長坂康正の発言 (経済産業委員会)
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○長坂委員 自民党の長坂康正でございます。
萩生田大臣におかれましては、経済産業大臣への御就任、横っ飛びでの御就任、歓迎をいたします。昨日も予算委員会で既に、この法案に関連する質疑、しっかりと詳しく丁寧に、また意欲的な答弁をされておりました。拝聴いたしまして、本当に心強く、日本経済を立て直す先頭で頑張っていただきたいなとエールを送りたいと思います。
さて、現在、コロナ禍からの復活を目指して、各国が、より国家主導的な形で、グリーンやデジタル、そして健康といった戦略的な分野で、強力で巨額の産業政策を推し進めようといたしております。
こうした中、我が国は、経済産業省を中心に、これまで進めてきたような新自由主義的な産業政策でよいのか、コロナというピンチをチャンスに変える観点から、このコロナを経済産業政策の転換点とすべきでないのか、まさにそれが問われている瞬間だと思います。
私は、この十月まで経済産業副大臣を務めてまいりました。こうした思いを持ちまして、官と民が一体となって、この国の将来を背負う産業を育成するという原点に立ち返って、産業政策をもう一度再構築すべきだと、省内を激励してまいりました。そうした議論を経て生まれた成果の一つが、まさにこの法案であろうと理解をいたしております。
言うまでもなく、資源に乏しい我が国は、これまでもいろいろ、国力、国富を維持発展させていくためには、国内に根づいた成長産業をしっかりと育成してきたといいますか、古くは生糸、繊維産業であり、私の地元愛知、尾州の繊維産業は、戦後間もなく、一九五〇年代、戦後復興の牽引車として日本の経済に大きく貢献してまいりました。一九七〇年代頃から自動車産業がそれに取って代わりました。その物づくりの私どもの地元愛知でも、今、半導体不足で、非常に厳しい状況にあえいでおります。
一九八〇年代頃には、産業の米と言われる、昨日は総理は産業の脳とおっしゃっていましたが、半導体産業となり、しかし、その半導体も、八〇年代後半、当時、私は海部総理の秘書として日米交渉にも臨んでおりましたけれども、日米半導体摩擦が起こり、そして二〇〇〇年代前後にはインターネット革命への乗り遅れ、その後、失われた三十年で、国内の市場と投資の縮小により、現在、諸外国に大きな遅れを取っています。さらに、韓国、中国、台湾といったアジアの国だけでなく、今では欧米諸国も半導体産業の強化に向けて強力な産業政策を展開しようといたしています。
この状況において、産業基盤と技術力を維持し、これからのデジタル社会に不可欠な半導体産業の競争力を復活させるには、一刻の猶予もありません。今こそ、我が国政府の支援を抜本的に拡充することが急務だと考えています。半導体産業を戦略産業と位置づけ、国内外の民間活力を基礎としながら、政府の支援策の政策リソースを格段に引き上げようとする本法案は、まさに時宜を得たものであると考えています。
この法案の意義や狙いを改めて確認しながら、質問に入らせていただきます。
日本の半導体産業は、八〇年代に世界シェアの五〇%以上を占め、かつては電子立国日本と呼ばれたように、我が国の経済を支える重要な産業であったにもかかわらず、今では一割程度までシェアが落ち込んでしまいました。その間、アメリカ、中国、台湾、韓国は、それぞれの得意分野で投資と研究開発を強力に進め、今では技術力で大きな差をつけられてしまったのではないかと思います。この立て直しを図るには、リアリティーのある戦略と、国が先頭に立って実行していくことが重要であります。
経済産業大臣として、我が国半導体産業が八〇年代以降立ち遅れた原因をどのように分析し、今後の半導体戦略をどのように実行していこうとお考えか、お尋ねをいたします。