駒込武の発言 (文教科学委員会)
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○参考人(駒込武君) こんにちは。駒込と申します。よろしくお願いします。
本日は、参議院文教科学委員会において意見陳述の機会を与えられましたことを心より感謝申し上げます。
私は、教育学、教育史を専攻しております。本日は、現場で研究、教育に携わる一教員としての立場から、国立大学のガバナンス体制をめぐる問題に絞って意見を述べさせていただきます。
お手元に資料があるかと思いますが、その一ページ目の下の図を御覧ください。この図は文部科学省が作成したものです。中央に学長がいて、学長の指名した理事とともに役員会を構成する、左側に経営協議会、右側に教育研究評議会があり、それぞれから選出された委員が同数で学長選考会議を構成し、学長を選出する、そうした仕組みを表しています。
二ページ目になりますが、それでは、もしも学長に不正や法令違反などがあった場合にはどう対応すればよいのでしょうか。改正案は、学長への牽制機能の強化が必要であるとして、三つのポイントを挙げています。①監事に学長選考会議に報告する権限を与える、②学長選考会議を学長選考・監察会議と改称して学長への説明を求める権限を与える、③学長が選考会議の委員になれないようにすることです。
その下の図は、先ほどの文科省作成の図が率直に申し上げてミスリーディングであると考えて、私が修正を加えた図です。
学長と理事は、実は経営協議会の委員でもあります。その委員は学長が任命あるいは指名することになっており、議長は学長です。教育研究評議会についても事態はおおよそ同様です。
政府提出の改正案におきまして、学長は確かに委員から外れることになりましたが、学長の選んだ委員が学長を選ぶという仕組みに変わりはありません。それで果たして選考会議の判断の透明性や公平性を担保できるのでしょうか。むしろ、学長による不正の温存や隠蔽につながるのではないかという懸念がございます。
それでは、監事についてはどうでしょうか。監事は文部科学大臣の任命です。衆議院で萩生田文科大臣は、文科省退省者が監事に就任する可能性を否定しませんでした。中期目標、中期計画に関わる文科省の権限強化と相まって、国立大学に対する国による間接支配が強化される可能性がございます。
監事が言わば上からの牽制、経営協議会が横からの牽制機能を担っているのに対して、教育研究評議会の方は下から牽制する役目を担っています。ところが、実際のところは、学長選に関わる意向投票の廃止、部局長互選の廃止などにより、この下からの牽制が機能不全に陥っています。そのため、研究、教育、医療の現場と大学執行部の亀裂や対立が実際に各地で生じています。
ツイッターで、ある京大の学生はこのようにつぶやいていました。「大学の意思決定に一番人数多くて、金まで払っている学生が参加できなくて、どこぞの誰かも知らんたった八人の理事さんたちがお金もらってドンドン決めてくの意味わかんなくね?」。極めて真っ当な見解だと思います。
次のページになります。なぜこのような事態が生じているのでしょうか。
原因の一つは、二〇一四年の文科省の施行通知です。この通知では、過度に学内の意見に偏ることなく、社会の意見を反映させる仕組みが重要だとしています。
この通知には大きな問題がはらまれています。学内よりも社会を優先としていますが、学生とその保護者も、また大学を支える地域社会もまた社会の一部です。学内と社会を単純に対比する論法は、この点を見落としています。手続的には、文科省は、施行通知に加えてチェックリストを作成して各大学に内部規則の改正を促しました。これは、大学の自主性、自律性を掘り崩す行政指導であり、適法と言えるか疑問です。
二つ目の原因は、二〇一九年の閣議決定です。
この閣議決定で、学長、学部長等を必要な資質能力に関する客観基準により、法律にのっとり意向投票によることなく選考せよと定めました。この閣議決定は違法のおそれがあります。
二〇一四年当時、下村文科大臣は、「これから意向投票はもうやめるべきだということを国が言う考えはありません。」と答弁しています。閣議決定はこの大臣答弁をほごにするものであり、行政の一貫性を損なうものです。また、法律にのっとりと書いていますが、学長や学部長の選考方法について具体的に定めた法律はありません。
