橘幸信の発言 (憲法審査会)

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○橘法制局長 衆議院法制局の橘でございます。
 幹事会での御協議に基づきまして、諸外国の緊急事態条項及びSNS対策について論点説明をさせていただくことになりました。どうぞよろしくお願い申し上げます。
 資料の御説明に入る前に、本日のテーマである緊急事態という用語について、一言お断りをさせていただければと存じます。
 緊急事態と似た言葉に非常事態という表現がございます。この両者の概念については、昭和三十年代に内閣に設置された憲法調査会でも議論があったようで、その報告書でも、非常事態は緊急事態のうち特にその緊急性、異常性が高いものとする考え方と、これとは逆に、非常事態は緊急事態を包摂する、より広い概念と捉える考え方があったことに触れています。結局、両者を区別しないで使う委員がほとんどであったとして、非常事態という用語で議論が整理されております。
 また、最近の研究論文でも、両者は区別して議論すべきとの主張もございます。しかし、ここでは現在一般的に用いられている緊急事態という表現を用いることとし、これに非常事態と呼ばれている事項も含めて御報告をさせていただきます。
 それでは、お手元に配付の資料の表紙をめくっていただきまして、目次の後の本文一ページ目を御覧願います。
 最初に、緊急事態条項と国家緊急権の関係について御説明申し上げます。
 国家緊急権については、膨大な学問的蓄積があるところと承知しておりますけれども、芦部先生の教科書では次のように述べられています。戦争、内乱、恐慌、大規模な自然災害など、平時の統治機構をもってしては対処できない非常事態において、国家の存立を維持するために、国家権力が、立憲的な憲法秩序を一時停止して非常措置を取る権限といった定義です。
 このような国家緊急権は、元来は超法規的な不文の法理を中心とした概念であり、これについては、資料中ほどの左側に示したように、国家存亡の危機に究極的に憲法秩序を守るための憲法保障措置であると肯定的に捉える見解と、逆に、右側に示したように、立憲的な憲法秩序を一時的にせよ停止するもので、立憲主義を破壊する危険なものと否定的に捉える見解とがあります。
 どちらかというと後者の見解が多いようですが、しかし、非常事態対応の実際的な必要性と不文の権限として行使された場合の危険性、この両方に鑑みて、多くの国では、これを成文憲法に取り込んで統制しようとする努力がなされてまいりました。これが実定法上の緊急事態条項でございます。
 ただ、その取り込み方については、それぞれの国の歴史や法制度などの事情に応じて様々であり、必ずしも一様ではないようでもございます。
 以上のことを念頭に置きつつ、まず、本論の一として、諸外国の憲法に取り込まれた緊急事態条項について、東京大学社会科学研究所のケネス・盛・マッケルウェイン先生の比較計量的な分析を御紹介申し上げたいと思います。先週、玉木先生が言及された御論文と同じものかと存じますけれども、マッケルウェイン先生から御許可いただきました資料を用いて御説明をさせていただきます。
 二ページを御覧ください。
 まず、憲法の比較計量分析という手法を御理解いただくために、マッケルウェイン先生の代表的論文による日本国憲法の特徴を示したものです。これによると、日本国憲法は、他国の現代憲法と比べて著しく分量の少ない憲法ということになります。より正確に言えば、人権規定に比べて統治機構に関する規定が非常に少なく、選挙制度を始めとする統治に関する制度設計の多くが法律に委任されているということであります。京都大学名誉教授の大石真先生は、これを簡短概括型の憲法、そのように名づけております。
 次に、三ページのグラフは、日本国憲法のこのような簡短概括性は明治憲法を引き継いだものと言われますが、このグラフからは、明治憲法自体はその制定当時の世界のスタンダードな憲法であったこと、しかし、二十世紀後半に入って、詳細な規定を持つ憲法が増えていったことなどが読み取れるかと存じます。
