈重信は、これからの近代化には鉄道だということで意見が物すごい対立して、最後は鉄道が必要だということで折れたんですけど、しかし、この高輪周辺は実は薩摩藩の土地がほとんどを占めておりまして、その隣地が軍部の土地だったそうなんです。
したがって、百五十年前と今と余り変わらないんですけど、まあ鉄道を通すことは認めるけど俺たちの土地は通さないといって、その結果、みんなが技術を絞って、ならば海上に堤を造ってその上を汽車を走らせようといって新橋から横浜までつないだという話を聞きますと、もう本当にわくわくするお話だと思います。
高輪築堤はある程度まとまった規模で現地に保存することができれば、文化審議会における専門的判断を得た上で、文化財保護法に規定する史跡として旧新橋停車場跡と併せて指定できる可能性は十分にあると考えております。
遺構の保存方策については、現在、JR東日本の有識者会議の検討やJR東日本と港区との協議が行われていると聞いております。関係者においては、有識者の意見も踏まえながら丁寧に議論をいただき、開発と保存を両立させながら貴重な文化遺産を現地で保存、公開できるように御検討いただきたいと考えており、その旨を視察時にもお伝えをしたところでございます。
JR東日本にしてみれば、もう十年以上掛けて準備をしてきた開発ですから、ある意味戸惑いもあるんだと思うんですけれど、仮に現地で残すということになれば、設計を見直さなきゃならない。そういうことで、掛かる費用について、港区の方にかなり強くお金は出せるのかということを言っているそうなので、私は、じゃ、この土地はどこから幾らで買ったか教えてほしいと、そうすれば国として買い取ることも考えるということも申し上げました。多分、この土地は元国鉄の土地でありまして、もっと言えば国有地だと思いますので、そういう意味では簿価はおのずと分かるんだと思います。
東京の町づくりする上でJRの努力は評価したいと思いますので、全てを残すというわけにはなかなかいかないのかもしれませんけれども、是非、次の世代にこの技術をちゃんと伝えられる部分については現地で保存を掛けていただくのが望ましいのではないか、文化庁からも専門的な助言を行うことで関係者による議論が建設的に行われるようにしっかり支援をしていきたいと思っております。