私の恩師である寺崎昌男東京大学名誉教授が記しているように、一九一九年に東京帝国大学で始められた総長選挙制度は、大学自治の象徴的な到達点です。この閣議決定は、日本国憲法第二十三条に定める学問の自律性、その制度的保障としての大学の自治に対する侵害です。同時に、国会の立法権への侵害でもあります。
政府は、学長監視機能の強化を必要とする事実、すなわち改正案の前提となる立法事実について説明していません。ですが、事実を確認すれば、先ほどの施行通知や閣議決定こそが今日の混乱と沈滞の原因だと分かります。
ここでは、意向投票を形骸化ないし無視し、任期の上限も撤廃した例として、筑波大学と旭川医科大学に着目します。
筑波大学では、学長選考に関わる意向調査投票が行われてきましたが、昨年、これを意見聴取と改めました。これは単なる言葉の上の変更ではありませんでした。実際、選考会議は意見聴取の結果を覆して永田氏を再任しました。意見聴取に先立って、永田学長は、最長六年という通算任期の上限を撤廃しました。しかし、選考会議で通算任期の撤廃を決定したことを示す記録は存在していません。
選考会議が永田学長の再任を意見聴取の結果を覆して決定する五日前、文科大臣は筑波大学を指定国立大学法人に認定しました。学長の強いリーダーシップを認定の理由として挙げています。ところが、今年になって指定申請書類に記した留学生数に水増しのあったことが発覚。問題はないという学長の説明にもかかわらず、虚偽記載であることが確定しました。
政府提出の改正案では、この筑波の例のような場合、学長への牽制機能が有効に機能しません。筑波大学の監事は、この虚偽記載について調査に着手した形跡はありません。また、文科省は、学内問題なので調査するつもりはないとしています。こうした事例は、学内からの信任と支持なきリーダーシップの下に単なる独裁が生じているのではないか、そうした疑念を抱かせるものです。
もう一つ、旭川医科大学の例を挙げます。
二〇〇九年には、学長通算任期は最長六年という上限を撤廃し、一昨年には、意向聴取をせずに吉田晃敏氏を学長に再任しました。その吉田学長は、新型コロナ感染症患者を受け入れようとした病院長を解任しました。これについて、患者らによる署名運動が起きているほか、意向聴取対象者の過半数の署名を得て解職請求が行われています。
経営を重視する立場からは、感染症患者を受け入れない方がよいという判断もあり得るのでしょう。ですが、教学、すなわち研究、教育、医療の公共性を重視する観点や地域貢献という観点とこの経営の観点は矛盾することもあります。つまり、採算は合わないけれど、市民や学生にとって切実に必要とされる研究、教育、医療もあるのです。これを切り捨てることによって犠牲にされるのは、この例では市民です。ダイナミックで民主的なガバナンス体制によって経営の観点と教学の観点を調整していくことが必要です。
それでは、どうしたらよいのでしょうか。
大学は元々、公共財の一つです。その研究、教育、医療の充実と地域への貢献を図るためには、学内のステークホルダーのモチベーションを高め、相互の信頼に立つ安定した関係を築くことが大切です。文科省の検討会議でも言われているように、守るべきは学生と研究の未来です。
まず、学内におけるボトムアップ型意思決定の仕組みの再構築を図る必要があります。具体的には次のようなことが考えられます。
第一に、意向投票の結果を最大限に尊重すること。第二に、直接請求による学長解職制度を創設すること。第三に、学長指名の評議員を割合を三分の一以下にとどめること。第四に、学長の通算任期の上限を定めること。第五に、監事は公益通報の窓口を設けること。第六に、監事の選任に当たっては、国、学外委員関連企業等との縁故を廃すること。
政府提出の改正案の先に研究と学生の未来があるとは思えません。大学のガバナンス改革は、二〇一四年施行通知と二〇一九年閣議決定の適法性を問い直し、それが研究、教育、医療の現場にもたらすゆがみを確認することから始めるべきです。
なお、そうした観点から、政府提出の改正案の修正意見を請願書としてまとめて参議院議長に提出しましたので、慎重に御審議ください。また、参考資料として政府提出の改正案をめぐる新聞報道を二件添付しましたので、御参照ください。
以上で私の意見陳述を終わります。ありがとうございました。