赤嶺政賢の発言 (憲法審査会)

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○赤嶺委員 日本共産党の赤嶺政賢です。
 私たちは、二〇〇七年の国民投票法制定の国会審議のときから、国民が憲法改正を望んでいない下で、改憲のための手続法を作る必要はないと主張してきました。にもかかわらず、当時の安倍首相が、九条改憲を明言し、国民投票法の成立を強く期待すると述べる下で、与党が強行成立させました。
 私たちは、国民投票法が改憲作業と地続きのものだと指摘し、反対しました。この立場は今も変わりません。どの世論調査を見ても、国民が改憲を政治の優先課題とは考えていない下で、投票法を性急に整備する必要は全くありません。
 同時に、私たちは、現行の国民投票法には幾つもの欠陥があると指摘してきました。
 十四日の審査会で、私は、具体的に、最低投票率の規定がないこと、公務員の国民投票運動を禁止するなど、国民の自由な意見表明を不当に制限していること、改憲案に対する広告や賛否の意見表明の仕組みが公正公平なものとなっていないこと、以上三つの点について不備を指摘しました。
 今、こうした欠陥を放置したまま、新たな公選法並びの改定案が与党から提出されています。この後すぐに趣旨説明を行うという提案までされております。投票法を形だけ整えて、いつでも動かせるようにしておき、次は憲法本体の議論に進もうというものであることは明らかです。
 これまで繰り返し指摘してきたように、今やるべきは、憲法に反する現実を正す議論です。この間、私は特に二つの問題について言及してきました。
 一つは、憲法五十三条の問題です。
 政府・与党は、憲法五十三条に基づく臨時国会召集要求を再三にわたり無視し続けてきました。憲法をじゅうりんしている政府・与党の姿勢こそ極めて重大であり、徹底的に議論し、正すべきです。憲法を守っていない者が憲法を変えることを主張するなど、言語道断であります。
 二つ目が、日本国憲法と矛盾する沖縄の実態です。
 今日、四月二十八日は、サンフランシスコ講和条約第三条によって沖縄が本土から切り離され、米軍の統治下に取り残された屈辱の日です。私は、改めて沖縄の歴史と憲法について指摘したいと思います。
 沖縄は、さきの大戦で、住民を巻き込んだ地上戦の場となりました。ありったけの地獄を集めたと言われる凄惨な地上戦で、県民の四人に一人が犠牲になりました。沖縄に上陸した米軍は、住民を強制的に収容所に入れ、その間に、民有地、公有地を問わず一方的に接収し、基地を造りました。
 一九四七年五月三日に施行された日本国憲法は沖縄には適用されず、米軍による無法な事件、事故が繰り返されました。県民は、平和憲法を持つ日本への復帰を渇望していました。しかし、日本政府は、サンフランシスコ講和条約によって沖縄を日本から切り離したのであります。沖縄は引き続き米軍の施政下に置かれ、県民は耐え難い苦しみを背負わされました。米軍は銃剣とブルドーザーによって基地を拡張し、県民は虫けらのように扱われました。
 一九七二年に沖縄は本土に復帰しましたが、このとき県民が願ったのは、平和憲法の下に帰ること、基地のない平和の島として復帰することでした。しかし、復帰後も、日米安保条約に基づき、占領下で構築された基地は、ほとんどそのまま温存されることになったのです。
 その下で、今なお、米軍関係者による事件、事故、米軍機の墜落と昼夜を分かたぬ爆音、実弾射撃訓練に伴う流弾、原野火災、有機フッ素化合物などによる環境汚染により、県民の命と暮らしは脅かされ続けています。サ条約から七十年、復帰から五十年たっても、沖縄の実態は変わっていません。この現実にこそ向き合うべきであります。
 本日の本会議で可決された沖縄の本土復帰五十年に関する決議は、県民の願いに反した米軍基地を存続させた政府の責任を明らかにしないばかりか、基地の整理縮小や地位協定の改定に一切触れていません。沖縄がたどってきた歴史と現状、県民の願いに全く向き合うものではありません。
 憲法の上に日米地位協定があり、国会の上に日米合同委員会がある沖縄の現実を変えることこそ今やるべきだと改めて強く指摘して、発言を終わります。

発言情報

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発言者: 赤嶺政賢

speaker_id: 6967

日付: 2022-04-28

院: 衆議院

会議名: 憲法審査会