吉田徹の発言 (環境委員会)

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○吉田参考人 本日は、どうぞよろしくお願いいたします。同志社大学の吉田徹と申します。今朝は、このような場にお呼びいただいて、ありがとうございます。
 今朝は、私からは、地球温暖化対策の推進に関する法律の一部を改正する法律案について、また地球温暖化対策全般について、いかに一般市民や住民による対策への能動的な参加が必要であって、また、それはいかにして実現されるべきかについて私見を述べさせていただきたいというふうに思います。
 言うまでもなく、気候変動対策は待ったなしの状況にあります。御案内のように、さきにイギリスで開かれた国連のCOP26では、世界の温室効果ガスの排出量を二〇一〇年比で二〇三〇年までに約四五%削減することなど、気候変動対策を加速化させることが合意されました。また、こうした情勢を受けて、近年では、クライメートジャスティスですね、気候の公平性などというふうに訳されますけれども、気候変動について我々一人一人が責任を果たさなければならないという意識が広まり、例えば、スウェーデンのグレタ・トゥンベリさんや、日本を含む各国でもフライデーズ・フォー・フューチャーという、既に本委員会でも参考人として出席した方もいらっしゃると思いますけれども、若年層を中心とした、より一層の気候変動対策を求める活動が活発になっていることも周知の事実かと思います。
 今回の温対法の改正案は、気候変動対策をより強化することを目的とするものでありますことから、大変に歓迎すべきものであると考えております。
 そうした意味で、法律案の方向性そのものに異論はございませんけれども、他方で、そこに欠けているもの、あるいはより一層法律の趣旨を強化するものとして、どのようなものがあり得るのかについて述べたいというふうに思います。具体的には、まず気候変動対策におけるいわゆるくじ引民主主義の活用例、そして気候変動対策におけるこの種の民主主義が持っている有意性、そして最後に、なぜこうした施策が求められているのかという三点になります。
 まず一点目についてでありますけれども、現在の先進国の気候変動対策で大きなトレンドとなっているのは、気候民主主義とも言われる、実際の対策の受益と負担の対象となる住民らに積極的に関与をしてもらう形で対策を進めるというものです。
 配付資料の一を御覧いただきたいと思いますけれども、大規模なものとしては、二〇一九年にフランスとイギリスでは、このくじ引民主主義という手法を用いてどのような気候変動対策を具体的に進めるのか市民、住民自らに考えてもらう、いわゆる気候市民会議が大規模な形で開催をされております。こうした取組は、国レベルだけではなくて自治体レベルでも、例えば、アメリカのワシントン州やイギリスのオックスフォード市でも開催されておりますし、また、日本でも札幌市や川崎市で実践がなされているところであります。
 ちなみに、ここで言うくじ引民主主義というのは、単にランダムに市民を選んだり、討議したい人に参加してもらうというようなものだけではなくて、ミニパブリックスや抽せん制議会あるいは討論型世論調査などと呼ばれますけれども、ドイツなどでは既に一九七〇年代から用いられている公共的な意思決定の手法ということになります。
 詳しくは配付資料の二を御参照いただきたいというふうに思いますけれども、これは、まず無作為抽出で住民に参加を広く呼びかけ、その中から参加する意思のある方々を標本として、その地域や地区の社会の縮図となるようないわば代表団をつくります。これは、御案内のように、一般的な世論調査と同じような方法ということになります。
 ただ、くじ引民主主義で異なるのは、その抽せんによる議会が招集される前ないしそのさなかに、専門家や利害当事者からのレクチャーや情報提供を受けて、これらの客観的な分析を基に、ファシリテーターの進行によって市民、住民同士が政策について討議を行い、一定程度の方向性を示したり賛否を決めたりするというところにあります。直近ではパリ市が抽せんによる市民議会の設置を決定しましたけれども、こうしたくじ引によって選ばれた市民が公的な決定に関わる制度という意味では、日本では裁判員制度が思い浮かぶところだろうというふうに思います。
 二点目ですけれども、ではなぜ各国や各地で気候変動対策においてこのくじ引民主主義が多用されているのかということを知る必要があります。
 これは、人々の行動変容や意識改革なくして気候変動対策は成功し得ないというこの問題の特性に関わるものです。実際、地球の平均気温上昇を一・五度以内にとどめて二〇五〇年までにゼロカーボンを実現するためには様々な手段が存在しており、どのような手段を用いるべきかについては、御案内のように、専門家の間でも往々にして意見が分かれるという状況にあります。しかも、地球温暖化対策が、人々に不便や、場合によっては経済的コストをもたらす様々な負の効果が付随するものであれば、それに納得をしてもらう必要があります。
 例えば、ドイツでは、エネルギーシフトを実現させるに当たって、二〇〇〇年に再生可能エネルギー法というものが施行されましたけれども、そうした影響もあって、過去二十年間に家庭用の電気料金が倍以上も値上がりするというような経験をしております。
 そうした中で、負担を一方的に求めたり、対策の実効性を知らなかったりすることになれば、人々は対策の正当性を疑ったり、自ら実践しなかったりするということもあれば、温暖化対策そのものが非難をされる可能性も予見できるところであります。あるいは、エネルギー消費を減らすために、断熱材を効果的に導入した方がいいのか、電気料金のタイムシフト制を用いたらいいのか、そもそも公共交通機関を拡充した方がいいのか、脱炭素社会実現のための手段として何が好ましいのかということは、人々の生活環境やライフスタイルに大きく左右されるということになります。
