清水貴之の発言 (法務委員会)
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○清水貴之君 ただ、現状はまだ十分なされているとは言えないということだというふうに思います。
最後になりますが、先ほど刑事局長の方から衆議院の参考人質疑、武さんのコメントをいただきまして、あっ、法制審のコメントですかね、武さんの、被害者の会の武るり子さんのお話をいただきました。おっしゃったとおり、一歩前進だというふうに受け止めていらっしゃいますが、これは衆議院の参考人質疑、今回、参議院の参考人質疑では被害者側の方のコメントというのがなかったもので、ここで改めて私の方から紹介をさせていただきたいと思います。
今回の改正案で少年法の適用年齢が十八歳に引き下げられなかったことについて十分な結果だとは思っていない。私たちは、子供を殺された後もずっと、加害少年は可塑性に富んでいる、加害者はこれからも生きていかなければいけない、将来があり、未熟だから保護しなければいけない、そんな言葉を何度も何度も聞かされてきました。そのことが大切なことだとは分かっていますが、そのことを理解するのに大切なもの、被害者の視点が欠けていると思います。加害者が自分の罪と向き合い、その重さを分かること、そして責任を果たしていくことがなされていないことが問題なのです。
未熟だから保護処分になった加害少年、将来があると大人より減刑された加害少年、ほとんどが謝罪もなく、賠償責任も果たしません。再犯もしています。私たちが経験していることは、加害者も親も逃げ得が許され、誰も責任を取ろうとしない姿なのです。だから少年法改正を言い続けているのです。
私たちの会の人たちの事件を見ると、多くの加害少年は、自らが少年法で守られ、刑が軽くなることを知った上で罪を犯したケースが目立ちます。被害者である子供たちの命はとても軽く簡単に扱われたと感じ、悲しく、悔しくてなりません。
事件を大人と同じように刑事裁判にしてもらっていたなら、罪に見合った罰が与えられていたなら、そして加害者から心からの謝罪があったら、賠償責任がきちんと守られていたなら、きっと私たちはもっと違った人生があったのではないかと思います。少年法が改正されることは、決して厳罰化ではありません。時代に合った適正化なのです。
私も、もちろん抜粋をさせていただいておりますが、こういった被害者側の意見というのも重く受け止めながら、時間が来ましたので、また今後の審議に臨んでいきたいと思います。
今日はありがとうございました。