赤嶺政賢の発言 (憲法審査会)

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○赤嶺委員 日本共産党の赤嶺政賢です。
 私たちは、憲法審査会は、憲法改正原案の発議と審査を任務としており、動かすべきではないという立場であります。
 前回の審査会で、憲法五十六条一項の「出席」について、例外的にオンラインでの出席も含まれると解釈することができるというのが意見の大勢だとする議長への報告を多数決で決めました。私は、五十六条一項は、少数者を保護し、権力の濫用を防止するための規定であり、厳格な解釈が必要だという参考人質疑で出された重要な意見を一顧だにせず、憲法の個々の条文の解釈を多数決で決めることは到底許されない、審査会が解釈権を持つかのように振る舞うことは越権行為だとして反対をいたしました。
 報告書は三月八日に議長と議院運営委員長に提出をされましたが、議運委員長は本当に憲法解釈上許されるのかと疑問を呈したことが報じられ、議運で一から勉強を行うことになったと聞き及んでいます。憲法審査会での議論は全く意味のないものだったということではありませんか。
 昨日、八十二名の憲法学者が連名で出した声明は、国の最高法規である憲法が軽く扱われていると厳しく批判をしています。この指摘こそ真摯に受け止めるべきです。
 ところが、今また、コロナ禍に乗じた緊急事態条項を取り上げ、あれこれと仮定して、憲法の条文の解釈をこの場に明らかにするべきだという発言が出ています。憲法審査会を悪用し、改憲項目のすり合わせにつなげようとするもので、認められません。このようなやり方はやめるべきです。
 憲法と国会の問題で今問われなければならないのは、コロナの蔓延で最も国会での議論が求められていたときに、憲法五十三条に基づく野党の臨時国会召集要求を無視し、国会を開かなかった政府と与党の姿勢です。
 憲法五十三条は、国会での少数者の発言権を保障すると同時に、国会による行政権力の監視統制を機能させ、多数者の横暴を許さないために定めたものであります。この規定に基づく要求を無視することは、少数者の意見を切り捨て、政府への監視機能を弱めることにほかなりません。野党の国会開会要求をことごとく無視しながら、緊急時に国会の機能を維持するために憲法を変える必要があるなどと、なぜ言えるのですか。余りにも無責任であります。
 今必要なのは、憲法を変える議論ではなく、憲法に反する現実を正す議論です。
 今年の五月十五日で、沖縄が本土に復帰して五十年を迎えます。戦後二十七年に及ぶ米軍統治下で、県民に憲法は適用されず、無権利状態に置かれました。米軍基地の建設のために、民有地、公有地を問わず強制的に接収され、度重なる米軍の事件、事故により、県民の人権はことごとくじゅうりんされました。
 復帰に当たり、当時の琉球政府が県民の要望をまとめた、復帰措置に関する建議書、いわゆる屋良建議書は、県民が復帰を願った心情には、結局は国の平和憲法の下で基本的人権の保障を願望していたからにほかなりません、基地あるがゆえに起こる様々な被害公害や、取り返しのつかない多くの悲劇などを経験している県民は、復帰に当たっては、やはり従来どおり基地の島としてではなく、基地のない平和の島としての復帰を強く望んでおりますと記しています。
 ところが、復帰後も、占領下で形成された広大な米軍基地はそのまま残されました。憲法の上に安保があり、その下で、米軍関係者による殺人やレイプ、ひき逃げ、米軍機の墜落や部品の落下が繰り返されています。基地から発せられる爆音や異臭、有害物質の漏出、さらにコロナ感染の拡大、住民は苦しめられています。
 今年二月二十八日に、第四次嘉手納爆音訴訟が提訴されました。原告数は、過去最多の三万五千六百六十六人となりました。元沖縄市長の新川秀清原告団団長は、人間が人間として当たり前に生活できるよう求めてきたが、復帰五十年たっても何も実現していないと指摘しています。まさに、基地あるがゆえの苦しみが今なお続いているのであります。
 その上、政府は、民意も地方自治も無視して、辺野古新基地建設を強行しています。基地のない平和な沖縄を求める県民の願いは、今も踏みにじられ続けているのです。
 憲法と根本から矛盾する沖縄の現実こそ正すべきだということを重ねて指摘して、発言を終わります。

発言情報

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発言者: 赤嶺政賢

speaker_id: 6967

日付: 2022-03-17

院: 衆議院

会議名: 憲法審査会