岸本周平の発言 (財務金融委員会)

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○岸本委員 国民民主党の岸本周平でございます。
 今日も質疑の機会を与えていただいて、ありがとうございます。
 これまで、鷲尾委員や江田委員の質疑の中でもありましたけれども、経済制裁、これは西側諸国が一致団結して、より効果のあるものを引き続き強化していかなければならないものと存じます。その意味で、今回の法案には私どもも賛成の立場で臨ませていただいております。
 その上で、これまでの審議では、この法案に対する質疑はかなり進んだと思いますので、少し私は観点を変えまして、返り血を浴びてでも経済制裁をしていかなければならないという状況の中で、当面、私どもが今対応しなきゃいけないのは、資源価格の上昇や食料品価格の上昇といった物価問題なんだろうと思います、一つには。今日はちょっと物価対策について質疑をさせていただければと思っております。
 今回、物価問題と言いながら、日本はまだインフレというような状況には全くほど遠いわけであります。物価上昇目標まで届いていないぐらいであります。一方で、原材料価格の中で、特に資源エネルギー価格は相当上がっていますし、これは末端価格にも転嫁が割と容易に行われています。また、食料品についても輸入のものが、比較的消費者も理解ができますので、これがかなり高騰をしているということはあるわけでありますけれども、それ以外の物価がなかなか上がってこないということですので、これをどう考えるのか。
 実は、日本政府として物価対策が一番しっかり行われたのが第一次オイルショック、一九七三年ですね、第四次中東戦争。それから、その後、一九七八年のイラン革命のときの第二次オイルショックがありました。その頃のことを少し調べてみたんですけれども、もちろん今と全く状況が変わっています。
 一九七〇年代というのは、日本経済は世界経済と全く同じベクトルで、同じように動いていました。今とは全く逆ですね。一九七三年というのは、既に中東戦争の前から非常に好景気で、しかも過剰流動性があって、中央銀行が相当各国ともお金を出していたものですから、既にもうインフレ傾向にあったところにオイルショックがあったということで、大変なことになったわけであります。二割ぐらいの物価上昇ということですから、これこそまさにインフレだったわけですし、当時、政府も非常に機動的に対応されていました。まさに経済企画庁に物価局ができたのはこの七三年でありますし、省エネのために資源エネルギー庁ができたのも実は一九七三年であります。画期的な年なんですね。
 一九七八年の第二次オイルショックは、実は経済状況が非常に落ち着いていたということもあり、インフレ期待も余りなかった。それから、第一次オイルショックのときの経験があったものですから、日本を含む各国とも非常にスムーズに対応されたということもあって、割とうまく切り抜けています。
 基本的に違うのは、第一次オイルショックは、日本でも賃金が非常に上昇するということの中で、まさに賃金が上がるコストプッシュインフレで大変なことになった。第二次オイルショックのときは、労働組合も非常に賢明で、賃金の引上げを余り強く望まなかった結果として、いわゆるホームメイドインフレにならなかったというようなことがあるんですね。
 一番違うのは、今と。今は全く日本は違います。世界の各国は既にコロナ対策によるいろいろな金融緩和を、もう出口の方に走っている。日本は、この前、日銀の黒田総裁を呼んで皆さんで審議しましたけれども、なかなか金融緩和を止めることはできない。つまり、物価が上昇することに対して、普通であれば財政金融政策で対応するんですね。しかし、その財政金融政策で対応することができない、特に金融政策で対応することができないというのが、今、非常に日本の特殊な状況なんだろうと思います。
 調べている過程で驚きましたのは、当時、経済企画庁という経済官庁があって、そこには物価局ができ、その前は国民生活局に物価担当部局があったんですけれども、私も昭和五十五年に入省した当時、経済企画庁のカウンターパートに、物価の局の中に物価の課が幾つもあるので、いろいろ政策の議論をしたことを覚えていますけれども。今、内閣府に、経済政策を担当する内閣府に物価担当部局がないんですね。驚きました、ちょっと私も不勉強で。今、物価対策は消費者庁が担当されているということなんです。
 これは、皆さん、物価というのは、非常に、ずっとデフレが続いていましたから我々は余り着目してこなかったのかもしれませんが、逆に言うと、これだけデフレが長引いたときに、経済企画庁に物価担当部局があった時代から、経済政策を担当する内閣府に物価担当部局がない。これは、デフレの分析というのは経済政策の中でやってこなかったということかもしれないんですね、ひょっとしたら。そういうことも今回感じました。
 そこで、財務大臣にお聞きしたいんですけれども、一応、今回の物価対策では、先ほど言いましたように、今の状況では、日本銀行の金融政策、つまり、金融引締めというような形で物価を鎮静化させるようなことはできないというたてつけです。しかも、全体的に上がっているわけではなくて、資源価格、食料品価格だということに加えて、補助金でガソリンの値段を下げる、今なさっているわけですね。
 直接物価に介入をする、補助金を使って物価に介入をする、これはオイルショックのときはやっていません。オイルショックのときは、総需要政策をやり、そして、買占め防止、それから、一部、物価統制令を発動しまして、灯油とか、ある程度の、原油が上がることによって影響を受ける物価に対して統制的なことはしましたけれども、補助金で価格の機能を、経済における価格の機能を止めるというような形で補助金を使う制度というのは、寡聞にしてそんなにこれまでやってこなかったんだろうと思うんですけれども。
 財務省として、金融政策ではなくて、そういう個別の補助金の制度で対応するということは、これは、今回の物価上昇というのは、そう大したことではない、長続きはしない、短期的なものだ、個別的なものだという判断をされているのかどうかということをお聞きしたいんです。
 つまり、第一次オイルショックで大変だったのは賃金が上がったからなんです。第二次オイルショックでうまくくぐり抜けたのは賃金が上がらなかったからなんです。今回、春闘で二%上がっていますけれども、これは大したことないんですね。春闘の二%のうち、半分は定昇が入っていますから。
 そうすると、実は、賃金がこの後上がってこないから、いや、上げようとされているのは分かっていますけれども、基本的に上がってこないから、一時的な物価上昇だと考えて、金融ではなくて個別の財政施策で物価対策をされようとしているのかどうか、これは財務大臣にお聞きしたいと思います。

発言情報

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発言者: 岸本周平

speaker_id: 26898

日付: 2022-04-13

院: 衆議院

会議名: 財務金融委員会