梅村みずほの発言 (文教科学委員会)
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○梅村みずほ君 まだ段階にないとおっしゃっていたんですけれども、これはもう本当に急ピッチで進めていただきたいと思っています。やはり被害者が続々と出てきているわけです。
是非参考にしていただきたい取組がございます。大阪の生野区にあります生野南小学校の取組です。配付資料を御覧くださいませ。
この学校は大変問題を抱える学校でした。三ページ目、御覧ください。一、研究の概要というところです。本校はかつて、子供たちの暴言、暴力、そして大人への不信感にあふれ、抱え切れない心の闇を互いにぶつけ合い、強烈な力関係を構築していた。一方、その片隅ではいつもたくさんの孤独の影が不定愁訴を訴え、不登校に至るケースを生んでいた。校区には児童養護施設があり、過酷な生い立ちを背負う児童がいる。また、家族機能の希薄さや、心身の貧困を抱える児童も多数在籍するということで、この学校では年間に百件の暴力がありました。そして、対人関係による要医療件数が三十一件にまで上っていた学校です。
この資料の一ページにありますように、表のかつての児童の実態というところですが、教師への挨拶代わりに死ね、黙れや、コンパスを投げる、そういった児童がいた学校です。そして、その下の項目です。あいつを殴ってこいと言われれば殴りに行き、ここから飛び降りろと言われれば飛び降りてけがをする、力を持つ者の命令が絶対であった、特に自分への愛情を向けてくれる教師への執拗なまでの試し行動は日常の景色の一部であった。そのような現状がある小学校がこの日本に存在しています。
学校の先生方は頭を抱えました。そして、まずは国語というものに着手しました。三ページ目の真ん中辺りになります。あっ、済みません、その上ですね。暴力を言葉にと国語科研究をスタートさせたとあります。自分の不満や苦痛を、手を出す、足を出すことでしか表現できなかった子供たちに、言葉で表すんだよと徹底的に国語に力を入れていきました。そして、そこから中段になりますけれども、同時に、学校という場が子供たちの心の安全基地となるように、問題行動への対応を緻密に体系化し、一人の児童の人権を徹底して守り切ったことで、学校という場が全ての児童の心の安全基地となり、児童、保護者、そして地域から信頼される場へと変容していった。自分を誇り、他者を尊重し、過去、現在、未来の全てに向き合える子供を育てる、本校の生きる教育が誕生したとあります。
次のページめくっていただきますと、六年間で実に三十八時間を費やした、自分の心と体、人生に向き合うプログラムが用意されています。(資料提示)こちら、一冊の冊子にこの生きる教育の中身がぎっしり詰まっていますけれども、一ページ一ページ読むたびに子供への愛情があふれています。
そして、この最後にあります、必要以上に傷つき、必要以上に頑張って生きてきた、そんな子供たちが今日を楽しみに毎朝登校してくる、そんな子供たちを前に教壇に立つ私たちは、学校が楽しいというこのシンプルな当たり前を毎日子供たちに届ける責任を忘れてはいけないと感じている、どの教室にも子供たちの温かい言葉と笑顔があふれ続けますように、生まれてきてよかったと生い立ちを誇り、人生を選ぶことができますように、今改めて授業の力を信じるとあります。
令和になり、教育に一番大事なものがひょっとしたら変わりつつあるのかもしれないというふうに思っています。このプログラムは、ケアキットプログラムを始めましてアタッチメントケア、トラウマケア、そういった被虐待児に施すようなケアもふんだんに取り組まれております。是非、御参考にいただき、全ての子供たちに授けていただきたいと思っております。
それでは、大臣に最後にお伺いいたします。
子供たちの心と体と人生を守るためのこういった生きる教育、もちろん、国際セクシュアリティ教育ガイダンスにのっとった性教育も必要だと私は考えておりますけれども、人権教育や道徳教育にも通じるこういった教育が必要ではないでしょうか。