 このような比較計量分析の手法を使って諸外国の緊急事態条項の趨勢を示したのが、次の四ページのグラフです。一九五〇年代以降、憲法に緊急事態条項を定める国が著しく増加しており、二〇一三年時点で九三%を超えております。
 次に、五ページのグラフからは、その緊急事態条項で定められている事態として圧倒的に多いのが戦争、これに内乱が続き、近年では、自然災害を規定する憲法が増加していることが分かります。他方、事態の範囲を法律に委ねる憲法は一貫して少ないことも理解できます。
 その上で、次の六ページ、左側の表では、緊急事態認定の手続について、政府の長が宣言し、議会が承認する、このような制度を取っている国が五〇%を超えていることが示されています。
 また、右側の表では、緊急事態宣言の効果として最も多いのは人権制限規定で、六〇%を超えていることが示されています。ただし、その際には、併せて緊急事態においても制限してはならない人権規定を明記する、このようなスタイルの憲法があることにも留意が必要かと存じます。
 次いで、議会任期の延長や解散禁止といった議会機能の維持が二三%程度、憲法改正禁止が一二%程度と続いております。緊急政令について規定する憲法は七%程度にとどまっているようでございます。
 七ページには、以上の要旨について、箇条書的にまとめを載せておきました。
 次に、本論の二として、諸外国の主な緊急事態条項について御報告をさせていただきます。
 八ページを御覧願います。
 まず、詳細な緊急事態条項を定めるのがドイツの基本法でございます。そこでは、防衛事態、これに準ずる緊迫事態、そして内乱等の国内緊急事態や災害事態の四つの類型、さらには論者によって、これに重要事態を加えた五類型とする場合もありますが、これらを基本として、それぞれについて詳細な手続や効果を規定しています。
 その歴史的、制度的背景としては、ワイマール憲法の白紙委任的な緊急事態条項がナチスによって濫用されたことへの反省や、連邦制の下で、連邦と州の権限配分については明確な規定が必要となることなどが挙げられております。
 次に、九ページを御覧ください。
 ドイツと対照的に、極めて簡潔な緊急事態条項を定めるのがフランス憲法です。十六条には、一定の要件の下に、状況により必要とされる措置といった極めて広範な権限を大統領に与えた緊急措置権が定められています。また、三十六条には、戒厳といった表現で、要件効果の全てを表した条項も用意されています。
 その背景には、ナチスによる侵略やフランス革命といった歴史的事情があると説明されているようですが、これらの適用事例は極めて少なく、アルジェリア独立戦争の際に大統領の緊急措置権が発動されたのが唯一の例のようです。フランスの公法学者も、余りに抽象的で濫用の危険性があるため、これらの条項は今後とも適用されることはないだろうと述べているほどです。
 だからといって、フランスに緊急事態対応の法制度が全くないわけではありません。憲法の規定とは別に、緊急状態法といった法律の下で、令状なしの家宅捜索を含めた極めて強力な制度があり、パリ同時多発テロを含めて、これまで何度か発動されているようです。
 次に、時間の関係で二ページほど飛ばしまして、十二ページに、今まさに緊急事態の渦中にあるウクライナの緊急事態条項の概要をまとめておきました。
 現在、戒厳令が布告されているさなかですが、憲法には、その効果として、議会期の延長や一定の人権制限などが定められております。その際、注目されるのは、緊急事態においても制限することができない十八か条の人権規定が明記されていることです。
 次に、十三ページを御覧ください。
 以上の大陸法の国々に対して、英米法の国、まず、イギリスでは、不文の慣習法であるコモンローによって、緊急時においては女王陛下は、事態対処に必要な範囲内であらゆる措置を取ることができる非常大権、いわゆるマーシャルローが認められております。最近では、これを議会制定法として成文化するようにもなってきているようです。
 アメリカでは、本来は緊急事態対応の権限と責任は各州にあるはずですが、連邦憲法二条一節一項で大統領に帰属するとされている行政権を根拠に、実際には連邦の大統領が主導的な役割を果たしていると説明されています。これに対して連邦議会は、戦争権限法や国家緊急事態法を制定して、この大統領権限の統制を試みているようでもあります。