 こうした課題の特性を考えれば、行政や立法府からのいわばトップダウン的な施策というものは、十分な効果を持たないばかりか、反発を買う可能性すらあります。簡単に言えば、万人が影響を被るにもかかわらず、万人が納得するような政策的な解がないというのが地球環境問題の特質の一つになっています。そうであれば、政策的な解は、みんなが納得の上で合意して決めたというものしかあり得ませんし、そのための手法として現在重宝されているのがこのくじ引民主主義ということになります。
 ただ、いわば素人が公共政策に関与することについての不安や懸念が残るということもあるかもしれません。しかし、内外のくじ引民主主義についての一連の研究調査によれば、客観的な情報提供があり、十分な時間を尽くして公平な討議が行われる場合は、特に不確実性の高い課題については政策的にも妥当な結論が出される傾向にあると結論づけられています。最近では認識的民主主義などと呼ばれていますけれども、簡単に言えば、集合知が働けば極めて常識的な結論が導き出されるという実証研究も存在をしています。
 現在、日本では政府、自治体、そして企業が主体となって気候変動対策を進めていますけれども、各種の意識調査を見ても、日本国民の関心が十分に高いとは言えません。例えば、ピュー・リサーチ・センターの国際調査によれば、気候変動がとても心配、ある程度心配と回答した十八歳から二十九歳までの若年層の割合は日本では六七%でありますけれども、これは、アメリカの七一%、イギリスの七六%、あるいはフランスの八五%と比べてもかなり低いという状況にあります。
 このくじ引民主主義は、皆が意思決定と方策決定の主体的な責任を負う可能性があるという意味合いでは、当事者性を涵養し、公共的義務を果たしてもらうための責任を自覚してもらうような作用も持ちます。そして、こうした主体性や能動性がなければ、社会の隅々まで、まさにオール・ジャパンで取り組まなければならない気候変動対策を十分に実効的な形で推し進めることは難しいと言わざるを得ません。
 こうした地域住民の巻き込みという点では、例えば環境省による脱炭素先行地域づくりといった事業がありますけれども、これなどでは住民参画の取組は再生エネルギー導入に際してのゾーニングに関わる部分などにとどまっており、行動変容や、自らがどのような行動変容が望ましいのかと思うのかといった、合意形成をつくるための制度的枠組みは不十分なものにとどまっているように見受けられます。
 ドイツのNGOのジャーマンウォッチというのがありますけれども、これがさきに発表した世界気候リスク指標では、アフリカのモザンビークやバハマなどに次いで、日本は気候変動によって被るリスクが世界で四番目に大きい国だというふうにされています。つまり、最も深刻なダメージを気候変動で受ける国であるにもかかわらず、それに対する危機意識が薄いという、このギャップを埋めるものとしても、この気候市民会議が活用されるべきと考えているところであります。
 もちろん、お分かりのように、こうしたくじ引民主主義の制度設計や運営には入念な準備が欠かせません。もし、くじ引民主主義による気候市民会議のような場を設けるのであれば、行政による運用ではなくて、独立の立場でもってこれらを運営する専門家や、その進行を担うファシリテーターなどが不可欠になってきます。そうした担い手が自治体に育つような継続的な支援、あるいは住民がこうした最先端の専門家の知見を基にした地域の脱炭素化を考えられるための専門家派遣事業の仕組みなど、そうした人への投資も必要になっていくことは言うまでもありません。
 最後の点になりますけれども、イギリスの気候市民会議に関わったニューカッスル大学のエルスタッブ教授は、政治不信が渦巻いている現在の政治においては、参加や熟議をしたり、影響力を与えたりする機会を増やすことによって、ガバナンスの過程における市民の役割を問い直し、広げるために編み出される新たなプロセスや制度が必要だと強調しています。
 配付資料の三を御覧いただければと思いますけれども、これは、OECDがまとめた、加盟国でのくじ引民主主義の実践例の推移をまとめたものです。御覧いただくと、これは二〇一〇年代に入って各国で大変増えているということが見て取れるかと思います。
 議員の皆様方を前にして誠に恐縮ではありますけれども、各国でのポピュリズム政治やフランスのイエローベスト運動に象徴されるような、こうした抗議運動の蔓延というのは、今の議会制民主主義だけを政策や法律の正当性の根拠とした政治の在り方がいわば袋小路に陥っているということを指し示しているということについては、多くの研究者の意見が一致をしているところであります。
 その一方で、各国でこのくじ引民主主義の実践が進んでいるというのは、公共政策の正当性を現状とは異なる意思決定の方法によって回復しなければならないという危機意識の裏返しでもあるんだろうというふうに思います。
 気候変動対策を含めて、様々な不確実性の高いリスクに現代社会は手探りの状況でこれから対処していかないとなりません。こうした時代においては、より広範かつ制度的な形でもって市民や住民の参画が求められるのは論理的な必然でもあるということを最後に申し上げて、私の意見とさせていただきます。
 御清聴ありがとうございました。(拍手)

発言情報

speech_id: 120804006X00520220401_004

発言者: 吉田徹

speaker_id: 20656

日付: 2022-04-01

院: 衆議院

会議名: 環境委員会