永原伸の発言 (憲法審査会)
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○永原参考人 日本民間放送連盟の永原でございます。
私どもは、四年前に憲法改正国民投票運動の放送対応に関する基本姿勢、三年前に国民投票運動CMなどの取り扱いに関する考査ガイドラインを策定いたしました。その中身は、三年前の二〇一九年五月に当審査会に参考人として出席して、既に説明済みでございます。今日この場で改めて繰り返すことは適切ではないと考えまして、本日は、憲法改正国民投票運動と広告規制の在り方について、私どもの基本的な考え方を資料とレジュメに沿って申し上げたいと思います。
最初に、資料一の一ページを御覧ください。一番上の部分に、国民投票法の条文を引用してございます。
百条で「不当に侵害しないように」と規定されております表現の自由、その主体は誰かといえば、主権者である国民です。国民が広告も含めて様々な表現形態を用いることを不当に侵害してはならない、これが大原則でありますが、資金量の多寡が投票結果に影響するのではないか、広告合戦が過熱したらどうするのかという御議論は、二〇〇六年から七年にかけての国民投票法案の審議の際にも行われております。
資料の一の二ページに、当時の立法経緯をまとめてございます。
広告合戦への対処については、法案の提案説明者である自民党の葉梨先生、民主党の枝野先生がおっしゃっていることは、言論の自由市場で淘汰するということでございました。そうはいっても、投票日の直前になると淘汰の時間が足りないという考えから、テレビとラジオの広告のみ、投票日前二週間は禁止することとなりました。これが百五条であります。
なぜテレビとラジオの広告のみ規制対象としたのか。これは枝野先生が分かりやすく説明しております。活字メディアと違い、音声や映像を用いる放送メディアは、時に理性ではなく感情に訴えるという意味で扇情的な影響力を持つという理由でございました。
以上の立法の経緯を踏まえれば、今の時点で広告規制が必要か否かを改めて論じる場合、都合三つの論点が考えられます。
第一の論点は、規制の対象期間。投票日前二週間だけでよいのかという問題です。第二の論点は、規制の対象媒体はテレビとラジオだけでよいのかということでございます。この二つの論点はこれまでもあった切り口で、既に独自の法案をまとめておられる政党もございます。
しかし、視点を変えてみると、実はもう一つ、第三の論点があるように思います。
それは百五条をめぐる論点です。この十五年間でメディアや広告の環境が大きく変化している中で、今や投票日前の二週間、テレビとラジオの広告を禁止しても、国民が冷静に判断できる投票環境にはならないのではないかということであります。二年前に当審査会で、公明党の北側先生が百五条を評して、アナログ時代の広告規制という表現を用いられておりましたが、まさに言い得て妙、全く同感でございます。
資料一の三ページを御覧ください。
これは、博報堂DYメディアパートナーズが発行するメディアガイドで、広告媒体別の出来事が記してございます。
これを見れば、国民投票法が議論された二〇〇六年から七年は、SNSもなければスマホもないメディア環境で広告規制を議論していたことがよく分かります。さらに、通信技術の進歩によって、今やスマホで、町中でも電車の中でもユーチューブなどの動画配信サービスを楽しむことが当たり前になっております。そして、そこには動画広告がついてきます。
なぜ、投票日前二週間、テレビとラジオの広告を禁止対象としたのか。それは、音声や映像を用いた広告は時に感情に訴える、扇情的な影響力を持つという理由でございました。
今、多くの国民が動画配信サービスに慣れ親しみ、大量の動画広告に接しています。そうしますと、投票日前の二週間、ユーチューブなどの動画広告は規制されず、テレビとラジオの広告は禁止されるということとなります。
時に感情に訴える、扇情的な影響力を持つとおっしゃる動画広告が、配信サービスを通じて大量に流れ、SNSを通じて大量に拡散される。そういう状況が、果たして百五条が期待した、国民が冷静に判断できる投票環境と言えるのでしょうか。
テレビやラジオCMを法律で禁止する、その期間を国民投票運動期間中全てに拡大すべしという御意見もあるようですが、そうしますと、時に感情に訴える、扇情的な影響力を持つ動画広告がSNSやネット上で大量に拡散され、それが国民の目に触れる、一番露出の大きい広告になると予想されます。