 さて、以上の諸外国の法制を踏まえつつ、次に、我が日本国憲法について見てまいりたいと思います。
 十四ページを御覧ください。
 一九四六年二月にGHQ草案の提示を受けた日本国政府は、それを修正した三月二日案を作成し、GHQに提示いたしました。そこには、衆議院の解散その他の事由により国会を召集することあたわざる場合において公共の安全を保持するため特に緊急の必要があるときは、法律又は予算に代わる閣令、今で言う政令ですが、これを制定することを得とした緊急政令、緊急財政支出の条項を設けておりました。これに対してGHQは、いざとなれば不文の法理であるエマージェンシーパワーで対応すればよく、そのような規定は不要と主張し、最終的に参議院の緊急集会の規定に落ち着いたと言われております。
 この点について、現行憲法の制定論議が行われた第九十回帝国議会で、金森徳次郎憲法担当大臣は、確かに緊急勅令、政令は調法だが、国民意思を無視できる制度とも言える、民主政治の徹底等の観点からは、非常の場合の暫定措置は国会こそが対応すべきであり、立法により措置することが適当、このように答弁しています。
 この憲法の下で、我が国は、災害列島日本を反映するかのような度重なる自然災害のたびに、これに対応するために災害対策基本法を中心とした個別の法律を制定し、これらの法律において政府への権限集中や人権制限といった措置を定めることによって、緊急事態法制を構築、整備してきたわけでございます。
 次の十五ページを御覧ください。
 五千人を超える死者・行方不明者を出した伊勢湾台風を契機に災害対策基本法が制定され、そこには、国会閉会中に限って、かつ一定の事項に限定してのものではありますが、緊急政令の制度も盛り込まれております。我が国の災害対策法制は、その後も、阪神・淡路大震災、東日本大震災など大規模な自然災害を経験するたびに、その経験を踏まえて必要とされる措置を次々と追加し、整備されてまいりました。
 我が国の現行法令における緊急事態法制を概観したのが、次の十六ページの図です。
 災害対策法制のほか、武力攻撃に対処するための有事法制、内乱・テロなどの治安緊急事態法制、感染症対応の法制などに分類できるかと存じます。
 このような現行法制に対しては、一方には、法律ベースでかなりの法整備がなされており、今後ともこれを整備拡充していけばよいと評価する見解がございます。他方では、後追い的な法整備でよいのか、これまでも常に想定外の事態が生じてきたではないかといった懸念を示す指摘もなされているところです。
 以上の諸外国の事例やこれまでの国会での議論を踏まえて、緊急事態条項に関する主な検討項目をまとめたのが、十七ページのポンチ絵です。
 前回までの議論で多くの先生方から既に指摘されてきたことでございますが、大きく三つ。一つ、対象とする事態の範囲。二つ、緊急事態の宣言認定の主体や手続。三つ、盛り込むべき法的効果といった論点がございます。また、法的効果については、さらに、行政への権限集中、人権制限、議会の機能維持といった三つの小論点に分類することもできるかと存じます。
 次の十八ページと十九ページの表は、これら三つの小論点について、憲法改正の要否あるいは是非の観点から、それぞれの主張の概要をまとめてみたものです。
 まず、現行憲法下でも対応可能とするお立場からは、政府への権限集中や一般的、包括的な緊急政令は濫用の危険があること、必要かつ合理的な人権制限は、公共の福祉による比例原則の下でも可能であること、議会の機能維持は、任期延長によらずとも繰延べ投票や参議院の緊急集会で対応可能であることなどが指摘されていると存じます。
 これに対して、憲法改正が必要とするお立場からは、あらゆる事態をあらかじめ想定することは困難であり、想定外の事態への対応もできるように準備しておくべきこと、濫用のおそれは発動要件の明確化やチェック制度を設けることで対応できること、また、公共の福祉のような曖昧な概念に委ねることこそ危険であり、緊急時に制限できる権利、できない権利を明確に定めておくことこそ立憲主義にふさわしいこと、さらに、国会機能の維持のためには、限定された地域や期間を念頭に制度設計されている現行の繰延べ投票や参議院の緊急集会では不十分であることなどが指摘され、今まさに先生方において御議論されているところと拝察いたします。
