野田佳彦の発言 (財務金融委員会)
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○野田(佳)委員 皆さん、おはようございます。立憲民主党の野田佳彦でございます。
今日は、私は、ロシアに対する経済金融制裁に絞って、大臣中心に質問をさせていただきたいと思います。
日曜日、六日の日に、地元のJRの船橋駅で、ウクライナ難民支援のための募金活動をさせていただきました。二時五十分から三時半までという限られた時間だったんですけれども、手応えが物すごくありまして、普通はコインを投ずる人が多いんですね、いろいろな募金活動をやってきましたけれども、お札ばかりなんですよ。一番多かったのは千円札。でも、五千円札、一万円札を入れる人もいました。物すごい関心がありますね。
これは、それだけ、ロシアの暴挙は許せない、そして、困っているウクライナの人たちを助けたい、その気持ちがひしひしと伝わってまいりました。その思いを今日は私は踏まえて質問したいと思いますが、まず、ちょっと服装で表そうと思って、ネクタイはブルー、ポケチは黄色にしてまいりました。気を引き締めて頑張っていきたいというふうに思います。
大臣は、プーチン大統領と直にお会いしたことはありますか。これは質問じゃないですよ。私は二回、首脳会議、経験をしているんです。
一つ、最初は、一回、大統領を退いて首相をやっていましたね、その後に大統領に二〇一二年に返り咲いたんです。返り咲いて間もなくに、メキシコで開催をされたG20の首脳会議のときに、マルチの会議の合間にバイの会談をセットしました。このとき、プーチンは一時間以上遅れてきたんです。物すごく腹が立ちました。腹が立ったというのは、通常国会のさなかで、社会保障と税の一体改革という重要テーマがあるときに、やっと国会のお許しをいただいて出た、ゼロ泊四日のまさに行程の中でやっと組んだ日程なのに、一時間以上遅刻なんですね。これは私に対してだけではなくて、遅刻の常習犯です。オバマだってさんざん待たされました。ということをやる人です。
二回目は、ウラジオのAPECのまさに会議です。このときは、遅刻ではなくて、無理難題を言ってくるんですね。試してくるんですよ。どんな難題かというと、APEC成功のために五百人のロシアの若者たちが協力してくれた、ありがたかった、そのお礼に日本に行かせてあげたいんだと言うんですね。いいですよ、ウェルカムですよと言ったら、いや、実はね、三日後に横浜に行かせたいんだよね、ビザを至急発給してくれと言うんですよ。突貫工事でやりましたけれどもね。
遅刻はするわ、無理難題は言うわ、この人の癖は試すことだと思いました。
まさに国際社会を試したのは、私は二〇一四年のクリミアの併合だったと思います。このとき、国際社会は、特に、まず欧米、制裁を加えましたけれども、実効支配が終わった後だったんですね。遅かったんですよ。日本は、それを静観しながら、十日後にようやく制裁に入っていった。しかも、欧米に比べれば、中身の空っぽの、すかすかの制裁でした。
私は、二〇一四年の対応、プーチンがまさに力による現状変更の試みをやろうとしたときの対応が、国際社会、日本も含めてまずかった。それを成功体験とさせてしまったことが今回につながっていると私は思うんです。二〇一四年の厳しい総括をするところから始めなければいけないと思いますけれども、大臣の御所見をお伺いしたいと思います。