こう言うと、民放連の専務理事がインターネット広告を規制せよと言っていると勘違いされる人がいますが、私が言いたいことは正反対でございます。私は、主権者たる国民がインターネットサービス上に広告を出すことをどうやって規制するのでしょうか、そのようなことが本当に可能なのでしょうかということを指摘したいのでございます。
先週の当審査会での御議論を聞いておりましても、多くの先生方が、インターネット広告への対応策、あるいは、広告に限らず、SNS、インターネットのルール作りの必要性に言及なされていたように思います。
アテンションエコノミー、フィルターバブル、エコーチェンバーといった、インターネット上の言論空間のゆがみにどう向き合ったらよいかという問題意識をお持ちであることはよく分かります。
私も、皆様の問題意識、危機意識について同じ思いを持つのですが、やはり問題は、本当に規制できるのだろうかという点であろうと思います。
こうやれば弊害はなくなるという妙案があるのならともかく、もし、それなしに規制ありきで議論して、刻々と変化するメディア状況に対してやみくもに規制すれば、過剰あるいは的外れな対応となり、言論空間のゆがみを是正するどころか、かえってゆがみを拡大してしまう、そういう危うさを秘めているように思います。
たまたま同じような議論が総務省の有識者会議でもなされているのですが、日本新聞協会は、アテンションエコノミーに起因するネット上の言論空間のゆがみへの危機意識は共有するけれども、過度な法的規制の導入は表現の自由を毀損しかねないと指摘しておりました。
また、別の有識者会議では、ファクトチェック・イニシアティブというインターネットの関係団体が、フェイクニュース対策について、具体的な害悪論と切り離された偽情報規制論は規制主体の恣意的運用のリスクが高まり、表現の自由を過度に制約する危険性があると指摘し、表現、言論の内部的、自律的な取組を通じた誤情報の自然淘汰、脱力化を目指すべきと主張されておられました。
私ども民放連は、テレビとラジオの広告のみを対象に規制を強化することには当然反対ですが、インターネット広告も含めて、国民の広告表現を規制することに対しても極めて慎重であるべきだという立場です。日本新聞協会やファクトチェック・イニシアティブが懸念するように、規制ありきの議論は言論、表現の自由を毀損しかねない、その危うさを内包していると考えます。
その観点から、本日は、国民投票広報協議会をめぐる当審査会での御議論についても、懸念していることがございますので、触れさせていただきます。
今年二月十日の審査会で、「考えられる「国民投票におけるCM規制」のあり方(メモ)」と題する資料が配付されました。資料一の四ページです。
この時点での議論、意見をひとまず整理したもので、自民党としての御主張ではないと承知しておりますが、この論点メモは、メディアに身を置く者として見過ごすことのできない表現が含まれております。
真ん中のB、黄色い囲いの下の部分に、放送事業者のほかにもということで、「新聞・雑誌社の自主的取組」「ネット事業者の自主的取組」と書いてあり、その右横の青囲いの部分に、「自主的取組を後押しするために何らかの「法的措置」を定める場合」と書いてあります。そして、例えばということで、「各事業者の自主的取組を求める旨の「訓示規定」」「国民投票広報協議会による各事業者の自主的取組に関する「ガイドラインの作成」」と書いてあります。
国民投票広報協議会、すなわち立法府が、新聞、放送、雑誌、ネット事業者に自主的取組を求める訓示規定を設ける、そのためのガイドラインを作成する、それを法律に書き込むと書いてあるわけです。これは立法府のメディアへの介入、メディア規制につながるものではないかと大変危惧しております。
ちなみに、国民投票法が二〇〇六年六月に国会に上程される以前、与党案に、表現の自由を濫用して国民投票の公正を害してはならないとするメディア規制条項がありました。当時、日本新聞協会は、国会の場で、仮に訓示規定であっても、取材、報道活動を萎縮させ、活発な憲法論議を妨げるおそれがあると意見表明しております。
もしメディアへの訓示規定を本当に御議論されるおつもりなら、日本新聞協会にも是非意見を聞いていただくようお願いいたします。
インターネット事業者に対して広告規制の自主的取組を求めることも、期待される効果は得られないであろうと想像します。
インターネット広告の世界は元々玉石混交、フェイク広告も交ざっていて、インターネット広告に関係する事業者団体は、フェイク広告の排除に大変苦労しています。