 最後に、本論の三として、近年、緊急時、平時を問わずに問題となっているSNS等によるフェイクニュースに対する諸外国の対応状況について、ごく簡単に御報告申し上げます。
 二十ページを御覧ください。
 フェイクニュースとは、事実と異なる虚偽の情報、報道のことですが、必ずしも明確な定義はなく、ディスインフォメーションとかミスインフォメーションなどとも言われるようです。これが問題となったのは、二〇一六年のアメリカ大統領選挙やイギリスのEU離脱国民投票の際に、プロファイリングといった手法によってフェイクニュースの影響を受けやすい人を選び出し、そのような人に集中的に偽情報が流されて、その投票行動に影響を与えたという事件でした。
 二十一ページを御覧ください。
 このようなフェイクニュースは、大なり小なり、これまでも存在していたわけですけれども、しかし、SNSの特性、すなわち、一般人でも容易に書き込むことができること、GAFAなどの巨大プラットフォームを通じて広範かつ迅速に拡散してしまうため、影響力が極めて大きいこと、エコーチェンバーやフィルターバブルといった現象によって同じ嗜好、意見の人々が集まり、その意見が極端化しやすいことなどといった特性によって、これまでとは比べ物にならないほどの重大な問題を生じさせていると指摘されています。特に選挙や国民投票においてこれが悪用されますと、民主主義の土台ともいうべき基本的なプロセスそのものが機能不全に陥るおそれすらあります。
 各国では、これに対処するため様々な取組がなされているところですけれども、問題は、その規制が、これまた民主主義社会の基本的な価値である表現の自由と抵触する可能性があることです。
 この問題への各国の対応姿勢は、おおむね次の二つに分けられるように存じます。
 二十二ページを御覧ください。
 一つはアメリカ型の対応姿勢で、基本的に表現の自由に重きを置き、国家による法的規制には慎重で、プラットフォーム事業者の自主的な取組に任せるものです。
 もう一つはヨーロッパ型、EU型の対応姿勢で、表現の自由だけではなくて、名誉やプライバシー、選挙の公正さなども重要な価値であるとして、国家が積極的に介入して理性的な言論空間を維持、構築することが必要といったものです。EUでは、この秋にもデジタルサービス法やデジタル市場法によって巨大プラットフォーム事業者に対する大幅な規制を導入する予定と報じられているようです。
 ただ、ここで御留意いただく必要があるのは、選挙や国民投票の場面に特化してフェイクニュース対策を取っているのではなく、あくまでもSNS全般の問題として位置づけられているということです。
 そのようなSNS対策の法規制の例として、最後に二十三ページのドイツのSNS法を御紹介したいと存じます。
 森会長を団長とする衆議院憲法審査会の調査議員団が二〇一九年の海外調査で訪問した際の報告書によりますと、この法律では、一定のプラットフォーム事業者に違法コンテンツの申告窓口を設ける義務を課し、利用者からの申告に対して審査をして、一定期間内の削除義務を負わせており、この義務違反に対しては最大五千万ユーロ、日本円で約六十五億円の過料が科されることとなっているとのことです。
 現に、連邦司法・消費者保護省を訪問した際のヒアリングでは、先方の担当課長さんは、フェイスブックに対して早速二百万ユーロ、約二億六千万円の過料を科したと述べて、その実効性を強調しておられました。
 以上、大変に駆け足で総花的な御報告になってしまいましたが、少しでも先生方の御議論の素材となれば幸いでございます。御清聴ありがとうございました。

発言情報

speech_id: 120804183X00720220331_002

発言者: 橘幸信

speaker_id: 27991

日付: 2022-03-31

院: 衆議院

会議名: 憲法審査会