坂本哲志の発言 (農林水産委員会)
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○坂本(哲)委員 おはようございます。自由民主党の坂本哲志でございます。
三十分間の質問時間をいただきました。与野党理事の皆さん方に心から感謝を申し上げたいと思います。
今回の農業経営基盤強化促進法、これは非常に歴史的に見ても重要な法案である、岐路に立つような法案であるというふうに私は思います。
といいますのも、我が国の歴史を見ましても、農地に関しては、あるいは農家に関しては、規制とそして自由化、これを繰り返してまいりました。規制が過ぎれば農業の進歩が滞るし、自由化が過ぎれば、これは国が混乱し、社会がゆがむというような歴史を私たちは見てまいりました。
今回の法改正は、規制でも、あるいは規制緩和でもなく、十年後の未来の農地の図を描くというものであります。そして、そこに農業をする人を育成していく、当てはめていく、そういうことを法律で定めるというような法改正案であります。ですから、この法がうまく実効性を持っていけば将来の日本の農業の展望が開けますし、実効性が伴わなかったら、日本の農業社会、大きく混乱の法になるというようなリスクもはらんでいる、そういう法改正案であるというふうに思っております。それだけに、法の執行に当たっては、やはり、細やかな配慮と入念な準備と、そして現場に対して分かりやすい説明、こういったものが欠かせないというふうに思います。
そこで、まず、蛇足的なものになりますけれども、私たちの農地の歴史、そういったものを少し振り返ってみたいというふうに思っております。
農地というのが法律的に最初に現れたのが七世紀末になります。歴史の教科書で皆さん学んだと思いますけれども、班田収授の法というので初めて農地の問題が法律の問題として出てまいります。天皇の土地を口分田として農民の皆さんたちに分け与える、その代わりにしっかり米を作って租税を納入しなさいというような法律でありました。
しかし、人口増とそれから生産量の増加で、自分たちで開墾して自分たちで農地を持つ、そういうことが増えてまいります。墾田永年私財法というのができて、自分たちで開墾して開田した田んぼは自分たちのものにしていいという、まさにそこに規制緩和、自由化が発生をいたします。いわゆる荘園の発生であります。そして、その荘園の中に守護を置く、あるいは地頭を置く、そして守護大名に成長する、それが戦乱の世につながっていく、そういう歴史をまずたどりました。
それに終止符を打ったのは、豊臣秀吉の太閤検地であります。全国の農地を測量をして、そして権利関係を整理をする。さらには、面積を決める。あるいは、知行や年貢を決めていく。まさにデータベース化された農地というものがそこにでき上がって、そして、中央集権的に、税の収納体制、こういったものが確立をいたします。
それを、江戸時代になって、更に徹底をさせていきます。農地の売買が禁止をされます。そして、農民の身分を固定をいたします。農地そして農民の身分の固定、この時代が以後二百三十年間続くことになります。
そして、明治の世に入りまして、これが完全に今度は真逆の形で自由化をされます。地租改正であります。当時の産業の振興と相まって、運輸業や金融業やあるいは製造業と相まって、資本の力で農地の売買が行われます。大地主、大土地所有が生まれました。一千町歩、二千町歩、三千町歩という地主が現れて、いわゆる不在地主、寄生地主、こういった非常にゆがんだ社会というものになったまま戦争に突入していくわけであります。
そして、最終的には、敗戦の後、GHQによりまして、一人当たり一ヘクタールから一・五ヘクタール、それぞれの自作農を認める、土地の所有を認めるというようなことで、農地解放というものが行われました。いわゆる七世紀末の口分田と同じような、そういう状況になり、そして、農地法という非常に規制の強い法律で農地の売買というものに再びある程度の規制をしていく、そして今日に至っているというのが大まかなざっくりとした歴史であります。
しかし、その間に、列島改造、そういったものがありましたので、農地は何とか守らなければいけないということで、昭和五十年には農業振興地域に関する整備法というのができまして、農地をとにかく守りましょうということになります。その後、やはり経営的に農地を大事にしなければいけないということで、農用地利用の増進法というものができ、さらには、それを経営的にしっかりとした農地として経営をしていくということで、現在の農業経営基盤強化促進法ということに至っております。
そういう中での今回の改正でありますので、これがうまくいくのか、それともなかなか実効性が伴わないようになるかということは、まさに、これまでの歴史を繰り返すことになるか、新しい歴史をつくり上げることになるか、こういった大きな意味を含んだ法律であるということも考えながら、それでは、どういうところに注意をしていかなければいけないか、どういう説明が必要なのかということで、幾つか質問と確認をさせていただきたいと思いますので、よろしくお願いを申し上げたいと思います。
先週の十三日のそれぞれの参考人意見陳述を聞きながら、将来の農地の効率的かつ総合的な利用に関する目標地図を作り、それを今度は市町村として地域計画にしてまいります。そのための鍵を握るのは、やはり、参考人の方もおっしゃっておりましたけれども、農業委員会の事務局と行政の農業担当者、この連携ではないだろうかというふうに思います。
目標地図そのものの素案は、多分、農業委員会が作ると思います。そして、そこには、農業者の方々、農協、あるいは土地改良、そして農地バンク、こういった方々の熱心な協議の中で目標地図が作られていくだろうというふうに思います。そして、農業委員会の方でその目標地図を作った上で、それを行政の方で地域計画というものに落とし込んでいくわけですけれども、それが円滑に進むかどうかということは、やはり事務当局でしっかりとした作業ができるかどうかということであります。
ということは、その事務局の中に、農家の方々と五分で話し合える方々、やはり、農業のプロの方々を相手にしてこれからの当該市町村の農地や人の在り方というものをどれだけ論じることができるかという、人材をそこに採用していくのかどうか、そこにどれだけ取り入れるかということが、今回の目標地図そして地域計画が成就するかどうか、前に進むかどうかの大きな分かれ目になるというふうに思います。
しかし、参考人の意見陳述にもありましたように、非常にやはり市町村役場あるいは農業委員会の事務局は脆弱な体制であります。異動で二年、三年に一回替わっていく。そこで、農業的にはやはり素人の方々が多い。果たしてどれだけの目標地図が作れ、それを行政として執行していけるか、非常に、甚だ不安なものを感じます。
そこで、やはりここには十分な人材を充てる必要があります。そういう人材が要るはずであります。専門家、あるいは県庁や役場のOB、あるいは様々な農地問題に携わってきた方々、そういった方々を臨時的にこの執行期間の中で採用する、そういうことをやはり考えていかなければいけない、そして、そのための財源が必要であるというふうに思っております。それを指導していくのは、国であり、そして当該の都道府県であるというふうに思います。
より充実した人材を農業委員会事務局やあるいは市町村の行政当局に当てはめるために、どういうようなことが考えられるのか、そして、その財源の手当てをどう考えているのか、お答えをいただきたいというふうに思います。