ネット上のフェイク広告の排除が難しいのは、インターネットの世界には圧倒的な量のアウトサイダーが存在するためです。インターネット広告は、テレビやラジオよりも広告出稿の仕組みが複雑で、アドテクノロジーの進化と相まって、様々な業者が介在します。その全てに網をかけるような実効性のある自主的取組やガイドラインが物理的に可能であるとも思えませんし、そもそも、フェイク広告や偽情報を作り、拡散している主体は、事業者団体になど属しておりません。
きちんとした事業者が人海戦術やビッグデータ、AIを駆使して排除しようとしても、完全には排除できない、くぐり抜けてしまうという実態を考えれば、論点メモにあるような、インターネット事業者に自主的取組を促す訓示規定やガイドラインを策定しても、効果が見込めないのは明らかだと思います。
ただ、私は、放送事業者団体の役員であり、インターネット広告の仕組みについてどうこう言えるだけの知見を持ち合わせておりません。専門知識を有するインターネット事業者や関係団体などに是非とも意見を聞いてくださるようお願いいたします。
加えて、インターネットに関わる諸問題については、これまでに政府が有識者会議を設けて検討を重ねており、既に相当の知見の蓄積があると思います。フェイクニュース対策などを議論した総務省のプラットフォームサービスに関する研究会の最終報告、デジタル広告市場の課題を議論した政府のデジタル市場競争会議の最終報告などは、国民投票運動におけるインターネット広告の取扱いについて議論する上での基本認識、共通認識となり得るものだと思います。まずは、それらの有識者会議の関係者にヒアリングを行うことも一案ではないかと思います。
先ほど、国民投票をめぐる広告規制には都合三つの論点があると申し上げました。百五条が時代に合っているかという論点はただいま御説明しましたので、残る二つの論点、規制は投票日前二週間だけでよいのか、規制する媒体はテレビとラジオだけでよいのかということについて、私どもの考えを御説明します。
これは、国民投票法百条の条文及び規制対象が国民の広告表現であることを踏まえれば、国民投票運動の全ての期間において、インターネット広告を含めて、言論に対しては言論で対処する、言論の自由市場で淘汰されることに任せればよいということに尽きます。
インターネット広告市場は本当に玉石混交ですから、国民投票運動期間中、フェイク広告も出てくるでしょう。ロシアによるウクライナ侵略でも登場したように、ディープフェイクというAI技術を駆使した巧妙なフェイク動画が、もはや簡単に作成できてしまう時代です。残念なことですが、国民を誤導、誤って導くような悪質な動画広告も大量に出回る可能性が高いでしょう。
だとすれば、世論調査を行えば必ず信頼されるメディアとして新聞と並んで上位に位置する放送の広告を規制するのは、かえって逆効果ではないでしょうか。放送CMの広告主は、恐らく政党の皆様も含めまして、国民から顔の見える広告主であり、放送CMに求められる節度や真実性について御理解をいただけている広告主に限られます。
国民がインターネット上の広告で、この広告は本当なのかという疑いを抱いたとき、新聞や雑誌、テレビやラジオが扱っていないことをもって、ああ、これはフェイク広告に違いないと推測、判断できるようにしておくことが大切だと思います。
インターネットの場合、アルゴリズムで似た情報ばかり表示されるフィルターバブルの問題が指摘されますが、その影響を少なくするためにも、テレビ、ラジオ、新聞、雑誌といった様々な媒体で、広告を含めて様々な情報があった方がよいのではないでしょうか。
国民が様々なルートを通じて情報を受け取ることができ、それが量的にも質的にもより豊かであればあるほど、世代や立場を超えて議論することができ、結果として、国民一人一人が冷静に自分で考え、大切な一票を投じることにつながるはずです。そのことのありがたさ、大切さを、メディアに身を置く者は今、ロシアによるウクライナ侵略で一層かみしめています。
他方で、広告の主体は広く言えば国民全体であるわけですが、このうち政党に限って、つまり政党の広告出稿に限って規制するという考え方があります。これは必要最小限度の規制という観点に立てば、一定の合理性があると思います。
メディアの進化は急速です。そんなメディア環境の変化にきちんと対応するには、法律で規制するよりも政党同士が話し合って自主規制のルールを設けた方が、柔軟性、機動性が高まるのではないでしょうか。そうすれば、賛否の量のバランスの問題に関しましても、極めて限定された規制が最大の効果を生むはずと思います。
最後になりましたが、民放連が三年前、四年前に策定した放送対応に関する基本姿勢と考査ガイドラインは、資料二としてお手元にお配りいたしました。御質問があれば、それにお答えする形で御説明したいと思います。
御説明は以上となります。